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2012年2月13日 (月)

坂東も満願達成(わしじゃないけど) その3

 大原から房総黒潮ラインことR126を南下します。御宿町でちょっと寄り道。真冬でもサーファーで賑わう御宿海岸にやってきました。大海原と白砂の美しい海岸に同僚夫婦も感激。そしてこの海岸には・・・

P1020620 P1020618

月の~沙漠を~は~る~ばると~旅の~駱駝が~ゆ~き~ました~♪

金と~銀との~鞍置いて~ふ~たつ~並んで~ゆ~き~ました~♪・・・

 童謡「月の沙漠」の作詞者加藤まさをは、大正・昭和期に活躍した挿絵画家兼詩人でした。結核を患って療養に来た加藤は、この御宿の砂浜を眺めながら、月光を浴びながらラクダに乗って砂漠を渡っていく王子と姫の幻想的な姿を叙情詩と挿絵で表現しました。童謡の生まれた地ともあって、大海原をバックに駱駝の像と記念撮影をする観光客が詰めかけていました。その一方で、月のオブジェは鳥の糞で汚れてちょっと惨めでした。

 さて、御宿から先は、勝浦、小湊、天津、鴨川へと海岸線が美しく、鵜原理想郷、おせんころがし、誕生寺、鯛ノ浦、鴨川松島、仁衛門島などの名勝が続きますが、ご記帳の受付けは17時までという時間的な制約が響いてきます。今回は坂東三十三箇所満願成就が最大の目的であることから、観光は二の次で館山へ急ぎます。

 陽が紅く染まり始めた頃、館山市郊外の那古寺に到着しました。坂東第33番札所、坂東札所巡り結願の寺、那古寺の縁起は、古く奈良時代に遡り、当時我が国最高のハイパーテクノクラート行基菩薩が、元正天皇(聖武帝の叔母)の病快癒を願って、伽藍を建立し千手観音を祀ったことに発します。その後、源頼朝、足利家、里見一族、徳川家の庇護を受けて栄えました。

P1020623 那古寺仁王門 P1020626 源頼朝所縁の多宝塔

 那古寺の境内は館山市北部の山の中腹にあり、仁王門をくぐって本堂の前に出ると、眼下に館山市街、鏡ヶ浦こと館山湾が広がり、湾の向こうには洲崎への半島がのびていました。昔から結願を果たした多くの参拝者たちが、この風景を見下ろしながら、巡礼の足跡、苦労を振り返ると共に、未来永劫の幸せを祈念し、改めて一層の信仰心を誓ってきたことでしょう。坂東三十三観音の結願を果たした二人のこころにも、去来するものがあったことでしょう。急に「大」のサインを出した天然児の手を引いて、慌てて東司に飛び込んだ私には縁遠いものでしょうか(汗)

P1020625 結願の風景 P1020630 日没に浮かぶ富士

 結願を成就した同僚夫婦を高速バスの停留所であるハイウェイオアシス富楽里へ送る途中、東京湾を挟んだ紅色に染まった西の空には富士山が浮かび上がっていました。結願成就に縁起物の富士。二人の未来に幸多からんことを祈ります。・・・この日、親のつき合いで信仰心もないくせに観音巡りをした天然児。彼の満願が成就されていません。天然児の満願のため、この日は鴨川でお泊りです。

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コメント

その節はどうもありがとうございました
これでもう、「千葉も二度と行くことはないしな」となりますが、
一応、端から端まで千葉を見れましたが、とても良い場所でしたので、
また行きたいです(浦安にある鼠王国は除く
我々の趣味のせいであっちゃこっちゃ連れ回して申し訳なかったですが、
改めてひとつ高いステージに行けましたこと御礼申し上げます

満願何よりです。
こういう目的意識を持った旅をしたことがなかったので、私はとても楽しかったです。

千葉は海産物豊かで何度行っても飽きませんよ。
西では南紀や土佐辺りが似た風土でしょうから、訪れてみてください。

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