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2012年3月

2012年3月31日 (土)

大人の卒業式だからなぁ~

 とはいっても、社会人通学していたわけではありません。出向していた職場の2年の任期が3月30日(金)で満了しました。卒業証書の授与こそありませんが、夕方辞令をもらって、送別会に突入しました。beer

 別々の会社からの出向者で形成されていた悪く言えば「寄せ集め」の職場で、年齢層も20代、30代、40代とばらけていたにもかかわらず、仕事は知恵を出し合って、酒も一杯飲みました。とにかく充実した楽しい2年間でした。出向辞令1枚渡されて、偶然の縁でひとつ屋根の下で机を並べることになった、個性バラバラの大人たちが、こんなにも仲良くなれるものなんですね。

 それだけに別れは辛いもの・・・

 皆さんお世話になりました。きっと、この縁は一生続くことでしょう。新しい職場に行く人、残る人も、いつかまた皆さんの笑顔に再会できることを信じています。それまでくれぐれもお体を大事に。heart01

120330_155214 別れの日。東京も桜が咲きました。

 4月から本体に戻ることになっています。初日からスケジュールがギッシリの忙しい職場ですが心機一転がんばるべー!rock

2012年3月28日 (水)

束釣りしちゃいました。

 3月25日(日)風がやや温んできたので、久しぶりに釣り会を開催した。最初は平塚でアジでも釣ろうと考えていたのだが、企画した3月上旬頃は低調だったので、今年は当たり年といわれているイシモチをやってみることにした。船釣りの世界でイシモチはややマイナーな対象魚で、専門船でやっているのは金沢八景ほか江戸前の一部しかない。我が釣り会でも、イシモチを企画したことはなく、金沢八景沖LTアジの外道としてちょくちょく顔をだしていたのだが、当たりも明確で、食べても白身がなかなか美味しい魚だと密かな支持を得て、遂に今回陽の目を見たことになる。

 金沢八景ではイシモチ乗合が数件あるが、当会で何度かお世話になってきた蒲谷丸のニーズ乗合を利用することにした。ニーズ乗合とは、ある程度の人数を集めれば、希望の対象で乗合船を企画してくれるものだが、女将さんの話ではなかなかフラグを立てても後が続かないらしく、実質仕立の傾向が強いらしい。今回も蓋を開けてみれば、我々一行6人での仕立出船となっていた。

 今回私が使用したイシモチのタックルは、胴調子のライト竿と道糸2号を巻いた小型両軸リール。仕掛けはネムリ2本針の胴突きにおもりが30号で、餌は青イソメをチョン掛けにする。この仕掛けを落としたら、おもりが底を少し切るくらいを保っていれば良いので、釣りとしてはいたって単純な釣り方だ。但し、この魚はコツをつかまないと針掛りしない・・・

 天候晴朗なれど、北よりの冷たい風が少し感じられる。船宿の保有する大小2隻の船の小さいほうだが、片側3人ずつのゆとりある体制である。大きいほうはLTアジ乗合のようだが満員状態。春休みなので、カップリングや親子連れが多いようで、桟橋で船頭さんから釣り方のレクチャーを受けていた。今の船頭さんは優しくて丁寧だなぁ・・・

120325_073113 左手にシーパラ~右手にはドック♪ 120325_073552

 8時前に出船し、シーパラのジェットコースターと住友のドックを両脇に見ながら船が湾に出ると、小さい周期の波が立っていた。港から10分程の赤灯台東側のポイントに到着し、スタートとなった。水深は25mほどの浅場である。青イソを針につけていると、後ろから「釣れたぞ♪」ムムッ!と振り向けば、同級生の釣り友がイシモチをぶら下げていた。これは入れ食いの予感・・・

120325_073903 赤灯台沖がポイント 120325_073419 一番槍を飾った不穏分子・・・ではなく釣り仲間

 しかし、スタートしてみると予想に反して食いが悪い。おもりが底に着底し、少し切って待つと、ゴツゴツと明確な当たりがあるのだが、慌てて竿をあおっても当たりが途絶えてしまうのだ。そういえばイシモチは警戒心の強い魚。餌に食いついても少しでも抵抗感を感じると吐き出してしまうのだ。つまり、当たりがあっても合わせたり、糸を張って抵抗感を与えてはいけないのだ。当たりがあったらそのままにするか、糸を送り出してやるのがよいという。竿についても、反応のよい先調子よりも向こう合わせの胴調子が良いらしい。それは分かっていたので6:4の胴調子を持参している。

 しばらくすると、コツをつかんだらしく、20cmほどの小振りなイシモチが入れ食いとなった。しかし、他のメンバーは苦戦しているようだ。観察していると、竿が先調子で、当たると合わせをしているようだった。しばらく一人で釣っていると、さすがに見かねた船頭さんが「一人でも釣れているんだから、魚はいるんだよ。糸を緩めてやってみな。」と支持が出だ。

120325_125714 良型も混じりはじめた。 120325_140453 この日は外道のシロギス

 すると他のメンバーも釣れはじめ、幹事としてはホッとする瞬間である。3、4回ほど当たりがなくなるとポイント移動することを繰り返し、赤灯台よりやや南側のポイントでラッシュ到来となった。お待ちかねの「入れ食いタイム」である。とにかく釣れる。そのうち2本針に2尾、3本針に3尾と一家も飛び出す。型も20cm中心に25~30cmクラスも混じりはじめた。イシモチ、イシモチまたイシモチ・・・アジの外道で釣れるイシモチだけに、アジやカサゴなど五目的な釣りを予想していたが、たまにシロギスが混じるだけでひたすらイシモチである。それだけイシモチの群れが濃いのであろう。

 お昼をまたいだイシモチラッシュでメンバーはさすがに飽き加減。船頭さんも潮時を感じたのか、「釣果を載せるので数を数えておいてください。」と支持が出だ。数えてみるとメンバー皆40~60尾と大漁である。私はというと・・・92尾である。私が100に到達したら早上がりしようとカウントダウンとなった。100尾到達まで10分であった。「100だと嘘っぽいから99ってことにしておきます。」とは船頭さん。

120325_140504 何とかクーラーに納まりました。

 イシモチは蒲鉾の材料として有名な魚であるが、一般的には塩焼きで食べられている。スーパーのイシモチは生臭いイメージがつきまといイマイチ評判が悪い。しかし、冬場のイシモチは脂が乗って、生きているうちに血抜きしてやれば生臭さもなく、刺身、タタキ、昆布ジメ、煮付け、塩焼き、フライ、ムニエル・・・料理も多彩。中華料理では蒸したイシモチにアンカケをかけて食べる高級食材である。

 船釣り初の束釣り(100)達成で、とにかく近所や実家、親戚に撒きにまくった。結果は・・・手元には何も残らなかった(笑)

2012年3月25日 (日)

山行 静かな大山登山 その2

 大山山頂でおそばを食べて一息入れているうちに、雲がかかり始めました。景色も見えないし、小雨も振り出して肌寒くなってきたので、足早に下山開始。まずは東側の尾根を下って見晴台を目指します。見晴台まではよく歩かれているルートなので、グチャグチャの泥濘状態。アイゼンを外してスパッツを装着します。

 見晴台方面のルートは雪は少なかったものの、場所によっては凍りついた雪が残っていて危なっかしい。下からポツポツと小グループが山頂目指して登ってきますが、大山らしく軽装のハイカーが多いですね。

P1030135 見晴台から大山は・・・ P1030138 雷ノ峰尾根 P1030139 阿夫利神社下社

 見晴台まで下って振り返ってみると、山頂には完全に雲がかかっていました。ここからケーブル方面に向かう人が多いですが、車を人質にとられているので、そのまま直進して雷ノ峰尾根に入ります。尾根の稜線は松並木の明るいルートですが、南面が大きく切り開かれています。この開けた場所は下界から目立っていますね。ここから振り向くと阿夫利神社下社もよく見えます。

 更になだらかな稜線を進むと九十九曲の上部に達しました。直進しても九十九曲があってどちらも日向渓谷に下りていきます。九十九曲と名付けられるだけあって、急斜面の植林帯をジグザグと下りていくルートです。数えてみると60余りの折り返しがありました。

P1030143 ふれあいの森キャンプ場 P1030146 信仰の道 P1030149 浄発願寺奥ノ院跡

 九十九曲下りきると、伊勢原市ふれあいの森キャンプ場に出て、ここから日向川沿いに舗装された道を下っていきます。間もなく浄発願寺奥院の表示が出ています。案内板を読んでみますと、浄発願寺は江戸時代初期に開山された天台宗寺院で、徳川家や佐竹、藤堂などの大名の保護と、庶民から雨乞いの信仰を集め、繁栄しましたが、昭和13年の山津波で壊滅して、下流に再建されたそうです。そして、驚いたのは「男の駆け込み寺」という意外な記述がありました。駆け込み寺といえば、夫との離縁を望む妻が逃げ込む寺ですから、男にもその権利があるのかなぁ・・・とときめいたのですが、そういう意味ではなく、罪を犯した者(殺人と放火は除く)が逃げ込めば許されるというものでした。随分法外なお寺だったんですね。

P1030152 大友皇子ゆかりの石雲寺 P1030156 新しい浄発願寺

 更に日向渓谷沿いに下っていくと、屋根の大きな雨降山石雲寺があります。この境内には石造りの五重塔があるのですが、なんと壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)に破れ、大津京で自害したはずの大友皇子(弘文天皇)が密かにこの地に逃れ、葬られた地なのだそうです。これも驚き。

 先へ進むと見事な三重塔が見えてきましたが、これが今の浄発願寺。彼岸の入りのこの日は、雨の中お墓参りに訪れた人の姿がありました。

P1030160 日向薬師の梅林 P1030162 椿咲く日向山への道

 下山してきた日向から車が停めてある広沢寺温泉へは、ひと山越えなければなりません。日本三大薬師で有名な日向薬師から日向山に向かって再び登山道に入ります。この登山道の入口には小さな梅林があって、ちらほらと梅が咲き始めていました。日向山に向かうルートは道幅もあって傾斜も緩やかなので、ファミリーや中高年向けのハイキングコースといえます。大山梅ノ木尾根から延びる尾根にぶつかって、右に進むと日向山(404m)の山頂です。山頂には小さな祠があり、弁天様が祀られていますが、水の神様である弁天様が山頂とはこれ如何に?それもそのはず、日向山山頂には昔小さな池があって、この祠周辺はその池に浮かぶ島だったそうです。

P1030165 日向山の弁天様 P1030173 見城山から七沢城方面「山内軍襲来!」

 日向山から北に向かっていくと、すぐに見城山の山頂です。その名のとおり、戦国時代に物見の城(監視砦)が築かれていて、扇谷上杉氏の七沢城、糟屋館との偵察ネットワークの一役を担っていたのです。1488年に山内上杉顕定の軍勢が、扇谷上杉定正の本拠糟屋館に押し寄せ、それを迎え撃った定正軍との間に実蒔原の合戦が発生しましたが、そのときは山内軍発見にここから狼煙を上げたのかもしれませんね。

P1030174 ダンコウバイかな? P1030177 広沢寺温泉に戻ってきた。

 さて、物騒なことに、見城山辺りでは大規模な狩猟が行われていて、猟犬の鳴き声や猟犬を急き立てる猟師の声、銃声がしきりにしてきます。登山道には猟友会の人がある程度の感覚に配されていて、私がイノシシと間違えられることはなさそうですが、それでもちょっと怖かったですね。見城山から北へ下っていくと、広沢寺温泉玉翠楼が眼下に見えてきました。マイカーも見えています。

☆メンツ:単独

★コースタイム:6時間15分(休憩含む)

広沢寺温泉P7:30→7:50二の足林道ゲート(湧水)7:55→8:20不動尻キャンプ場跡→

9:00唐沢峠9:05→(途中休憩10分)→10:10見晴台方面出合→10:25大山山頂10:50→

11:25見晴台→11:40九十九曲上→12:00ふれあいの森キャンプ場→12:45日向薬師→

13:10日向山→13:25見城山→13:45広沢寺温泉P

Photo

2012年3月24日 (土)

山行 静かな大山登山 その1

 3月18日(日)は半日自由を手に入れました。scissorsでも、この日は気温が上がって朝から辺り一面霧が立ち込めるイマイチな空模様です。山では笑えそうもないので、地元でアジでも釣りに行こうかと思いましたが・・・朝起きてどーも気乗りがしません。なぜか用意した釣具は車に積まず、車を走らせ七沢温泉郷の一角、広沢寺温泉の駐車場にやってきました。ここから二の足林道を詰めて、不動尻から唐沢峠経由で大山を目指します。

P1030080 霧に包まれる広沢寺温泉 P1030081

 7時30分、広沢寺温泉を出発して二の足林道を歩き始めます。山間の耕地には霧が立ち込め、その中にもポツリポツリと梅の花が浮かび上がっています。七沢弁天の森方面の道を分けて堰堤を越えると、石切場の跡地は大きく切り開かれ、生活感のある廃屋も取り壊されていました。林道の拡幅工事が行われるようですが、この林道を今更拡幅して何のメリットがあるのでしょうか。疑問です。

P1030083 切り開かれた石切場付近 P1030085 ゲート近くの水場

 林道ゲート脇の湧水で喉を潤し、このブログでは何度も登場した山ノ神トンネルを通過します。爽やかな朝の空気も一変、このトンネルの中はいつも嫌な感じが付きまといます。早足でトンネルを抜けると目の前に大山が見えました。歩き始めてから小1時間で不動尻に。ここの名物ミツマタの花はつぼみも大きくなっていて開花目前でした。見頃は月が替わる頃でしょうか。http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-3477.html

P1030091 大山の山頂が見えます。 P1030096 不動尻にはこんな小道がいっぱい

 不動尻キャンプ場の跡地の先で林道は終点となって、いよいよ大山への登山道です。すぐに三峰山南峰方面への道を右に分け、大山唐沢峠方面に向かいます。やや荒れて倒木の多い登山道を上がって行きます。唐沢峠までの尾根道はやや急で、左には日向から上がる梅ノ木尾根が平行して、右手には三峰山が近くなってきました。標高700mを越えた頃から雪が見え始めました。

P1030101 梅ノ木尾根 P1030103 あー雪だ!P1030104 唐沢峠に到着

 唐沢峠で大山から北の三峰山に向かう尾根ルートにぶつかります。この辺りはモミや赤松の大木が見られます。峠から左の大山方面に向かいます。少し下って左右が大きくザレた鞍部を渡って大山に取り付きます。この辺りはちょうど1年前、大山から三峰山を縦走したときにカモシカと出会った場所です。http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-c944.html

P1030107 モミの大木 P1030112 鞍部のザレ場 P1030114 下界は雲の下

 左手に梅ノ木尾根が合流すると、大山の頂上が近づきますが、大山北斜面となるこの辺りから雪が深くなり、アイゼンを装着することにしました。この北尾根は人が余り歩かないルートなのですが、雪の上には動物の足跡が登山道に沿って頂上方面に延びています。夜間に鹿の群れが歩いていったのでしょうか。

P1030120 雪深くなり・・・ P1030116 動物の痕跡 P1030118 三峰山と奥多摩方面

 傾斜が急になると雪にかじりついて登りますが、予定よりは大幅に遅れています。見晴台方面からのルートと出合うと雪が消えて、代わって路面は泥濘になっていました。見晴台-山頂間は多くの登山者が歩くルートですからね。再び雪深い大山の肩を経ると、山頂は目と鼻の先です。山頂からは笑い袋のようなオバチャンの声が響いてきました。さすがは大山、天気がはっきりしない日でも人出があるようです。それにしてもすごい笑いだ・・・笑うことは健康に良いですからね。登山もまたしかり。長生きしますね。

P1030125_2 大山山頂 P1030128 阿夫利神社上社 P1030122 雲海に浮かぶ箱根外輪山

 出発から3時間弱で大山山頂(1252m)に到着。阿夫利神社上社に参拝した後、売店で山菜そばを頼みました。山上では暖かいものが何よりのご馳走です。売店のおじさんに聞いたところ、2月は大山でも積雪が50cmに達したとか。侮れませんね。(つづく)

2012年3月22日 (木)

梅は咲いたか、桜は・・・観れますよ!

 先述の職場OB氏との約束は、長男の卒業式が終わった19日(月)の午後となった。かみさんと長男は謝恩会に出席。天然児は一時支援で単身身軽となったからだ。

 13時秦野駅に待ち合わせとなったが、卒業式後の名残惜しいダラダラとした成り行きに遅れをとってしまい、5分ほど遅刻をしてしまった。記憶ではせっかちなOB氏なので、13時の約束でも、恐らくは15分は早く来ていたことであろう。「お忙しいところ引っ張り出して申し訳ない。」との言葉は、遅れたことへの皮肉にも聞こえなくはないが、実際午前中は忙しかったのだから素直に受け止めておこう。

 先ずは曽我の別所梅林へやって来た。平日であったものの、賑やかな人でであった。梅まつりが終わってから半月が経ったこの日に満開を迎えているのであるが、主催者側の悔しさと、自然を相手にすることの難しさを、釣り会の幹事として共感するものがあった。

 OB氏は2月に曽我の中河原梅林に訪れたらしいが、そのときは1輪も花を見ることはなかったとのことだ。ひと月遅い満開の梅にカメラも向けず、「このとき」を一身で感じる姿に先人の潔さを感じた。

120319_135509 満開の別所梅林にOB氏も満足

 OB氏はご満悦で、充分楽しめたから下曽我の駅から帰るといったが、遠くから足を運んだにもかかわらず、ものの1時間の花見で帰宅するという氏に、こちらが未練を感じるものがあって、「せっかくだから桜も観ていきませんか?」とお誘いしてみると、「私はいくらでも時間があるけど、そちらに迷惑をかけては申し訳ない。」と遠慮していた。

 天然児の帰宅時間までの約束ではあったが、まだ余裕があったので、満開を迎えたという松田山の河津桜を観に行くことにした。

120319_150143 桜まつり開催中の松田山

 松田山の河津桜も満開を迎え、多くの人で山上は賑わっていた。満開に咲き乱れる桜色と、その根元に植えられた菜の花の黄色が訪れた人々の目を楽しませてくれた。この日は曇りがちであったが、晴れていれば富士山と相模湾の借景も添えて最高のロケーションとなる。

120319_145907 菜の花とのコントラスト 120319_150826 箱根明神ヶ岳を垣間見る

 OB氏を再会を約して秦野駅でお別れした。今度は足柄の藤かな・・・何はともあれ、先輩との約束を果たせてホッとした。松田山の河津桜も今週末までは楽しめることであろう。お出かけはお早めに!

2012年3月20日 (火)

涙・・・長男卒業式

 3月19日(月)は長男の小学校卒業式だった。school入学した頃はパパパパと人懐っこい子が、6年経つと「臭せー」、「ウゼー」、「デブ」・・・接し方を間違えたのだろうか・・・

120319_122359

 それは心の内として、晴れの卒業式。この厳かさは四半世紀の昔と変わりません。卒業証書授与。覇気のないグダ郎君はニヤつき加減で立ち上がり、見る者は「ありゃー」と心配するも、名を呼ばれるとパシッと応えました。happy01

 別れの言葉と歌には感極まって不覚にも男泣きしてしまいました。weep良い式でした。我が子よ卒業おめでとう!

 この様子に気付いたかみさんが長男に告げたらしく、夕方帰宅した長男は開口一番「感動して泣くような優しさがあったんだね(笑)」・・・か、花粉症で目がかゆくて仕方ないわい!

2012年3月17日 (土)

やっちまった・・・

 3月下半期はアルコール漬の日々です。長距離通勤者としては、潮時を見計らうことと、下車駅を乗り過ごさないこと。

 と分かってはいるものの・・・今週は2回やっちゃいました。鴨宮駅から2駅、国府津駅から1駅夜道を歩く破目になりました。天下のR1は夜中でも車が絶えることがありませんが、一人歩きは孤独ですね。

120315_012351 えらいこっちゃ! 120315_012825 あれれ~~焦点が 120315_012318 グルグル~typhoon

 帰宅したところで迎える者もなし・・・「おい!けーったぞ。茶漬け頼む。」なんて。言えるわけありません。

2012年3月14日 (水)

曽我の梅はどうですか?

 数日前に身に覚えのない電話番号から着信がありました。恐る恐る受話してみると、2年前に職場の異動となったとき、同時にご勇退された嘱託のおじさんからでした。老後の趣味に釣りに誘ってくださいということで携帯番号を教えたのですが、「曽我の梅はどうですか?もしよろしければご案内いただけませんか?」とのこと。

 風の便りでは、この冬の寒さで各地の花は大幅に開花が遅れているとのこと。曽我の梅まつりも3月6日まで期間を延長したものの、満開には至らなかったようです。久しぶりにお会いするので案内するのはお安い御用ですが、せっかくなら見頃にご案内したいところです。

 3月11日に天然児&ババを連れ立って曽我梅林に偵察にやってきました。梅まつりは終了していましたが、アイス工房に隣接して無料駐車場が設けれていたことはありがたい限りです。渋滞も無くスムーズに駐車しましたが、天然児はスムーズにはいきません。当然のようにアイスを要求してきました。駐車場は梅林を見下ろす位置にあり、紅白に色づいた梅林を見下ろしながらアイスを食べる人も多いようです。

P1030045 別所梅林その数3万5千! P1030069

 足柄平野の東側に位置する曽我丘陵には3万5千本もの梅が植えられていて、花の頃には地域の重要な観光資源となっていますが、本来は小田原北条氏が奨励して以来の農産物なのです。その曽我丘陵の梅の中でも、JR下曽我駅から程近い別所梅林が観梅の会場となっています。

P1030049 紅白梅合戦? P1030054 燃え上がる炎の如く P1030066 紅梅と青軸

 さて、朝からどんより空でしたが、青空ものぞき始めましたので梅林の中を歩いてみましょう。別所梅林には十郎を始め、白加賀、南高などの白梅が農業用に多く植えられていますが、観梅向けに紅梅、紅しだれ、青軸しだれ、蝋梅など多くの種が彩を添えて、観光客の目を楽しませてくれます。11日の時点で、7~8分咲きという感じですが、場所によって多少差があるようでした。お彼岸の入りくらいまで楽しめそうですね。

 そうそう、花の美しさや香り以外にも、面白い風景を見つけましたのでご紹介しましょう。

P1030072 養蜂の巣箱を見つけました。今や養蜂家も数少ないようですね。

P1030071 梅が涙ぐましい筋トレ?!いえいえ、実の収穫がし易いように枝を低く矯正しているのです。

P1030065 こういう「大文字」もあるんだね~

 さて、別所梅林の外れにJRの国府津車両区があります。休日の日中、多くの車両が引込線で休んでいました。天然児は花より電車です。

P1030063 00018mts_000049082 車両区の横を御殿場線が通過します。

2012年3月11日 (日)

ツルツルと3・11を過ごす

 3月11日(日)、大震災から1年経ちましたね。あの日のことは今でも鮮明に甦りますね。大渋滞で身動きの取れなくなった車で溢れた六本木通り、TVで見た人家や車を飲み込む恐ろしい津波の光景、職場のフロアにダンボール広げてゴロ寝、翌日大混雑の東海道線でヘトヘトになって家に辿り着いたこと・・・

 14時46分は意識していたのですが・・・足柄山の山奥で天然児と一緒にうどん食べていました。黙祷どころか、腹を満たすのに夢中だったというわけです(汗)まあそう思うことこそが必要だと思いますよ。

120311_145642 足柄峠に程近い万葉うどん

 静岡との県境である足柄峠の少し手前、金時山や矢倉岳の登山口である地蔵堂にある「万葉うどん」。ここのうどんはツルツル食感の美味しいうどんで、少し遠いのですが年に数回は食べに来ています。ドライブついでや、登山帰りに寄るお客さんが多いようです。隣の席に着いたのは山ガール2人♪ついつい会話に耳が傾いてしまうのですが、「今日はハイキングみたいなもんだね・・・」いやはや最近の山ガールは馬鹿にできませんよ。最新の装備に身を包んで、いきなり八ヶ岳や白馬に挑んでいって、海外の山にも気軽に登ってしまうのはいかにも現代女性らしい大胆さです。天下の険といわれた箱根の山でも、彼女たちの前にはチョロイものなのでしょうか。

 偶然にも11日は麺の日で、ざるか湯うどんは大盛サービス!天然児は大盛のざるうどんをタレもつけずにそのままの食感を楽しんでいました(笑)私は鹿肉の入った温うどんをいただきましたが、薄めの味付けがなかなかでお汁まで全部飲み干してしまいました。

 帰宅してTVをつけてみると、震災の特番がやっていて「あー、そうだった」という具合でした。東北の復興はまだまだ先が長そうですし、被災した人の心はそう簡単に癒えることはないと思いますが、同じ国民として何かできたらなぁ・・・と思いますね。またチャリティー釣り大会企画してみようかなぁ。

2012年3月 9日 (金)

府中で観梅&乾杯!

 三多摩地域にはなじみが薄い私ですが、先日仲間に誘われて、府中の街を半日歩いてみました。府中は調布と並んで京王帝都沿線に開けた街ですが、競馬場と刑務所は誰もが持つ共通認識ではないでしょうか。

120306_131638 味わいのある商店街 120306_131503 120306_131801 裏路地に吸い込まれる・・・

 改札を出ると、駅前から大國魂神社に向かってメインストリートが延び、街路樹のケヤキが整然と並んでいて、明るく清潔感があるなかなか住み易そうな街です。駅前には大規模店舗もありますが、その一方で商店街を歩いてみると、農産物直売所があったり、意外にも多くの老舗が軒を連ねていました。商店街の裏路地に入り込んでどこに連れて行くのやら・・・と思っていると、ラーメンの名店あり。基本料金で野菜てんこ盛りのラーメンで腹を満たしました。

120306_140345 大國魂神社 120306_144656 初穂を供える?

 大國魂神社に参拝します。大國魂神社の起源はなんと111年。111年て何があった?と問われても、米作ってたんじゃないか?古墳があったんじゃないの?くらいしか答えようがありませんね。武蔵国総社であり、靖国神社や明治神宮と並んで東京五社に名を連ねる格式の高い神社です。GWには関東三大奇祭のひとつ、くらやみ祭が開催され、多くの人で賑わうそうです。

120306_145339 ビールの原料でした。 120306_150826 120306_151317 たまらんね♪

 しばらく南に向かって歩いて、やってきたのはサントリーの府中工場です。ここでは深層地下水を汲み上げてビールを製造していますが、生産ラインを見学することができます。大規模なプラントも楽しいのですが、お楽しみはなんといっても、案内係のお姉ちゃん・・・もそうだけど、最後の試飲です。サービスのおつまみで15分1本勝負!出来立て生ビール(モルツ&プレミアムモルツ)を3杯までご馳走になれます。

120306_160832 紅梅と・・・ 120306_161514 白梅 120306_161206

 お天道様の高いうちに、ほろ酔い加減で更に南進。多摩川河畔にある府中の森公園にやってきました。ここには郷土の歴史博物館や大規模な水遊びのせせらぎがあって、知る人ぞ知るお子ちゃま遊ばせスポットのようです。この時季は園内の梅林目当てで多くの人で賑わいます。満開とはいえませんでしたが、紅梅、白梅が適度に咲いて楽しませてくれました。梅林の向こうには多摩川がのんびり流れています。

120306_161302 タンポポ?福寿草です。 120306_162809 近藤さんが現れそうなたたずまい

120306_160314 雛人形展示の中に・・・ 120306_160335 お菊人形?

 ここまで周ると日が傾いてきました。府中本町でもう一杯行くぜ~♪

2012年3月 6日 (火)

残り45°の強行突破 富士山麓ドライブその5

 本栖湖から精進湖を経て西湖に向かいます。もうすぐ湖畔というところで、ふと右手の公園に点在する氷の塊が目に入ってきました。この西湖野鳥の森公園では、1月下旬~2月上旬にかけて西湖氷祭りが開催されていました。訪れた2月26日は、既に今季の祭も終了して、氷の像は自然消滅を待っていたようでした。

P1020874 今年は何処へ行ってもこれが目玉です。

P1020876 祭は終わっていますが、まだまだ見応えはあります。これはナイアガラ

P1020870 西湖といえば、近年話題のクニマス。背後の氷像のテーマは不明です(笑)

P1020881 クニマスの故郷田沢湖からは辰子姫が友情出演・・・もう帰っちゃいましたか。

 雪が本格的な降りとなってきましたので、帰路を急がねばなりません。ノーマルタイヤなので、一度道路に冠雪してしまえば動きを封じられてしまいます。それでも、車窓からいやしの里根場、西湖、河口湖、山中湖を半分意地のように巡りました。(いやしの里については、前回の訪問日記をご覧ください。http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-97f6.html

P1020886 深々と雪が降るいやしの里根場 P1020888 西湖湖畔の慰霊碑

 さて、山中湖まで突進して、気がつくと路面に薄っすらと冠雪していて、ブレーキを踏むと車体がぶれるようになって来ました。東富士五湖道路はチェーン規制の表示が出ています。さて、ここは思案の為所です。富士宮方面から朝霧高原、富士五湖を経て山中湖まで、富士山の周囲を円に例えるならば、315°を走ってきましたことになります。しかし、残り45°には難所の籠坂峠越えが残っています。籠坂峠は標高1100mに位置し、山中湖からは少し登るだけですが、反対側は御殿場まで500mの標高差を下らなければなりません。道志方面から対向する車の屋根には雪が厚く、選択の余地はないようです。河口湖まで戻って中央道方面に逃れるか、はたまた富士宮まで戻るか、峠を強行突破するか三者択一の決断です。

Img_5395 雪道と化したR138を慎重に下る(汗)

 意を決して籠坂峠越えを強行しました。登り坂でブレーキを何度も踏んで横滑りの感触に慣れておきます。峠を越えると県境の180°ターン。ブレーキを踏むとズルズルと鈍い音を立てて車体がぶれます。後方から車が迫ると路肩に逃げて、常に後方からのプレッシャーが無いように心掛けなければなりません。何度か軽い横滑りを味わったときは生きた心地がしません。その度に私が「ワワワッ」と叫び声を上げると、天然児は動揺して友人をつねったり、髪を引っ張ったりと過剰反応。時速20kmほどで手に汗握るドライブを味わいながらも、無事に須走に到着したときの安堵感はこの上ないものでした。

 事故も無く、無事に帰れたことで、このドライブも良い思い出で締めることができました。めでたし、めでたし!

2012年3月 5日 (月)

富士山麓鸚鵡無く・・・ 富士山麓ドライブその4

 友人はフリークではなく、ウォッチャーだと何度も言う・・・(再掲)その彼をして、富士河口湖町(彼は旧村名で呼ぶ)というところも非常に嗅覚を刺激する場所であるといいます。決して酪農が盛んであることだけが理由ではなさそうです。

 富士宮から県境を越えて、山梨県富士河口湖町に入ると、折から雪が一行を大歓迎。ノーマルタイヤでのドライブなので慎重に走ります。広々とした放牧地を貫ける県道をしばらく走ると富士ヶ嶺という地区に入りました。平成の大合併以前、この辺りには上九一色村という村がありました。この村を一躍全国に知らしめたのも、先述のオウム真理教の教団施設(サティアン)が村内に点在していたことでした。

P1020856 看板は時間が止まったまま P1020857 最近は火の見も見なくなりました。

 幻のアミューズメントパーク「富士ガリバー王国」の跡地に進路をとったものの、地区の高台にあるため、折からの雪が路面に積もり始め、車はたちまちスリップしてしまいました。代わりにたどり着いたのが、同じ地区内にある富士ヶ嶺公園です。正面に富士山展望台として有名な竜ヶ岳や天子山塊と対峙し、広大な放牧地を見下ろす高台に位置するこの公園こそ、かつてオウム真理教の上九サティアンがあった場所なのです。この跡地を公園とすることは、事件の記憶を後世に残したい人、忌まわしい記憶を忘れたい人、それぞれに賛否が分かれたようですが、こうして公園として残されました。我々を拒むように雪は強くなってきましたが、私たちは公園内にある慰霊碑に手を合わせました。教団施設内で殺害された信者を弔う慰霊碑だということです。

P1020858 富士ヶ嶺公園 P1020859 竜ヶ岳をバックに慰霊碑が立つ

 この日は曇っていて、遂にはにわか雪になってしまい、御当地ご自慢の大きな富士山を望むことは到底叶わなかったのですが、降りしきる雪の中、荒涼とした風景の取巻く教団施設の跡地に立って思ったことは、「教団に従ってこの地で修業をした信者たちが見た光景とは、むしろ晴天の下に堂々とそびえ立つ霊峰富士ではなく、寒空の下に広がる荒涼としたこの風景であったのではないか。」ということです。現実から隔離された環境で、自由を奪われることが彼らの理想ではなかったはずです。それに気付いて脱会を試みた人たちのうち、一部の人たちの悲惨な末路が目の前にありました。

P1020863 本栖湖に潜水艦!?某国の半潜水艇?いや水中観光船「もぐらん」です。

 富士ヶ嶺から本栖湖にやってきました。富士五湖のうち一番西に位置し、清らかな水を湛えるこの湖は、シーズンには多くのレジャー客が訪れますが、冬はひっそりと静まり返っています。この本栖湖も一連のオウム事件の場面となりました。友人は古銭マニアの一面もあるので、湖の反対側に周って、かつての500円札に印刷された富士山の撮影ポイントに行ってみましたが、当然富士山の「ふ」の字も見えませんでした。

P1020866 500円ポイントもアウツ・・・

2012年3月 4日 (日)

富士山麓にワンコ鳴く 富士山麓ドライブその3

 同行した友人は古今の宗教について見識が深いのですが、彼はフリークではなく、ウォッチャーだという・・・その彼をして、富士宮というところは非常に嗅覚を刺激する場所だといいます。

P1020852 富士ハーネスの清潔感ある犬舎 P1020847

 富士宮市の山梨県境に程近いところに人穴という地区があります。ここには知る人ぞ知る人穴という心・・・観光スポットがあるのですが、この近くに最近気になる施設ができました。日本盲導犬協会の運営する盲導犬の里「富士ハーネス」です。盲導犬の繁殖から育成・訓練を経て、余生を過ごすまでのトータルケアと、一般の人に盲導犬の訓練施設、デモンストレーションを見学、体験してもらうことで、視覚障害と盲導犬について理解を深めてもらうという理念の下に設置された施設です。

Photo_06 富士ハーネスのイメージキャラクター「あゆみ&ふじまる」

http://www.fuji-harness.net/(富士ハーネスHP)

 バリアフリーの広々とした施設は清潔で明るく、エントランスではPR犬のラブちゃんが我々一行を出迎えてくれました。当然天然児はフルテンションで絡んでいきました。天然児がハグしても、頬ずりしても、シッポを掴んでも、肉球にさわっても大人しいラブちゃん。ストレスにならない程度にこっちが天然児を制御しなければなりません。この日は訪れた時間が遅かったので、犬舎スペースの見学や盲導犬訓練のデモンストレーションは終了していましたが、また訪れたい場所です。

P1020853 敷地の外れに石碑発見 P1020845 団結の碑

 さて、この富士ハーネスの敷地内にはドックランや盲導犬の慰霊碑などがありますが、その傍らの雑木林の中に香ばしい記念碑を発見しました。その名も「団結の碑」。この富士ハーネスの敷地には、一昔前にオウム真理教の富士山総本部がありました。富士宮市民が教団施設の市外退去を求めて団結し、実現させた記念碑なのです。この発見にウォッチャーは上気していたようでした。次のステージに行くぜ~

2012年3月 3日 (土)

仁義の滝でB級グルメ 富士山麓ドライブその2

 若獅子神社参拝を終え、この地域の定番スポット白糸の滝を訪れました。白糸の滝は何度も訪れますが、やはり滝というものは緑眩しく暑い時季に暑さ凌ぎに飛沫を浴びながら観るのが最高です。この時季は水量が少なめだし、第一寒々しい・・・とは言え、見応えがあることに変わりはないスポットなので、初めてという人にはお勧めです。ここに限らず、観光地にマイカーで来ると、駐車場の呼び込みが道路両側からすごくてちょっと苦手です。優柔不断の私はお約束の迷いが生じて道路を行ったり来たり・・・

 やっとこさ駐車して、お土産屋さんが軒を連ねる導入路を歩くと、先ずは右手に音止の滝。富士山と天子山塊の湧水を集めて流れる芝川本流の水量は季節に変わりなく、落差25mを勢いよく落ち込んで轟音をあげていました。何で「音止」なのかと申しますと、鎌倉時代にこの一帯で巻狩りを楽しんでいた源頼朝主従の中で発生した事件。御家人工藤祐経が曾我十郎、五郎兄弟に暗殺された、いわゆる曾我兄弟の仇討ちの場面において、事前に兄弟がこの滝の付近で暗殺の密議を話し合ったところ、瀑音で会話もままならない。そこで音を止むよう念じたところ、不思議と瀑音は途絶え、曾我兄弟は見事本懐を遂げたたといいます。曾我兄弟の仇討ちについては、美談として語り継がれていますが、騒動の発端は一族同士の醜い所領争いから出たものです。私は工藤氏の冤罪を主張しますが、この場では控えることにしましょう。

P1020840 ドッカン系!勇壮な音止の滝

 音止の滝の先に白糸の滝ですが、観瀑台への道は土砂崩れで通行止めになっていました。残念ですが遠めで観瀑しました。先に音止の滝を観瀑した後なので、どことなく女性的な印象でした。今回は主役の座を音止の滝に譲りましたが、白糸の滝が見せるワイドな落ち込みは見事なものです。これら瀑布は日本の滝百選に選定されています。

P1020841 どことなく女性的な?白糸の滝

 さて、音止の滝の横にあるお店で、御当地B級グルメのはしりである富士宮やきそばをいただきました。滝を見下ろす絶好の立地のお店で、オープンカフェもありましたが、やはりこの時季ですので、薪ストーブの焚かれた室内でヌクヌクいただくのがベターです。鰯粉の風味が効いたやきそばは何度食べても最高ですかぁ・・・最高です!

P1020842 あったか~い♪ P1020844 こういう「逆さ富士もあるんだねぇ」

2012年3月 2日 (金)

帰ってきた若獅子 富士山麓ドライブその1

 間もなく2年の派遣期間を満了して出向母体に戻ることになります。2年間飲み語らった同僚も西に帰るのでお別れです。そんな同僚の餞として、2月最後の土日に我が家に招待しました。2月26日(日・昭和維新の日)東名富士ICから富士宮道路を経て、朝霧高原にやってきました。この日は時折雪がちらつく寒い日で、大きく見えるはずの富士山は全く見えませんでした。

P1020839 若獅子が希望を抱いてくぐり、出征した門も残ります。

P1020828 若獅子神社は少年戦車兵学校の一角(上の方) 

 最初に訪れたのは、富士宮市の若獅子神社です。ここは、千葉市穴川にあった陸軍戦車学校から、昭和17年に分科された陸軍少年戦車兵学校が設置されていた場所です。十代半ばの少年達が2年の課程をこの学校で学び、彼らは「若獅子」と呼ばれて、海軍航空隊の「若鷲」と並んで当時の少年達の憧れの的でした。折から悪化する戦局に、門をくぐって出征した若獅子の多くが、フィリピン・ルソン、沖縄、あるいは移送途中の支那海で戦死しました。その数6百名といわれています。

P1020830 若獅子の塔 P1020836 若獅子神社

 昭和40年に少年戦車兵学校の同窓生が、戦死した仲間を弔うために、当時の学校敷地の一角に「若獅子の塔」を建立、その後昭和59年には若獅子神社が建立されました。私たちのような歴史好き、あるいはミリタリーマニアにとっての目玉は、97式中戦車チハです。

 97式中戦車チハは、昭和10年代に入って旧式となった89式中戦車の後継として開発され、歩兵支援用の57ミリ砲と機関銃2丁を搭載し、最大装甲厚25ミリ、揮発性の低い空冷ディーゼルエンジンは170馬力、最大速力38kmを発揮し、当時の世界水準に達していました。デビューは昭和14年のノモンハン事件でしたが、ソ連の装甲部隊の戦車や45ミリ対戦車砲に次々と撃破される幸先の悪い初陣となりました。しかし、陸軍は後継戦車の開発を怠り、97式中戦車は終戦まで米軍のM4戦車を相手に悲惨な戦いを繰り返し、「走る棺桶」などと酷評されました。ちなみにチハというコードは、チが中戦車を表し、ハはイロハでいう3番目、即ち3番目に開発された中戦車ということになります。

P1020835 帰ってきた若獅子 P1020831 弾痕が戦闘の激しさを語る。

 若獅子神社境内の97式中戦車は、戦後30年を経てサイパン島で発見され、帰還した2台のうちの1台で、もう1台は靖国神社遊就館に展示されています。新造時のように化粧された靖国チハに比して、若獅子チハは長年の風雨に耐えたことを物語るように赤茶けて、車体の前面や側面には戦闘の激しさを今に物語る複数の弾痕が目立ちます。弾痕は前面及び左前方に集中し、この若獅子が決して敵に背を見せず降り注ぐ弾雨に突進したことを語っています。

 遠く祖国を離れた南方で、お国のため、愛する家族のために一命を投げ打った4名のクルー、更には若獅子一同に敬意を表さずにはいられません。

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