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2011年3月 8日 (火)

湯のまち修善寺

 風雲文庫を後にして、伊豆スカイライン玄岳ICから天城高原方面に向かいます。

 スカイラインは箱根十国峠から天城高原までの、伊豆半島中央稜線を南北に貫く大展望を楽しみながらのドライブを楽しめる爽快な道路である。玄岳から入って少しすると・・・

Dsc01559 出ました!富士山 Dsc01561 振り返れば箱根

Dsc01562 沼津アルプスの向うに沼津湾。左手半島は大瀬崎。もうすぐムギイカの季節だ♪

 スカイラインを20分ほど走って冷川峠ICを降りて右折し、修善寺方面へ下ります。そろそろお腹も空きました。

Dsc01563 とろろ定食をいただきま~す♪

 修善寺駅を右手に見て狩野川を渡って左折するといよいよ修善寺の温泉場です。修善寺は弘法大師空海が建立した修禅寺と門前に湧出する独鈷の湯を中心とした温泉旅館街で、半島各所で温泉場を有する伊豆半島の中でも、最も温泉場らしい情緒あふれる温泉街です。当日は多くの観光客で賑わっておりました。

 修禅寺は弘法大師空海の建立とされていますが、鎌倉期には鎌倉建長寺を開山した蘭渓道隆が住し、その後室町期の戦災で焼失しましたが、このブログではおなじみ北条早雲が再建し、曹洞宗寺院として再スタートしたそうです。

Dsc01565

 修禅寺門前、桂川河畔に湧出する「独鈷の湯」は、弘法大師空海が川で病んだ父親の体を洗う子供の姿を不憫に思った空海が、独鈷杵という仏具で岩を叩いたところ、湧出したといわれる由縁を持ち、温泉場の中心となっています。当日は温泉街を散策しただけで入浴しませんでしたが、残党さんと天然児は河原の足湯に浸かって気持ちよさそうでした。

Dsc01571 河原の足湯 Dsc01569 足湯に浸かる天然児

 温泉場として有名となったのは明治期以降で、往時は7つの外湯が設けられて明治期の文豪たちに愛された温泉場となりました。現在では独鈷の湯の他、近年復活した筥湯(はこゆ)のみです。河原沿いの温泉街を見ながら竹林の小路を経て、修禅寺と対面に位置する指月殿へ。

Dsc01573 河原の旅館 Dsc01574 竹林小路 Dsc01575 射的場

 指月殿は源頼朝の妻北条政子がその子である源頼家の冥福を祈るために修禅寺に寄進したお堂です。なぜか?頼家は母政子ら北条一門に殺されたからです。頼家は頼朝の後継者として鎌倉幕府の2代将軍になりますが、実際は北条政子の父時政や兄義時に幕政の主導権を握られてしまいました。1203年、将軍独裁を望んだ頼家は妻の父である比企能員を後ろ盾として北条氏排除を画策しましたが、北条氏に先手を打たれて、頼家の後継者である子の一幡と比企能員が殺害されてしまいます。更に頼家自身も修善寺に幽閉され、翌年北条氏の手により先述の筥湯入浴中に暗殺されてしまいました。血生臭い鎌倉初期の政争の一場面です。指月殿脇に頼家の墓がありました。

Dsc01576 釈迦如来 Dsc01577 鎌倉期らしい仏像 Dsc01578 頼家の墓

 指月殿の裏山に「おしゃぶり婆さん」なる何やら怪しげな石像があるとのことで、指示標に従って山を登ります。山道に息を切る残党さんを従えて15分ほど進みますと「おしゃぶり婆さん」に出会えました。この婆さんがなぜ「おしゃぶり」なのか説明が曖昧でしたが、赤ちゃんがくわえる「おしゃぶり」に絡めて子宝・子育ての神様だそうです。婆さんの並びにある石仏は母乳に恵まれるよう「巨乳」なスタイルとなっておりました。民俗的ですなぁ~

Dsc01582 おしゃぶり婆さん Dsc01583 巨乳仏さま(ありがたや~)

 今回は日帰りなので、温泉街に未練を残しつつ帰路につきました。

 今回の散策ルートhttp://www.shuzenji-kankou.com/walkingmap.html(伊豆市観光協会修禅寺支部HP)

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残党の生足セクシーショット

天然児の玉肌に比べて野獣のような足が写りこんでしまった。あなたはお分かりだろうか!

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