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2011年8月18日 (木)

のんびり南房総 その4 戦争遺跡

 千葉県内、特に九十九里地区や内房・南房総地区には、大東亜戦争時の軍事施設の遺構が数多く残っています。前者は本土決戦時に九十九里浜に米軍が上陸することを想定した防衛施設で、後者は明治期以来の東京湾の防衛施設です。

 館山湾は北の大房岬と南の洲崎に囲まれて、波浪がほとんど立たない穏やかさから、別名「鏡ヶ浦」と呼ばれています。房総半島の最南端にあるこの穏やかな湾は、「下駄履き」と呼ばれたフロートを装着した水上機や飛行艇の離着水に適していることから、昭和初期に海軍航空隊が設置されて、太平洋から帝都方面に迫る敵艦隊や航空群をいち早く察知するための哨戒拠点となりました。戦後も海上自衛隊第21航空群が置かれて、「ゲタ履き」に代わってヘリコプターが離着陸しています。この館山基地の周辺にも、戦時中の軍事施設の遺構をみることができます。

 まずは基地の裏山に築かれた赤山壕です。赤山壕は館山基地のすぐ南にある小高い山に構築された延長2kmといわれるトンネルで、戦局が逼迫してきた頃に敵機の襲撃から航空基地の機能を守るために掘られたものといわれています。少ない証言から、司令部や兵器庫、燃料庫、兵舎などおおよそ基地機能を丸々収容できる要塞規模のものであったと思われる貴重な遺構です。現在はその一部が整備されて公開されています。

 合宿でしょうか、コーチらしい人の声が響き、大勢のスイマーが一心不乱に泳いでいる市営プールの脇にある公民館で受付を済ませ、ヘルメットと懐中電灯をお借りします。壕入口は公民館の裏手にあって、薄暗い壕内に入ると、外界の暑さと蝉時雨の喧騒とは全く別世界の涼しさと静寂が広がっていました。心持、電灯が設置されていますが、場所によっては足下が見えないので、懐中電灯が必要となります。導入部からしばらく進むとトンネルは下降して、その先は縦横にトンネルが延びる区画が出現します。壁面は岩盤ですが、地層というのでしょうか縦横に走る縞模様や樹木の年輪のような丸い模様になっていいて、結構きれいなものです。しかし、削岩機や手掘りの痕が生々しく残っていて、構築当時の苦労が偲ばれます。公開区域は入口近くに限られていて、地下壕は奥へ奥へと延びていて、懐中電灯を照らしても奥の方が確認できないようなところもありました。もしかしたら、その奥には旧日本軍の新鋭戦闘機が眠っているかもしれませんね。

P1000339 ちょっと不気味です。 P1000337 壁面の層も見ものです。 P1000336 これはお風呂??

 赤山壕のある山の裏手に航空機の掩体壕が残っていました。赤山壕から歩いても5分程の畑や緑地の中に住宅がまばらに点在する地区です。掩体壕は航空機を爆弾の直撃や至近弾の破片から守るために機体を丸ごと包むように設計された蒲鉾型のコンクリート格納庫です。館山基地周辺に10箇所ほど構築されたそうですが、現存するのはこの1箇所のみです。掩体壕の天蓋は土で覆われ植栽が施されているので、周囲の情景に溶け込んだ隠蔽効果があります。掩体壕の存在を示す案内板の辺りは、ちょうど天蓋部にあたり、一見田舎の風景が広がるばかりでよく判らなかったのですが、ウロウロしているうちに正面に回り込んで、その存在を知ることができました。

P1000342 いったいどこに? P1000345 ウロウロしていると・・・

P1000344 ありました!

 これら紹介した戦争遺跡はほんの一部のようです。館山周辺だけでも特攻兵器の発進基地や沿岸砲台、砲術学校の跡などまだまだ隠れた遺跡が残されているようです。今後も可能な限り踏査していきたいと思いますね。

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