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2011年2月17日 (木)

小田原城小話

 「小田原城で戦国時代の弓が見つかったんだって!」昼下がりの眠気を割くような歴史好きの同僚の言は当に寝耳に水でした。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/news/20110213-OYT8T00036.htm

(読売新聞の記事より)

 記事にもあるように、戦国期の弓が出土することは稀有なことらしく、確かに弓は木製ですから400年以上土中にあって残ることは驚きでした。同僚は小田原城と言うので、小田原城の武器庫か何かの跡なのかと思いきや、むしろ小田原を攻めた武田軍が放置した破損弓だとか。面白いですよね。

 小田原城攻めといえば、戦国時代の終幕である1590年の太閤秀吉の小田原北条攻めが有名ですが、実は戦国時代を代表する二将、武田信玄と上杉謙信が小田原城を攻撃し、共に攻略かなわず撤退していることは戦国マニアのネタであります。

 1561年に関東管領山内上杉憲政を圧迫していた北条氏討伐のため、関東管領を襲名した上杉政虎(後の上杉謙信)は関東諸将に動員令を発し、佐竹、小田、那須、太田など11万を号する大軍が小田原城を囲みます。政虎自身は現在の大磯町高麗山(あるいは城山公園)に本陣を据え、埼玉岩槻の太田三楽斎(資正)を先鋒に小田原城を攻めますが、北条方は門を硬く閉ざし甲羅の亀になってしまったので攻めあぐねます。業を煮やした政虎が、小田原城蓮池門の前で銃弾飛び交う中、酒を飲んで城方を挑発するも、北条氏康は挑発に乗らなかったので、11万もの大軍は士気の低下と兵站線(物資補給)が破綻して撤退しました。

 1569年には、甲相駿三国同盟(武田、北条、今川三氏の同盟)が破棄され、北条氏が越後の上杉謙信と同盟したことにより、武田信玄が2万5千の兵を率いて小田原城に攻め寄せます。信玄は小田原城を本気で陥れるつもりはなく、北条氏に対する恫喝のための出兵だったので、早々に兵を退いています。むしろ撤退時に追撃する北条勢を現愛川町(厚木市の北)の三増峠で散々に打ち破ったことが信玄の戦巧者らしいところです。このときの名残が丹沢の犬越路やヤビツ(矢櫃)峠の地名に残されています。

 今回の弓は小田原城の北東に位置する蓮池門の近くで見つかったようですが、上杉、武田の両将が同じように小田原城の弱点である蓮池に攻め寄せたことは興味深いことです。これ以降、北条氏は小田原城の大改修に着手し、小田原が日本では希な城塞都市に発展することになります。

 戦国を代表する二将が攻めても陥落しなかったことが、小田原城が難攻不落の堅城として全国的に有名としました。逆にこのことで北条氏に「城に籠っていれば何者も寄付けない」という安堵感を持たせて、太閤小田原征伐によって破滅することになります。

 最後に去年の暮れに私が踏査した北条期最終段階の小田原城遺構の写真を載せておきます。

P1000294_2 P1000295_3 P1000297_2 P1000296_2 城北西に位置する堀割

P1000298_2 城外郭から笠懸山(太閤一夜城・中景、後方は箱根外輪山)を望む。

P1000305_2 小田原駅前の初代北条早雲像(小田原北条の始まりと・・・)

P1000303_2 四代氏政と弟氏照の切腹の地(終焉の地)

P1000302_2 おなじみ江戸期の天守閣(左上UFOかな)

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コメント

大森さんが牛に追い出されたことにも触れてあげてください!!bearing

御意。
では次のネタは早雲公の関東入りを。
大森さんは善光寺参りに行ったのでは(笑)

左上はUFOではなく、尊s(ry

高いところまで飛んだね。ワークの成果ですね。

拝見しました。
政虎は大磯まで来てたんですね。
こま山か城山に政虎の史跡はあるのでしょうか、聞いたことないですが。
実は歴史の宝庫ですね、この辺りは。
私も桜の季節になったら、小田原城に見学に行きます。
小田原城に行くの25年ぶりくらいかもしれません。
大河ドラマ江も、4月はちょうど、小田原攻めの辺りかなと思います。

 城山公園は街道筋だったので、いろいろ人の手が入って遺構が残ってないでしょうね。高麗山については実は今日トレイルしてきたので、今週半ばにアップいたします!
 城山見学、よろしければご一緒しましょう!残党さんも来るかもね。

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