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2012年7月21日 (土)

あがってがっせぇ大内宿 南会津の旅その2

 塔のへつりを出て北上すると、折から激しいにわか雨。次のポイントはあきらめて宿でのんびり過ごすのも選択肢ですが、せっかく来たのだからとりあえずは行ってみようということで、やって来たのは大内宿。ここは江戸時代に下野街道の宿場町として集落が形成されて以来、茅葺屋根の家屋が今日まで保存され、国の伝統的建物群保存地区に指定されています。懐かしい日本の風景に触れるべく、日本全国はおろか、国内外を問わず観光客が集まってきます。

 満車状態の駐車場に車を入れると、幸いにわか雨も止んで薄日が差してきました。山の天気はまたいつ変わるかわかりませんので、このタイミングを逃してはいけません!山の近くでは車を降りたがらない天然児ですが、観光地の賑わいを嗅覚で察知したのか、ウキウキ君になってあるいていきます。

P1040797 大内宿なう P1040802 子どもたちの興味は昔も今も変わりません。

 山際にまっすぐ延びる街道の両側に、茅葺屋根の家屋が数十件並んでいます。通りの両側には側溝が設けられていて、山から引いた冷たい清流が流れていて、洗い物や野菜、飲み物を冷やすのに使われています。

P1040814 ハンドル取りでなければ・・・

 通りに面した家屋には、木工品や会津塗などの工芸品、香ばしい煎餅や餅、会津の清酒、雑貨など多彩に商っていますが、1番人気は何といってもおそば屋さん。会津地方は信州と並ぶそば所で、そば打ちが嫁入り娘のたしなみとなっているほどです。そのそばの中でも、この地区名物が「高遠そば」。醤油ベースに鰹節風味のおなじみの関東流「甘つゆ」に対して、味噌ベースに大根おろしの辛味を加えた「辛つゆ」のそばを、箸を使わず長ネギを箸代わりに使うという独特の食べ方は、400年前に信州高遠から山形を経て会津23万石に入封した保科正之に従って、信州高遠から移住した人々によって伝えられたといわれます。(ちなみに、この保科正之、実は徳川二代将軍秀忠の子供で、恐妻家の秀忠が手をつけた奥の女に生ませた子を、密かに信州高遠の保科氏に養父として匿わせ、養母は武田信玄の娘(元穴山梅雪正室)という名門の隠しダネでした。)

P1040805 山中に人の姿あり

 さて、集落のどん詰まりまで歩くと、正面の山中に人の姿が。ハイカーでもない観光客がなんでだろ?と登っていくと・・・

P1040810 ほほぅ、これはこれは♪

 山中の高台からは、まっすぐに延びるメインストリートを中心に形成された茅葺集落の街並みが一望にできました。これはぜひ見ておきたいですね。

つづく・・・

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