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2012年1月28日 (土)

上原中佐の遺徳を求めて・・・

 昭和20年2月16日、米軍は硫黄島上陸の支援攻撃として、本土に接近した機動部隊から発進した600機に及ぶ艦載機の大編隊が南関東地区に対して低空銃爆撃を行いました。この大編隊に対して、単機殴り込みをかけ、奮戦の後、衆寡敵せず自爆した勇士がいました。

 この機体は、中津飛行場(愛甲郡愛川町)に在駐していた、陸軍航空隊第22戦隊の戦隊長上原重雄大尉が操る四式戦闘機「疾風」(中島キ-44)です。上原大尉は鹿児島出身の名戦闘機乗りで、油田で有名なパレンバンやニューギニアの防空戦で活躍し、1月に第22戦隊長として着任したばかりでした。部隊は近々朝鮮に渡るため戦力を温存していましたが、折からの空襲に際し、上原戦隊長は逸る部下をなだめつつも、我が物顔に銃撃を加える米艦載機に対して義憤を覚え、ついに単機出撃し、小田原市上空で追撃戦を展開するも衆寡敵せず被弾、帰還途中に別の敵艦載機群と遭遇し力尽きました。その最後たるや、炎上する乗機の天蓋から身を乗り出し、宮城(「みやぎ」ではなく、「きゅうじょう」=皇居ですね。)と基地のある方向に決別の万歳を送ったという壮烈無比な姿であったとのことです。その姿に心打たれた当地小田原の人々は、上原大尉(死後中佐に昇進)の遺徳を残すため、小田原市沼代の墜落地点に墓を築き、乗機のプロペラの1枚を記念碑として残したということです。

 沼代は二宮から小田原に抜ける山越えの県道が通っていて、我が家では買い物でよく利用する道なのですが、数年前に県道脇の解説板を発見して、上記の事実を知ったときは、驚きと感動でいつかは上原中佐の墓参を果たさねばと思っていたのです。あっという間に歳月は経って、やっとこの年末年始に、年々児を連れて墓参の機会を得ることができました。

P1020113 みかんいっぱいです。 P1020128 丹沢方面を望む

 沼代という所は、日当りの良い曽我丘陵に耕作地や果樹園が広がっている場所です。県道近くの農道脇に車を停めさせてもらって、みかん畑の中に延びる農道を山の上に向かって歩いていきます。解説板には、県道から少し上に見える送電線の鉄塔の下に中佐の墓があると記されていました。みかんの収穫をする農家の視線を感じながらも、ギャーギャーと抵抗する天然児のお尻をたたきながら果樹園を突っ切らせてもらいます。

P1020127 中央奥の鉄塔のようだ。 P1020116 中佐!どちらですかー

 しかし、全身ドロボウまみれになりながら鉄塔下に達するも、上原中佐の墓らしきものは見当たりません。周辺の雑木林を探しましたが、それらしき痕跡は全く見つけられなかったので、鉄塔違いかと思い、送電線を伝って山の上の方へ上がっていきました。

P1020119 高山の山頂に出てしまいました。 P1020123 海に向かって下る。

 送電線を辿りながら雑木林を歩きますが、2本目、3本目の鉄塔の下にも見当たらず、遂に雑木林の道を抜けるとみかん畑の中にある山頂と思われる三角点に行き着いてしまいました。この場所は曽我丘陵の高山と呼ばれている山頂です。山頂から農道を歩いて田島方面に下りますが、この道はJR国府津駅から御殿場線の下曽我、上大井方面に延びる曽我丘陵のハイキングコースでもあり、正面には相模湾が広がり、東に湘南の海岸線、西に小田原の街が見えました。畑の一角で焚火をしている農家のおじさんに上原中佐の話を聞いてみましたが、「そういう話はあるけども、実際にどこにあるかは知らないよ。」とのことでした。

P1020120 正面には相模湾が開け・・・ P1020124 西には小田原市街

 急な農道を下ると県道の最高地点にあるトンネルの上に出てきました。このまま尾根を伝って行くと国府津駅の裏手に出ますが、車の駐車場所へは、県道沿いに少し戻らないと戻ることができません。東は海岸線に沿って、二宮吾妻山、大磯湘南平などが並んでいますが、吾妻山は年末だというのに菜の花が咲き始めていました。(今は最高ですね。)

P1020114 東の大磯丘陵方面 P1020126 吾妻山は菜の花が咲き始めたようです。

 結局この日、上原中佐が戦死した場所へはたどり着くことができませんでしたが、もう少しよく調べて、後日出直したいと思っています。

Photo

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コメント

上原中佐のお墓は、何年前かに沼代の村中に移されました!!

大空様情報ありがとうございます。
おかげさまで沼代集落内に移転先された上原中佐のお墓に、
過日墓参することがかないました。
桜の馬場に花が咲く頃に、また歩いて行ってみようと思います。

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