« 観測史上最大の地震!! | トップページ | 被災地の皆さん頑張って! »

2011年3月13日 (日)

都心からの脱出

 3月11日(金)の東北地方太平洋沖地震では帰宅不能者となってしまいまして、都内職場で眠れぬ、いや眠れる一夜を明かしましたが、翌12日は7時から東海道線が復旧するというので、6時30分に職場を出て帰宅することにしました。

P1000209 書類が散乱した地震直後の職場

P1000210 首都高が止まり渋滞する溜池交差点付近

 赤坂周辺は人がまばらで、いつもと変わらない週末の朝のようでしたが、新橋駅まで歩くにつれてサラリーマン風の人が集まってきて、ホームの上にも大勢の人が見られました。

 新橋駅に着いたものの電車は全く動いておらず、構内に設置されたビニールシートの上ではごろ寝している人もまだいました。しばらくは動きそうもないので、始発である東京駅に歩いて向かいました。通り抜けて行く銀座の朝も赤坂同様、前日の大揺れが嘘のような静かなものでした。

 7時45分頃東京駅に到着。東海道新幹線のみが通常運転をしていましたが、在来線は相変わらず動きがほとんどない状況で、京浜東北線だけが時折着発していました。東海道線は始発が8時過ぎとのことで、ホームに上がってみると人、人、人・・・まあ当然のこういう状況だとは思いましたが。1本目は到底乗車不可能で、2本目に乗ろうと並びます。が、入線した電車は短い10両編成(通常15両編成)で、13両目に並んでいた私はあきらめて3本目に変更しました。学習能力がないとは私のことで、またもや後方位置に並んでしまい、気づいたときには短い10両編成が入線。30分に1本という運行状況で次の電車を待つ人も大勢いたので、鮨詰め覚悟で3本目の沼津行きに乗車することにしました。

 乗車率200%、300%!?ともいえる様な鮨詰めの状態で9時過ぎに東京を出発。安全確認の30キロ走行ということで、トロトロ時折止まりながらゆっくりと進みます。新橋、品川とホームは満員状況ですが、ドアが開いても人の壁ですから乗車はかないません。

 多摩川を渡る手前で「ブレーキの具合が悪い」とアナウンスがあり緊急停止。余りに時間が長いので、今度は「ブレーキの確認が終わりましたが、具合の悪いお客様がいるのでもう少し停止します。」、挙句の果てには「3両目でドアが開放され、線路にお客様が降りているようなので、もう少しお待ちください。」と次々と悪い知らせが続きます。車内は過密乗車と日光の照射で温度が上がり、アナウンスの度に乗客のため息と舌打が。停車時間が長くなれば、具合の悪くなる人が多くなるのは当然です。川崎駅まで電車を移動させて点検や救護にあたるべきであったと思います。乗務員の判断ミス(?)と乗客のモラルのなさが相まって現場に1時間停車。さすがにまいりました。

 結局9時10分に東京駅を発した電車が二宮駅に着いたのがだいたい11時45分。帰宅は正午になり、平時の3倍の時間がかかりました。歩いたり過密乗車もあって、疲れましたけど被災地の人たちのことを考えればそんなこと言ってられませんからね。無事に帰宅できただけでも良しとしましょう。家族も珍しく私の帰宅を暖かく迎えてくれました。

 しつこいようですが、平行する小田急線が昨夜のうちから終夜運転をしたのに対して、JRの対応の遅さはいかがなものかと思いますね。まあ臨海部を通りますから、津波警報なんかが発令されているとなかなか難しいとは思いますが、大動脈東海道ですから、せめて復旧以降は15分に1本の運行体制、列車の編成は長い15両編成でお願いしたいものです。また、駅では電車の編成をアナウンスしないといけませんよ。皆さん15両編成が当たり前だと思って並んでいますから、直前で言われてホーム上をばらばらと移動して混乱していました。(私もその一人)

« 観測史上最大の地震!! | トップページ | 被災地の皆さん頑張って! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 都心からの脱出:

« 観測史上最大の地震!! | トップページ | 被災地の皆さん頑張って! »