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2011年7月26日 (火)

上州滝巡り その2

 関越道水上ICを下りて、水上温泉街を車は抜けていきます。水上は上越国境の町、温泉街として昔から有名でしたが、今ではラフティングと呼ばれるゴムボートでの急流下りが若者の間で流行のようです。温泉街に沿って諏訪峡という渓谷があり、見下ろすと利根川の急流をカラフルなボートが何艘も下っているのが見えました。谷川のしぶきを浴びながらの川下りは何とも涼しげですが、如何にせんこの日の水上は気温17℃。涼しげを飛び越えて寒々しいですね。そう思う自分が少しジジイになったようで嫌なものです。

 水上温泉を抜けて、上越国境を貫く清水トンネルの群馬側出口、湯檜曽温泉を抜け、谷川岳の登山基地土合にやってきました。ロープウェーで天神平に上がり、谷川岳を始めとする上越国境の山々を眺めようと思ったのですが、山の上は雲に覆われています。駅係員の方に天神平の天気を尋ねたところ「上はガスっちゃって全然見えないよ。お金が勿体無いね。」と良心的な回答。それならば一ノ倉沢の大岩壁でも眺めようかと思いきや、ロープウェー駅より先はマイカー規制で片道1時間ほど歩かねばなりません。この分だと岩壁が見えるかの保障もありませんし。あれやこれや思案していると、足にチクリとブユの一刺し。よく見ると周囲にはブユの群れがブンブカ飛び回っています。さすがにブユの大群と共に楽しくトレッキングできるとは思えないので、谷川岳表から退散することになりました。

110721_144134 谷川岳の玄関口土合駅

 ふと道脇に石碑や像が集まっているところを発見。ブユを払いながら近づいてみると、谷川岳で遭難した人たちの慰霊塔でした。谷川岳は標高1,977mと、2千mにも満たないのですが、太平洋側と日本海側の中央分水嶺に位置しているため、気候の変化が激しく、また日本三大岩壁の一ノ倉沢を擁しているため、遭難するクライマーが多く、統計以来800人ほどの人名を奪ってきましたが、これは日本はおろか、世界ワースト記録だそうです。私が生を受ける以前の昭和35年に発生したザイル宙吊り事件は、岩壁に宙吊りになった2人の遺体を自衛隊が出動してザイルを狙撃・切断して遺体を墜落させた痛ましい事件として有名ですが、今でも当時のニュース映像を動画サイトで見ることができます。石碑には年度毎に遭難者の氏名が刻まれていましたが、昨年まで毎年数人の人名が刻まれていることに驚きました。魔の山谷川岳では、今後もクライマーの命が消えていくのでしょうが、それはクライマーの宿命ですから止められないのでしょうね。当に「そこに山があるから」

110721_143335 慰霊碑は谷川岳に向いて建っていました。

 湯檜曾まで戻って、今度は首都圏の水瓶、奥利根三湖方面に向かいます。藤原ダム、須田貝ダム、矢木沢ダムと何れも利根川源流部を堰き止めた人造湖ではありますが、奥利根の最奥部には人跡未踏の自然が残されています。藤原ダム周辺は廃業した遊覧船やレストハウスの遺構が見られ、往時の賑わいをうかがわせますが、今ではスキー客と少数の山菜マニアのみがこの地域を訪れるのみなのでしょう。広葉樹が多い地域なので紅葉の時期は良さそうですが。

 藤原ダムの先で「裏見の滝」の表示を見つけました。裏見の滝といえば、伊豆天城山麓に同名の滝があり、その名の通り滝を裏側から見ることができます。表示に従って右折し、スキー場がある宝台樹山を上っていくと、白樺林と下界より一月遅い満開のアジサイが美しい宝台樹キャンプ場を通過します。林間学校でしょうか、キャンプ場は子供たちが元気に走り回っています。

P1000090 一月遅い見頃 110721_161012 武尊の雪解け水

 キャンプ場の先で舗装路が林道に変り、日本百名山武尊山の裏登山口と武尊神社があります。裏見の滝は、神社手前の舗装路の終点にある駐車場から、ブナ林の参道を10分ほど歩くと目の前に出現し、落差20mはあろうかという見事なものでした。生憎斜面の崩落が進んでいるようで、裏見コースは通行止めとなっておりました。瀑布からはかなり離れていましたが、しぶきが風に乗って気持ちよく頬を濡らしました。

P1000086 裏見の滝。右手に武尊神社奥社が見えます。

 この日は湯檜曽温泉に泊まって、明日は15年ぶりに尾瀬を歩きます!

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