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2011年4月18日 (月)

山行 三ノ塔尾根を快適登山のはずが・・・

 桜も散り始め、本格的な春の陽気に恵まれる昨今、のんびりと程よくハイキングを楽しもうと、秦野市戸川公園から三ノ塔を目指して歩くことにした。

 三ノ塔(1,205m)は、山岳ガイドなどで採り上げられることもなく、一般的には塔ノ岳表尾根コースの通過点という低い地位に甘んじている。確かに下界から表丹沢を見上げると、塔ノ岳を中心に左翼が鍋割山稜、右翼に三ノ塔、二ノ塔とその名のとおり塔ノ岳の家来のようにも見えるが、見る角度によっては、隣の二ノ塔と仲良く並んで長い尾根を垂れる格好の良い山でもある。

110415_131820 戸川公園からの三ノ塔・二ノ塔

 三ノ塔へのアプローチは、ヤビツ峠から塔ノ岳に向かう縦走路の他に、神奈川県の山岳スポーツセンターがある戸川公園から延びる三ノ塔尾根コースがあるが、尾根が長く、目的地が認識の低い三ノ塔であることから、人気は今ひとつのコースである。

 朝方は家事に従事したので出足が遅れ、10時15分に戸川公園諏訪の丸駐車場を発った。公園内の巨大な風の大橋を左手に見下ろしながら、山岳スポーツセンターの前を通過する。センター内のフリークライミングの練習場が賑わっていた。昨年、ここで長男とフリークライミングの体験をしたが、体重移動の悪さと高所恐怖症が祟って親の威厳丸つぶれの結果となった。

110415_101747 風の大橋 110415_101731 山岳スポーツセンター

 15分ほど林道歩きをした後山道に入る。三ノ塔尾根は距離が長い分、傾斜はなだらかで歩きやすい。丹沢初心者にはうってつけのコースといえるのではないか。山岳スポーツセンターが三ノ塔尾根の取り付きに位置する理由がうなずける。落葉樹林の明るいコースを登って小ピークに達すると、少し下って表丹沢林道に飛び出した。この辺りは通称「牛首」と呼ばれる場所である。なだらかな三ノ塔尾根を牛の胴体に見立てると、小ピークが頭のように見えるから名付けられた地名であろうか。

110415_104946 明るい尾根道 110415_110756 牛首

 林道を渡り三ノ塔への登山道に入る。林道より上は杉の植林帯となるが、相変わらずなだらかな歩きやすいコースが続く。しかし標高が800mを超えた辺りから、急に傾斜が増し、岩石が露出する荒々しいコースに変貌した。

110415_114054 頂上直下の急傾斜

 黙々と急坂を登っていくと、突如上から数頭の鹿が勢いよく下ってきて、私の両脇をかすめて下っていった。至近だったのでさすがに驚いたが、それは相手も同じことであったろう。しばらくして4人のグループが下山してきたので、鹿はこのグループに追われるようにして下っていったのであろう。

 登り始めてからちょうど2時間で三ノ塔の山頂に立った。正面に塔ノ岳が座し表尾根コースがそれに向かって延びている。振り返るとピラミタブルな大山。ここは富士山の好展望地であるが、当日は恵まれなかった。山頂に建つ休憩所で昼食をとり、下山は烏尾山に回って烏尾尾根を下り、戸沢林道を歩いて戸川公園に戻る予定である。

110415_121537 三ノ塔頂上 110415_121827 頂上の休憩所(非難小屋)

110415_121116 塔ノ岳に向かう表尾根コース 110415_121630 振り向くと大山

 が、ここで携帯がけたたましく鳴る。妻からであった。14時に送迎バスで送られてくる天然児を出迎えに行くようにとの指令である。こうなると烏尾尾根に回る余裕なんてものはない。三ノ塔尾根を直滑降ならぬ直走降しか選択肢はなくなった。のんびりハイキングが急遽トレイルランニングに変更となり、秀吉の中国大返しを彷彿させる怒涛の下山を開始した。三ノ塔尾根のなだらかさが幸いして下り易く、登りですれ違ったグループを中腹で捕捉し、1時間で下山を果たした。

 表丹沢は携帯の電波状況が良好であるが、これは救難上の観点からみれば大変良いことであると思う。その一方で、山という下界の喧騒と隔絶した世界を楽しもうとする我々を常に社会的な都合が束縛しているのも確かである。家族が家を守っていてくれるからこそ果たせる山行であることを考えれば、それは仕方の無いことであろう。

☆メンツ:単独

★コースタイム:

10:15戸川公園→10:30登山道→11:05牛首→12:15三ノ塔山頂12:20→12:50牛首→13:20戸川公園

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コメント

こんにちは。
ハイキングに良い季節ですね、よくいかれますね。
健康的で良いですね。

秦野は有名な豪族など居た所なのでしょうか。
相模だから北条氏が治めていたのでしょうけど。
この辺りは、意外と史跡が多いはずなのに、
あまり見学していません。
ボーイの時も、秦野地方はあまり行きませんでしたよね。

私、ボーイで行ったところくらいしかよく知らないです(笑)

秦野は鎌倉時代の名族波多野氏が治めていたのですが、戦国時代は前半が大森氏、後に北条氏となります。北条氏は代官として大森氏、山角氏などを配していたと思われます。面白いのが、河越夜戦で北条氏康に惨敗し、囚われの身になった古河公方足利晴氏が一時秦野に幽閉されていた記録が残っています。
ちなみに、鎌倉幕府三代将軍実朝の首を秦野に葬り、依頼土着した武氏は、本家筋である平塚岡崎城主三浦道寸に属して北条早雲と戦っております。smile

ボーイと言えば・・・。

山笑君と海月君の因縁が…wwwww

思い出すも忌まわしい昭和59年春のある日深夜0時、山北町皆瀬川上流の某沢。今のスカウトたちはあのような体験を積んでいるのだろうか・・・night

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