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2011年11月

2011年11月26日 (土)

上州観音巡り その3 プラスα部分

 群馬県内の観音巡りが早々に終わったので、水沢うどんで腹を満たし、進路を東に向けて赤城山の南麓をひた走ります。高原道路のドライブは沿道に牧場があったり、紅葉がちらほら見れて爽快感抜群です。赤城山を見送って、渡良瀬渓谷に近い梨木温泉の一件宿は谷川沿いのもみじの赤で彩られて素晴らしいものでした。今期はどこへ行っても目が覚めるような赤の美しさに出会えなかったのですが、ここは格別でしたね。maple

 渡良瀬川沿いの紅葉を楽しみながらR122号を北上します。国道に平行してわたらせ渓谷鉄道の線路が足尾方面(終点は間藤)に延びています。天然児は気になっているようでしたが、残念ながら名物のトロッコ列車はおろか普通列車も走ってきませんでした。三セクは厳しいですね。train

 渡良瀬川を堰き止める草木ダムを右手に快調に進むと銅山で有名な足尾です。田中正造の名と共に足尾銅山の地名は小学生でも浮かぶ有名な地ですが、古川財閥の銅鉱山で栄えた足尾も昭和48年の閉山と共に衰退していきました。訪れたのが15時と遅い時間ということもあってか、山間の足尾は寒々しく日陰って、銅山観光施設や駅前商店街も観光客が少なく、閑散として寂しい限りでした。銅山観光の入口でおばちゃんが炭火焼の川魚を売っていましたが、1本500円を3本1,000円に負けるからで買ってとせがまれて、何となく買ってしまいました。そんな気にさせられる足尾の街でした。fish

 足尾で休憩をして、更にR122を北上すると長い日足トンネルに入りました。このトンネルを抜けるとそこは世界遺産日光です。とはいえ、我々の目的は世界遺産である日光の寺社ではなく・・・もないか。「日光の寺社」と括る以上、対象は東照宮だけではないですからね。目指すはいろは坂の上にあり!坂東第18番札所立木観音中禅寺です。

 久しぶりのいろは坂をクーネクーネ。坂下が標高900m程で坂上が1,300m。標高差400mを九十九折のカーブが上ります。道路は空いていて九十九折も何のその「いろはにほへとちりぬるを・・・」。坂下では紅葉が見頃でしたが、上のほうは冬山の様相。日光のシンボル男体山も重々しい雲がかかっておりました。中禅寺の閉門は16時。急ぎましょう!

 目の前に中禅寺湖が広がると、間もなく湖畔にある立木観音中禅寺に到着しました。中禅寺は日光を開山した勝道上人が784年に建立した天台宗の寺院で、二荒山神社の神宮寺、日光山輪王寺の別院という位置づけです。境内では閉門の準備をしていましたが、我々が到着すると若い坊さんたちが丁寧に解説をしてくれました。本堂には大きな十一面千手観音立木観音さまが祭られていました。根を下ろしている原木をそのままの位置で彫り上げたことから、立木観音と呼ばれているそうです。本堂の裏から山の斜面に回廊がつけられていて、そこを上っていくと五大堂です。ここには不動明王を中心とした五大明王が祭られています。日光杉で作られた御香がお土産に良いとのことなので、実家の仏さんに買いました。

P1010484 中禅寺本堂(左) P1010483 高台に建つ五大堂

 五大堂の外に出ると高台からの景色が素晴らしく、中禅寺湖が広がり、その奥に日光連山の山並みが連なっておりました。男体山ほか日光の山々は未だ雪を被っていませんでしたが、一番奥に見えた日光白根山こと奥白根山は、さすが東日本の最高峰(2,578m)だけあって山頂部が冠雪していました。この山に登ったのはもう10年も昔になりますか・・・懐かしい山です。

P1010479 五大堂からの眺め P1010489 遠く冠雪した奥白根山

P1010491 男体山の頂上が見えました。

 いろは坂を下った頃にはすっかり暗くなってしまいましたが、せっかくここまで来たのだし、輪王寺の境内を散策しました。三仏堂こと本堂は平成32年までの10年に及ぶ平成の大修理が始まっていて、解体修理を見学させてくれる天空回廊なる巨大な覆蓋がそびえ立っておりました。杉の並木を歩いて東照宮の門前まで歩き帰ることにしました。

P1010496 平成の大修理中の三仏堂 P1010500 拝観は終わっていました。

 帰路、東北道鹿沼付近で渋滞がありましたが、比較的スムーズに帰ることができました。往復600kmに及ぶ日帰りドライブは正直疲れましたが、友人も大変大変喜んでくれましたので良い思い出になりました。そのうち関西方面に出かけたときは逆に厄介になることにしましょう(笑)

2011年11月25日 (金)

上州観音巡り その2

 坂東三十三箇所第15番の白岩観音に続いて訪れたのは、第16番札所水澤観音水澤寺であります。水澤寺は榛名山麓の有名な伊香保温泉郷の下に位置する天台宗の古刹ですが、建立は推古天皇の御世まで遡ることから、わが国に仏教が伝来して間もない頃に建立されたことになりますね。上野国司の菩提寺として、往時は三十余りの仏堂伽藍と千数百の仏像を有する大寺院でしたが、度重なる火災により、現在は江戸時代に再建された本堂や六角堂、仁王門などが僅かに残るばかりです。ご本尊は十一面千手観音様ですが、秘仏として一般に開帳はされていないのは残念です。

P1010452 第十六番札所水澤寺

 こんもりと榛名山が間近にそびえる駐車場は広々として、観光バスやマイカーが慌しく出入りしています。水澤寺や伊香保周辺は紅葉が見頃を迎えていたので人出もそれなりのようですが、箱根や山梨方面に比べるとそれほどとは思えません。やはり北関東は放射能の影響を気にする人が多いのでしょうか・・・駐車場からはほとんどギャップなく本堂の前に直結です。線香に煙る本堂の横には六角堂が建っていて、六道を守る6体の地蔵尊が祭られています。面白いことに、この6体の地蔵尊は六道輪廻を象徴するように回転台座上に祭られていて、参拝者はこの台座を3回転させて祈る仕組みになっているのです。このような楽しい?企画に天然児が食いつかない訳がありません。大爆笑で頭も体も回っていました。天然児にご利益がありますように・・・confident

P1010456 六角堂です。1階中の回転台座に注目 P1010465 紅葉も見頃

 紅葉の赤が見事な境内は参拝者で賑わっていましたが、幸いにして札所は空いていたので、友人はスムーズにご記帳を済ませることができました。maple

 さて、「水澤」といえばピンときた方も多いと思いますが、ご当地は讃岐、稲庭と並び日本三大うどんに数えられている水沢うどんが名物であります。水澤寺前を通る道路沿いには十数件のうどん屋が軒を連ねていますが、どれも店舗が大きくて駐車場が広い店ばかりで繁盛がうかがえます。その中で「松島屋」さんに立ち寄って、この日の昼食としました。水沢うどんは上州小麦と水沢の由来にもなったご当地の清水で作られた、やや細めの腰のある麺で、喉越しなめらかで非常にツルツル感があります。この食感を楽しむため、一般的にはざるうどんが食べられるようです。天然児は定番メニューのざるうどん。友人夫妻は温かい釜玉うどん。私はかけにしてみました。つけだれは醤油と胡麻ベースがありますが、西日本系の友人夫妻は醤油よりも胡麻だれが口に合うそうです。更に食通の天然児センセイは「これは!」と思ったのか、つけだれには目もくれず麺だけでいってました。noodle

P1010471 松島屋さん P1010470 基本はざる P1010469 私はかけ

 白岩、水澤両観音の参拝が終わって、群馬県内の札所はクリアしましたが、この日は更なる目標に突進します!rvcardash(つづく)

2011年11月24日 (木)

上州観音巡り その1

 職場の友人は西日本の会社から出向で来ている関西人です。この友人、若いのに(私と同じ子年なのですがひと回りの年齢差)全国の三十三観音の満願成就を目標としている信心深い人です。(いろんな意味で宗教が好き)任期短い関東勤務の間に坂東三十三観音、秩父三十三観音、江戸三十三観音の満願を目論んでいるようです。

 秩父、江戸という集約された地域は本人に任せるとして、坂東は広うござんす。更に札所は交通の不便な場所も多いので、ここは関東にいるうちは一肌脱いでやろうということで、今夏は神奈川県西部の札所(飯山、金目、飯泉)を案内しました。その後本人が東京、埼玉、茨城、千葉北部を巡ったので、今回は群馬と雪が降る前の日光を私が請け負うことにしました。

 群馬県内の坂東三十三観音札所は少なく2箇所で、その2箇所が近い距離に位置しているので、車があれば巡るのは比較的楽です。11月23日(祝)、関越道を北上し前橋ICから30分ほどで最初の札所である坂東第15番札所高崎市の白岩観音長谷寺(ちょうこくじ)に到着しました。高崎市内とは言え、榛名山の山麓にあって、周囲は果樹園や山林が多いのんびりとしたところです。この長谷寺は役ノ行者が文武天皇の御世の建立したといわれていますから、1,300年を経た天台宗の古刹です。本尊の十一面観音様は行基の作と伝えられています。友人夫妻がご記帳をしてもらっている間、同行した天然児は境内のお清め水をいたずらしたり、本堂の鐘を鳴らしたり楽しんでいました。

P1010435 天然児はお寺も遊び場 P1010439 なかなかの細工です。

 次の札所は有名な伊香保の水澤観音です。でも、その前にちょっと気になるスポットに立ち寄ります。箕輪城跡です。箕輪城は16世紀初頭に土地の豪族長野氏によって構築された平山城で、日本百名城にランクインしています。箕輪城を有名にしたのは何といっても名将長野業正でしょう。長野業正は北関東を領有していた関東管領山内上杉氏の重臣ですが、君主上杉憲政が暗愚な人だったため、それを補佐して上杉の勢力を関東から駆逐しようとした小田原の北条氏と度々矛を交えました。

P1010445 箕輪城(ヨダレ) P1010444 空堀 P1010447 本丸は大規模

 箕輪城は北条氏と同盟関係にあった武田信玄が上州に侵攻したときに、武田氏の猛攻にさらされましたが、業正の武勇をもって幾度となく撃退し、信玄をして「業正存命のうちは上野に手が出せない。」と嘆かせたほどです。先述の長谷寺もこのときの兵火で焼失してしまったそうです。(1580年に信玄の後継者勝頼によって再建されているのが面白いですね。)しかし、1561年に業正が死去して若年の業盛が後継すると、武田氏の侵攻が激化し、ついに1566年に落城。業盛は最後まで降伏勧告を拒否して自刃して果てました。このとき長野16槍の1人として武田軍相手に奮戦したのが剣豪上泉信綱です。その後内藤昌豊、北条氏邦、滝川一益、井伊直政と名だたる武将が城主となりましたが、1598年に高崎に城が移され廃城となりました。戦国マニアはついつい足が向いてしまうスポットなのです。

P1010448 公園として整備されてます。(旗には長野氏の家紋檜扇)

P1010442 こんなところで・・・こういう行為は業正を蔑ろにするようなものです!

 城跡は土塁や掘割、郭が明確に残され、公園として整備されていましたが、訪れる人は少ないようでした。猛将長野業正、業盛親子の遺徳を偲ぶ訪問でした。(つづく)

2011年11月21日 (月)

どじょっ子やらザリっ子やら・・・

 小田急見物の後に大磯の田んぼにやってきました。ここは新幹線が目の前を通過する丘陵地帯の谷戸にある田んぼで、夏は蛍も飛び交い、秋口は鈴虫が鳴く穴場です。春から初夏にかけては秦野の里山と共に我が家の生き物探しの舞台にもなります。

Dsc01900 大磯最高峰鷹取山(219m)をバックにN700系が疾走

雲上がる雲上がる鷹取山 父母の山につながる心よ夢よ ここに育ちここに学ぶ 我らの春秋 我らの国府小学校♪(大磯町立国府小学校の校歌より)

Dsc01901 この谷戸から水が湧き出しています。

 秋も深まり、収穫が終わった田んぼは水が抜かれて稲藁が干されていましたので、生物の姿はあてにしてなかったのですが、用水路を覗くとなにやら賑やかに動くものがいます。目を凝らすと小さなドジョウが泳ぎ回っていました。熟年?夫婦のドジョウすくいの始まりです。とはいっても、網もなく手ですくうのはなかなか難しいので、ビニール袋を広げてそこにドジョウを追い込むと数匹捕まえることができました。

Dsc01909 イナゴも今なら稲が食べ放題!? Dsc01910 どじょっ子が沢山

 ドジョウだけでなく、用水路には思いのほかいろいろな生物が確認できました。いつもながらカワニナ(淡水巻貝)が多く、来年の蛍の餌も事欠かないなと安堵しました。そのほか大小のヤゴ、サワガニなどが確認され、真っ赤なザリガニが歩いていたので拾い上げてみると、お腹に可愛い孵化したての幼生を抱えていました。ザリガニの増えすぎは環境に悪影響を与えますが、ここは子育てザリガニに敬意を表して流れに返しました。

Dsc01907 子宝じゃ~~! Dsc01908 子育て頑張ってね。

 天然児も新幹線に気を取られながらも自然を楽しんでいました。来春も新しい生命を求めて訪れたいと思います。いつまでも残していきたい里山風景です。

Dsc01903

2011年11月20日 (日)

天然児にひかれて電車見物

 週末は珍しくまとまった雨があって、山ニモイケズ、海ニモイケズ・・・

 そんな日の朝はゆっくりと起きて、午前中は新聞、雑誌とお茶。お昼前にようやくメジナの水でも汲みに行こうと堤防に行きましたが、物凄い波浪で堤防に波が上がって近づけませんでした。そんな中でも沖には数隻の釣り船が出ていましたが、沖はそれほどでもないのかもしれませんね。wave

 午後は家族で植物園(植木屋)に行き、かみさんが花を見ている間は天然児とドックランを見学。ラブラドールにジェパード、大きなプードルと大型犬ぞろいで天然児は囲い網にすがって大興奮。天然児の雄叫びに犬も釣られて大興奮。(汗)dog

 さて、帰ろうとしたところに天然児ナビが作動し、指示に導かれて植物園から車で5分とかからない秦野の田んぼにやってきました。ここは小田急線東海大学-秦野間の大きくカーブした場所で、丹沢や弘法山をバックに走行する電車が何ともいえない感動を与えてくれる我が親子の大好きな電車見物ポイントです。最近はここも撮り鉄マニアに知られるようになったようで、この日も三脚で定点撮影を楽しんでいる若者が数人いました。camera

Dsc01896 撮り鉄も多くなりました。 Dsc01891 弘法山を背景に疾走する電車

 小田急線は比較的本数が多く、更に休日は特急ロマンスカーの本数が多いので、普通電車とロマンスカーが交互に通過します。小田急線は他の私鉄に比して特急車両の種類が多いのが◎ですね。traintraintraintraintrain

Dsc01889 10000形 Dsc01892 20000形 Dsc01899 50000形花形です!

 さて、この区間は歴史的な鉄道事故の舞台になったことは、今や沿線住民でも知る人は少ないと思います。終戦間もない昭和21年1月28日。当時大根駅と呼ばれていた東海大学駅を出発した新宿発小田原行きの電車が、大秦野駅(現在は秦野駅)を出発後に停電により停止してしまいました。運転手が下車して点検中に制動ブレーキの故障(?)によって電車が運転手を置き去りにして退行してしまい、今まで上ってきた勾配を徐々に加速した電車は、時速100km近い高速に達してついに鶴巻駅(現在は鶴巻温泉駅)で脱線転覆。死者30人と重軽傷者150人以上を出す大惨事となってしまいました。ブレーキ故障は戦後の技術者不足による整備不良だったのかもしれません。電力の供給不足による停電も併せて戦後の混乱期ならではの事故といえますね。

 65年前、目前の勾配を暴走していった列車の中で、遭難者はどんなに恐怖を味わったことでしょう。痛ましいことです。そんな昔の話もありますが、天然児はここが大好きです。

Dsc01893

2011年11月17日 (木)

西丹沢の紅葉は・・・

 11月13日(日)午後、暇を持て余してしまい西丹沢へ紅葉を見に行ってみました。国道246号線から県道76号線に入り、丹沢湖を経由して中川温泉方面に向かいます。丹沢湖を堰き止める三保ダム周辺はもみじが見頃を迎えていて真っ赤に紅葉していました。maple

P1010432 真っ赤な木もあれば・・・ P1010426 未だ青い枝も多い

 丹沢湖から中川川沿いに北上して信玄の隠し湯・中川温泉を通過し、西丹沢自然教室まで車を進めました。自然教室に到着した頃は、ちょうど下山時間帯で檜洞丸、大室山、畦ヶ丸などから下山してきたハイカーで賑わっていて、新松田に向かうバスは満員状態でした。bus

P1010425 大室山 P1010418 自然教室周辺の紅葉

 自然教室周辺の紅葉を眺めながら、つり橋や河原を歩きましたが、色づきは今ひとつといったところです。今年は比較的暖かい年といわれていますので、それほど色づかないままに落葉してしまうかもしれませんね。

 面白いものが見つからないかとウロウロしていると、春一番に咲き乱れるミツマタの花が青いながらも既に形作られていました。驚いたのは黒いテントウムシが大発生していて、看板が真っ黒になっていたり、歩く人に踏み潰されたりしていて無残な状況でしたが、これを避けて歩いていたら日が暮れてしまいそうなほどの状況でした。天変地異の前触れでしょうかcoldsweats02

P1010424 来春もミツマタが楽しめそうですね。

 紅葉見物の後は、自然教室から少し下った箒沢(ほうきざわ)にある名木箒杉(ほうきすぎ)に寄ってみることにしました。この杉は高さ45m、幹周り12m、樹齢2千年という巨木で、天然記念物、全国名木100選にも指定されているほどです。屋久杉ほどではないかもしれませんが、県道沿いに立っていてアクセスも楽なので、西丹沢を訪れる際はぜひ立ち寄ってみてください。そのスケールに圧倒されますよ!

P1010427 箒杉 P1010430 このスケールは一見の価値あり!

2011年11月14日 (月)

山行 3つ並んで1人前? 雨山、檜岳、伊勢沢ノ頭

 最近、土日に天気が崩れることが多いので、11日(金)に冷たい雨が降ると「今週も…」と不安に駆られたが、翌11月12日(土)は朝から青空が広がっていた。雨後の山行はどうしてもスロースタートになってしまう。家族が起き出して顔を合わせてしまうとどうしても出足が鈍ってしまう。家族が起床する7時直前に慌てて出発。「もしかするとエンジン音で起こしてしまったかもしれない。」という後ろめたさをモヤモヤと感じながら車を進めた。

 松田町寄の中津川上流部にかかる朱塗りの寄大橋横に車を駐車。いつもながらに慌しく身支度をして8時前に出発となった。出発の時点で目標が定まらず、取りあえず寄沢沿いに雨山峠を目指し、峠から右折して鍋割山を目指すか左折して檜岳山稜を目指すか迷っていた。雨山峠までのルートは8月27日に1度歩いて紹介している(http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-a26c.html)が、序盤で本流の渡渉を繰り返し、低木のトンネル(トトロのトンネル)を楽しみ、中盤で鎖場登り、沢沿いの崩落部の通過、終盤では沢の中を歩く表丹沢のコースの中では変化に富んだものである。

P1010362 渡渉地点 P1010363 白濁した寄沢

 前日の雨の影響はほとんどなく、寄沢本流は穏やかで4度の渡渉を難なくクリア。不思議なことに沢の水は白骨温泉の湯のように白濁していた。この水を沸かせば温泉になるのだろうか?まさかね。この辺りの岩石は白っぽいものが多いので、もしかしたら上流部で崩落があり、土砂が流出しているのかもしれない。

P1010366 追悼碑 P1010370 シダンゴ山やダルマ沢ノ頭

 4つ目の渡渉を終えた場所に追悼碑。前回は雨雲の中の通過だったので、薄暗くやや重く感じられたが、晴れているとシダンゴ山や高松山方面が望める、岳人の魂を慰撫するにはもってこいのポイントだと感じた。

P1010368 トトロのトンネル P1010371 沢沿いの鎖場

P1010373 紅葉は終わり P1010378 滑めた沢を歩く

 追悼碑の先の「トトロのトンネル」こと、低木のトンネルを抜け、本流最後の渡渉。そして対岸に見えるガレた鎖場をよじ登る。薄暗い杉林を少しだけジグザグと登って、再び沢沿いに出る。この辺りは左側が落ち込んでいる山腹をトラバースする幅の狭い道で、所々崩落してしまっている。前回、このルート上で唯一出会ったハイカーには、この辺りの紅葉は見事だと聞いたのだが、既に大半は落葉していた。沢の源頭部の沢の中を歩いて、恐怖の斜め階段を登ると雨山峠に到着した。

P1010380 恐怖の斜め階段を上ると・・・ P1010382 雨山峠に到着

 さて、この期に及んでも、右の鍋割山か左の檜岳山稜か未だ煮え切らない状況だったが、迷うならば未だ踏み込んだことのない檜岳山稜に登ることにした。ここを登ればガイドに紹介される東丹沢~表尾根の山のピークは全て制覇したことになる。檜岳山稜は東から雨山、檜岳、伊勢沢ノ頭と、ほぼ同じ標高1,100m余りの山が3つ仲良く並んでいる。そのため下界から見上げても高所から見下ろしても、個性が弱く、表尾根の一部にしか受け止められないのであろう。

P1010386 雨山へ延びるヤセ尾根 P1010384 富士山見えた♪

P1010387 上部は比較的平坦 P1010389 雨山です。

 雨山に向かう不明瞭な導入部を四肢を使って無理やり登っていくと、痩せた尾根の急登となる。樹間からは、やや後方に蛭ヶ岳、不動ノ峰、丹沢山が、北側には檜洞丸から延びる石棚山稜、同角山稜が垣間見えた。そして前方に雪を頂いた富士山が雲間に見え隠れしていた。痩せ尾根の上部は拍子抜けするほど平坦で、ブナ林が広がっていた。平坦部になると間もなく雨山(1,176m)の山頂に到着した。山頂は展望もなく、それほど疲労を感じなかったので先を急ぐ。

P1010393 鞍部の崩落地 P1010395 同角ノ頭(後方檜洞丸か?)

 雨山から檜岳の鞍部は南斜面が大きく崩落して開けていたが、生憎通過時刻には雲が上がってしまい展望はほとんど利かなかった。檜岳へ上り返すと、尾根を挟んで南面が丹沢特有の暗いヒノキの植林帯で、それに対して、北面は落葉したブナやナラ林で明るかった。檜岳山頂手前で可愛らしい合羽を身にまとったワンコを連れた先行者に出会った。思えば雨山峠へのルート中盤で先行者を抜いて以来で、この日の檜岳山稜歩きで唯一の出会いであった。この辺りはダニが多いので、ワンコに合羽を着せて防いでいるそうだ。ヤマビルがいないと安心していたが、ダニとはこれまたたまらない。そういえば山稜上部の平坦部には、鹿がダニを落とすために泥浴びするヌタ場がそこかしこで見られた。鹿やカモシカの糞も多く、人の侵入が少ない山は野生動物の生活痕であふれていた。

P1010391 ヌタ場が多い山 P1010400 檜岳で会ったワンコ

 ワンコを引き連れて檜岳山頂(1,167m)へ到着。ちなみに、檜岳は「ひのきだけ」と読むのではなく「ひのきだっか」と読むらしい。檜岳の山頂はその名のとおり、ヒノキの樹林に囲まれて展望はないので、先を急ぐことにした。

P1010401 檜岳先の広っぱ P1010402 ハエがびっしり集っていた怪しい茸

 鹿柵に沿って進むと広々とした草原になった。晴れていれば気持ちの良さそうな場所である。そこをぬけて再び樹林に入ると、この山稜の最高地点である伊勢沢ノ頭(1,177m)に到達した。しかしここでも展望がなく、休憩も必要ないと思って先を急いだ。結局、この山稜を歩くハイカーが少ない訳は、3つのピーク何れにおいても展望がないためであろう。

P1010404 展望のない伊勢沢ノ頭 P1010410 廃道を歩いてみた。

 伊勢沢ノ頭から秦野峠に向かって下り始める。山頂直下は物凄い急傾斜で、ルートもはっきりせず黒土に足をとられて難渋したが、しばらく下ると倒木が多い荒れた尾根となり、更に急斜面を下ると秦野峠に至った。ルートは秦野峠林道の秦野峠に向けているが、ダラダラと下り坂が長い林道歩きは少しでも短い方が良いと思い、通行禁止となっている廃道に入った。判然としない廃道を古い目印テープと踏み跡を頼りに歩き、涸れ沢を何度か渡って秦野峠林道の堰堤工事現場に出てきた。林道をのんびり歩いてお昼過ぎに寄大橋のゲートに到達した。

☆メンツ:単独

★コースタイム:4時間30分(休憩含む)

寄大橋7:55→8:30追悼碑→9:20雨山峠(小休止)9:25→9:50雨山→10:15檜岳

10:20→10:40伊勢沢ノ頭→11:10秦野峠→11:40林道出合→12:25寄大橋

Photo

2011年11月12日 (土)

クロちゃん体調不良!?

 11月も半ばとなり朝晩の寒さが厳しくなってきましたね。通勤電車の中でもマスクをして咳き込んでいる人がチラホラと・・・昨日関東地方は冷たい雨が降りましたが、今朝の富士山は見事に雪化粧しておりました。fuji

 さて、寒くなって、我が家のクロちゃんは活性が低くなってきておりますが、水槽の中で藁束に包まれて赤外線ヒーターを当てている状況です。食欲も余りなく、たまに亀フードやキュウリを少し食べます。晴れた日中は室内に話してあげると、暖かい窓辺でのんびりしているのですが、今日は緩いのをやらかしてしまいました。お腹こわしてしまったのでしょうか。天然児がその上を這いずって被害を大きくしていました。wobbly

 皆さん風邪に気をつけましょう!

2011年11月11日 (金)

平成23年山行会 その2

 三原山の登山口である御神火茶屋は、三原山外輪山の一角に位置している。そこからは溶岩が堆積する広大なカルデラ内が見渡せ、正面には山頂である中央火口丘がそびえている。火口丘の側面に黒く帯状に見えているのは昭和61年11月の噴火時に溶岩流が流れ下った痕である。

P1010281 三原山中央噴火丘 P1010282 シェルター

 御神火茶屋から中央火口丘に向かって舗装された登山道が延びている。カルデラ内はほぼ平坦なので、登山道というよりは遊歩道である。道の両側は荒涼とした溶岩台地で、低木やススキなどの草が生える程度である。所々にコンクリートの土管を輪切りにしたような避難シェルターが設置されていて、三原山が必ずしも安全な山でないことを実感させてくれる。火口丘に近づくにつれて緩い登り坂となり、浅間山の鬼押出の様な黒々とした溶岩に覆われている。

P1010286 溶岩押出 P1010288 あっ!富士山だ。 P1010316 天城山

 中央火口丘に取り付くとカルデラから一気に150mの上りとなる。急坂を振り返るとスタート地点の御神火茶屋の向こうに薄っすらと富士山が見え、左に目を移すと伊豆天城山が雲間に姿を見せていた。半ば景色はあきらめていた一行は、山頂のガスが晴れたのに加えて薄っすらとでも見えた富士山の遠望に感動も一入であった。

P1010294_2 これぞ大地の息吹! P1010297 三原新山のピーク

P1010304 中央噴火口

 火口丘を登った内輪山は直径800mで、内側は溶岩で覆われているが、その中央部には直径300m、深さ200mの噴火口が大きく口を開けている。所々水蒸気が湧き上がっていて、危険地帯にいるという緊張感を与えてくれる。昭和25年の噴火時に誕生した三原山の最高峰三原新山(758m)を見上げ、中央火口を見下ろす展望台で昼食をとった。ここでメンバーからビールが振舞われた。山登りはマイカーで来ることが多い山笑は、一瞬戸惑うも、今回は宿泊付きの船旅であることを思い出してプシュ!と音を立てた。

P1010300 利島を遠望 P1010302 裏砂漠 P1010310 地震計

 昼食の後、内輪山の縁をひと回りする「お鉢巡り」をする。最高峰三原新山は立入禁止なので、その南側斜面を歩くと、異世界を思わせる裏砂漠が広がり、海上には三角錐の利島が見えていた。裏砂漠を1台のモトクロスバイクが爆音を轟かせて疾走していたが、何も遮るものがない走行はさぞ爽快なものであろう。また、この裏砂漠では、昭和27年4月に羽田を飛び立った日本航空の旅客機もく星号が激突し、乗員乗客の全員が死亡する痛ましい事故が記録されている。我が国初の旅客機事故として有名な事故であるが、当時は米軍占領下であり、運航乗務は米国に委託されていたため、完成ミス、操縦ミス、撃墜説などの説が交わされるものの、原因不明として戦後の闇に消えた事件であった。

P1010313 水蒸気涌く剣ヶ峰 P1010312 腹減ったー!風呂入りてー!

 昭和25年の噴火まで最高峰であった剣ヶ峰(749m)を通過すると、島の東部に広がる大砂漠地帯に下降を開始した。行く手に今夜の宿泊地である大島温泉ホテルが見えている。ホテルが見えると子どもたちは疲れや空腹を訴え始めるので、自然と足早となる。カルデラ内の溶岩が広がる1本道をテンポ良く歩いて、15時にホテルに到着した。

P1010322 瞬間が刻まれている。 P1010327 足早に宿に向かう。

 大島温泉ホテルは三原山の七合目(標高約500m)に位置するホテルで、昭和61年の噴火以前は島内唯一の温泉宿であった。火山なので昔から温泉が豊富かと思いきや、これは以外であった。ちなみに、昭和61年の噴火で元町地区の学校プールに取水していた地下水が突如温泉となり、現在では温泉ホテル以外にも元町地区に温泉宿がある。温泉ホテル自慢の源泉かけ流し露天風呂からは、三原山の山頂部やカルデラが一望に見渡せ、素晴らしい眺望が楽しめる露天風呂であった。

P1010336 部屋からも、風呂からも三原山が良く見える。

 翌日は朝から雨であったが、火山博物館を見学し、元町で海の幸を堪能。乗船地の岡田港では、地元観光協会によるイセエビ汁のサービスなど思い出深い島旅となった。しかし、おみやげにたんまり買い込んだクサヤは家族に不評であった。美味しいんだよー

P1010348 岡田港 P1010357 これはアウツ!(私は好物)

☆メンツ:職場同僚とその家族10名

★コースタイム:3時間30分(休憩時間込み)

御神火茶屋11:30→12:20噴火口展望台(昼食)12:45→13:10三原新山→13:25剣ヶ峰→14:15テキサスコース分岐→15:00大島温泉ホテル


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2011年11月10日 (木)

平成23年山行会 その1

 11月5日(土)-6日(日) 年に1度の職場の山行会が挙行された。昨年は行われず、2年ぶりの今年は伊豆大島の三原山(758m)に登ることとなった。職場の仲間とその家族、総勢10名が参加するが、我が家も天然児が参戦となった。伊豆大島へは東京竹芝桟橋と熱海から東海汽船の便が出ており、ジェットフォイルと呼ばれるジェットエンジンの高圧噴射で水面を走る高速水中翼船「セブンアイランド」を利用すれば、東京から2時間弱、熱海から45分(直通)と近い。我が家は熱海からの乗船だが、他のメンバーは東京発久里浜経由の便に乗るので、集合は大島元町港に10時30分だ。ship

 JR熱海駅からタクシーで熱海港へやって来ると、東海汽船の待合所は島旅をひかえた人たちで湧き立っていた。天然児も負けずワクワクさんになっている。私と同様にハイキング目的の人もいるようだが、多いのはスキューバダイビングと磯釣り目的の人。スキューバは機材が入った大きなバックをめいめいに持参しているので一目瞭然だ。私海笑も社会人になって船釣りに手を染めていなければ、彼ら同様に魚を見て楽しむ側になっていたのだが・・・機材は実家でほこりを被っている。その他には自転車を折りたたんで持参する人も見られたが、リゾートアイランドでのアウトドアは何をやっても楽しそうだ。bicycle

P1010263 熱海港に停泊するジェットフォイル P1010266 秘宝館発見!

 我々を乗せた高速船は9時に熱海港を離岸し、経由地である伊東港に向けて伊豆半島の沿岸を南下する。熱海錦ヶ浦や伊豆多賀海岸、ハトヤホテルなどを海から見るのは初めてである。30分もしないで伊東港に入港。港外ではゴムボートで釣りを楽しむ人が多く、高速船の接近で揺られている。伊東港からの乗船者は少数で、船はすぐに大島に向けて出向した。

P1010271 手石島(左奥に大室山)

 伊東湾外の手石島を過ぎると大室山や城ヶ崎海岸を右手に伊豆半島を離れていく。ジェットフォイルはここからが本領発揮!時速80kmの高速運行で海上を進むが、姿勢制御装置のお陰でゆれも少なく乗り心地は良好である。高速船は度々クジラと衝突事故を起こしているので、高速走行中は必ずシートベルトの着用をするよう執拗にアナウンスがされていた。また、波浪の状況で、到着港が大島西岸の元町ではなく北岸の岡田に変更されたとのこと。元町からは三原山外輪山の御神火茶屋への登山道が延びているが、岡田港からでは三原山は遠すぎるので、予定を変更して宿泊地である大島温泉ホテルの送迎バスでホテルまで行き、ホテルがある7合目から外輪山を周遊することにした。

P1010277 東京からの高速船が到着

 岡田港に上陸すると翌日降る雨が早くも降ったようで、路面が濡れていた。迎えに出ていたホテルマンの話では、朝から三原山にガスがかかっているとのことで、今回は天候に見放されたようである。熱海の船が到着して20分後に東京からの高速船が岡田港に滑り込んできた。大島の伝統衣装姿のアンコさんが出迎える中、ゾロゾロと多くの観光客が上陸してきたが、その中に久里浜から乗船した職場の仲間を見つけることができた。rain

P1010342 大島名物の椿 P1010343 山茶花

 岡田港から乗車したホテルの送迎バスは山道を登っていく。沿道は島独特の鬱蒼とした広葉常緑樹の森が広がり、所々椿か山茶花が満開に咲く場所があった。20分ほど走ると大島温泉ホテルに到着。チェックイン時間前だが、フロントで必要外の荷物を預ってもらいハイキングの準備をしていると、ホテル側のご厚意により送迎バスで御神火茶屋まで送ってくれることになった。bus

 三原山の外輪山に沿って走る道路からは、曇り勝ちながらも雄大な三原山の姿が眺望できた。沿道の草原には馬が放牧されていて、子どもたちを楽しませてくれた。御神火茶屋で下車すると土産屋や茶店、駐在所があり、婦警さんが笑顔で迎えてくれた。女性の制服姿は萌えるなぁ・・・幸運にも三原山は雲が晴れて我々を迎えてくれた。(つづく)

P1010279 三原山 P1010280 いざ、出発!

2011年11月 7日 (月)

紅葉を求めて甲斐路へ その2

 どんべい峠から林道を下ると、御坂峠から中央道御坂一宮IC方面に向かうR137号線の下り坂の途中に出た。帰路につくには早い時間なので、甲州街道(R20)、石和温泉、甲府市街、千代田湖を経由して昇仙峡にやってきた。駐車場は何処も満車状態だったが、幸いロープウェー近くの駐車場に入ることができた。

P1010212 駐車場の混雑状況 P1010213 昇仙峡ロープウェー

 まず荒川の渓谷沿いを散策することにした。渓谷からそそり立つ大岩と四季変化する木々の彩り、激しい渓流がつくりだす奇勝こそが昇仙峡の特徴である。山梨はおろか、日本を代表する観光地として、内外を問わず多くの観光客が訪れる。そして紅葉のシーズンを迎えようとしている休日である。混まない訳がない。

P1010234 渓谷沿いの紅葉 P1010233

 ほうとう料理店や水晶細工の土産物店街を抜けると、渓谷に下る散策路となる。最初に登場したのは轟音轟く仙娥滝。豊かな水量が落差30mを落ちるこの滝は、日本の滝百選にも選ばれている名瀑である。滝をバックにした写真撮影を試みようとする人で、滝の前の混雑状況は一入であった。

P1010216 日本名瀑百選・仙娥滝 P1010239 周辺は水晶の産地

 石門、浮石、天狗岩などの名所を経てやってきたのが覚円峰である。そそり立つ花崗岩の景観は、最も昇仙峡らしい景観である。渓谷の紅葉はまだ色づき始めであったが、所々申し訳程度にもみじの赤が映えて、観光客を喜ばせていた。

P1010235 石門 P1010227 昇仙峡一の名所・覚円峰

 渓谷散策は覚円峰で踵を返し、昇仙峡ロープウェーに乗って標高1,058mの羅漢寺山の山頂に向かった。山頂パノラマ台駅付近は渓谷沿いよりも紅葉が進み、赤や黄色に色づいていた。パノラマ台からは360°の展望が得られ、北に五丈岩を頂いた金峰山の他、奥秩父の山々。南西に南アルプス、南東に富士山、西に茅ヶ岳と、先述の新道峠同様に名だたる山々を望むことができた。

P1010246 秩父の盟主金峰山 P1010243 甲府盆地を隔てて富士山

P1010250 南アルプスと櫛形山 P1010253 茅ヶ岳(左)と太刀岡山(手前右)

 パノラマ台の他、羅漢寺山山頂には八雲神社、和合権現(ちょっと民俗)、約束の丘、展望台などのスポットがあり、少し足を延ばすと岩峰弥三郎岳に至る。

P1010260 仙娥姉妹に萌~

 昇仙峡ロープウェーの駅で萌キャラを発見!この「仙娥姉妹」は同社のイメージキャラクターとして近年デビューしPRに一役買っているそうだ。(http://www.shousenkyo-r.jp/senga01/ 昇仙峡ロープウェーHPより)ちなみに姉が「仙娥さん」こと、仙娥るり。妹が「せんがタン」こと、仙娥えな。妹の将来性よりも現実直視路線の私山笑、好みはやはり姉。この仙娥さん、この昇仙峡ロープウェーのガイドで、趣味はバイクと占い。ハーレー・ダビットソンを乗りこなしつつ、手料理の甲州名物ほうとうで暖めてくれるとか。姉妹の前でたたずんでいると、「暗くなってきたから帰ろうよ!」とババ声。

2011年11月 5日 (土)

紅葉を求めて甲斐路へ その1

 11月3日(木)天然児を連れてドライブに出かけた。富士五湖のうち、河口湖周辺では紅葉が見頃を迎えているとのことだったので、東富士五湖道路富士吉田ICからR137号(御坂みち)経由で河口湖にやってきた。御坂みちは近年トンネルで一気に標高を上げる新道が開通して、河口湖大橋を渡ったところから大きく右にそれて集落をバイパスするようになった。旧道となってしまった通り沿いのほうとう屋やコンビニにとっては死活問題である。

P1010170 紅葉の見頃を迎えた河口湖 P1010171

 そんな心配をしながら、トイレ休憩のつもりで河口湖北岸のオルゴール美術館近くの駐車場に車を入れると、河口湖畔の街路や遊歩道に植えられたもみじ、ドウダンツツジ、桜などが真っ赤に紅葉していた。周辺では紅葉まつりが開催され、地場産の野菜・果物やお土産、B級グルメの屋台がならんで訪れる観光客で賑わっていた。

P1010172 賑わう紅葉まつり会場 P1010175

P1010167 湖畔からの眺め(左から足和田山、十二ヶ岳、毛無山、節刀ヶ岳)

 河口湖まで来て、以前からちょっと気になっていた道があるので、通ってみることにした。その道とは、近年開通した河口湖西北大石ペンション村から御坂山塊を貫通して笛吹市芦川渓谷に通じる若彦トンネルである。

P1010176 御坂山塊を貫く若彦トンネルは長い!

 さて、トンネルの向こう側、芦川村は笛吹市に合併されてしまったが、御坂山塊に囲まれ、春はりんどうの群生、夏はホタル飛び交う自然豊かな地域として知る人ぞ知る穴場である。(以前三窪高原でお会いした新甲州人さんのブログに詳しく紹介されています。)http://yssoho.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/08/21_a554.html

P1010181 芦川の紅葉 P1010184

 トンネルを抜けて、突き当たりに芦川農協の直売所があったので、寄ってみることにした。地場産の野菜や手作りの草もちやおこわ、羊羹などの加工品などが並び、多くの人が立ち寄っている。直売所に併設した軽食コーナーではうどんと地場野菜が入ったカレーが提供されていた。値段は格安である。

P1010178 芦川の農産物直売所 P1010177 軽食は格安!

 直売所で見た地域の観光地図に、すずらん群生地近くの林道から富士山の好展望が望める御坂山塊縦走路上の新道峠へ通じる遊歩道が開かれたことが書かれていたので、早速向かった。すずらん群生地付近は、標高1千mにもなる山中の林道に似つかわしくない、大きな看板と駐車場が設けられていた。すずらんの開花シーズンにはこの狭い林道にマイカーと観光バスが押し寄せてくるのであろう。群生地の少し先から右に入ると林道の終点に5台ほどの駐車スペースがあった。天然児は大嫌いな登山かと勘違いして号泣し、その雄叫びが御坂の山々をこだました。ひっくり返って抵抗する天然児を何とかなだめて新道峠に向かって歩きだした。

P1010188 新道峠に向かう遊歩道

 遊歩道を5分もあるくと、正面に大きな富士山が出現した。新道峠は東に御坂山塊最高峰の黒岳(1,792m)が位置し、ここから西に向かう縦走路上であり、多くのハイカーが通過していく。黒いワンコを連れたご婦人2人がちょうど富士山を眺めていたが、天然児は富士山そっちのけでワンコにご執心であった。前述の観光地図には数分東に行くと更に好展望が望めるとのことだったので、天然児がワンコを追っかけまわしている隙に走って観に行ってみると、眼下に河口湖が広がり、その向こうに頂上が少しだけ白くなった富士山が雄大であった。

P1010190 新道峠の富士山 P1010192 ワンコと戯れる天然児

P1010194 新道峠から少し東へ行ったところからの展望

 富士山を楽しんだ後林道に戻ると、北にピラミタブルな釈迦ヶ岳(1,641m)が見え、バックには八ヶ岳も見えた。西には南アルプスや櫛形山が見える。「日本の屋根が見渡せる素晴らしい展望台に、こうも簡単に訪れることが出来るとは長生きはしてみるものだ。」とは同行したババ談である。

P1010197 釈迦ヶ岳のバックに八ヶ岳 P1010202 南アルプスも良く見えた。

 林道を分岐点まで戻り、右折して御坂峠方面に向かう。この林道の最高地点である日向坂峠を通過する。ここは通称「どんべい峠」と呼ばれるようであるが、日清食品がネーミングライツでもしたのであろうか・・・な訳あるまい。どんべい峠からは釈迦ヶ岳や黒岳へのルートが延びているが「熊出没注意」の看板が気になった。熊はカップ麺も好むらしい(笑)峠を過ぎる林道は下り坂となり、道端には野菊が咲き、周辺の山々はカラマツ林が紅葉して美しく黄色に着飾っていた。

P1010205 どんべい峠 P1010204 見下ろすとトラックが転落していた(恐)

P1010208 道端の野菊 P1010209 カラマツの紅葉(正面は三ツ峠)

(つづく)

2011年11月 2日 (水)

富士山を望む山上集落

 神奈川県西部、山北町と松田町の町境に高松という集落がある。1月に高松山へハイキングしたときには、南側の松田山にある最明寺史跡公園から、高松を通過して高松山を往復した。このとき集落内の河村小学校高松分校のたたずまいに癒されて、5月には車で再度分校を訪れた。→http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-a4aa.html今回は北側の松田町寄から、先人の足跡を辿って高松集落を目指してみた。

 10月最後の土曜日、午後の数時間を得たので、寄の自然休養村にやってきた。昔はバンガローが並ぶキャンプ場だったが、今はマス釣り場とドックランが設けられ家族連れや愛好家たちで賑わいを見せている。河原にある駐車場に車を入れると駐車代500円を請求された。未舗装の河原にしてはちょっと高いかな・・・でも、自然に対する投資と思えば安く感じる。駐車場からは鍋割山稜がよく見えていた。

P1010132 駐車場から望む鍋割山稜 P1010164 中津川のマス釣り場

 14時過ぎに遅い出発となった。マス釣り場がある中津川から直ぐに離れて、ナラやクヌギの落葉樹林に延びる傾斜の緩い上り坂を歩いていく。10分も歩くとそのまま山を巻いて最明寺史跡公園へ向かう道と、右手に折れて尾根沿いを登っていく高松集落への分岐点に至る。この一帯は虫沢という地名で、国道246号線方面から寄地区に延びる県道が建設される以前、虫沢から山北や松田方面に延びるこの山間の道が、生活道として地域住民に利用されていたのであろう。ちなみに今では虫沢古道と呼ばれている。

P1010134 分岐点 P1010135 高松方面へ P1010136 大蛇出現!

 分岐点から尾根を登って高松方面に進む。植林帯の中を延びる道は広さがある歩きやすい道であるが、台風の影響か倒木や木の枝が障害となっている。この辺りの山林は個人所有なので、なかなか手入れが行き届かないようで残念なことである。登るに連れて倒木が多くなって、左手の尾根にに涸沢をトラバースする地点では大規模な土砂崩落が手付かずとなっていた。ここで前日の飲酒が祟ってきたようで、猛烈な腹痛に襲われた。倒木の下に潜り込んでチョチョっと済ませ、この辺り特有の火山灰質の黒土で証拠隠滅。

P1010138 崩落箇所 P1010143 四差路

 倒木を綱渡りのように渡って左手の尾根を登ると、間もなく高圧線が横切る開けた場所に出た。この地点まで高松側から車道が延びていて、鉄塔の周辺には耕作地も点在していた。尾根は右手に更に上がっていたが、踏み跡がはっきりしない雑草が繁る道に嫌気がさして、ピークを巻く車道を進むことにした。車道を10分程進むと集落上の四差路に出たので、ここを右折して尺里(ひさり)峠方面に向かった。時間が許せば尺里峠から高松山を往復しようという腹積りである。

P1010147 高松山に向かう峠道 P1010144 富士山

 尺里(ひさり)峠へ延びる道は明るく、展望が開けた気持ちよい道である。この日は天候に恵まれて、箱根方面や富士山もはっきりと望めたが、意外と富士山が近くに感じられた。進行方向にはなだらかな高松山の稜線が近づいてくる。四差路から10分ほどで車道が横切る尺里峠に出た。車道はJR御殿場線山北駅方面から寄方面に通じている。車道を渡ったところに高松山登山口の表示。

P1010148 尺里(ひさり)峠 P1010149

 尺里峠から高松山へは速いペースでも往復1時間はかかりそうである。時刻は15時を回っていたので、山頂を往復して虫沢古道を通過する頃は暗くなり始めているだろう。あの荒れ具合では通過が不安になったので、高松山への往復はあきらめて四差路に戻り、高松集落内にある河村小学校高松分校までのルートを確認して帰ることにした。集落内は庭先や畑の脇に野菊が咲いて、美しい富士山をバックにおじさんがのんびり畑を耕すのどかな光景であった。高松集落にはいたる所に富士山の好展望地が点在している。集落内を歩くだけでもありがたい気分にさせられた。

P1010152 高松分校 P1010155 金時山 P1010159 そして富士!

 復路、山道を歩いていると、頭上騒がしくさえずる鳥の鳴き声が気になったので見上げると、アケビが鈴なりになっていた。パックリ割れた実を食べてみるとねっとりとした自然な甘味が口の中に広がった。

P1010161 天然の甘味 P1010150 役目を終えたものは全て自然に帰す。

☆メンツ:単独

★コースタイム:2時間20分(失敬タイム含む)

寄自然休養村P14:05→最明寺方面分岐14:15→(雉射ち)→高圧線(車道出合)14:45→四差路14:55→15:05尺里峠15:10→四差路15:20→高松分校15:30→四差路15:40→高圧線15:50→寄自然休養村16:25

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