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2012年10月

2012年10月29日 (月)

第27回自衛隊観艦式 その4

 観艦式も大詰めになり、残すところ航空機による訓練展示となります。4発のプロペラ音を響かせて対潜哨戒機P-3Cが飛来して、対潜爆弾を投下。艦隊の周辺に水柱が上がります。大いに魚たちを驚かせたことでしょうけど、見方によっては第2次大戦時の北海で船団を攻撃するフォッケウルフFw200攻撃機の様にも見えて、臨場感満点です。続けて飛来したP-3Cは花火のようなIRフレアを投下していきます。ちなみにIRフレアとは、先述のIRデコイと同様、対赤外線誘導弾の照準を狂わせる赤外線を放出する防御兵器です。

P1060600 対潜爆弾の投下シーン P1060604 US-1がゆっくりと飛来

 P3-Cに続いて艦隊後方から水面スレスレでゆっくりと登場したのが、救難飛行艇US-1、US-2です。これまたプロペラ4発の機体で、艦隊付近の水面に着水、さらに離水していきました。飛行機は「そんなにゆっくり飛んでも失速しないんだなぁ」と関心するほど、ゆっくりとした飛行を見せてくれました。

P1060606 紀元2600年の九七式飛行艇みたい P1060609 潜航艇を背負った潜水艦救難艦「ちはや」

 さて、この観艦式には外国からの招致した艦船が3隻随伴しております。先頭はオーストラリアのフリゲート「シドニー」です。全長138m、排水量4,200t。速力30ノット。76ミリ多用途速射砲×1、対艦、対空ミサイル発射機×1、20ミリ対空機関砲×1、三連装魚雷発射管×2、ヘリコプター2機と、性能的には乗艦「たかなみ」と拮抗しています。

P1060559 豪フリゲート「シドニー」 英巡洋艦のような優美な姿

 続いては、シンガポールの揚陸艦パーシステンス。詳細はよく分からないのですが、排水量8,500tは輸送艦「くにさき」に匹敵します。国土の小さいシンガポールがこのような大型艦を有していたのは驚きでした。

P1060562 米ミサイル巡洋艦「シャイロー」 こちらは武骨な勇姿

 最後は米海軍ミサイル巡洋艦シャイローです。全長173m、排水量9,600tはイージス艦「あたご」よりもひと回り大きく、この巨体を8万馬力の機関により最高32ノットで航行が可能です。武装は5インチ砲×2、ミサイル発射機×2、対艦ミサイル発射機×2、20ミリ対空機関砲×2、三連装魚雷発射管×2、ヘリコプター2機等を装備していますが、ミサイル発射機からはあのトマホークを発射可能で、湾岸戦争、イラク戦争では数十発のトマホークを発射している実戦経験があります。

P1060621 ラッパの演奏 P1060619 ハロウィン仮装に天然児も興奮

 観艦式が終わって帰港の途につく艦上では、海軍ラッパのお披露目があったり、ハロウィンにちなんだ仮装をした自衛官が登場したりとサービスたっぷりです。天然児は観艦式以上に大喜びでした。

2012年10月28日 (日)

第27回自衛隊観艦式 その3

 相模湾に展開した艦隊ですが、この頃には小雨程度だった雨足が強まって、かなり肌寒い陽気となります。皆さん支給されたレインコートと毛布を利用して凌ぎますが、たまらず船内やヘリコプター格納庫に退避する人も多いようでした。格納庫や艦内のは毛布に包まった人でいっぱいになって、いささか避難民の様相です。

 正午前に観閲官野田内閣総理大臣が護衛艦「くらま」にヘリで着艦すると、いよいよ観閲の開始です。艦隊は単縦陣で進み左舷方向に観閲艦隊とすれ違い受閲します。観閲艦隊は先導に護衛艦「ゆうだち」が立って、観閲艦「くらま」、その随伴にヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」、イージス艦「ちょうかい」、「あたご」と海上自衛隊の名物艦が続きます。

P1060523 観閲艦「くらま」たれぞ、あの艦を撃つ者はおらぬか!

P1060525 随伴艦ヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」 P1060527 イージス艦「ちょうかい」

 観閲が終わると訓練展示に移ります。先ず先行する受閲艦隊第1群の2艦が祝砲を発砲します。展示が行われる方向の舷側にはその都度カメラをかまえた人だかりができます。天然児から目を離せないので、なかなかBESTショットが撮れないのですが、順を追ってご紹介します。

P1060537 第1群「しらね」(左)と「はたかぜ」 P1060586 第2群の戦術運動

 続いては私たちが乗艦する「たかなみ」ほかの第2群が、右へ左へ転舵して戦術運動を展示します。正直、相手に見せる展開なのでイマイチよく解りませんが・・・続いて第3群のヘリコプター搭載護衛艦「いせ」他からヘリコプターが発艦、更に第4群の潜水艦隊が潜行状態から浮上します。が、この辺りは確認することが出来ませんでした。

P1060544 第2群に続く第3群 P1060546 第3群「いせ」(左)と「せとぎり」 P1060551_2 第4群の潜水艦

 雨霧に霞んで、第3群の護衛艦を従えて大型の補給艦「ましゅう」が登場。洋上給油をお披露目します。対テロ戦争の後方支援としてインド洋に展開したときのニュース映像を思い出しました。続き、第6群のLCAC(ホバークラフト)とミサイル高速艇が進撃します。高速艇がIRデコイを発射するのですが・・・音だけ聞こえました。IRデコイは射出されると空中で赤外線を放出して、赤外線誘導弾の照準をそらして艦隊を守る防御兵器です。

P1060557 ミサイル高速艇「くまたか」 P1060598 洋上補給展示

2012年10月26日 (金)

第27回自衛隊観艦式 その2

 横須賀新港を出港した「たかなみ」ほか受閲部隊第2群は、左手に第二、第一海堡を見送り、右手に観音崎を望みながら浦賀水道を南下していきます。横須賀だけでなく、田浦、横浜、木更津の各港から自衛艦が続々と東京湾口を目指してきます。

P1060450 左、第二海堡と第一海堡 P1060455 大型船舶が次々と P1060462_2

 この大艦隊が水道通過するにあたり、一番迷惑なのは久里浜-金谷間航路の東京湾フェリーでしょう。東京湾を東西に横断するこの航路は、南北に長い浦賀水道と交差しています。只でさえ船舶の往来が激しい浦賀水道に数十の自衛艦が押し寄せるのですから、その間に3千トンのフェリーを通過させるのですから、そりゃあもう大変なことです。(参照http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-4b95.html

P1060460 東京湾口に向かう艦隊

 先月雨の中で苦戦した浦賀沖のアジ釣りポイントを通過していくと、久里浜の沖には相変わらずタチウオ狙いの漁船が集まっていました。寒くなり始めるこの時季は、タチウオも4、5本指(指の数は体高=大きさを表現する)サイズになって脂ものっていることでしょう。(参照http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-5b65.html

P1060458 タチウオ船団

 艦隊が久里浜から東京湾口の剣崎までくると、右舷前方に平らな上甲板が独特の大型艦艇が停止しています。おおすみ型輸送艦「くにさき」です。輸送艦といってもいわゆる揚陸艦(LST)で、全長178m、排水量8,900トン、艦内の格納庫には、武装兵員300名と90式戦車10両を、後部格納庫に輸送用エアクュション艇LCAC(ホバークラフト)2隻、上部甲板にヘリコプター2機を搭載可能で、兵員の居住区画や医療区画も有する上陸作戦の要です。

P1060465 輸送艦「くにさき」 P1060467 後部よりLCACが発進!

 良く見ると「くにさき」の後部ハッチが開放されて、LCACが発進するところでした。水煙を上げて高速で移動するLCACは、ホバークラフトなので海上から陸上へそのまま進攻することが可能で、奇襲上陸にはうってつけの兵器です。90式戦車1両ないし兵員180名を40ノットの高速で輸送することが可能です。防衛が目的の自衛隊に必要かどうかは微妙なところですが・・・

P1060554 LCACは早い早い! P1060483 艦隊右へ転進

 三浦半島先端部の城ヶ島を後に見送ると、艦列は右に転舵して相模湾沖に出てきました。いよいよ観艦式が始まろうとしています。

2012年10月25日 (木)

第27回自衛隊観艦式 その1 

 10月14日(日)に行われた海上自衛隊の観艦式に行ってきました。観艦式とは、海上戦力である艦艇などを国家元首、一般大衆に公開する示威的な軍事パレードであり、起源は14世紀の英仏百年戦争時、英国王エドワード3世によるものとされていますが、我が国では明治元年に大阪天保山沖で明治天皇に招いて行われたのが最初です。

 その後帝国海軍では18回行われ、中でも昭和3年の昭和天皇即位大礼観艦式は艦艇186隻、昭和5年特別大演習艦艇165隻、昭和8年大演習艦艇161隻、航空機100機余、昭和15年に挙行された帝国海軍最後の紀元2600年特別観艦式では、艦艇100隻と航空機500機以上が参加する大規模なものでした。

 太平洋戦争の敗戦によって海軍戦力が一時解体されると、長らく途絶えていた観艦式ですが、自衛隊戦力が増強されるに及び昭和32年に復活し、オイルショックの昭和48年までは毎年、その後は3年毎の自衛隊記念日の行事となりました。27回目を数える今年の自衛隊観艦式は、参加艦艇40隻、航空機30機と規模は中程度ですが、自衛隊創設60周年にあたる節目の年でもあります。

P1060426 左から「たかなみ」、「おおなみ」、「はるさめ」

 私自身は平成14年の創設50周年観艦式以来、10年ぶりの見学となりますが、前回にはなかったヘリコプター搭載護衛艦ひゅうが、いせの存在など、最新艦艇の雄姿をじっくりと焼きつけてきたいと思います。指定された乗艦は護衛艦「たかなみ」です。

P1060432 いよいよ乗船 P1060435 僚艦「おおなみ」の離岸。「たかなみ」と同型艦

 「たかなみ」といえば、帝国海軍時代、昭和17年11月のガダルカナル島ルンガ泊地沖の夜戦で自ら犠牲となって囮となり、日本水雷戦隊を大勝利に導いた夕雲型駆逐艦「高波」が有名ですが、その功績を受け継いだ3代目が護衛艦「たかなみ」であります。全長150m余、排水量4650t、ガスタービンエンジン4基は出力6万馬力を誇り、速力は30ノット(55km/時程度)を出します。武装は対空、対地、対艦の多用途127mm速射砲×1、対空誘導弾、対潜アスロックを射出する発射システム(VLS)、対艦誘導弾(SSM)、3連装魚雷発射管×2、20mm機関砲×2に加え、哨戒ヘリSH-60を搭載しています。

P1060444 艦橋前の20mm機関砲とVLS 

P1060481 127mm速射砲は伊OTO社製のライセンス版。最大1分間に44発発射

 午前8時過ぎ、「たかなみ」、「おおなみ」、「はるさめ」の3隻から成る受閲艦艇部隊の第2群は、高らかと鳴り響く出向ラッパの号令一下、横須賀新港を抜錨して出撃しました。甲板から見下ろす埠頭には海外に船出する車が並んでいます。その昔、大英帝国は海軍力で世界の海を制しました。我が国は自動車を主力とする貿易で世界を制した時期がありましたが、その勢いは既に減退しつつあります。

P1060439 艦尾を引っ張り・・・ P1060440 艦首を押す。手前は3連装魚雷発射管

 埠頭に並ぶ車列の向こうに、連合艦隊旗艦として対馬海峡でバルチック艦隊を撃滅した戦艦「三笠」が後輩達の艦列を見送っていました。「守るも攻むるも黒鉄(くろがね)の 浮かべる城ぞ頼みなる 浮かべるその城日の本の 御国の四方を守るべし 真鉄その船日の本に 仇なす国を攻めよかし♪」

P1060441_2 百年前のトップスター P1060449 左舷後方より第3群!

 敵は本能寺にあり!(えー!?)

2012年10月23日 (火)

感動!アルプス一万尺を一望に 木曽に遊ぶその8

 標高2700mの乗鞍畳平は立山室道や富士五合目よりも高所で、ビーサン、ヒールでも気軽に訪れることができる日本最高所の観光地といえるでしょう。それ以上になると登山者の世界です。

P1060316 ハイマツの実が好物なホシガラス P1060322 剣ヶ峰は近くて遠い・・・

 さて、乗鞍山荘事件の主犯天然児もようやく説得に応じて歩き出すことができましたが、この分では主峰剣ヶ峰は諦めざるを得ません。ならば畳平から見回して見栄えの良いピークを目指そうということで、東側にそびえ立つ富士見岳を目指しました。鶴ヶ池を時計と反対に迂回して、エコーラインが通る岐阜長野両県の県境に出ます。ここから南に剣ヶ峰方面、富士見岳に向かいますが、ここでも天然児が抵抗姿勢を見せたため、やむなく北にあるなだらかな大黒岳に向かうことにしました。

P1060310 大黒岳は緩い P1060323 見よ!この大展望 P1060324

 こうなると既にハイキングでも登山でもありません。畳平から僅かに30分。大黒岳(2772m)の頂上に難なく到着しました。しかし、小ピークのひとつとはいえ馬鹿にはできません。この大黒岳は畳平周辺では一番北にせり出したピークなので、正面には穂高連峰ほか、北アルプスの名だたる名峰が整列して我々を迎えてくれました。奥穂高から右へ前穂、要衝大天井、常念坊、蝶ヶ岳、手前に霞沢。左手には西穂、アルプス一万尺槍の穂、手前に日本アルプス唯一の活火山焼岳、遠く後立山連峰、野口五郎、水晶、双六、笠ヶ岳まで。ああ素晴らしい。これこそが命の洗濯なのだ。

P1060339 アルプス一万尺槍ヶ岳 P1060341 穂高岳沢カール P1060340 笠ヶ岳

 天然児はそんな大展望にはお構いなし。高山性ストレス(?)でオエオエしていたかと思えば、万年雪を見つけて踏んだりと彼なりの高山を楽しんでいました。今回の木曽の旅はこの大展望をお届けして終幕となります。

P1060344 雪を踏んで悦に入る人 P1060369 帰りもこのとおり

2012年10月22日 (月)

日本最高所の観光地 木曽に遊ぶその7

 乗鞍岳は北アルプスの南端に位置する標高3026mの山ですが、穂高岳以北の真の北アルプス山塊とは安房峠を挟んで対峙しており、また、単に乗鞍岳といっても、山頂周辺は主峰の剣ヶ峰の他、蚕玉、朝日、大日、屏風、薬師、摩利支天、不動、里見、富士見、大黒、恵比須、魔王、大丹生、烏帽子、四ツ、猫、硫黄、十石などの小ピークの集合体で、標高2500m以上が南北5kmに渡って広がっているので、立派な独立峰ともいえる山です。

 その広大な山頂部には、桔梗ヶ原、位ヶ原、高天ヶ原など、高山植物が豊かな高原を有して、大雪渓の万年雪を頂くその姿は、女性的で実におおらかな姿をしています。このように比較的なだらかな稜線を有しているため、戦中には岐阜県側より車道が整備されて、標高2700mの畳平に陸軍が航空機の実験施設を建設しました。また、戦後自衛隊が長野県側の乗鞍高原から演習用の道路を畳平まで建設しました。これらが後にスカイラインとエコーラインという観光道路となって、乗鞍に多くの観光客を送り込み、畳平周辺はたちまち観光地化していきました。その後平成15年にマイカーが通行禁止となりましたが、夏から秋にかけては多くの観光客や登山者がハイブリットバスで畳平に降り立ち、山上散歩を楽しむのです。

P1060288 朝も早よからこのとおり P1060370 Alpico Hybrid Bus

 10月8日(月)、朝食後早々にチェックアウトして、乗鞍高原観光センターに行ってみると駐車場は既にいっぱいで、仕方なく高原内の至るところにある空き地に車を置いてバス乗り場に行ってみれば、長蛇の行列です。この朝、乗鞍岳は早々と初冠雪があったようで、畳平手前の肩の小屋口までしかバスが行けないという情報もありましたが、我々の乗る頃には畳平まで復旧したようでした。

P1060293 色づく山腹をぬってバスは登ります。

 エコーラインは道幅が狭くバスの交換が難しいことから、バスは5台が一団となって行動して、無線で交換場所を調整します。一度に5台のバスが来るとわけですから、長蛇の列もあっという間に短くなっていきます。満員状態のバスは途中マイカー通行の終点である三本滝に停車して下りのバスを待ちます。ここでも20人ほどの人が待っていましたが、我々が乗る一団には乗れませんでした。ここで待つよりはバスセンターに戻った方が良いのではないでしょうか。

P1060298 位ヶ原辺りの紅葉状況 P1060299

 15分ほど待って5台ほどのバスが下ってくると、バスは三本滝を出発して登り始めます。九十九折のカーブを何十回も返して標高を上げていきますが、位ヶ原山荘辺りから見事な紅葉が車窓を飾ってくれました。山頂付近は森林限界を越えているので、紅葉目当ての人たちは位ヶ原で下車します。

P1060356 肩の小屋口付近からの展望 P1060373

 森林限界を越えてハイマツ帯になると、右手から穂高のボリュームが目を引きます。マイカー、バイクは通行できませんが、自転車はOKなので、自転車で登ってくる人も意外と多いのは驚きです。

P1060315 県境から見る畳平(恵比須岳(左)、魔王岳(右)、手前は鶴ヶ池)

 山麓から小1時間ほどで終点の畳平に到着。私自身ここを訪れるのは5回目になりますが、1、2回目は親の車で、3、4回目は自分でハンドルを握って来ました。何度訪れてもその都度たっぷりの感動を与えてくれる優しき姿。「あー15年ぶりの畳平。乗鞍よ私は戻ってきた!」

 さて、バスターミナル周辺のレストハウスは案の定、物凄い人出です。このうち、岐阜県側の平湯方面から上がってくる人より、長野県側、乗鞍高原から上がってくる人の方が圧倒的に多いようですが、関西圏よりも関東圏の観光客の多さでしょうか。

 そんな周囲の状況を観察しているうちに、天然児はとんでもない高山に連れてこられたのを感じたようで、さっさと自衛行動に出てバスターミナルの山荘に消えてきました。乗鞍山荘事件勃発です!犯人は軽食コーナーでひっくり返って抵抗したので、要求を呑んでソフトを買う破目になってしまいました。1万尺で食べるソフトの味はどうだ?そろそろ歩いたらどうだ。片道90分の最高峰剣ヶ峰は夢のまた夢のようです。

2012年10月21日 (日)

乗鞍高原朝の絶景 木曽に遊ぶその6

 10月8日(月)は朝から雲ひとつない快晴となって、宿の窓からは乗鞍岳の山頂部が良く見えていました。そもそも今回の旅の目的は、下界より一足早い乗鞍岳の紅葉見物でしたので、自然と心が躍ります。

P1060274 よく晴れて乗鞍岳もバッチし! P1060267 冬の寒さで割れたカバ

 あまり天気が良いので朝食前に乗鞍高原を散歩しました。高原の朝は空気が冷たく、下界の真冬並みでしょうか。宿から散策路を歩いて10分ほどのところにあるのが牛留池です。ダケカンバやシラカバの原生林の中にひっそりと存在するこの小さな池。水面は鏡のように穏やかで乗鞍岳を映し出していました。

P1060272 生きていることに感謝する瞬間 P1060277 これもちょっとした名物だそうです。

 この快晴は多くの人を呼び寄せているようで、観光センター周辺は車が多くなってきているとのこと。腹いっぱい朝食を食べた後は早々に出発です。

2012年10月20日 (土)

熊も散歩中!?紅葉の乗鞍高原 木曽に遊ぶその5

 中山道の難所鳥居峠も今や鳥居トンネルであっという間に通過してしまいます。トンネルを抜けると薮原宿のある木祖村。ここから木曽路と分かれて木曽川の源流である笹川沿いに北上すると、境峠を越えて木曽郡から松本市(旧奈川)に入ります。さらに上高地乗鞍スーパー林道を経て乗鞍高原にやってきました。

P1060236 一の瀬園地付近  P1060246 水芭蕉は若芽を出して越冬するそうです。 

 標高1500mほどの乗鞍高原ですが、スーパー林道を下ってきたところにある一の瀬園地付近は意外と紅葉が進んでいました。駐車場で一息入れていると、カメラを持ったおっちゃん連中が近くにある「まいめの池」に向かうので、それについていってみると、静かな水面に紅葉した木々が映し出されて、とっても幻想的な風景でした。

P1060244 まいめの池の「逆さ紅葉」 P1060243

 さて、乗鞍高原は乗鞍岳の懐に広がる高原で、冬から春のスキー、夏の避暑、キャンプ、秋の紅葉で賑わうリゾート地です。乗鞍登山の他、三本滝、善五郎の滝、番所大滝など名瀑が多く、季節を問わず高原内の散策が楽しめます。また、白濁の湯で知られる白骨温泉に近いからか、日帰り温泉「湯けむり館」でも白濁の名湯に入ることができます。

 中心の観光センターから乗鞍山頂に向かうエコーラインを少し登った休暇村を目指します。しばらく車を走らせると・・・?

P1060248 クマだ!

 道路をウロウロしている動物はツキノワグマです。車に驚いて一旦道路脇のヤブに消えましたが、道路を横断したいようだったので路肩に車を停めてしばらく待っていると・・・

P1060249 案の定、また出てきました。 P1060250 道路を渡って側壁に取り付くクマ

 この日の朝、同じ県内ですがずっと北のJR長野駅付近にクマが出没し、その後住宅地近くで射殺される騒動がありました。越冬を前にクマ達が食いだめをするシーズンなんですね。近くには名瀑善五郎の滝があり観光客も多い場所ですが、すぐ近くまで動物たちが活動しているんですね。このクマもうまく共存していかれることを祈るばかりです。

2012年10月19日 (金)

おやき頬張るぶらり奈良井宿 木曽に遊ぶその4

 伊那から再び権兵衛峠を越えて木曽へ。宿場町奈良井にやってきました。ここは中山道の難所鳥居峠のすぐ北側に位置しているため、奈良井千軒などと称されるように、木曽路の中でも関所があった福島や木曽路の南端にある妻籠とならんで栄えた宿場町でした。

 現在でも国道19号線、JR中央本線が通じる交通の要衝ですが、国道と奈良井川を隔てた旧道沿いの集落は、重要伝統的建造物群保存地区に指定されて、江戸期の街並みが保存されています。連休の中日ともあって、混雑する道の駅から宿場町を歩いてみることにしました。

P1060225 木曽大橋 P1060206 鳥居峠に向かう旧街道

 奈良井川に架かる木造の立派な木曽大橋を渡って、更にJRを渡ると、鳥居峠に延びる緩やかな坂道沿いにこげ茶色の木造家屋が軒を連ね、これらは民家の他に民宿や飲食店、造り酒屋、民芸品店など各種商店、公民館や郵便局などの公共施設も統一された景観となっています。

P1060211 杉玉は造り酒屋の看板 P1060217 公共施設も伝統的(突き当たりが鍵の手)

 どの商店も多くの観光客で賑わいを見せていましたが、中でも木曽名物のそば屋と櫛や漆器など木工品を商う店が目立っていました。ババや天然児は信州名物おやきに飛びついていました。蒸し上がりのあっつ熱のおやきを前にすると買わずにはいられませんね♪おやきを片手に食べ歩きが最高ですね。

P1060210 小倉か野沢菜か・・・選ぶのも楽しみ P1060218 山からの引水が多い

 宿場の途中には、道がクランクする「鍵の手」と呼ばれる箇所がありますが、これは一気に宿場を突破できないよう、防衛上の意味合いで設計されたものだそうです。自然豊かな山間で歴史を楽しむのは、箸休めの漬物のように小味が利いて良いものです。

2012年10月18日 (木)

雲間に浮かぶ紅葉美 木曽に遊ぶその3

 木曽から一旦伊那に戻って、駒ヶ根高原早太郎温泉に投宿します。早太郎の名はこの付近の古刹光前寺に伝わる霊犬早太郎の老猿退治(人身御供伝説)に由来しています。

 翌10月7日(日)は、一足早い紅葉見物に中央アルプス千畳敷カールに向かう予定ですが、連休の中日で陽が昇ってからの出発だとロープウェーは2~3時間待ちになるとのこと。旅館組合が早出のバスを出してくれるとのことですが、4時起きは驚きです。迷った挙句利用することにしました。

 翌朝は4時起床。4時半にフロントで朝食代わりのおにぎりを受け取ってバス待ちをします。夜明け前の早朝にもかかわらず、老若男女40名ほどが並んでいます。4時44分の定刻どおりにバスが到着すると、補助席まで満員となって出発します。早太郎温泉のある菅の台から先はマイカー規制されています。菅の台バスセンターではマイカー組が行列を作っていましたが、バスは満員なので通過しました。

 通常ならば大田切川の渓谷を見ながら、バスはゆっくりとロープウェーの駅であるしらび平に向かいますが、今回は真っ暗の中を進みます。終点のしらび平でようやく夜明けとなります。1番のロープウェーに乗れるかと思いきや、タクシーで先行した人たちが既に行列を作っていたので、2番のロープウェーとなりました。

P1060189 紅葉は見頃のようだ P1060197 眼下に滝を見下ろす

 駒ヶ岳ロープウェーは、標高1661mのしらび平から2611mの千畳敷まで、標高差950mをたったの7分半で上がっていきます。眼下には目もくらむ渓谷美と断崖絶壁に生える赤や黄色の紅葉が見れて、千畳敷での期待が膨らみます。

P1060186 千畳敷は雲の中

 6時前に千畳敷駅に到着しましたが、山上は雲に覆われていたので、千畳敷の駅で雲が晴れるのを待つことになりました。次々と上がってくるロープウェーからは登山者や観光客が降り立ちますが、そのほとんどが我々同様に足止めとなって、千畳敷駅の密度は濃くなる一方です。7時を過ぎるとロープウェーで下っていく諦め組の姿も出始めました。

P1060156 晴れることを期待して P1060161 八丁坂の下

 待つこと2時間、心なしか明るくなってきたので、意を決して出発しました。千畳敷のカール内1周40分ほどの周遊コースを歩きます。石が敷きつめられた登山道を15分ほど歩くと、駒ヶ岳方面に向かう八丁坂の分岐点。ほとんどの登山者は八丁坂の九十九折を登っていきます。我々少数派はカール下の剣ヶ池方面になだらかな坂を下っていきます。

P1060163 P1060164 晴れてきそうだ♪ P1060165 宝剣の岩峰が浮かぶ

 ふと、太陽が雲を透して見えたかと思うと、一瞬雲が切れて宝剣岳の尖塔が浮かび上がりました。しめた!晴れてきそうだ。雲が晴れてくると、カール内の見事な紅葉が見えてきました。諦めずねばった甲斐があったというものです。

P1060167 待った甲斐がありました。 P1060173

 水の涸れた剣ヶ池の畔でしばらく晴れてくるのを待ちましたが、なかなか人間の思い通りにならないのが天候というものです。再び冷たい風とともに雲がかかってきてしまいました。おそらく午前中いっぱいはこんな感じで晴れたり曇ったりすることでしょう。これ以上の好転は期待できなさそうなので、千畳敷を後にしました。

P1060171 山上から一刻も早く立ち去りたい人

 ロープウェー下のしらび平はロープウェー待ちの人であふれています。数時間待ちなのでしょうか?思い思いの場所を選んで腰を下ろしたり寝ている人も結構います。早出の選択は正解だったようです。

2012年10月15日 (月)

美林を走る鉄道遺産 木曽に遊ぶその2

 木曽上松町の街道筋から車で30分ほどの赤沢地区、標高1千mの山奥に樹齢三百年といわれる木曽檜の森があります。その昔、尾張徳川家により「1本首ひとつ」という言葉に例えられるほどの厳しい管理により保護された木曽檜は、現在では国有林となり、青森のヒバ、秋田杉と並んで日本三大美林のひとつに数えられています。

P1060044 P1060045_2 森林浴発祥の地として多くの人に歩かれています。

 この赤沢自然休養林は、森林浴発祥の地として数多くの遊歩道が整備され、川のせせらぎを見ながら、あるいは野鳥の声を聞きながら、うっそうとした巨木に奥山を感じながら、そして花や紅葉で季節を感じながらと、実にバリエーションに富んだコース設定となっています。

P1060082 ジェイソンも活躍したようですね。 P1060067 お伊勢さん御用達

 自然林の中央には木曽川に注ぐ道川が流れていて、その沢筋には赤沢森林鉄道の軌道が保存されています。江戸から明治時代、この地域で伐採された木材は、木曽川に流されて尾張名古屋に至っていましたが、大正期になると、木曽川に水力発電施設が建設されるようになったため、その手段は難しくなりました。代わりに木曽地方に開通した中央線まで木材を運搬する森林鉄道が建設されました。

P1060055 蒸気機関車の時代もあれば・・・ P1060048 こんな可愛らしい車両も

 木曽地方の山林に多くの森林鉄道が建設されましたが、トラック輸送に地位を譲り、昭和50年には全廃となってしまいました。その後の保存活動によって、この赤沢自然休養林に保存が決定し、昭和60年の伊勢神宮遷宮行事、御杣祭の御用材切り出しを皮切りに、昭和62年には観光鉄道として復活運行を果たしました。

P1060065 沿線の風景

 さて、三連休の森林鉄道は数多くの観光客で賑わっていて、可愛らしいディーゼル機関車に牽引された5両ほどの客車は満員状態です。森林鉄道記念館から丸山渡停車場まで、右手に道川のせせらぎを見ながら、の~んびりと進んでいきます。機関車が通過すると、川沿いの遊歩道を歩いたり、岩床の河原で遊ぶ人たちが思わず振り返って手を振るどこか懐かしい鉄道沿線の光景です。

P1060087 天然児もご機嫌の歩き

 終点の丸山渡停車場に到着すると、機関車の前後交換を行って森林鉄道に戻ります。運賃は片道でも往復でも同じなのですが、ほとんどの人は復路を思い思いのコースで歩いて戻ります。我々もせせらぎと鉄道が楽しめる「ふれあいの道」を歩いて戻ります。

P1060095 接写スポット P1060098

 乗って楽し、見て楽し。全国的にも珍しい森林鉄道をぜひ訪れみてください。

2012年10月12日 (金)

昔も今も浦島が・・・ 木曽に遊ぶその1

 木曽は東に中央アルプス、西に乗鞍岳、御嶽山という高山に挟まれた木曽川の渓谷沿いの地域です。その昔は陸の孤島として、中央政権の目が余り届き難い地域だったので、平安末期には源(木曽)義仲が匿われ、戦国期は木曾一族が武田、織田の大勢力の狭間で暗躍しました。

 政治的には閉ざされた独立性の高い地域でしたが、古くから中山道が通り、奈良井、薮原、宮ノ越、福島、上松、妻籠、馬籠などの宿場が置かれて、現在では国道19号線と中央本線が通じています。

 近世になると豊かな木材資源、特に建築資材としての木曽檜が着目されて、幕府天領、御領となり現在でも国有林となっています。木曽檜の他にも、木曽川の深い渓谷沿いの僅かな土地でそばが生産されて名物となり、御嶽山麓開田高原では木曽駒と呼ばれる名馬の産地として知られています。

P1060032 木曽の御嶽山は~夏でも寒~いヨイヨイ♪

 以前、木曽を訪れたのは15年も昔のこと。このときは伊那地方を周遊した後、飯田から清内路峠を越えて南から入ったのですが、近年伊那から中央アルプスを貫く権兵衛トンネルが整備されたので、東京方面からのアクセスはかなり楽になりました。

P1060030 中山道の中間点 

 10月最初の三連休、久しぶりの木曽路に入り、道の駅日義木曽駒高原でロングドライブの疲れを癒します。秋の味覚きのこ汁が安価で振舞われ、訪れる人の多くが飛びついていました。日義周辺は木曽義仲の隠れ里であり、周辺には義仲の名がポツポツと見られました。

P1060036 寝覚の床

 R19を南下して上松にやってきました。上松集落の南に名勝寝覚の床があります。木曽川の渓谷に大岩が並ぶ奇景で、岩の白さと川面の青さ、周辺の木々の緑が対照的な実に美しい渓谷美です。寝覚の床という変わった名称ですが、かの浦島太郎さんが竜宮城から戻って、数百年の時を経た現実に諸国をさまよった後ここに住み着いて、忘れかけていた玉手箱の封印をといて数百年の時間を取り戻したことに由来するそうです。数百年の時間を取り戻しても即死しなかったのはすごいことです。

P1060039 ひょっとして、浦島は岩になったのでは・・・(異説浦島太郎)

 さて、寝覚の床の看板は見えても駐車場が見当たりません。その反面、国道沿いの物産店やドライブインはしきりに誘導をしてきます。この手の観光地にありがちな光景ですがどうも苦手なんですよ。レストハウスの裏手から急階段を下っていくと、お約束の景勝が広がっています。15年前に訪れたときは、川面近くに建つ浦島堂まで行った記憶がありますが、再び目の前にすると、川端にゴロゴロしている岩を乗越えて行けそうもありません。ババはこんなところじゃなかったといいますが、それはあなたが浦島太郎になったってことですよ。

P1060041 ここにも浦島さんがいた。

 天然児といえば、悠々とお気に入りDVDを見ながらのロングドライブから一転して、急階段を歩かされて不満爆発。おまけに渓谷沿いを走る中央線の線路を前に動かなくなって、30分に1本の電車を粘っていました。天然児版寝覚の床です。

2012年10月11日 (木)

山行 山上ハードル縦走 丹沢三峰山その2

 丹沢山山頂を後にして、往路の天王寺尾根を右に分かれて宮ヶ瀬方面に直進する。道標によると宮ヶ瀬までは11kmとロングトレイルである。塩水橋に車を置いてあるので宮ヶ瀬までは完歩できないが、高畑山からの折り返し距離を考えればほぼ同じ距離を歩くことになる。

P1050941 宮ヶ瀬は遠いなぁ・・・ P1050952 こういう遮断機見たことありません?

 薄っすらと秋色になったブナ林の中を緩やかに下る尾根道。今や丹沢の名物?になった立ち枯れのブナには、ツリガネタケなどの多種多様な寄生菌類がびっしりついている。地面にもBIGなカラカサタケやマッシュルームのようなヒメホコリタケが愛らしい姿で楽しませてくれる。一見美味しそうなキノコもあるのだが、海のフグ同様に素人には手が出ない。

P1050947 ツキヨタケ(毒) P1050974 立派なカラカサタケ

 山頂周辺のブナ林秋を楽しんでいるうち、少し登り加減になったかと思うと丹沢三峰の西峰である太礼ノ頭(1352m)に到達した。ブナの大木に覆われた静かなピークである。

P1050954 西峰通過いたしま~す。 P1050951 これ自然のもの?まさかね。

 西峰を通過すると急な下り坂となり、鞍部に下ってみると、目の前にこんもりとした丹沢三峰の中峰太礼ノ頭が立ちはだかった。この登り返しはきついが、トウゴクミツバツツジが赤く紅葉していて良い感じだ。そういえばこの辺りにはツツジの木が多い。きっと5月頃の花期には見事な咲きを見せてくれるのであろう。

P1050960 中峰が立ちはだかる。 P1050964 丹沢山を振り返る。

 急登もそう長くはなく、ツツジの紅葉を眺めながら太礼ノ頭(1360m)を通過。さて、ここで三峰の山名を解説しておくと、何れも尾根の北側を流れる早戸川源流部の太礼沢、円山木沢、本間沢の源頭部に位置する峰であることから、沢の頭と名付けられている。このパターンは丹沢には多い。

P1050965 中峰も通過いたしま~す。 P1050966 今度は東峰の番だ!

 中峰から再び急な下りとなって、鞍部のヤセ尾根を渡り、岩場が目立つ東峰に取り付く。岩場にはイワシャジンやリンドウなどの青い花が咲いていた。その姿は静かに控えめであり、しつこくなく、今は消えつつある?日本女性の姿を見たような気がした。

P1050980 イワシャジン P1050985

 妄想癖に駆られながら東峰本間ノ頭(1344m)に到達。樹林に囲まれたテーブルで一服しながら暮れ行く秋に想いをはせた。ここまでの尾根前半は三峰とじゃれ合ったお陰で丹沢山山頂から標高を200mしか落としていない。秋の夕暮れは釣瓶落とし。少しペースを速めたほうが良さそうだ。

P1050986 本間ノ頭

 東峰から先は尾根を南に北に巻きながらの下り一方となった。時折、展望が開ける場所があって、宮ヶ瀬虹の大橋や大山三峰などの展望を得られた。

P1050995 北に宮ヶ瀬湖 P1050978 南に大山三峰山

 丹沢山頂から7km地点。高畑山の手前で宮ヶ瀬に下る尾根を分れて、県道70号線青宇治橋方面へと折れた。この先、青宇治橋までの下りの荒れ具合には閉口させられることになる。根こそぎ倒れた大木が道を塞ぎ、沢が崩落し、岩のゴロゴロした急坂を下って、沢に出て一安心。と思いきや、渡渉部で迷って、青宇治橋に到達してみるとシューズにヤマビルが這っていた。俗な丹沢といえども、マイナールートはこんな具合である。

P1060017 流失した沢道 P1060023 県道に出て正直ホッとした。

★コースタイム:6時間30分(休憩含む)

塩水橋10:00→10:55堂平林道終点→11:55天王寺尾根→12:30丹沢山(昼食)12:50→13:20太礼ノ頭

→13:45円山木ノ頭→14:10本間ノ頭14:20→15:25青宇治橋分岐→16:15青宇治橋→16:30塩水橋

Photo

2012年10月 9日 (火)

山行 神奈川最初の紅葉便り 丹沢三峰山その1

 ヤビツ峠や大山の山頂から北に、あるいは高尾山から南にどっしりとした丹沢山の隣に三つ仲良くならんだ山が見える。丹沢三峰山と呼ばれるこの峰は、丹沢山から宮ヶ瀬湖に延びる尾根上に位置する、太礼ノ頭(1352m)、円山木ノ頭(1360m)、本間ノ頭(1345m)のほぼ同じ高さの三峰である。宮ヶ瀬から丹沢山への尾根は11kmと長く、三峰のアップダウンは体力を消費するので主脈などに比してハイカーは少ない。

P1050929 丹沢三峰山

 10月最初の週末。丹沢山への最短ルートである塩水橋からのスタートは遅く10時。塩水林道を進んで堂平まで1時間弱。途中ヤマビルの多いショートカットを通過したが、幸いにしてヒルの姿は見られなかった。めっきり涼しくなったし、今年は仕事納めかな?

P1050924 堂平沢の野菊 P1050921 堂平はまだ緑 P1050932 秋の花センブリ

 スロースタートなので、堂平、天王寺尾根にも人気は無かったのだが、山頂下の鎖場で新聞を読む先行者がいた。このルート唯一の展望地は、大山、大山三峰、丹沢三峰などの山並みや東側の相模原から東京まで見渡せて気持ちが良い場所である。

P1050931 左の三峰から宮ヶ瀬に延びる尾根

 12時30分に丹沢山(1567m)に到着。残念ながら山頂は雲の中に入って展望はきかなかった。塔ノ岳方面からポツポツとハイカーが渡ってきたが、雲が晴れる様子もないので一息入れると引き返していった。しかし、丹沢山山頂周辺のブナ林は紅葉が始まっていて、薄っすらと赤や黄色に色づいていた。

P1050935 丹沢山山頂付近 P1050937

 見頃はもう1週間~10日先だろうか。(つづく)

2012年10月 3日 (水)

雨の小川町

 仕事帰りの雨の小川町。長男が誕生日に新しいバスケットボールを欲しがっているので、少し早いがプレゼントを買いに来たのだ。

 スポーツにのめり込むことは良いことだ。その反面、親とは疎遠になる一方である。反抗的な口のききかたも磨きがかかってきたが、そのくせ要求だけは一丁前である。

 長男よ、ボールを求めて夜の街に濡れる父の姿を想像したことがあるか。rain

甲斐源氏ココニ滅セリ

 大月から甲州街道を辿って、笹子トンネルをくぐれば甲府盆地に入ります。笹子峠を越えた西側が甲州市大和(旧大和村)。道の駅甲斐大和の少し先で、甲州街道から大菩薩ラインに入るとすぐに田野という集落があります。

 天正10年(1582年)2月、南信州木曽、伊那の両方面から織田信忠の大軍が侵攻して、伊那、諏訪が制圧されると、3月初旬、武田勝頼は新築したばかりの新府城(韮崎市)を焼却して、重臣小山田信茂の岩殿城(大月市)を目指して落ちていきます。戦国最強を誇った武田騎馬軍は信玄亡き後、長篠の合戦で老臣の大半を失い、さらに外征を繰り返す勝頼は民心をも失って、従う者僅かに3百人だったといわれています。

 西から織田軍の先鋒滝川一益と河尻秀隆の軍が迫り、恩賞目当ての土民蜂起に脅かされながら、甲府盆地の東端である大和まで到達した勝頼一行に対し、突然岩殿城に勝頼を匿うはずの小山田が叛意し、笹子峠の関を固めて勝頼一行を阻んでしまいます。勝頼一行は絶対絶命、袋のネズミとなってしまいます。

P1050911 片手千人斬の四郎作古戦場 P1050902 女従は日川に投身した悲話も伝わる。

 唯一の脱出路は、大和から日川沿いに北上する現在の大菩薩ラインを辿って、武蔵、上野方面に逃れて、上州の忠臣真田昌幸を頼ることですが、女子供を伴った一行はすぐに追っ手に追いつかれてしまいます。田野の四郎作、鳥居畑の小戦闘で「片手千人斬」といわれた土屋昌恒や勝頼に追放されたにも関わらず一命をなげうった小宮山内膳らの奮戦により、勝頼、嫡男信勝、北条夫人らは田野山中で静かに自害し、鎌倉以来の名門甲斐源氏は滅亡しました。

P1050903 景徳院(右の道は大菩薩連峰に) P1050907 春は桜がきれいな山門

 勝頼主従が自害した田野の地に、後に領主となった徳川家康は景徳院を建立して菩提を弔いました。その景徳院を雁ヶ腹摺山下山後に訪れました。歴史好きなので今までも何度も訪れた場所ですが、この一帯はいつも物寂しさに包まれているようです。

P1050904 勝頼親子の供養塔 P1050906 根元の石に座して生害したとのこと

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