« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月

2011年8月29日 (月)

夢の庭園での悪夢

 いよいよ盛夏の暑さが訪れた8月7日、勝沼の葡萄や桃畑を横目に北へ進路をとります。成熟具合を見ると、葡萄はシーズンを迎えてたようですが、桃はまだ早そうですね。フルーツラインから塩山駅前を抜け、秩父方面に通じる国道140号線にある道の駅「花かげの郷まきおか」で休憩をして、いよいよ山梨県から奥秩父の山々を越えて、長野県側に下りる大プロムナードに挑戦します。このコースの大半が、山梨県の山梨市牧丘町から北上し、標高2,360mの大弛峠を越え長野県川上村に通じ、日本最高所の林道といわれる川上牧丘林道であります。この林道をドライブすることは車を所有した頃からの念願だったのですが、15年を経てやっと実現しました。以前はかなりハードな林道だったようですが、現在、山梨側は完全舗装路になり、最高所である大弛峠には駐車場が整備されているとのこと。

 牧丘町杣口地区から琴川ダムに向かう、全長10km程の杣口林道入ると九十九折の急坂を登っていきます。爽やかな風とヒメハルゼミの鳴き声が高原ドライブらしく気持ちが良いです。この道路は秩父山地の南縁を清里まで続く高原道路「クリスタルライン」の一部でもあります。秩父の山々と富士山、南アルプスなどの大展望が楽しめるコースで、自転車ツーリングの人気コースらしく、多くのライダーが峠を越えていました。

 やがて琴川ダムを眼下に見下ろす辺りで、民宿が点在する三差路にぶつかり、ここで杣口林道は終点となり、左手から上がってくる川上牧丘林道へ直進していきます。本来秩父の山々が迫り迫力ある展望が楽しめるはずですが、この辺りは下界の晴天に反して小雨が降ったり止んだりする天気で遠望はききませんでした。琴川ダムより上は針葉樹林の高山の雰囲気で、涼しさは寒さに代わるようになっていました。牧丘町杣口地区から1時間余りの林道ドライブで、最高所大弛峠に到着しました。峠周辺の駐車スペースは満車で、路肩駐車も多く、峠を少し過ぎた路肩に駐車しました。

 大弛峠は奥秩父縦走路上に位置して、西に秩父山地の盟主金峰山。東には国師ヶ岳や遠く甲武信ヶ岳に縦走路が延びています。これらの山々に最端コースで往復できる位置にあるので、マイカー登山者が集中する場所なのです。

P1000435 奥秩父縦走路上の大弛峠

 今回は登山ではなく寄り道なので、大弛峠から東に15分ほどの夢の庭園を目指すことにしました。「夢の庭園」・・・聞いただけでワクワクしてきますね。大弛小屋の前庭ではチビッ子がオフロードカーのラジコンで遊んでいました。小屋の管理人のお子さんでしょうか。夏休みなのでのんびりとした山の時間を送っているようです。からかうようにラジコンが私たちの後ろからつけてきたので、天然児はフルテンションで爆笑しておりました。彼にとっては小屋の前庭が夢の庭園になってしまったようです。

P1000437 遅咲き石楠花の花が残っていました。

 針葉樹帯の中の登りを少し歩くと、巨岩と低木が見事なコントラストを見せる場所に出ました。ここが「夢の庭園」です。昭和35年に前述の大弛小屋の管理人が発見した絶景ポイントだそうで、晴れていれば360度の大展望を手にすることが出来ると聞いてはいたのですが・・・この日は雲に包まれて真っ白の世界です。まあ、それはそれで神秘的な世界を堪能できましたけど。

P1000439 夢の庭園へ P1000440 これで展望が開けたら最高でしょう。

 階段状の木道を少し進むとベンチがあったので、仙人のように霞をおかずに昼食としました。が、程なくゴロゴロロ・・・と低いうなり声のような雷鳴がしてきました。それを合図にしたかのように、今まで霧雨状だった雨が物凄い大粒の雨に変わりました。こうなるとオチオチおにぎりを食べているどころではありません。何より先んじて雷から身を隠さねばならないので、樹林に逃げ込んで大岩の影で雨を凌ごうとしましたが、岩の下に押し込もうとした天然児がパニックに陥って泣き叫ぶので手がつけられません。雷が近くなり、雨はますます強くなるので、恐怖に絶叫する天然児の手を強引に引いて川と化した登山道を下る羽目になってしまいました。何より天然児の合羽を忘れたのが痛手でした。これは親としてどう非難されようと返す言葉がありません。国師ヶ岳方面からもぞろぞろとハイカーが下山してきました。泥沼の敗走状態です。

P1000444 雷雨襲来!

 大弛小屋には多くの人が雨宿りをしていましたが、泣き叫ぶ天然児を引いて小屋の前を通過するときの視線が痛かったです。彼の声が余りに物凄かったので、皆さんに心配をおかけしてしまったようです。前述のラジコン少年が「あの子大丈夫か!?」と驚きの声を上げたのがトドメでしたね。申し訳ありません。車に戻って、天然児の身包み剥いで乾いた着替えを着せましたが、彼には本当に可愛そうな経験をさせてしまいました。山嫌いが更に進んでしまったことでしょう。

 それにしても、峠から片道15分の夢の庭園でもこの有様です。峠の駐車状況が語るように、この日は夏休み期間の休日ということで、多くの人が奥秩父の山に入っていたことでしょう。金峰山方面を目指した人はさぞや苦労したことでしょう。山の天候の恐ろしさを学ぶ良い機会になりました。

 川上牧丘林道は大弛峠を境に長野県側はダートとなりますが、これがとんでもない悪路で、大きな石はゴロゴロしているし、路面が削られて大きなギャップがあったりと、オフロードカー向きの路面状況でした。マイカーはステーションワゴンなので、何度も底の方から嫌な接触音を上げながら恐る恐る下りました。雷雨はますます勢いを増し、路面は川のように泥水が流れておりました。

P1000445 長野県側のダート(湿気でカメラのレンズカバーが半開き)

P1000448 廻目平の屋根岩

 林道の終点に位置する長野県川上村の廻目平にある屋根岩が雲間から姿を見せたときはホッとしました。我が子、マイカー共に優しくない夢の実現でした。

2011年8月25日 (木)

館山沖に空母を見た!

 8月は遊んでばかりでブログの更新は怠り気味でした。房総の旅、最後は館山湾で見た自衛艦についてです。

 夕方、防波堤で釣りをしていると大きな船が館山湾内に入ってきました。その外観は平らな甲板を有していて、甲板上にはヘリコプターが駐機されているのがうかがえました。それは70年の時を越えて出現した航空母艦そのものです。この艦こそ現在我が国が保有する最大級の戦闘艦「ひゅうが」型護衛艦であります。

P1000358 館山湾に入った「ひゅうが」背景に房総の秀峰富山

 排水量14,000t、全長は200mに達する大型艦で、艦の規模からいえば旧日本海軍の空母「飛龍」型に匹敵する大きさを有します。ヘリコプターは最大11機搭載が可能で、こうなると日本では護衛艦という呼称ですが、世界的な分類ではヘリ空母ですね。それはおろか、軍事ジャーナリストの間では、長大な上甲板にはVTOL機=垂直離着陸機の搭載が想定されているという疑惑をもたれているくらいですからね。同型艦は「いせ」を命名されていて、旧軍の戦艦「日向」と「伊勢」を彷彿されます。いよいよ自衛隊を脱却して海軍に脱皮しようとする思想を実感しました。今更ながら「もはや戦後ではない」ですか。

 この空母は長大な上甲板と共に、広大な格納庫を有していて、東日本震災における被災地への物資輸送や、入浴施設を仮設して被災者への入浴支援を行っていたことは記憶に新しいところであります。そう考えると、安易に空母としては割り切れない面がありますが、現在の日本を取り巻く領海の異変は、こうした強力な抑止力が必要になっているのかもしれません。そうした海域にこの艦が投入されることがあれば・・・それは戦争でしょうね。

 翌朝、防波堤で釣りをしていると、同艦は館山湾から出ていきました。「船は出てゆく 港の沖へ 愛しあの娘のうち振るハンカチ 声をしのんで心で泣いて 両手合わせてありがとう・・・」

P1000361 日本海軍もここまできたか・・・

2011年8月24日 (水)

のんびり南房総 その5 40分の楽しい船旅

 一昔前、神奈川から房州方面へ行くには、東京都内経由で混雑する首都高速を経由して、東京湾を大きく迂回しなければなりませんでした。そのような状況下で東京湾を横断する海上航路は重宝な交通手段であったことでしょう。かつては東京湾内の航路は時代と共に変遷し、川崎-木更津航路と久里浜-金谷航路に淘汰されました。やがて平成9年に川崎-木更津間の東京湾アクアラインが開通すると、同区間の航路は廃止され、今や久里浜-金谷間の東京湾フェリーを残すのみとなってしまいました。かつては本州四国連絡橋によって宇高連絡線他の本四間航路が次々と廃止になったように、高速道路網の整備によって東京湾のフェリーも苦境に陥っているようです。近年まで「かなや丸」、「しらはま丸」、「くりはま丸」の3船体制で30分間隔のダイヤだったのが、利用者の減少によって、昨年「くりはま丸」がフィリピンに売却されて、現在は2船体制で1時間間隔となっています。

 「判官びいき」ではありませんが、房総半島でも南房総や内房に行くときは必ずフェリーを利用しています。何よりも、我が家から久里浜まで1時間余りのドライブで南房総に敵前上陸できるので、長距離ドライブや渋滞の疲労もなく、到着後すぐに海へ飛び込めるメリットがあります。

 反面、料金で考えると、アクアラインを利用した場合、通行料はETC割引によって往復わずか1,600円。これに対して、東京湾フェリーは全長5m以内の自家用車航送料が往復7千円に同乗者料金が往復大人1,400円、小人700円。料金の差は判然としています。フェリーを利用すると旅行代に1万円プラスとなってしまいます。

 しかし、旅行代がその分嵩んでも、フェリーを利用する価値があると考えています。今回はそんな東京湾フェリーの魅力をいくつかご紹介します。

①母艦のようなフェリー・・・係員に誘導されて乗船タラップを渡ると、自家用車100台以上を収容する広い車両甲板に滑り込みます。この乗船、下船シーンだけでもパイロットのような感覚でドキドキしますね。男ならぜひ!指示位置に停車したら客室でのんびり船旅を楽しみましょう。

P1000429 広い車両甲板には乗用車なら110台収容可能!

②行きかう東京湾の船・・・フェリーの航路は東京湾の出入口である浦賀水道を横断しているので、湾を出入する多くの貨物船やそれを誘導するタグボート、自衛艦、漁船、プレジャーボートなど多くの船を見ることができます。また、浦賀水道はアジ釣りの好ポイントですから、多くの遊漁船が集まっています。釣果が気になるところですね。

P1000268 天然ガス油送船 P1000270 コンテナ輸送船

P1000267 遊漁船の脇を通過するしらはま丸 P1000264 カツオ釣り?

③カモメの餌付け・・・航路半ばにさしかかると、多くのカモメが上甲板に飛来します。お菓子などを投げてあげると、見事にキャッチして食べます。人が餌をあげている光景を眺めているうちに、ついつい売店に足が向いてしまいます。カモメたちは意外と船内売店の売り上げに貢献しているようですね。

P1000413 手から取らないかな P1000421 「餌くれ~」

④見事な操船・・・南北の浦賀水道をフェリーのみが東西に横断していますから、過密ともいえる多数の船の間を巧みに航行していきます。船は惰性が大きいので、早めの舵取りが重要ですね。また、久里浜港で船の前方から乗船して、船尾に向いて並んでいる車は金谷港では船尾から順に下船しなければなりません。その為金谷港に入港したフェリーは、全長80m、3,500トンの巨体を狭い港一杯に旋回させて船尾から接岸します。この操船はお見事!

P1000408 金谷港は狭いです。

 その他にも海を眺めていると潮目が見えたり、トビウオが飛んだりします。また、房総、三浦両半島は近いようで気候が違って、晴れていたのに対岸は大雨など驚かされることがあります。

P1000265 潮目が見えました。

 かつての青函、宇高に代表される鉄道連絡船から小さな湾内を学生や買い物客を乗せて往復する渡し舟まで、陸路の延長を担う航路はいかにも島国日本を象徴するもので、橋をストレートで通過するよりも、時間をかけて乗り換える手間を味わうことで「渡る」という実感が増して、旅情も深まるものだと思います。皆さんも少し遠回りかもしれませんが、味わってみてはいかがでしょうか。

2011年8月18日 (木)

のんびり南房総 その4 戦争遺跡

 千葉県内、特に九十九里地区や内房・南房総地区には、大東亜戦争時の軍事施設の遺構が数多く残っています。前者は本土決戦時に九十九里浜に米軍が上陸することを想定した防衛施設で、後者は明治期以来の東京湾の防衛施設です。

 館山湾は北の大房岬と南の洲崎に囲まれて、波浪がほとんど立たない穏やかさから、別名「鏡ヶ浦」と呼ばれています。房総半島の最南端にあるこの穏やかな湾は、「下駄履き」と呼ばれたフロートを装着した水上機や飛行艇の離着水に適していることから、昭和初期に海軍航空隊が設置されて、太平洋から帝都方面に迫る敵艦隊や航空群をいち早く察知するための哨戒拠点となりました。戦後も海上自衛隊第21航空群が置かれて、「ゲタ履き」に代わってヘリコプターが離着陸しています。この館山基地の周辺にも、戦時中の軍事施設の遺構をみることができます。

 まずは基地の裏山に築かれた赤山壕です。赤山壕は館山基地のすぐ南にある小高い山に構築された延長2kmといわれるトンネルで、戦局が逼迫してきた頃に敵機の襲撃から航空基地の機能を守るために掘られたものといわれています。少ない証言から、司令部や兵器庫、燃料庫、兵舎などおおよそ基地機能を丸々収容できる要塞規模のものであったと思われる貴重な遺構です。現在はその一部が整備されて公開されています。

 合宿でしょうか、コーチらしい人の声が響き、大勢のスイマーが一心不乱に泳いでいる市営プールの脇にある公民館で受付を済ませ、ヘルメットと懐中電灯をお借りします。壕入口は公民館の裏手にあって、薄暗い壕内に入ると、外界の暑さと蝉時雨の喧騒とは全く別世界の涼しさと静寂が広がっていました。心持、電灯が設置されていますが、場所によっては足下が見えないので、懐中電灯が必要となります。導入部からしばらく進むとトンネルは下降して、その先は縦横にトンネルが延びる区画が出現します。壁面は岩盤ですが、地層というのでしょうか縦横に走る縞模様や樹木の年輪のような丸い模様になっていいて、結構きれいなものです。しかし、削岩機や手掘りの痕が生々しく残っていて、構築当時の苦労が偲ばれます。公開区域は入口近くに限られていて、地下壕は奥へ奥へと延びていて、懐中電灯を照らしても奥の方が確認できないようなところもありました。もしかしたら、その奥には旧日本軍の新鋭戦闘機が眠っているかもしれませんね。

P1000339 ちょっと不気味です。 P1000337 壁面の層も見ものです。 P1000336 これはお風呂??

 赤山壕のある山の裏手に航空機の掩体壕が残っていました。赤山壕から歩いても5分程の畑や緑地の中に住宅がまばらに点在する地区です。掩体壕は航空機を爆弾の直撃や至近弾の破片から守るために機体を丸ごと包むように設計された蒲鉾型のコンクリート格納庫です。館山基地周辺に10箇所ほど構築されたそうですが、現存するのはこの1箇所のみです。掩体壕の天蓋は土で覆われ植栽が施されているので、周囲の情景に溶け込んだ隠蔽効果があります。掩体壕の存在を示す案内板の辺りは、ちょうど天蓋部にあたり、一見田舎の風景が広がるばかりでよく判らなかったのですが、ウロウロしているうちに正面に回り込んで、その存在を知ることができました。

P1000342 いったいどこに? P1000345 ウロウロしていると・・・

P1000344 ありました!

 これら紹介した戦争遺跡はほんの一部のようです。館山周辺だけでも特攻兵器の発進基地や沿岸砲台、砲術学校の跡などまだまだ隠れた遺跡が残されているようです。今後も可能な限り踏査していきたいと思いますね。

2011年8月16日 (火)

のんびり南房州 その3 大洋を望む涅槃仏

 館山市街から房総最南端の野島崎方面に国道410号線を進むと、左手の丘の上に常楽山萬徳寺というお寺があります。お寺なので仏教寺院なのですが、宗派などに属さない布教を行っているところだそうです。ちょっと?な気もするのですが、珍しい涅槃(お釈迦様入滅の姿=横になっている仏像)仏があるというので、一見の価値はありそうです。

 国道脇の小さな砂利の駐車場から、朱塗りの山門をくぐって、やや急な坂道を上っていきます。南には外洋に面した海岸線が見えていて実に気持ちの良い風景です。しかし、境内には仏閣のような建築物は特に見当たりません。丘の上に至って目に飛び込んできたのは・・・

P1000356 露座ならぬ露寝のお釈迦様

 萬徳寺の境内には体長16m、重量30tという巨大な涅槃仏が横たわっておりました。涅槃仏は日本では珍しいので、丘の上から見える太平洋の風景も相まって、どこか異国情緒を感じられます。仏殿など一切なく「これだけ」というのが、逆に涅槃仏の個性が引き立って良いかと思います。

 この涅槃仏にはお参りの仕方がありまして、最初にお線香を手向けた後、合掌して段々になっている台座の部分を時計回りに涅槃仏の周囲を3周すると、巻貝のように涅槃仏の足のところに到達します。ここで仏の足裏に額をつけて願いをすると成就するということです。

P1000350 長生きできますよう・・・

 房総にお出かけの際は、この珍しい涅槃仏を訪ねてみてはいかがでしょうか。

2011年8月13日 (土)

のんびり南房州 その2 海遊び

 館山湾に面した宿の前は波静かで遠浅な遊ぶには最適な海水浴場です。引き潮になると根が水上に出るので、タイドブール(潮溜り)には多くの生命で満ち溢れています。ハゼやギンポ、イワガニ、マンジュウガニ、ヤドカリ、ヒトデ、ウニ、小エビ、タコ・・・子供と一緒に夢中になって珍種を探し回ります。時折三角の甲羅を持ち、海藻で着飾ったカニや熱帯魚のような黄色や青の小魚を捕まえることができます。ヤドカリにいたってはアリのように足の踏み場もないくらいに満ち溢れています。

P1000363 波佐間海水浴場 P1000326 引き潮どき

 隙をみてシュノーケリングで根回りの深みをみて回ると、カサゴ、メバル、黒鯛、スズキ、カクアジ、ベラ、カゴカキダイ・・・色々な魚が姿を見せてくれます。砂地には大きなシロギスやメゴチ、60cmもありそうな大きなマゴチもいます。マゴチは小川の流れ込みや放流渠の近くを好むようで、次の日行ってもそこに来ています。海中では自分が優位なことを知っているらしく、私が真上に泳いできても逃げる気配もありません。ならばと手を伸ばすと、ギリギリ手の届く範囲から逃れてこちらを窺っています。このやりとりが最高に楽しい♪

110802_163458 Dsc00564 Dsc00565 ヒトデだけでも多種多彩

 涼しい早朝は防波堤釣りのチャンスでもあります。夏から秋にかけては青物(回遊魚)が岸近くに回ってくるようで、餌を買いに行った釣具屋のオーナーに状況を聞くと、館山湾内の各堤防はソーダガツオが回ってきているそうです。そうはいっても、子供とお遊びでのんびり釣るには、やはり餌持ちの良いイソメをつけたチョイ投げが一番だと思います。イソメをつけた天秤仕掛けや胴突き仕掛けを投げ込むと、カサゴ、メバル、ベラ、メジナ、ハゼ、カワハギ、フグなど、絶え間なくいろいろ釣れて飽きません。たまにカサゴやカワハギの大物が釣れてびっくりすることも。

Dsc00646 宿の目の前が見物堤防

110802_165557 こういう方々が多いのですが・・・ P1000144 ときにはこんな珍客も

 更に今回驚いたのは、5時頃キビナゴの群れを追ったシイラの群れが堤防前を通過したことですね。水面を小魚が一斉に跳ねて逃げると、その後からマリンブルーの魚体をひらめかせたシイラが数匹追う姿を見ることができました。ルアーを投げる地元の若い衆が70cmほどの大物を数本キャッチしていました。

110802_053108 次回はコイツを狙おうかな・・・

 そのほか、朝は浜辺を歩いてタカラガイなど貝殻を拾ったり、磯くずを突っついて生き物を探したりするのも結構楽しいです。近くで水中観光船が出ている場所がありますが、最近はここでジンベイザメを見せてくれるとか。来年もまた訪れたいと思っています。

Dsc00604 水中観光船 Dsc00600 運がよければ海の彼方に富士山が・・・

2011年8月12日 (金)

のんびり南房州 その1 鋸山

 毎年子供たちが夏休みに入ると南房総に海水浴に行くのですが、近年は長男がトーンダウン気味なので、3、4日の旅行期間丸ごと海ということはなくなり、周辺をブラブラとドライブしております。

 8月1日(月)東京湾フェリーで久里浜から金谷に上陸。金谷港の目の前にそびえる鋸山は海岸線からギザギザと延びる鋸歯のような稜線は、フェリー船上からも金谷がどこであるかすぐ分かります。15年ほど南房総に通い続けていますが、海水浴メインであったため鋸山に寄ることは1度もなかったのですが、今回は初めて立ち寄ることにしました。

P1000275 金谷港から見上げる鋸山

 鋸山には全山に渡って日本寺という古刹がありますが、開山は725年といいますから1,300年ほど前、聖武天皇の御世に高名な行基菩薩によって開かれた由緒ある寺院です。七堂十二院百坊という規模を誇り、空海、良弁、慈覚などの名僧が寄食し、足跡を残したといわれています。その後、源頼朝や徳川幕府の信仰も篤かったそうですが、明治早期の廃仏毀釈や昭和期の火災で荒廃し、現在は伽藍などは皆無の状態です。全国どこの寺院へ行っても、廃仏毀釈の痕跡は見られますが、煽動された大衆の破壊力の恐ろしさを窺い知れますね。例えれば、日本版バーミヤンの大仏破壊といったところでしょうか。失われた伽藍は今日細々と再建が進められているようです。

 日本寺の参道を一巡するのは=鋸山登山ということになり、真夏に訪れると汗をかくことを覚悟せねばなりませんが、信仰心と向学心を持ってチャレンジすることになりました。とは言え、麓からせっせと登るわけではなく、金谷側(富津市)からロープウェーで一気に稜線に到達するか、金谷とは反対側である保田側(鋸南町)から有料道路等で標高を稼ぐことが可能です。我が家は子供らを祖父母に引率させてロープウェーに乗せ、私は車で裏から上がって境内で合流することになりました。

 駐車場から足早に参道を登ってロープウェー組を稜線に近い西口で迎えます。さあ蝉時雨の中、境内を歩きましょう!鋸山は大きく三つのエリアに分けられ、それぞれ山頂エリア、羅漢エリア、大仏エリアとなります。まずは山頂エリアに向かい、東側の階段から羅漢エリアをかすめて大仏へ下り、再び西口へ戻る周遊コースです。

Map 日本寺HPhttp://www.nihonji.jp/より

 まずは百尺観音です。この観音様は戦争犠牲者と交通事故犠牲者の供養のため、昭和高度成長期に山頂部の石切場跡に彫られた巨大な磨崖仏です。とにかく迫力がありますか、その磨崖仏の背後にそびえる岩山の張り出しに、私たちの目は釘付けになりました。この張り出しこそが、鋸山の山頂に位置する名所「地獄のぞき」であります。

P1000282 巨大な百尺観音その上には・・・ P1000286 Go!

 「地獄のぞき」がある山頂部からは360度の展望があり、晴天ならば富士山も望めることでしょう。この日はガスッていましたが、北には金谷港、南には里見八犬伝で伏姫が隠れ住んだといわれる富山や洲崎方面が望めました。高所恐怖症である私は「地獄のぞき」は近寄り難いポイントですが、意にも介さない長男はテンション上げて柵を乗越える勢いでヒヤヒヤさせられました。

P1000295 「地獄のぞき」の長男 P1000297 目がくらみます・・・

P1000298 金谷港。フェリー見えます。 P1000302 左に富山。右奥に洲崎

 山頂部から急階段を下ると羅漢エリアがあります。個々に表情豊かな羅漢さんに見送られ大仏前の広場にでました。この大仏さんは江戸時代天明期に彫られたものですが、百尺観音と並んで見ごたえ充分ですね。鋸山は当にパワースポットですね。

P1000276 羅漢さんの群 P1000306 岩を貫く二天門

P1000308 日本寺の大仏

 疲れたメンバーと交代して、長男と天然児を率いて汗をかきかき稜線に戻り、ロープウェーで金谷側に下りました。ロープウェーの駅には沢山の猫がのんびりしていました。

P1000314 くつろいだ猫たち P1000317 なかなか見応えありました。

2011年8月 5日 (金)

山行 富嶽絶景の金時山

 7月23日(土)尾瀬から帰宅して一夜が明けたこの日は夏には珍しい快晴の青空でした。天然児はさすがに疲れて朝寝坊をしましたが、起きてくると至って元気なので療育施設に行かせることにしました。そうなると私も送迎の間4時間ほどの時間が生じることになり、近場の低山を楽しむことができます。表丹沢県民の森から鍋割山にしようかと思っていたのですが、イマイチ気乗りしなかったので、そのまま国道246号線を走り足柄平野に出ると、箱根の外輪山とその後ろに居座る富士山の姿がとても綺麗です。

 そこでふと、富士山の展望が良い金時山(1,213m)にしようと思い、南足柄の矢倉沢へ向かいました。矢倉沢の奥にある地蔵堂からは、これまた富士山の展望が良い矢倉岳のコースが一般的ですが、沢沿いに金時山に向かう金太郎ハイキングコースの基点ともなっています。自分なりに金時山の方がブランクが長かったのでこちらを選択しました。

P1000196 矢倉沢から仰いだ矢倉岳(870m)

 金時山も含めた箱根外輪山は内側からのアプローチが比較的楽で、外側からはやや長めのコースとなるのが一般的です。金時山に関しては外輪山の北端で、矢倉岳に延びる足柄尾根とのジョイントを成していることからアプローチが多く、外輪山を越える乙女峠や足柄峠から尾根伝いに登るのが比較的楽であるといえます。その他、地蔵堂からのコースの他にも、箱根仙石原からのコースや明神ヶ岳からの縦走路、御殿場線駿河小山からの長いコースなどがあります。

 地蔵堂の駐車場に入ると小学生らしき大勢の児童が観光バスで乗り入れていました。メガホンで説明する先生の話を聞いてみると、どうやら登山口にある夕日の滝キャンプ場でキャンプをするらしいので、この集団よりは先に出発していないとおじさん一人が小学生に混じって、「しらすの中のイカっ子」のような状態になってしまいます。それに小学生の冷やかしはちょっと苦手なので、そそくさと身支度して出発しました。

 夕日の滝に延びる道筋は、木工、イノシシ猟など山に糧を求める人たちの小さな集落(6月20日http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-031a.html)で、集落が途絶えると、夕日の滝キャンプ場の入口を左手に見送って、沢沿いに金時山へ向かうコースに進みます。しばらくは未舗装ながら軽四程度なら進入可能な林道を歩くことになりますが、先日通過した台風の影響でしょうか、林道は土砂の崩落や倒木がひどく、場所によっては路面を水が流れて沢のようになっていて、急ごしらえの迂回路なども設けられておりました。

P1000197 登山口の紫陽花 P1000201 荒廃した林道 P1000202

 登山道に入ると林道の荒れ具合に対して道は安定し、夕日の滝上流の沢を左手に見ながら少し行くと右に足柄峠から山頂に延びる尾根に向かうコース、左に沢沿いに進むコースと分かれました。左手の沢沿いコースを選択すると、やや暗い根元の崩落が目立つ杉の樹林を上がることになりますが、平行する沢を2、3度渡渉するなかなか面白いコースです。源流部に達するとコナラや赤松、ウツギ、ツゲ、山桜などが生える樹林帯に変り、標高を稼ぐにつれて急登となります。

P1000205 渡渉の多いコース P1000209 気持ちよい天然林

 途中、樹林が大きく開けて金時山の山頂が見えました。格好の良い山ですが、その分山頂直下は登りがキツそうです。足下を見ると得体の知れないジャンボなヤスデ?が歩いていました。以前、湯坂道で見た巨大ゴキブリ(サツマゴキブリ?)もそうですが、箱根では時折、身の回りではお目にかかれない生物に遭遇します。

P1000210 ピラミタブルな金時山 P1000211 な、なんだちみは!

 左右の分岐から小一時間ほど登ると、足柄峠からの県境尾根道に出合います。目の前には富士山の堂々たる姿が飛び込んできて驚かされます。なかなか晴天には恵まれない夏場ですが、この日は赤土の色まではっきりと見て取れました。やっぱり富士山は素晴らしい!朝日、桜花などと並ぶ日本人の心ですね。この辺りを猪鼻砦と呼ぶそうですが、金時山も頂上部が伸び上がったその姿がイノシシの鼻を彷彿させることから、別称「猪鼻岳」とも呼ばれています。

P1000212 富士山が近い! P1000215 山頂が待っています。

 四輪車も走れそうな広さの尾根道を5分ほど歩くと、別パーツのように巨大な山頂部が迫ってきました。さて、これからが金時山登山のハイライトである頂上直下の急登に突入であります!木の階段はやがて鉄梯子になり、往年の名作ゲーム「クレイジークライマー」の如く上へ上へとよじ登っていきます。鎖場や片側が切れ落ちた箇所もありますが、登山道は整備されているので不安は感じません。この夏空の下、老いも若きも多くのハイカーが山頂に取り付いています。梯子場では対向者や先行者と譲り合いが必要です。

P1000218 ハイライト P1000219 急登を・・・ P1000223 ひたすら・・・

 時折、右手に富士山が顔を覗かせるので小まめに呼吸を整えます。振り返ると丹沢の三勇士(蛭ヶ岳、檜洞丸、大室山)や道志山塊の御正体山が並んでいました。

P1000220 丹沢三勇士 P1000224 御正体山

 急登りを30分ほど登ると山頂に2件並ぶ茶屋の裏手から金時山山頂(1,213m)に立つことができました。山頂では多くのハイカーがお昼をとっていました。温泉場箱根の山一角に位置する立地条件でしょうか、山ガールの密度はかなりのものでした♪暑い中、苦労した甲斐があったものです。ここからの富士山も裾野まで遮るものが無く素晴らしいものです。その左手、外輪山の向こうに愛鷹連峰が見えていますが、近くにいたおばちゃんは「あれが沼津アルプスだよ!」と見当違い振りはご愛嬌です。更に左に目を移すと箱庭のように外輪山に囲まれた箱根仙石原と芦ノ湖、それに神山の懐に口を開けた大涌谷が面白い。乙女峠から仙石原へ下る国道138号線をミニカーのように車が往来しています。ふと気付くと芦ノ湖の向こうに遠く伊豆天城山が見えていました。

P1000225 富嶽絶景の山 P1000231 乙女峠の向こうに愛鷹連峰

P1000230 箱根のジオラマと遠く天城の山々

 岩に腰掛けると箱根側から心地よい風が吹いています。山ガールをおかず(×)素晴らしい展望をおかずに(○)ほおばるおにぎりはコンビニ製品ですがいつにも増して美味しいものです。人が多い分ピーチクパーチクやかましいのですが、皆それぞれに感動を口にしているのでしょうから仕方ありませんよね。

 山頂には金太郎茶屋、金時茶屋の2件の茶屋が並んでいますが、前者は神奈川県、後者は静岡県に位置しています。金太郎茶屋でカキ氷をいただいて下山開始です。県境尾根を夕日の滝沢コースが分岐する猪鼻砦を直進して、数台の車が駐車する林道ゲートまで行き、夕日の滝方面に下ります。尾根道にはコバイケイソウやホタルブクロの花々や尾根道を往復するオニヤンマなどの生物が目を楽しませてくれました。

P1000232 金時茶屋裏手からの足柄平野と大山

P1000238 コバイケイソウ P1000239 ホタルブクロ P1000240

 樹林をまっすぐに下ると苔むした涸れ沢沿いの道となり、程なく往路分岐した沢に出てきました。夕日の滝方面に下りる人はほとんどいないので、ここで失礼して裸になりたっぷりとかいた汗を冷水に浸したタオルでぬぐいましたが、その気持ちよさは言語で表せません。ハァ~生き返る。

P1000242 一気に下り P1000246 オアシスで一息 P1000247

 林道を歩いていると、夕日の滝の水音と子どもたちのはしゃぎ声が聞こえました。皆楽しい夏の思い出をたんと作って帰ることでしょうね。

☆メンツ:単独

★コースタイム:3時間35分(休憩含む)

地蔵堂駐車場10:25→10:35夕日の滝キャンプ場→10:50沢沿い分岐点→11:40猪鼻砦(小休止)11:45→12:15金時山山頂(昼食)12:30→13:00夕日の滝分岐→13:25沢沿い分岐点(小休止)13:35→13:50夕日の滝キャンプ場→14:00地蔵堂駐車場

Photo

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »