« 松本の奥座敷 穴沢温泉 | トップページ | 山行 雨山は今日も雨だった・・・ »

2011年9月 6日 (火)

何度来てもよいところ 上高地

 1度訪れたら満足という旅先が多い中で、何度訪れても良いところがありますね。私にとっては、尾瀬や霧ヶ峰、南房総の海などと並んで上高地がそのひとつですが、小学生のときに親に連れられて来たとき以来5、6回になります。最初に来たときは、現在マイカー規制が行われている釜トンネルの先も、マイカーが通行できていた時代で、狭くて暗く、露岩が荒々しい釜トンネルを抜けたときの梓川の青さはこの上なく爽快でした。夜行で行ったので、大正池の脇で朝食にカップラーメンを食べたことは今でも遠い記憶にあります。

 8月8日(月)何度目かになる上高地です。松本市街から松本電鉄に沿って国道158号線を西進。この道は安房峠を越えて、新穂高温泉、乗鞍や高山はおろか、富山、能登、福井方面の旅に通った道なので、上高地も含めていろいろな思い出があります。リンゴの果樹園や水田が広がる松本市波田地区はスイカの産地のようで、沿道にはスイカの直売所が沢山見られます。天然児は常に横にある線路が気になっていますが、ローカル線は本数が少ないのでそう簡単にはお目にかかれません。松本電鉄の終着駅新島々から先は山道になり、奈川渡ダムを渡ると「上高地に来た」という期待感が膨らみます。

 沢渡の駐車場に車を停め、タクシーで上高地に向かいます。日頃タクシーは敷居が高いのですが、観光地ではバスの時刻を気にしなくてよいし、ドライバーから現地の近況や、自分が聞きたい細かな情報を聞けるメリットがあります。梓川に沿って安房峠に向かう国道の両側には荒々しく崩落した崖が続きます。危なっかしいので何とかならないものかと思いましたが、ドライバーさん曰く、崖の崩落も国立公園内では自然の姿としてなるに任せるしかないのだそうです。

P1000513 事故の記憶

 現在は安房トンネルで岐阜県側の平湯まで20分ほどで通じる道程ですが、私が幼い頃に訪れた安房峠の時代は九十九折の難所で、観光バスやトラックと出くわすとすれ違いに大騒ぎでした。この時代は平湯まで1時間以上かかっていたと思います。対岸の斜面の中腹に巨大な橋脚が何本か建っていましたが、これが安房トンネルの当初ルートの遺構です。長野県側の出口である中ノ湯の工事現場で、平成7年に水蒸気爆発事故が発生して4名の方が亡くなり、ルートの修正を余儀なくされました。大きなコンクリート製の橋脚は何とも違和感ありありですが、危険で解体すら出来ないのだそうです。

 安房峠の手前で上高地に抜ける釜トンネルに入ります。現在は交互通行の釜トンネルですが、昔の手掘りトンネルの時代は対面通行で、通過待ちに何十分も待たされた思い出が強く、難なく通過することに違和感があります。トンネルを抜けると、6月の崩落事故の復旧作業も続けられておりましたが、これも国立公園内なので、自然の景観に配慮したレベルまでしか工事が出来ないのだそうです。

P1000478 焼岳(2,455m)

 間もなく大正池の前でタクシーを下車すると、青々とした大正池の向こうには焼岳が荒々しい姿で出迎えてくれました。山頂から水蒸気が上がっているのがみえました。焼岳は比較的新しい火山で、大正4年の大噴火では泥流が梓川を堰き止めて大正池が誕生しました。前述の中ノ湯の爆発事故も焼岳の火山活動が原因です。大正池の立ち枯れ木立と焼岳の姿は上高地の名所のひとつですね。

P1000480 何かいい感じ P1000488 山女もちらほら

 大正池から河童橋方面に向かって散策です。大正池から田代池、ウェストン碑を経由して河童橋に至るコースと、河童橋から明神池を往復するコースが上高地のメジャーなトレッキングコースですが、個人的には明神池コースの回数が多く、今回のコースは2回目です。大正池からしばらくは白樺やダケカンバ、モミなのど樹林帯を歩きます。多くの人が歩いていましたが、観光地らしく普段着から山の完全装備まで千差万別です。ドライバーさんは震災の影響があって人では少ないと言っていたものの、なかなかの人手です。

P1000484 田代池から霞沢岳 P1000490 満々とした梓川

 田代池からは上高地を挟んで穂高と向かい合う霞沢岳のギザギザした尾根がよく見えました。上高地周辺では山小屋もなくアクセスが長いマイナーな山ですが、穂高の山々の展望は素晴らしいことでしょう。田代池から先は、満々した透明度の高い梓川の流れを左手にしばらく歩くことになります。帝国ホテルの裏手で穂高橋を渡って梓川右岸に渡ります。ここから先は上高地の銀座とも言うべきホテル街で、帝国ホテル、温泉ホテル、清水屋、五千尺ホテルなどの高級ホテルが並んでいます。

P1000497 ウェストン碑 P1000499 カンバ林を粛々と

 ホテルの裏手にウェストンの碑を見つけました。明治中期に英国人宣教師として来日した彼は、富士山をはじめ日本アルプスを開拓してスポーツとしての登山を日本に根付かせた人として登山家の間では神格化されています。キリスト教宣教師が山屋の神になってしまったんですね。

P1000511 河童橋

 やがて焼岳が見えなくなって、穂高岳沢のカールが見えてくると河童橋に到着です。生憎、この日の穂高は雲隠れしていました。橋の上で岳沢カールをバックに記念写真を撮ろうとしましたが、カメラを構えても容赦なく人が往来して、天然児も落ち着かないので、橋のたもとで五千尺ホテルのアイスを食べながらパチリ。

P1000503 穂高は雲隠れ

 夏山最盛期、大きなザックを背負って多くのハイカーが涸沢方面に入山していきました。

« 松本の奥座敷 穴沢温泉 | トップページ | 山行 雨山は今日も雨だった・・・ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1468968/41510682

この記事へのトラックバック一覧です: 何度来てもよいところ 上高地:

« 松本の奥座敷 穴沢温泉 | トップページ | 山行 雨山は今日も雨だった・・・ »