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2012年2月

2012年2月28日 (火)

春が待ち遠しいねクロちゃん

 今週に入ってまた寒い日が戻ってきました。snow明日は関東平野部でも雪が積もるとか・・・我が家の光熱料は嵩む一方ですが、その中でも、クロちゃんや魚のヒーターの電気代もばかになりません。thunder

P1020820_2 暖房の効いた部屋で大好物の菜の花をムシャムシャ P1020823

120212_165231 庭の鉢を移動しようと動かしたところ、鉢の下からこんな居候くんも

 彼ら変温動物にしても、我々恒温動物にしても、一刻も早い暖かい春の到来を待ち望んでいることに変りありません。cherryblossom

 ヘーックション!!sad

2012年2月27日 (月)

山行 アイゼン歩行に初挑戦 塔ノ岳その2

 塔ノ岳の大展望を存分に楽しんだ後は、往路の大倉尾根を下らず表尾根を歩くことにしました。大倉尾根はそれほどの雪ではなかったのですが、表尾根は意外と残雪が多く感じられました。山頂から東に下る新大日までは真っ白です。ここで初めてアイゼンを装着することにしました。6本歯の軽アイゼンはワンタッチ金具で装着も楽チン。その割りに凍りついた登山道の雪面をガッチリ噛んでくれます。安定感があるものの、浮いたような違和感が付きまといます。

P1020777 塔ノ岳から見下ろす表尾根の峰々 P1020782 新大日から振り返る。

 新大日を経て尾根が南に折れると、雪は少なくなって登山道が覗いていますが、新大日から見下ろす表尾根の行者ヶ岳、烏尾山、三ノ塔付近は残雪が目立ちます。違和感は感じつつも、アイゼンは外さずに進むことにしました。雪面上では安定感を与えてくれたアイゼンですが、露出した岩の上を歩くとガリガリと音を立てて、何ともいえない不安感を煽ります。行く手の表尾根上をポツリポツリとハイカーが上がってきます。

P1020789 行く手の行者、烏尾、三ノ塔

 慣れないアイゼンを装着したままガレ場を下っているとき、上がってきた小グループとかち合ったので道を譲って待っていると、逆に譲られて「あーすいません」と踏み出したとき、ズボンの裾をアイゼンで引っ掛け、「あっ!」と思ったときには前に転倒してしまいました。足のすねを強かに打ちつけて痛みが走ります。登りの人もこれには見かねたらしく、「大丈夫ですか?譲ったのが悪かったね。」と足の状態を確認してくれました。幸い泥んこにはなったものの、足は擦り傷程度で済みました。めったにない見事な(笑)大転倒でしたので、オーバーリアクションを演じてしまい、必要外に心配させてしまいました。この場を借りましてお詫び申し上げます。

 転倒を期にアイゼンを外してガレ場を下り、行者ヶ岳手前の垂直壁に到達。順を待って鎖場に取り付きました。塔ノ岳へは何度も登っていますが、近年は新大日から北へ延びる長尾尾根を下ったり、行者手前から右に折れて政次郎尾根を戸沢へ下りていたので、この鎖場を通過するのは数年振りです。数箇所の壁を越えて行者ヶ岳の岩稜。続いて三角屋根の可愛らしい烏尾山に到達。正面には台形の三ノ塔が堂々と座しています。

P1020791 行者の鎖場を行く P1020796 烏尾山荘の向こうに三ノ塔

 烏尾山から少し下って三ノ塔への鞍部を渡ると、烏尾山より高い三ノ塔への急斜面が立ちはだかります。この斜面は北向きで、雪がベッタリとこびりついていました。三ノ塔から下ってくるハイカーと譲り合いながら慎重に登っていくと、斜面を見守る小さなお地蔵さんが見えてきました。ここから右に折れて行くと、間もなく泥濘に覆われた三ノ塔の山頂です。

P1020797 雪がこびりつく三ノ塔北斜面 P1020800 斜面上のお地蔵さん

 一息入れて二ノ塔へ。ここも相変わらず踏みに踏まれて酷い泥濘です。泥濘に辟易して、逃げ込むように表尾根から分かれて三ノ塔尾根に逃げ込みました。ここからは何度も歩いた三ノ塔尾根を軽やかに下って、13時に戸川公園の駐車場に戻りました。初めてのアイゼン使用は、痛い目にもあいましたが、回数を重ねて慣れていきたいと思います。

☆メンツ:単独

★コースタイム:6時間35分(休憩含む)

諏訪の原P6:30→7:55小草平8:00→8:55花立→9:15塔ノ岳9:45→10:15新大日→

10:50行者ヶ岳→11:10烏尾山→11:40三ノ塔11:50→12:30牛首→13:05諏訪の原P

Photo

2012年2月23日 (木)

山行 アイゼン歩きに初挑戦 塔ノ岳その1

 春が近くなると週に1度は雨が振りますが、寒さは相変わらず厳しいので、丹沢にしても箱根にしても、雨上がりの晴間には真っ白い姿に変っていて驚かされます。陽だまりの低山からのんびりと雪山を見上げるのが、これまでの私の冬山スタイルだったのですが、寒い冬は空気が澄んで、遠くの山々や下界を望むには絶好のチャンスです。晴天が数日続いて南斜面の雪が消える頃を見計らって表尾根に挑戦することにしました。

 とは言え、下界から見上げて雪が消えたように見えても、稜線にあがると意外と残雪があるもの。行くところまで行って引き返すのも癪なので、6本歯の軽アイゼンを買ってみました。初めてのアイゼンなので装着して慣れておく必要ですから、2月12日(日)おなじみ塔ノ岳へ雪道歩きに出かけることにしました。

 日の出を待って秦野戸川公園を出発。日が少し長くなったので、公園内をウォーキングしたり犬の散歩をする人の姿があります。風の大橋を渡って大倉尾根に入ります。朝方の陽気はかなり冷え込んでいるものの、大倉尾根は丹沢の表銀座。塔ノ岳を目指す登山者は多そうです。

P1020738 戸川公園風の大橋 P1020739 P1020748 朝日を受けて明るい尾根道

 尾根に上がると、東から接近する表尾根の向こうから陽光が道を照らし、どっしりした三ノ塔、凹凸の行者ヶ岳など表尾根のピークが浮かび上がります。西には檜や赤松の樹林の切れ目から鍋割山稜が見え、その背後には富士山が顔をのぞかせています。

P1020746 表尾根(右三ノ塔、左行者ヶ岳) P1020747 鍋割山稜と富士

 表尾根最大の難所、小草平から花立までの急階段は何度登っても辛いもの。息を切らせて花立まで上りきると、正面に塔ノ岳のピークが、後方には湘南、西湘の海岸線と相模灘が広がります。360度の展望の中でふと足柄方向に目を止めると、あれ?小田原市街の手前の山に山城のようなものが見えます。山城に見えたのは松田山のゴルフコースですね。それでも歴史的フィルターを通してみるとそれらしく見えるものです。

P1020754 塔ノ岳が近づいてきました。 P1020755 花立は景色の良いところ

P1020750 足柄方面。前景の松田山には山城かな?

 花立から先は、道端に残雪が目立ち始め、金冷ノ頭を過ぎて塔ノ岳頂上直下に来ると、登山道にも雪がついています。多くの登山者に踏まれた雪は凍りついてツルツル滑ります。大半の人はアイゼンを装着していますが、私は目的も忘れてせっかく持参したアイゼンを着けずに登頂を試みます。

P1020759 雪で凍結する登山道 P1020765 山頂には雪はなし

 9時15分に塔ノ岳(1491m)の山頂に立ちました。6時30分に戸川公園を出発して2時間45分。戸川公園の標高が290mですから、標高差は1,200mもあります。この日は晴天に恵まれて、山頂からは360度の大展望が得られました。東はスカイツリー、江ノ島、南には相模灘と伊豆大島、西には富士山と南アルプス、北には丹沢主脈と大菩薩嶺などが遠望できました。それでは山頂の景色をお楽しみください。(つづく)

P1020762 富士山は遮るものなし P1020767 右から不動ノ峰、蛭ヶ岳、大室山、檜洞丸

P1020773 西丹沢檜洞丸、中央の突起は同角ノ頭、左後方に畦ヶ丸、背景に南アルプス

P1020772 同角ノ頭をアップ。後方に白根三山 P1020770 蛭ヶ岳の左遠方に大菩薩嶺

2012年2月19日 (日)

天然児も満願達成

 小湊から南房総一のリゾート地鴨川へ。鴨川といえば何といっても鴨川シーワールド。今回の旅では、初日に2回素通りしているので天然児はすっかり疑心暗鬼になっています。しかし3度目の正直、シーワールドにやってきました。ここは何度も訪れた場所ですが、動物園や水族館は何度来ても飽きませんね。

 私は魚類をゆっくり楽しみたいのですが、天然児は海獣が大好き。親子の主張が対立する暗雲垂れ込むシーワールドです。まあここに関しては多くを語ることもないでしょう。

P1020667 海のカナリアことシロイルカ(ベルーガ)。スベスベした美白のお肌が魅力的。でも、かえって排泄が生々しくてショックでした(汗)

P1020689 トドの社会は実力主義のようです。体の大きい個体が山の頂上に陣取って、威圧するように吠えていました。

P1020694 今回時間をかけてじっくりと観察できたのが、このセイウチ。飼育員が餌を持ってくると、ノソノソと巨体を揺らしながら上陸していました。その体はスターウォーズの悪玉ジャバ様そのもの。ジャバ体型と飛び出した充血した目玉でかなりキモキャラでしたが、名前を呼ばれてお返事したり投げキッスをしてくれたりと、見かけによらずお茶目な性格のようです。

P1020698 寒い陽気でも心地良さそうに泳ぐアザラシくん。彼らが生活する環境に比べれば日本の冬なんてチョロいものでしょう。

P1020701 軽快なイルカのジャンプ!おいおい、この天然児さまを蔑ろにしちゃ困るぜ。全国のイルカショーを渡り歩く。そんじょそこらのイルカショーじゃあ満足しねえぜ。

P1020702 P1020711 ふふふ・・・ダブルで来なすったか。しかしな、天下のカモシーがこの程度で手を引けとは言わねえよなぁ。

P1020708 フッ流石じゃねえか。今日のところはこれくらいで勘弁してやらぁ・・・なんてね。素晴らしいです。感動しました。天然児を連れてきて良かったと思う瞬間です。

P1020682 そしてカモシーの目玉は何といってもシャチ。その大きさはイルカをはるかに凌駕し、ジャンプもダイナミックダイクマ(わかるかな?)です!危険地帯に座っていた人は、この寒空に男も、女も、思いっきり濡れ場になっていました。これがホントの「水も滴るいい女」親子共々良いものを見させていただきました。

P1020683_2 オルカに乗った少年少女。私が子どもだった頃、そして四半世紀のときを越えて、天然児も憧れる光景ですね。

 天然児にとって、今回の旅は鴨川シーワールドで満願成就であります。

2012年2月18日 (土)

天然児 IN 誕生寺

 金曜日帰宅すると、なんと、家の前に昨日盗難された長男の自転車が置いてありました。夕方、同じ図書館の駐輪場で発見されたとのこと。ちょっとした悪戯だったのでしょうか。何はともあれ、良かった良かったhappy01

 勝浦からR128を少し戻って小湊にやってきました。ここは「南無妙法蓮華経」のお題目でお馴染み日蓮宗の開祖日蓮上人の誕生の地です。日蓮は鎌倉時代1222年に小湊で誕生し、若くして出家した後は比叡山、高野山、薬師寺など京周辺の大寺院で遊学します。やがて関東に戻って題目を唱え始めると、鎌倉で辻説法をしたり、「立正安国論」を幕府に提出し、法華経を正法として、真言、天台、浄土、禅などの他宗は邪教として悉く批判するようになりました。彼のの布教活動は余りにも過激であったため、他宗の宗徒に命を狙われたり、幕府からも弾圧されました。しかし、彼とその弟子達の熱心な布教活動は民衆に浸透し、今日の日蓮宗に受け継がれています。

P1020644 誕生寺一大きな仁王門 P1020648 日本の海岸風景はやはり松

 誕生寺は、日蓮の弟子が日蓮の生家があったこの小湊に建立した寺院です。室町時代、江戸元禄期2度の大地震と海粛(津波)に見舞われ、その度再建されてきましたが、江戸中期の火災により、仁王門を残して壊滅してしまいました。wave後に祖師堂が再建され、それ以外の建造物は昭和になってから再建されたものです。大きな仁王門をくぐると青い海をバックに枝振りの見事な松が映える境内。正面の祖師堂には多くの参拝者が訪れていました。二日に渡る寺院参拝に天然児は納得できない模様です。

P1020645 この稚児が法界一の過激派に! P1020646 信仰の中心祖師堂

 さて、日蓮上人誕生には超常現象が残されています。①上人誕生と同時に生家の庭先に泉が湧出した。②小湊の海岸に蓮華が生えて花が咲いた。③小湊前の湾内に鯛が集まり群れ「鯛の浦」と呼ばれた。というものです。このうち、「鯛の浦」の鯛は今だに船上から見ることができます。ship

P1020656 赤い旗が気になるんだよなぁ・・・

 誕生寺の門前に鯛の浦遊覧船の船着き場があります。30人ほどの観光客が乗船すると、遊覧船は出向し湾内を巡っていきます。テンポのよい御当地節が流れると、船の揺れも相まって慰安会のおじさんたちがズーズー弁で唄ったり躍ったり♪この調子を天然児が見逃すはずがなく、大爆笑でピョンピョン反応。おじさんたちもズーズー弁で大喜び。coldsweats0120分ほど湾内を一回りして鯛が浮上するポイントに到着。ここで船頭さんがイワシのミンチを海上に撒くと・・・

P1020657 キタキタァ~! P1020658 鯛やメジナが舞い踊り♪

 公園やお堀の鯉のように鯛やメジナが浮かんできました。日蓮上人の起こした奇跡は800年の時を越えて我々の目の前に現れたのである。ガーン!(川口調)ありがたや~ありがたや~・・・「この魚たちも私が求めているものではない。」(by天然児)

2012年2月16日 (木)

速報!寄のロウバイまつり

 今日は子どもが買ってもらったばかりの自転車を盗まれてしまいました。図書館で遊んでいてちょっと目を離した隙の出来事だそうで。この世の中、盗んだ人間は自転車が欲しくてやったのではないでしょう。愉快犯というものは許されざるものだと思います。普段ものの有り難味が今ひとつな我が子なもので、ついついきつく叱りつけてしまいましたが、自転車が帰れば良い薬になるものと思っています。

 さて、ブログを更新している最中も外は小雪がちらついています。寒さが停滞する昨今ですが、先週末に花の便りを受けて足を運んできました。例年二宮の菜の花の次は、曽我の梅が定番でしたが、梅まつりがスタートして半月が経過しても、梅の咲きは1~2分咲きで大幅に遅れているようです。曽我の梅はしばらく様子見として、2月11日松田町寄(やどろき)のロウバイまつりに行ってきました。

P1020718 P1020726 茶畑の中に咲くロウバイ

 寄自然休養村から東側高地の土佐原集落に向かって農道を歩きます。この道は鍋割山に向かう登山道でもあります。お茶畑の中を10分ほど歩いた山腹がロウバイまつりの会場です。この辺りは時季が下れば枝垂桜が咲く花の里です。入口ではおでんや川魚、甘酒などが売られていました。その先の斜面一帯にロウバイが咲いていました。満開のロウバイの中を歩いていると独特の甘い香りが漂います。

P1020728 P1020731 P1020736 ロウバイまつり会場

 ロウバイはこの週末も楽しめると思いますので、春の匂いを感じに訪ねてみてはいかがでしょうか。

P1020737 湧き水を見守るお地蔵さんにもロウバイの花が供えられていました。

2012年2月14日 (火)

勝浦の朝市

 坂東三十三観音結願の翌2月5日(日)朝一で勝浦の朝市を訪れました。勝浦の朝市は輪島、高山の朝市と並んで日本三大朝市といわれ、その歴史は天正時代まで遡ります。朝市というと観光色の強いものと思い勝ちですが、勝浦市民の台所として、毎週水曜日と年末年始以外は毎日開催されています。

 「ゆったり、たっぷり、の~んびり」のフレーズで有名なホテル三日月。その近くの市営駐車場から海沿いに5分ほど歩けば賑やかな掛け声が聞こえてきます。勝浦の朝市は開催場所が2箇所あって、毎月1~15日は下町、16~末日は仲町で行われています。今回の下町は、日本一の60段飾りの雛人形で有名な遠見岬神社を始め、寺社が集まる門前の市でのんびりとした味わいがあります。

P1020639 下町朝市の風景 P1020634 試食も楽しい♪

 勝浦は漁業で有名な街なので、魚介類中心の朝市かと思いきや、農産物も魚と並んで多く、大根、白菜、ねぎ、菜の花、ごぼう、柑橘、落花生など豆類と豊富で、その他にお餅や漬物、パンなどの加工品、竹細工、木工細工などの民芸品なども並んでいます。魚介を売る威勢のよい掛け声とは対照的に、商うお婆ちゃんの優しい笑顔が看板です。留守番家族に干物やカツオカレーをお土産に

P1020633 勝浦はカツオ! P1020640 さすがに丸々は買えませんね。

 魚介に関しては、鮮魚、干物、わかめや海苔など豊富に並び、鮮魚は勝浦の名物カツオ、マグロ、イサギ、イカ、イナダ、ヒラメ・・・から、伊勢えびやサザエなどどれも比較的安価で新鮮です。何といっても鮮魚は「その日に獲れた。」というのが殺し文句ですね。いつも釣行でお世話になっている(釣れないときのお土産)御宿の白鳥丸水産も大っぴらにマグロを解体したりして参戦していました。鮮魚も良いのですが、干物は安い!カレイやカマス、エボダイなどは1枚150円。酒のお供に最高なイカは3枚で1千円でした。

P1020638 伊勢えびにヒラメ。最高です! P1020641 もうすぐ売り切れだよ!

 天然児はあっちへフラフラ、こっちでニコニコ愛想を振りまいて、試食を楽しんでいましたが、朝は気管が弱い体質なので、オエ!オエ!と連発していました。「魚はいるけどお目当ての所とは何かが違う・・・?」(by天然児)

Kappi1 勝浦のゆるきゃら「勝浦カッピー」を紹介します。

2012年2月13日 (月)

坂東も満願達成(わしじゃないけど) その3

 大原から房総黒潮ラインことR126を南下します。御宿町でちょっと寄り道。真冬でもサーファーで賑わう御宿海岸にやってきました。大海原と白砂の美しい海岸に同僚夫婦も感激。そしてこの海岸には・・・

P1020620 P1020618

月の~沙漠を~は~る~ばると~旅の~駱駝が~ゆ~き~ました~♪

金と~銀との~鞍置いて~ふ~たつ~並んで~ゆ~き~ました~♪・・・

 童謡「月の沙漠」の作詞者加藤まさをは、大正・昭和期に活躍した挿絵画家兼詩人でした。結核を患って療養に来た加藤は、この御宿の砂浜を眺めながら、月光を浴びながらラクダに乗って砂漠を渡っていく王子と姫の幻想的な姿を叙情詩と挿絵で表現しました。童謡の生まれた地ともあって、大海原をバックに駱駝の像と記念撮影をする観光客が詰めかけていました。その一方で、月のオブジェは鳥の糞で汚れてちょっと惨めでした。

 さて、御宿から先は、勝浦、小湊、天津、鴨川へと海岸線が美しく、鵜原理想郷、おせんころがし、誕生寺、鯛ノ浦、鴨川松島、仁衛門島などの名勝が続きますが、ご記帳の受付けは17時までという時間的な制約が響いてきます。今回は坂東三十三箇所満願成就が最大の目的であることから、観光は二の次で館山へ急ぎます。

 陽が紅く染まり始めた頃、館山市郊外の那古寺に到着しました。坂東第33番札所、坂東札所巡り結願の寺、那古寺の縁起は、古く奈良時代に遡り、当時我が国最高のハイパーテクノクラート行基菩薩が、元正天皇(聖武帝の叔母)の病快癒を願って、伽藍を建立し千手観音を祀ったことに発します。その後、源頼朝、足利家、里見一族、徳川家の庇護を受けて栄えました。

P1020623 那古寺仁王門 P1020626 源頼朝所縁の多宝塔

 那古寺の境内は館山市北部の山の中腹にあり、仁王門をくぐって本堂の前に出ると、眼下に館山市街、鏡ヶ浦こと館山湾が広がり、湾の向こうには洲崎への半島がのびていました。昔から結願を果たした多くの参拝者たちが、この風景を見下ろしながら、巡礼の足跡、苦労を振り返ると共に、未来永劫の幸せを祈念し、改めて一層の信仰心を誓ってきたことでしょう。坂東三十三観音の結願を果たした二人のこころにも、去来するものがあったことでしょう。急に「大」のサインを出した天然児の手を引いて、慌てて東司に飛び込んだ私には縁遠いものでしょうか(汗)

P1020625 結願の風景 P1020630 日没に浮かぶ富士

 結願を成就した同僚夫婦を高速バスの停留所であるハイウェイオアシス富楽里へ送る途中、東京湾を挟んだ紅色に染まった西の空には富士山が浮かび上がっていました。結願成就に縁起物の富士。二人の未来に幸多からんことを祈ります。・・・この日、親のつき合いで信仰心もないくせに観音巡りをした天然児。彼の満願が成就されていません。天然児の満願のため、この日は鴨川でお泊りです。

2012年2月12日 (日)

坂東も満願達成(わしじゃないけど) その2

 笠森観音を出て房総半島を南下します。R297で大多喜を経由し、R465で大原方面に向かい、いすみ市(旧岬町)にある第32番札所音羽山清水寺に向かいます。音羽山清水寺という寺名は京都の清水寺と全く同じですが、最澄が房総方面の布教に訪れたとき、京の音羽の里に似た風景のこの地で十一面観音を彫り、最澄の弟子慈覚大師が千手観音を彫って庵に納め、後に坂上田村麻呂が伽藍を建立したという由緒があるお寺です。あの最澄が房総まで来ていたとは驚きです。青春18キップもない時代に(笑)清水寺の周囲は笠森寺同様に深い照葉樹林で覆われ、音羽の森公園として整備されています。

 話はそれますが、いすみ市は平成の大合併で夷隅郡の3町(大原、夷隅、岬)が合併した、人口4万ほどの小さな市ですが、夷隅とはつけたものですね。蝦夷の隅っこですからね。征夷大将軍田村麻呂も来るわけですね。東に太平洋の大海原を臨み、内陸部は丘陵と水田が広がるのどかな街です。大原は日本一の遊魚船が集まる港で、主にマダイ、ヒラメ、イサギ、フグなどを釣らせてくれますが、私も年に1~2度は必ず訪れる街です。

P1020600 清水寺を探る天然児 P1020606 十一面観音が祀られる本堂

 清水寺は仁王門の前まで車で入れます。山門をかためる仁王様は真っ白な美肌仁王様です。境内の中ほどには西国、坂東、秩父の百体観音が祀られていて、これを拝めば百観音巡りのご利益をえられるとか。それにしても、札所では百体観音をよく見かけますが、私はこれが巡礼者の士気を削ぐようなものだと思えてなりませんが・・・その脇には何故か赤穂四十七義士の木像が並んでいました。本堂、奥の院のそれぞれの観音様を拝んで参拝終了。と、思いきや、境内に犬が飼われていて天然児は大喜び。とても人馴れしたワンコで、巡礼者に可愛がられていることでしょう。

P1020610 こんにちワン P1020603 各々方、次行ってみよー!

 さて、R465に戻って大原に向かいます。国道は第三セクターのいすみ鉄道と併走しています。同僚夫婦は下調べをしていて、いすみ鉄道は沿線には桜と菜の花が同時に咲くスポットがあるとのこと。さすがに桜はまだ早く、菜の花は・・・見当たりませんでした。が、幸い途中の小さな無人駅で菜の花カラーのたった1両の気動車に出合うことができました。同僚曰く、「銚子電鉄もそうだったが、沿線をいろいろアピールするものの、それを目当てに訪れる人はマイカーで来て電車には乗らないのが現実。」かく申す我々も、ホームにいながら電車を見送る冷やかしに他ならなかったですから。

P1020615 旅情を感じるローカル線 P1020616 田園風景がよく似合う

 我々は田園風景の中をのんびり走る気動車を、しつこく大原まで付きまとったとさ。

2012年2月10日 (金)

坂東も満願達成(わしじゃないけど) その1

 このブログにたまに登場する職場の同僚。彼は私よりひと回りも若い(外見はほぼ同年齢?!)のですが、酒色におぼれ・・・もとい、寺社、仏閣(廃墟も)巡りを好み、何より若さに似合わず信仰心が篤い人物。関西の某ブリッジから東に出向(本人は「下向」と思っているらしい)してきていますが、こちらにいるうちに秩父三十四観音、江戸三十三観音を満願成就し、そして遂に坂東三十三観音も満願達成しようとしています。

 坂東三十三箇所は、その名のとおり、札所が関東一円に散在しているため(東京1、神奈川9、千葉7、埼玉4、群馬2、栃木4、茨城6)、秩父や江戸のように簡単に巡れるものではありません。出好きな私も神奈川県西部(3箇所)、群馬(2箇所)+日光(1箇所)と2度お供させてもらい、今回は残り3箇所巡りに与力することになりました。向かうは房総半島です。

 その日は2月4日としていましたが、前日(節分)の冷え込みで我が家の水道管が破裂!翌日は復旧工事が入ることになり、延期かな・・・と厭戦気分。ところが、幸いにして朝一番で業者が対応してくれることになり、小1時間の最小限の応急措置で水道を復旧させてくれました。「よーし!上総、安房へ出陣いたす!先陣は江戸衆(同僚)、後詰は左京太夫(天然児)じゃ。黄八幡(私)は左京太夫を補佐いたせ。」気分は高揚して、1567年北条氏の上総侵攻を彷彿とします。(このとき北条氏は上総三船山の合戦で里見氏に敗れていますが・・・)

P1020575 海ほたるから望む横浜と富士山

 予定より1時間遅れで出発することになりました。アクアラインを渡るため、友人夫婦とは川崎大師で合流しました。浮島からアクアラインへ。この日は前日と一変して気温が上がる予報なので、冬晴れとも相まって、海ほたるは満車状態でした。前日と平均してくれれば水道管も破裂しなかっただろうに・・・こればっかりはどうにもなりません。展望テラスからは富士山、丹沢の峰々が望めました。それにしても関西の人は富士の眺望を喜びますね。私は海ほたる周辺の釣り船が気になります。そろそろメバルの時季だなぁ♪

 木更津北ICからR409号を東進して横田、上総牛久の集落を抜けていきます。このコースは大原釣行で毎年走っているのでお手の物です。牛久からはそのまま409号を進み、長南町に入ると間もなく、坂東三十三観音第31番札所笠森観音の駐車場に入りました。笠森寺は山上にあり、境内へは杉や楠の大木が密生する森の中の参道を歩きます。この豊かな植生は笠森寺自然林と呼ばれ、国の天然記念物に指定されています。天然児はいつものとおり、山登りと勘違いして号泣し、手を焼かせます。

P1020581 幹が三本に分かれる三本杉 P1020582 穴をくぐると子が授かる楠

P1020598 芭蕉も訪れたんですね。

 杉の大木を見上げながら、苔むした参道を歩いていきます。三本杉、子授け楠などの名木、松尾芭蕉の句碑などを見ながら10分ほどで山門に到着。笠森寺の開山は、784年に伝教大師最澄が楠の木で彫った十一面観音を山上に安置したことにより、その後平安時代に後一条天皇の発願により、観音堂が建立されました。この観音堂こそは、国内唯一の「四方懸造」と呼ばれる四方何れもが接地することない舞台建築で、岩山の上に61本の柱によって組上げられています。観音堂に上がってみると、どこまでも広がる房州の山々が一望できました。

P1020595 笠森寺二天門 P1020584 「四方懸造」の観音堂(国宝、重文) P1020592

 房総は地震が多いところですが、このような建築物が地震で崩れることもなく、古よりその姿を留めていることは驚きです。設計、施工した当時の技術に脱帽であります。

2012年2月 9日 (木)

節分の事件

 2月3日(金)節分です。この日は朝から冷え込みが厳しく、駅まで歩いていると耳がピリピリとしていました。ear

 お昼休みに職場近くの金刀比羅宮(虎ノ門)で行われる豆撒きを見物に行きました。官庁街の割りに意外と人出が多く、なかなか良いポジションを取れません。四苦八苦しているうちに同行した同僚が流れ弾を立て続けに3つGETしノルマ達成!goodこの同僚は今年良いことに恵まれそうです。

120203_123104

 さて、豆も確保したところで遅いお昼を食べていると、かみさんから緊急電が入ります。庭から水が湧き出しているとのこと。どうやらこの冷え込みが祟って水道管が破裂してしまったようです。typhoon私は豆を1つも取れなかったからなぁ・・・

 電話した水道局の話によれば、この日管内での水道管の破裂は50件を越えたとのこと。これだけの件数は今までなかったとのことでした。水道局指定の業者は手一杯で、即日はおろか翌日の対応も不可能とのことでした。かろうじて翌日対応をしてもらえる業者を見つけ、水の使用できない不便な夜を過ごしました。night

 翌2月4日は房総方面に出かける予定があるのですが・・・

2012年2月 8日 (水)

雪を踏み踏みユーシン渓谷

 1月28日(土)天然児送迎半日登山。先週末の雪と最近の冷え込みで、丹沢、箱根の峰々は真っ白に雪化粧してしまいました。雪山装備を持たないので、低山ハイクを考えましたが、イマイチ気乗りしません。ふと、隧道改修工事によってここ数年通行止になっていた、丹沢湖から丹沢の深部に延びる玄倉林道が、昨年の秋から歩行者に限り通行可能となったことを思い出し、久しぶりに歩いてみようと思いました。が・・・

 この日、家を出る前に朝食を食べていると、続けざまに2回かなり大きな揺れを感じました。山梨県東部を震源とするマグニチュード5.4の地震でした。神奈川県西部は震度4の場所が多かったようです。山梨県境に近い西丹沢の林道が崩落していなければよいのですが・・・とりあえず出かけてみましょう。

 丹沢湖東側の玄倉地区から玄倉川に沿って東に延びる玄倉林道は、上流にある玄倉ダム、熊木ダム及び発電所建設のために昭和30年代に整備された林道です。それと共に、玄倉川上流のユーシンと呼ばれる場所は、塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳、檜洞丸などの丹沢の主たる峰々に囲まれ、古くから登山基地として県営のユーシンロッジが置かれていたので、ユーシンに通じる玄倉林道は登山者にはなじみの林道でした。しかし、林道半ばにある青崩隧道の改修工事が行われると、林道は前面通行止めとなってしまい数年が経ちました。

P1020476 玄倉林道ゲート P1020478 地震の影響でしょうか・・・

 11時に林道ゲート前の広い空き地に車を停め林道を歩き始めます。ゲートを越えてしばらくの間は法面工事が行われていて、玄倉川の谷間に削岩機や重機の轟音が響き渡ります。動物との遭遇もひとつの楽しみにしていたのですが、このような状況下では無理のようです。

P1020481 新青崩隧道 P1020482 怖いよー P1020522 青崩隧道はこんなところ

 境隧道に続いて新しくなった青崩隧道です。左手の渓谷際には旧隧道が口を開けていますが、このトンネルはこの林道の名物でもありました。というのも、この無灯火の長いトンネルは中央部がL字に折れていて、入出口の明かりも届かず、路面には水溜りや段差があるので無灯火の通過は危険なトンネルで、通称「お化けトンネル」と呼ばれていました。新緑や紅葉が美しいユーシン渓谷へハイキングに来ても、このトンネルで泣く泣く引き返したハイカーも多かったことでしょう。新トンネルは路面は平に舗装されて安全でしたが、闇の中を単独で歩くのは恐ろしいものです。人知れず自分が異世界に迷い込んでしまうのではないかと思うと、恐怖に身震いしてしまいました。

P1020489 透明度に驚き! P1020492 逆さ発電所です。 P1020496_2 「沢水を集めて青き玄倉湖」

 青崩隧道を抜けて間もなく、玄倉川を堰き止める玄倉ダムの脇を通過します。堰き止められた水は青く透き通っていて、水底まで余すことなく透視することができました。辺りの木々の紅葉を写したら最高でしょうね。改めて地元神奈川の豊かな自然を再認識しました。

P1020493 手掘りいいね~ P1020494 内部は氷の世界 P1020516 頭上の恐怖!

 ダムを過ぎると、6号、7号、8号と荒削りの短いトンネルが点在し、そこをひとつひとつ通過するごとに残雪が多くなっていきます。トンネルの内部はしみ出した水が凍り付いて氷柱となって垂れ下がっています。ヘルメットとまで言いませんが、せめて帽子を被ってくればよかったなぁ・・・(恐)

P1020500 雪に覆われた河原 P1020503 蛭ヶ岳が見えてきます。

 路面につけられた先行者の踏み跡や轍は凍結していたので、ここまでジョギングペースで来たのですが、グッとスピードダウンします。寄からのルートが出合う雨山橋を通過する頃には、路面一杯に雪が広がって、それをキュッキュッと踏みしめていきます。この感じがたまらないですね。進行方向に雪で覆われた蛭ヶ岳が近づいてきました。

P1020507 ユーシンだ♪ P1020509 静かな佇まいのロッジ(後方に大石山)

 辺りがすっかり雪に覆われた頃、ユーシンロッジへの分岐点に到達。林道と分かれて左手に折れ、玄倉川を渡った対岸の森の中にユーシンロッジはありました。青崩隧道の工事開始以来、休業状態で、現在は避難小屋代わりに開放されています。この日も食堂でおじさんが二人、昼食をとりながら談笑していました。このロッジの裏手からは大石山~同角ノ頭~檜洞丸の登山ルートがあり、臼ヶ岳を経て蛭ヶ岳方面へのルートも延びています。玄倉林道をつめると塔ノ岳へのルート。先述の雨山橋からは雨山峠を経て鍋割山へのルートもあり、当に丹沢ど真ん中の好立地なのです。

P1020510 ユーシンはこんなところ

 それにしてもユーシンとは変った地名ですが、漢字では「涌深」とか「湧津」などと現されるそうです。その由来は、大正時代、森林管理小屋の管理人が「谷深くして水勢勇ましい所」として、命名したそうです。でも私的には「幽森」という表現がぴったりな場所だと思っています。ロッジの屋根から落ちる雪を眺めながらお昼をとって、キュッキュッと林道を引き返しました。

☆メンツ:単独

★コースタイム:2時間40分(休憩含む)

林道ゲート11:00→11:20新青崩隧道→11:30玄倉ダム→12:00雨山橋→12:15ユーシンロッジ12:40

→13:10玄倉ダム→13:40林道ゲート

Photo

2012年2月 2日 (木)

上原中佐の墓参

 年末に小田原市沼代を歩いて、昭和20年2月16日の空中戦で戦死した陸軍上原中佐の墓参を果たそうとしましたが、その墓を発見することができませんでした。(http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-3cd6.html) 後日調べてみた結果、中佐の墓は高山山頂近くの鉄塔付近から、平成22年沼代公民館付近に移設されたとのことでした。

 先日、その場所を訪れて数年来の念願を果たすことができました。沼代集落から中村原方面に抜ける道路脇、中佐が米艦載機の大編隊と空中戦を展開した東の空が望める場所に墓はあり、水仙の花が供えられていました。

 上原中佐の愛国精神に敬意を表し、その魂の安らかなることを祈って合掌しました。

P1020534 上原中佐の墓(右が乗機四式戦闘機「疾風」のプロペラ)

Photo_2 ココでした。

2012年2月 1日 (水)

吾妻山の菜の花

 昨年末から咲き続けた二宮吾妻山の菜の花。年々話題が広がって、今や全国的に有名な観光地となりつつあります。吾妻山の魅力は菜の花だけでなく、その背景にあります。相模湾突き出した丘陵の先端に位置する吾妻山は、正面に海を見下ろし、片や箱根、丹沢の山並み、伊豆半島、そして富士山の好展望地で、菜の花を引き立たせているのです。これと言って観光客を惹きつけるネタがなかった二宮の貴重な観光資源。地域の活性化に結びつけば良いですね。

P1020537 海から見上げた吾妻山

 しかし、近いところほどなかなか足が向かないもの。1月も終わろうとする日曜日の夕方散歩に出かけました。町役場裏の階段を登って、水仙の花が咲く遊歩道を歩いていくと、公園は再整備の真っ最中。我が家の子らが楽しんだアスレチックは全て撤去されていました。我が家から30分もしないで山頂に到着。太陽は箱根山に隠れようとする時刻でしたが、100人近い人が景色を楽しんでいました。

 雪化粧をした箱根、丹沢、そして富士山をバックに満開の菜の花の黄色が引き立ちます。多くのカメラマンがシャッターを切っていました。しかし老若男女、皆さん一眼レフの良さそうなカメラを下げていますね。私も山で傷だらけになった愛用のコンパクトカメラで撮ってみましたのでご笑覧ください。

P1020541 南西方向 伊豆半島をバックに P1020550

P1020545 北西方向 富士山をバックに P1020544 矢倉岳と子抱き富士みたい

P1020546 北方向 丹沢をバックに

P1020552 大山(右手後方に三峰山) P1020555 塔ノ岳(山頂に尊仏山荘が見えます。)

P1020554 檜洞丸(右)と同角ノ頭

 2月に入ってそろそろ菜の花も終盤戦。代わって曽我や湯河原の梅林、松田山や三浦の寒桜(河津桜)と人は春を待ちわびて花を追いかけていくことでしょう。そして我が家にも春を待ち焦がれる方が・・・

P1020563 これ美味いよ♪

 菜の花はクロちゃんに大好評です。ちなみに山で引っこ抜いてきたものではありませんので悪しからず。

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