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2013年1月

2013年1月31日 (木)

天然児と伊豆をさすらう その2

 伊豆長岡の温泉街を経て、トンネルを抜けると沼津湾が眼下に広がった。そこは沼津市の三津地区。天然なのに恐るべき地理勘を持つ天然児のアンテナは、この付近にある2箇所の水族館を察知したようである。ウキウキくん天然児の夢を砕いて三津シーパラダイス前を素通りすると、大瀬崎に向かう途中に西浦地区がある。この辺りはみかん県静岡の中でも指折りの名産西浦温州みかんの産地。

 その温州みかんの中でも「寿太郎みかん」は甘みと酸味が調和した高級みかんとして知られるようになった。この寿太郎みかんで作られたジュースやゼリーが今回のお目当てである。しかし、直売所に寄ってみるとジュースもゼリーも見当たらない。店員のおばちゃんに聞いてみると、近年、寿太郎みかんを加工した特産品が有名になって、加工用みかんの買占めも行われているらしい。

130126_151856 西浦から沼津湾を挟んで望む芙蓉峰

 この西浦からは、大風で荒ぶる沼津湾の向こうに望む芙蓉峰の姿が最高である。沼津湾の右手には、最近歩いてきた沼津アルプスも峰を連ねている。

130126_151916 沼津アルプスもオールスター勢揃い

 今回は大風に祟られて天然児にとっては不完全燃焼の伊豆行きであった。

2013年1月29日 (火)

天然児と伊豆をさすらう その1

 1月は親戚の見舞いなどで伊豆に何度か足を運んだ。もれなく休日難民と化している天然児がついてくるので、いろいろ寄り道をしてみたが、生意気にも天然児は気に入らない場所だと車から降りもしない。温暖な地伊豆で天然児を歩かせながら、一足早い春を感じたかったのだが、春の到来は未だ先のようである。

 伊東郊外の山中にある静かな湖、一碧湖の湖畔を散策しようと訪れたが、いざ車から降ろそうとすると大騒ぎで抵抗したため実現しなかった。更に進んで、大室山から伊豆諸島でも眺めてみようと思いきや、折からの強風でリフトの運行が停止していた。大室山の麓には桜の里があるが、やはりつぼみは固い。

P1070585 水鳥の憩う一碧湖 P1070590 大室山も空振り

 伊豆スカイライン冷川峠付近にある藁葺きの旧家建築のそば屋「峠の茶屋」に寄ってみた。峠の茶屋の起源は、江戸幕末期に韮山の代官江川坦庵(韮山に反射炉を造った人)が領内巡検の際に宿舎として立ち寄り、好物であった山芋料理に舌鼓を打ったという。それから150年の時を経た現在でも、地場産の自然薯を使用したとろろ飯、とろろそばが名物である。

130126_140753 中伊豆の山懐冷川 130126_132523 峠の茶屋 130126_132813 囲炉裏にご執心な天然児

 日当りポカポカな窓際の特等席に座してとろろそばを食す。自然薯独特の粘りと風味が最高である。添えられたわさびもまたこの地域の名物である。峠の茶屋には地場産のお土産も品揃えが良い。みかんに韮山のイチゴ、しいたけ、わさび、みそ、こんにゃく等等。

130126_134257 とろろそば 130126_133755 天然児はイチゴ牛乳

 修善寺方面に下る途中の農産物直売所に立ち寄ってみたが、自然薯は1本2千円ほど。安いんだろうけど・・・やはり高級品である。

2013年1月26日 (土)

山行 我らが海マーレ・ヌマヅ 沼津アルプスその3

 象さんのお尻志下坂峠から志下峠までの尾根歩きは、日当りが良く冬季でも気持ちよく歩くことができる。この辺りでは北行のハイカーがポツポツ渡ってくる。山装備で身を固めた中高年グループ、低山の中では知名度が高い沼津アルプスは訪れる人も多そうだ。温泉と絡めた山行は伊豆ならではともいえる。若年層ハイカーはあまり見ないが、トレイルランナーはたまに走ってくる。低山にはトレランを楽しむ人が多いが、この沼津アルプスのような起伏の激しい山はどうかと思う。前回の奥多摩石尾根の方が穏やかかつ道幅もあるので適していると思う。またアクセス口が多いので、軽装で散歩を楽しんでいる高年層がいる。

P1070694 志下坂峠付近から見た鷲頭山 P1070697 七山七峠に十四の喜び

 この辺りからは沼津湾の名所を見渡すことができる。先述のイカ釣りもそうだが、沼津湾は我が家にとって楽しい思いでの海である。かつて、ローマ帝国の復活を高言したイタリアファシストが地中海を「我らが海(マーレ・ノストロ)」と呼んだように、「マーレ・ヌマヅ」は我が家が海である。

P1070701 北湾口にある我入道海岸(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-fe45.html

P1070702 南湾口の大瀬崎も近くなってきた。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-e756.html

P1070708 某怪奇漫画家のお兄さんみたい・・・

 志下峠からアルプスの主峰鷲頭山に取りつくと、ものすごい岩壁が目の前にそびえている。この岩壁の下部に中将宮という祠が祭られている。時遡ること源平争乱の時代に、平家に敵対した南都を攻撃した際に大仏殿を焼いて、ダーティーな面で歴史に名を残した平三位中将重衡。後に彼は一の谷で源氏軍の捕虜となり鎌倉に送られるも、その涼やかで高徳な人柄が源頼朝、政子夫妻からも好意を持たれ厚遇された。しかし、南都衆から焼き討ちの罪過を問われ、最後は木津川で斬首されている。この中将重衡の異伝がこの地に残っていたのである。そのいわれは、重衡は密かに鎌倉を脱して西に逃れる途上、追手にこの地に追い詰められてこの岩屋で自害したというのだ。

P1070712 中将宮の祠 P1070714 最大の難所 P1070715 ヤレヤレ無事通過・・・

 中将宮からの上りは、このルート最大の難所ともいえる急坂である。ロープを頼りに岩や木の根にかじりつくように登っていく。この急坂ではタイミング悪く北行の大軍団と鉢合わせてしまった。中高年の皆さんは「あれ~こんな急だったかなぁ・・・」などとボヤキながら慎重に下りてくる。失礼ながら、年を重ねれば昔のようには行かなくなるのだろう。かく申す自分も20年後にはそんなことを言っていることであろう。上り優先が登山の基本ルールではあるが、ここはシルバー優先として、石の上に腰をかけて紳士淑女の安全を見届けることとした。

P1070719 鷲頭山山頂 P1070721  P1070724 田方平野の向こうに箱根の山

 急坂の登りきると展望が開けて小鷲頭山の小ピークに到達。最高峰の鷲頭山は目の前である。沼津湾と芙蓉峰のセットはここで見納めとなる。さらにもうひと頑張りで沼津アルプスの最高点である鷲頭山の山頂(392m)に到達した。広々とした山頂には祠が祀られていて、通過するハイカーが手を合わせていく。今まで同様、西側沼津湾の展望に加えて、東側に田方平野とその背景に箱根連山が望めた。展望の片隅には最後の1峰大平山が控えていた。

P1070723 残り1峰ラストー! P1070731 ウバメカシ樹林の尾根道

 南に向かって渡ってきた沼津アルプスは、最高点鷲頭山から東に折れた。鷲頭山から急降下すると多比峠。ここから先、大平山に向かう尾根渡りは、この地域に多いウバメカシの樹林の中を行く。高低差はほとんどないが、露岩や密集する木の根を乗越えねばならない。平行移動で多比口峠を通過し、やや上り加減で最後のピーク大平山(356m)に到達した。山頂は樹林に囲まれて静かである。

P1070739 大平山山頂 P1070743 歩いてきた山並みを望む

 大平山から先は韮山方面に奥沼津アルプスのルートが延びているが、今回は多比口峠に引き返して、沼津湾の奥部にある多比地区に下山することにした。多比口峠の上から北を望むと、芙蓉峰を背景に朝から渡ってきた沼津アルプスの山々が一望できた。

P1070751 鷲頭山を見上げる。 P1070749_2 蜜柑の里 P1070750 海に向かって・・・

 多比口峠から南に下り、やがて登山道から農道出ると、斜面の蜜柑畑の上に立つ鷲頭山の姿が実に立派である。さらに下り坂の前方に淡島が浮かんだ沼津湾が開けると、浮き輪や網を手に海に向かって駆け下りていった子供の記憶が甦る。童心をかき立てられて足早に坂を下っていくと多比集落に下山した。寒さを忘れる実に楽しい山行であった。

★コースタイム:4時間25分(休憩含む)

沼津駅7:35→(朝食)→8:10香貫山登山口→8:30香貫山(展望台)8:45→9:00八重坂峠→9:15横山→9:40徳倉山9:50

→10:10志下坂峠→10:30志下峠→10:55鷲頭山11:00→11:25多比口峠→11:30大平山11:40→12:10多比船越バス停

Photo

2013年1月24日 (木)

山行 象さんの頭に乗って 沼津アルプスその2

 香貫山から始まる7山7峠のアルプス縦走。沼津アルプスは沼津湾と狩野川に挟まれて南北に延びているので、今回は北端の沼津市街から入山して、南端の狩野川放水路河口付近の多比地区に下山する南行ルートである。この逆が北行ということになるが、京浜東北線のようである。どちらかといえば富士山を目指して歩く北行の方が人気がありそうだ。

P1070666_2 行ってこいニャァ~

 もはや後へは引けぬ覚悟・・・というのは大袈裟で、各峠からは短時間で市街地に下りられるので、いざという時は気軽にエスケープできるし、満足縦走から展望散歩までルートの組合せは自由自在である。先ずは香貫山から山椿が咲く南面の道を下るが、徐々に道は大きく東に巻いている。やがて道は車道になり、ゴルフ練習場を回り込むと交通量の多い八重坂峠下にぶつかった。

P1070662 山の空気を大きく深呼吸・・・ P1070663 そりゃアウツだろ!

 一旦、車道歩きとなってやや興ざめするものの、気を取り直して横山への急坂を登りだす。香貫山の遊歩道とは違ってかなりの急坂で、補助のロープが張ってある。間もなく展望のない横山(183m)を通過して横山峠に下っていく。下界からは運動部のかけ声やらゴミ回収の町内放送などが聞こえてくるのは、生活圏と隣接する低山歩きならではである。

P1070668 八重坂峠 P1070669 あの牙にやられたらひとたまりもあるまい・・・

 横山峠から徳倉山の取りつきに来ると、真っすぐに延びる急階段に唖然とさせられた。徳倉山は別名「象山」と呼ばれている。沼津湾から見上げる形が象さんが寝そべっている姿に似ているからだそうだ。その鼻から頭に向かっているのがこの急階段である。

P1050197 左から徳倉山(象の頭)、志下山(胴体)、最高峰鷲頭山(昨年8月に我入道海岸より)

 鎖のついた急階段を登り切ると、樹林が晴れて広々としたカヤトの原の徳倉山山頂(256m)に到着した。それ即ち象さんの頭に立ったことになる。北西方面の展望は、眼下の沼津から富士へ続く千本松原と田子の浦の海岸線、その向こうには南アルプスと安倍山稜の山並み。主役は勿論、大きくそびえる芙蓉峰であることは言うまでもない。

P1070682 徳倉山山頂 P1070684_2 白峰は右から悪沢、赤石、聖、上河内。赤石の前に笊ヶ岳と布引山

 象さんの頭から今度は一気に下りとなる。ロープ頼りの急坂である。急坂を下ると、今度は樹林の中をゆったりとした上りが続くのだが、象さんの胴にあたる志下山である。象のお尻を下り始めると、沼津湾・静浦漁港の瓜島が見下ろせる。静浦漁港は初夏にイカの夜釣りを楽しみに行った思いで深い港である。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-cf7c.html

P1070691 静浦の瓜島が見える。 P1070693 ペンキの目印はアルプスっぽい

 志下坂峠で象さんとはお別れ。志下峠までの鞍部を歩いていけば、いよいよ沼津アルプスの盟主鷲頭山が近づいてきた。(つづく)

2013年1月21日 (月)

山行 朝駆け、山を求めて西へ 沼津アルプスその1

 明日は釣りに行こう!そう思い準備して寝た。明けて1月20日(日)大寒、6時起床・・・寝坊した。しかし、せっかく自由行動を許されたのだから、無駄にする手はない。着の身着のまま朝駆けである。おにぎりを買って、6時30分発の下り電車に飛び乗った。休日の朝だが、小田原で新幹線に接続しているので割りと混んでいる。センター試験2日目ということもあって、参考書を片手の学生の姿も多い。

P1070629 相模湾から陽が昇る

 電車が小田原を過ぎて海岸線を走る頃、相模湾の向こうから真っ赤な朝日が昇ってきた。こういう光景はなかなか貴重である。

 丹那トンネルを抜けて函南から三島へ電車が駆け下る頃には、車窓右手に大きな富士山が出現した。成人の日の大雪は愛鷹連峰や箱根連山といった身近な低山すらも真っ白に変えてしまい、なかなか手を出しづらい。車窓左手に広がる田方の田園風景の先には、お椀を伏せたように盛り上がった狩野川流域の山々が見えている。そうだ!今日の目標は沼津アルプスにしよう。

 沼津湾の海岸線に沿って小さな山が南北に並んでいるが、海面から一気に標高を上げて起伏が激しく、地元の人から沼津アルプスの愛称を得て親しまれてきた。近年では登山家・岩崎元郎氏選「新日本百名山」にノミネートされて有名となり、訪れるハイカーが増えたそうだ。北から南へ香貫山、横山、徳倉山、志下山、小鷲頭山、鷲頭山、大平山と並び、それぞれの間には7つの峠がある。

P1070631 人も疎らな沼津の朝

 気がつけば、車内はリュックを背負ったハイカーが結構乗っている。伊豆方面の山はそんなに人気があるものなのか?7時30分に終点の沼津に到着すると、乗客は一斉に隣のホームへ駆け足で向かっていく。接続する静岡行きは3両編成なので、到着した10両編成からの乗り換え客で瞬く間に満員になっていった。沼津で下りる人はポツポツ程度である。

P1070634 狩野川河川敷

 南口から登山口へは直接歩いて向かう。電車の中で食べようと思ったおにぎりだが、乗客が多かったので食べるタイミングを逸してしまった。おにぎりはお昼に後回しして、駅近くの牛丼屋でスタミナ朝食をとった。

 狩野川にかかる大橋を渡ると、何やら朝っぱらから河川敷では炎があがっている。ごみ焼き?野焼き?といぶかしんでいると、ダルマを持った人が横切っていった。どうやらこの地域のドンドン焼きは朝行われているらしい。

P1070635 民家裏からの縦走路 P1070638 五重塔が見えてきた。

 沼津アルプス北端の香貫山登山口は、駅から徒歩でも15分ほど、狩野川を渡った住宅街の一角である。住宅裏からアルプス縦走路に一歩を踏み出す。野鳥のさえずりを聞きながら登っていくと、すぐに香稜台に建つ五重塔(戦没者慰霊塔)が見えてきた。ここからは沼津市外が一望の下である。

P1070639 香稜台から市内を見下ろす。 P1070643 ほぼ公園状態

 香貫山山頂へ至る道は、登山道というよりは、桜の木が多く植えられ、トイレや水場、東屋などが設けられた里山の遊歩道である。歩いてくるのはハイカーではなく、朝の散歩を楽しむ地元の人ばかりである。登山口から20分ほどで、電波等の建つ香貫山(193m)の山頂に立った。ここからいよいよ7山7峠といわれる沼津アルプス縦走が始まるのだ!

P1070647 香貫山山頂 P1070649 縦走路をにらむ

 香貫山山頂は今ひとつ展望が開けない。少し下って展望台へ移動すると、360度の大展望が得られた。東には田方平野を挟んで伊豆の山並みと箱根連山。西に沼津市街と駿河湾を見下ろして、湾の対岸には富士川西岸の山々、安倍山稜、そして南アルプス。南には天城山や達磨山、沼津湾の向こうに大瀬崎。北は愛鷹連峰とその向こうに富士山。西丹沢も見えている。

P1070653 沼津市街、愛鷹連峰、芙蓉峰 P1070656 沼津湾、大瀬崎方面

 最初からお腹いっぱいの大展望を得て大満足。先ほどの牛丼も相まって、朝の1発をもよおしてしまった。幸い展望台直下にトイレがある。(つづく)

2013年1月19日 (土)

山行 鳥獣も辿る雲取のみち 雲取山その3

 雲取山からの下り道。ブナ坂までの石尾根は、南の大パノラマを見ながらの陽だまり歩きです。雪を頭に乗っけた七ツ石山が目の前に迫ってくると、ブナ坂の十字路になります。復路は七ツ石を迂回して堂所方面に向かいます。

P1070531 カラマツ林の向こうに七ツ石

 迂回路は所々雪が凍りついて注意が必要ですが、七ツ石を越えていくよりはよっぽど早く通過できるでしょう。雲取山を目指す人がこの道を選ぶのは当然でしょうね。

P1070538 七ツ石迂回路

 お昼をまわっているので登ってくる人は皆無ですが、唯一、堂所まで来ると登ってくる可愛らしい登山者とすれ違いました。

P1070542 「こんにちは~」 P1070544 行っちゃった・・・

 シロハラという小鳥がピョンピョンと歩いて雲取山へ向かっていきました。山の野鳥は人に対する警戒心が比較的少ないのですが、こんなに自然体で接してくれると嬉しいものです。でも、何で歩いていくのだろう?

2013年1月16日 (水)

山行 名山に囲まれるひととき 雲取山その2

 七ツ石山で腹を満たして、お次は本丸雲取山へ向かうとしましょう。七ツ石山からブナ坂へ一旦下りますが、これがまたガッチガチに凍りついています。ブナ坂は石尾根縦走路に七ツ石山の巻き道、日原からの唐松谷林道が交流する十字路になっています。辺りの樹林はブナというよりはカラマツやシラカバが目立ちます。多摩川源流域は、東京都の水源林として都が山梨県から買い上げてカラマツを植林したそうです。

P1070468 七ツ石の下りから石尾根 P1070478 ブナ坂の分岐

 ブナ坂から先、雲取山頂までの石尾根の登山道は防火帯となっているため、明るく道幅の広々としています。ここまで苦労したご褒美道のようです。○にHのヘリポートの印がある広々とした五十人平辺りまで来ると、西側にドッシリとした飛龍山が近くなっています。カラマツ林の中に静かにたたずむ奥多摩小屋を過ぎると、ヨモギノ頭の小ピーク、更に小雲取山の急坂が待っています。この辺りは踏み固められた雪がガッチリと凍りついて難渋させられます。小ピークには巻き道もついているのですが、北面なので雪がコッテリこびりついていてバイパスする方が苦労しそうです。

P1070480 飛龍山が近づく P1070482 奥多摩小屋 P1070486 小雲取への急登

 息を切らせて小雲取山に登れば、雲取山の山頂は目の前です。山頂にある避難小屋がはっきりと見えてきました。小雲取のピークからヤレヤレと振り返ると・・・

P1070481 子抱き富士見っけ!

 小金沢連嶺の雁ヶ腹摺山を抱いた富士山が見えます。雁ヶ腹摺山は、昨年9月に天然児と登った山ですが、(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-520b.html)ちょうど雲取山と富士山の直線上に位置していることがよく分かりました。ここで子抱き富士を得られるとは思ってもみませんでした。

P1070493 雲取山山頂 P1070495 山頂に建つ避難小屋

 山頂に近づくにつれて雪が多くなって雰囲気が出てきました。正午前に雲取山山頂に建つ避難小屋に到着。避難小屋の二十扉をくぐると、中は掃き清められて塵ひとつ落ちていません。雲取山荘と共にこの避難小屋を利用するハイカーが多いと聞きますが、この小屋を大切に思う人たちの思いが伝わってきました。次回は来るときは利用できるかな??

P1070521 雲取山山頂 P1070513 北は樹林ですが、浅間山が

 雲取山山頂(2017m)の水準点は避難小屋の少し奥にありました。北側は樹林で視界はありませんが、東西南方面の展望は「素晴らしい」の一言に尽きます。東は長沢尾根上の三ツドッケ、蕎麦粒山、さらに川苔山や本仁田山。

P1070517 東 P1070496 南東 P1070518

 東から南へは、石尾根の先に奥多摩三山の大岳山、御前山、三頭山、その向こうに丹沢の山並み。南から西へは道志、御坂の山々、小金沢連嶺と大菩薩嶺、その向こうに富士山や南アルプス。

P1070504 西

 西は雲取山から発して西に連なる奥秩父の山並みが良く見えていました。手前に飛龍山、更に雁坂嶺周辺の山々、奥秩父の最高峰北奥千丈や国師ヶ岳。注意してみれば、何とその山々の先に、八ヶ岳赤岳や遥か北アルプス、後立山連峰なども見えておりました。

P1070512 木賊山の左に小さく八ヶ岳赤岳 P1070516 和名倉山の後には何と後立山連峰!

 こんなに多くの山々を見れるのは、雲取山が奥多摩と奥秩父の両山地に属していて、奥秩父とは適度な距離を保ちつつ、奥多摩の盟主という地位であるからでしょう。さすがは日本百名山に名を連ねるだけはあります。神奈川県民としては、東京都に丹沢を凌ぐ名峰があることが少し悔しいのですが、この山は何度でも来たくなりますね。

 七ツ石山で早弁してしまったので、お腹いっぱいの展望を楽しんだ後は早々に下山しようと思いましたが、居合わせた飯能の人と名山談義に花が咲いてついつい遅くなってしまいました。下山は七ツ石を巻いていきましょう。

★コースタイム:7時間45分(休憩含む)

鴨沢駐車場7:05→7:25小袖乗越→8:30堂所→9:05七ツ石小屋・水場(小休止)9:20→9:35七ツ石山(早弁)10:10

→10:40奥多摩小屋→11:30雲取山(大休止)12:05→13:05ブナ坂→(巻き道)→13:45堂所→14:50鴨沢駐車場

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2013年1月15日 (火)

山行 奥多摩へ第一歩 雲取山その1

 丹沢に巣食う「井の中の蛙」山笑。かみによる時間制限が外征を不可能としてきましたが、今年こそは!と意気込み(企み)も新たに、新年早々の三連休、奥多摩に進出してきました。奥多摩と軽々しくいっても、南は高尾・陣馬山から延びる笹尾根から、奥多摩三山の浅間尾根、多摩川の流れから主峰雲取山に上がる石尾根、北は秩父境の長沢尾根まで東西に4つの尾根があって、高水三山や御岳山など庶民信仰の山から二千mを越える雲取山まで、山好きに知られた山は10を下りません。

 山梨や秩父境の尾根はこの時期冠雪をして身近な冬山を楽しめますが、今年は例年に比して冠雪が少ないらしいので、思い切って主峰の雲取山を山上1泊で計画してみました。雲取山は、東京都の最高峰にして最奥最西端、埼玉、山梨との3都県境に座す奥多摩の盟主ですが、西に長い奥秩父の主脈縦走路の東端なので、大将でもあり一兵卒ともいえる山です。古くは秩父方面の白岩山、妙法ヶ岳と共に三峰山と呼ばれた信仰の山でしたが、深田久弥「日本百名山」の1峰にノミネートされているので、近年の山ブームと相まって百名山ハンター注目の山となっています。

 東西南北四方から雲取山頂に通ずるルートが開拓されていますが、初めてでもある今回は、奥多摩湖畔の鴨沢から上がる登り尾根で七ツ石山を目指し、そこから石尾根を歩いて雲取山を目指す現時点での最短ルート(雲取山周辺の林道は通行止となっているため)で上り、山上の雲取山荘で1泊した後、石尾根を歩いて青梅線奥多摩駅まで下ろうという計画を立てました。

 が、前日の夜になって、「連休だから山に行くのは勝手だけど、こっちも用があるから1日にしてよ。」天命が下りました。1日で雲取山往復・・・うーむ。最短の鴨沢ルートで七ツ石を巻いてもガイドのコースタイムは上り5時間以上。日の短い時期ですから少し心配です。奥多摩三山に目標を変更するか・・・いや、思い切って行ってみようかー!

P1070420 鴨沢集落上部から結氷の奥多摩湖を見下ろす。

 4時30分に自宅を出発。夜明け前なのにR129や町田街道は実にトラックが多い。ビュンビュンで危ないのですが、我が国の物流を支えている人たちに遊びに出かける人間が何を申せましょうか。小田厚~R129~町田街道~圏央道~R411で奥多摩湖畔に到着したのは7時ちょっと前です。既に日が昇っている時間ですが、南にそびえる奥多摩三山に遮られて寒々しい朝です。気温は-5℃、湖面の一部は結氷していました。林業か治山工事業者でしょうか、軽トラが次々と山に入っていきます。路面凍結を警戒してトロトロ走る我が愛馬は煽られまくりです。

P1070418 鴨沢には駐車場とトイレあり 

 県境を越えて直ぐに鴨沢に到着。バス停前の駐車スペースに車を入れて、7時に出発となりました。斜面に並ぶ鴨沢集落を抜け、山道を少し歩くと小袖集落に延びる車道に再び出ます。この小袖乗越辺りの空き地や路肩に駐車しているハイカーらしき車が数台ありますが、20分程の歩程(往復ならば40分!)が節約できそうなので、次回から利用することにしましょう。

P1070427 登山道は良く踏まれている。 P1070429 石尾根は未だ遠い

 すぐに車道脇から登山道へ入ります。なだらかで良く踏まれた登山道は実に歩き易く、快調に進んでいきます。登山道に入って間もなく、廃屋やら石垣、斜面に開かれた農地の跡が見られます。ここに人々の生活があった頃は、今歩く道は登山道ではなく生活道だったんですね。この辺りからは奥多摩湖を挟んで奥多摩三山の三頭山が良く見えます。三頭山から昇るお日様に手を合わせていたことでしょう。落葉した森は朝日を通して明るく、野鳥やリスが木々の間を渡る姿が見られました。里山のような登山道にいつしか寒さも忘れてしまいます。

P1070430 かつて人の営みがあった。 P1070431 P1070437 堂所

 鴨沢から1時間ほど歩くと水場がありますが、降水も少なく凍結する時季なので水はポタポタ程度。お味見程度で先へ歩くと尾根上の平坦場に出ます。ここは堂所(どうどころ)と呼ばれる場所で、登山道は尾根の右斜面から左手へ変わります。やがて左手に七ツ石山をバイパスして雲取山方面へ直接向かう巻き道と分かれて、右手の七ツ石山へ向かうと道は急になりました。

P1070442 七ツ石小屋 P1070448 小屋上の水場

 何度か折り返していくと、富士山が良く見える七ツ石小屋に到着。小屋を覗いて記念バッチを購入すると、若い小屋番の兄ちゃんが「行ってらっしゃい!」と鐘を打ってくれました。カンカ~ン♪と鐘の音が南の空に響き渡りました。小屋の上には水場があって、そこから流れ出た水が登山道を凍らせてかなり危なっかしい状態です。ここまで来れば七ツ石山の山頂は一息です。一服して出発です!

P1070458 石尾根に出ました。 P1070460 朽ち果てそうな七ツ石神社

 すぐに石尾根にぶつかると、尾根上の日陰には雪が凍りついていました。既に標高は丹沢山地の最高峰蛭ヶ岳を凌駕しているのですから。七ツ石山方面からポツポツとハイカーが下ってきますが、小屋泊して石尾根を下っていく人たちでしょう。羨ますぃ~・・・小さな七ツ石神社前を経て七ツ石山(1757m)の山頂に到着しました。

P1070461 雲取山手前の七ツ石山山頂 P1070464 南の展望は最高 P1070466 西もまあまあ

 真っ青の空の下、南に富士山以下、道志や丹沢、西に大菩薩嶺や遠く南アルプス、そして北には尾根道が延びて、その先に雲取山が目と鼻の先です。大展望を味わっても腹は満たされません。ここで無性に腹が減ってしまい、雲取山頂でのランチを繰上げて食べることにしました。まあランチってったって、カップ麺と調理パンなんですけどね。(つづく)

★コースタイム:2時間30分(七ツ石山まで)

鴨沢駐車場7:05→7:25小袖乗越→8:30堂所→9:05七ツ石小屋・水場9:20→9:35七ツ石(早弁)

2013年1月14日 (月)

おらが町が全国ネット

 年明け後、一番早い菜の花の名所として、NHK他TV、各新聞紙面、先日はYahooのトップでも掲載されていたのが、おらが町二宮の名所、吾妻山山頂の菜の花です。この時期だけは日本一の観光名所ですよcatface

P1070572 日の出をバックに遊漁船は瀬の海へ

 吾妻山の菜の花はこの3連休に満開を迎えました。日中は人出が見込まれるため、早起きして散歩がてら見にいってきました。7時前、折から東の空から日が昇って、相模湾を遊漁船が一斉に二宮沖を目指していました。二宮沖は急深な海底の相模湾の中にポッコリ瀬が上がっていて「瀬の海」などと呼称されています。そこに魚が居つくため好漁場となっていて、中でも居つきのアジは有名です。fish

P1070573 展望台からの丹沢

 山頂の展望台から丹沢を見渡します。1年いつ来ても素晴らしき展望。大山、塔ノ岳、檜洞丸。そういえば!年末年始はどこにも登らなかったぞ。どの山も積雪はありませんが、望遠鏡を覗いてみると塔ノ岳や檜洞丸の山頂付近は樹木が霧氷で白く化粧しておりました。upwardlefteye

P1070569 菜の花と子抱き富士

 さて、南西面にはお目当ての菜の花が咲いています。バックには箱根連山、そして芙蓉峰。朝早くから、朝日に照らされ朱をさした芙蓉峰を背景にして、多くのカメラマンが菜の花畑をカメラに収めていました。cameradiamond

 また、芙蓉峰の手前に矢倉岳という足柄の低山がありますが、このお椀を伏せたような独特の形が背後の芙蓉峰とマッチした子抱き富士に見えます。元日に反対方面の三方分山から見た子抱き富士に次ぐ第2弾。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-a987.htmlしばらくはこのテーマをお届けしたいと思っている山笑です。fuji

2013年1月12日 (土)

数奇な人生の宮さんがいたものだ。

 久しぶりに歴史のお話。宮城の北、江戸城北の丸公園の片隅に騎乗の軍人さんの銅像があります。千鳥ヶ淵から竹橋方面に歩くときにいつも気になっていたのですが、先日ちょっと立ち寄ってどなたか確認してみますと、北白川宮能久親王さん・・・「あー!」と驚き。それもそのはず、昨年吉村昭の「彰義隊」を読んだばかりだったからです。この作品には、江戸から明治への戊辰戦争のときに、彰義隊に担がれて賊軍となった北白川宮の数奇な運命が描かれています。

 親王ですから皇族ということなのですが、伏見宮家の第9王子ということで庶子中の庶子。皇族庶子の人生らしく、江戸幕府最後の年(慶応3年)に徳川将軍家の菩提寺である上野の東叡山寛永寺の管主、同時に日光輪王寺の門跡となって、「輪王寺宮」と称されてました。将軍から庶民まで慕われた人格の持ち主だったそうです。

 しかし、激動の時は流れ戊辰戦争に突入すると、宮は幕府の依頼で将軍徳川慶喜の助命と江戸攻撃中止の嘆願をするため駿府(静岡)に赴き、征東軍の大総督有栖川宮熾仁親王と会談します。しかし、嘆願は一蹴されて、上野に戻ることになりました。結局、将軍の助命と江戸無血開城は歴史的に有名な勝海舟・西郷隆盛の会談で成立することになりましたが、幕臣の強硬派彰義隊が輪王寺宮を旗頭にして上野に籠り上野戦争が勃発。

 その後、彰義隊は脆くも大村益次郎率いる官軍に撃破され、寛永寺は焼失してしまいますが、上野陥落時に官軍に恭順すると思われた宮は東北に逃れ、何と還俗して奥羽越列藩同盟の盟主となってしまうのです。宮の心境や如何に?吉村昭の「彰義隊」では有栖川宮熾仁親王以下の官軍の宮に対するぞんざいな扱いに対して、幕臣、江戸庶民への恩顧心が描かれていました。これまた、盟主の仙台藩が官軍に降伏すると、宮は京都に送られて蟄居の身となってしまいます。

 明治2年に宮は蟄居を解かれて、伏見宮家、更に北白川家の相続を許されて、能久の名を贈られます。翌年、プロイセン(ドイツ)に留学し軍人としての道が開かれますが、プロシア貴族の未亡人と恋仲となり政府首脳を驚かせることもありました。明治10年に帰国すると陸軍の中に身を投じて中将まで昇進し、また日独交流事業にも尽力しました。

 明治28年、日清戦争の勝利で清国から割譲された台湾を平定するため、近衛師団長として台湾派遣軍の指揮を執りますが、平定を目前にしてマラリアにかかって48歳で陣没されました。宮家の庶子として江戸に送られ、その後賊軍として流浪の身となって、最後は勅命に従い志半ばで異国の地に没した宮を、人々は日本武尊に例えて哀れむと同時に、神として崇拝しました。

1301130217 北の丸公園で勇ましい宮の姿に会えます。

 ♪太平洋の空遠く 輝く南十字星 黒潮しぶく椰子の島・・・の歌いだしは、大東亜戦争開戦直後、マッカーサー元帥をフィリピンから駆逐し、敗戦後マニラ軍事法廷で処刑された本間雅晴中将が作詞した「台湾軍の歌」です。この三番目の歌詞が、台湾平定で陣没した宮さんを唄っていますのでご紹介します。♪歴史は薫る五十年 島の鎮めと畏(かしこ)くも 神去りましし大宮の 名残を受けて蓬莱に 勲を立てし南(みんなみ)の 護りは我ら台湾軍 嗚呼厳として台湾軍

2013年1月 9日 (水)

シロピーちゃんの寝床

 カゴメ、カゴメ、我が家のシロピーちゃんは今や籠の中の鳥ではありません。かみがすっかり甘やかしてリビングを飛び回っています。籠の中には餌を食べに入るだけで、ベンジャミンの繁みに隠れていたかと思えば、カーテンレール、茶碗の縁、天然児の頭・・・

P1070162 

 そんな状況でもピーちゃんの中では寝床がしっかりと定まっているようです。洗面用の鏡の角にとまって、丸くなって眠ります。

P1070163

 寒い時期は窓を締め切りなのでよいのですが、暑くなって窓を開放するようになればどうなるか・・・ちょっと心配ですね。

2013年1月 8日 (火)

初山の次は初海へ

 1月6日(日)、前日(5日)に釣り仲間に初釣り(アマダイ)を誘われたのですが、都合が悪くて行けなかったので、1日遅れた初釣りに行きました。釣目は平塚庄治郎丸のLT(ライトタックル)五目です。新年初なので赤いお魚(できれば「タイ」がつくもの)釣りたいなぁ・・・

 混んでいたら行かないつもりだったので、予約もせずに当日朝におっかなびっくり船宿に電話をしてみると、LT五目船はガラガラとのこと。この時季はアマダイが1番人気で、次がヤリイカでしょうか?アオリイカもやっているし、マダイも手堅い人気があります。平塚のLT五目は、五目といえどもアジを中心に狙う釣りなので、アジが深場に落ちるこの季節はどうしてもLT五目の人気は下がることでしょう。庄治郎丸では主力船をアマダイやイカに回して、同じ船を平日にビシアジ船、休日にLT五目船として運用しているようです。

130106_065940 美しい芙蓉峰 130106_070034 ライジングサン

 午前7時に自分を含めたたった3人で出船。久々の大名釣りとなりました。右舷のトモに1人、左舷のミヨシに1人、そして私は右舷のミヨシです。港を出ると船は西に向かいます。背後の東の空が朱に染まってちょうど日の出となりました。正面には裾野まで白く化粧をした芙蓉峰が、朱く染まってこれまた素晴らしい姿を見せてくれます。丹沢、箱根、天城全て一望。この日は寒さも多少和らいで、海でも山でもレジャーには最高の日となったようです。

 先ずは平塚西海岸沖、東大の海洋観測所の近くで開始となります。水深は30m弱でタナは底から5m。根掛りを注意するよう船頭さんからアナウンスがありましたので、海底は岩礁帯となっているようです。指示ダナの少し低い位置からコマセを振り出してタナにセットします。早々に背中合わせの中乗りさん(?)が15~20cmほどの小アジを揚げ始めました。続いてトモの方もアジやらイシダイが釣れ始めました。スロースタートとなった私は少し焦り気味です。

130106_085103 アジは小型だが・・・ 130106_084435 イシダイ獲ったどぉ~

 やがてポツポツとアジがかかり始めましたが、何れも小型ばかりです。やはりこの時季のライトは厳しいのかなぁ・・・しばらくして大磯沖に移動し、先ほどより少し深めの岩礁帯を探ります。竿をシャクリ上げて誘いをかけていると、突然ゴツン!と物凄い引き込みがありました。明らかにアジとは違います。引きを受け流しながら巻き上げてくると、水面に大きめのイシダイが躍り上がりました。船頭さんがすかさずタモを打ってくれました。

130106_084419 ちょっとグロちゃんですが、これがイラです。 130106_093027 大きいのがつれました♪

 このポイントではトモの人も大きいイシダイを釣り上げていましたので、なかなか魚影が濃いようです。やはり根回り狙いなので、たまに根掛りして冷やりとさせられる場面もありましたが。イシダイを釣り上げて間もなく、先ほどよりも更に大きい当たりがありました。またイシダイかな♪とワクワクさんになって巻き上げると、今度は上の方で抵抗が弱まります。やがて水面に赤いお魚が閃きました。マダイかな?と思いきやイラ(テンス)というコブダイというか、ベラの親分のような魚が上がりました。サイズはイシダイを上回っています。イラはマイナーな魚ですが、五目では立派な本命です。調べてみると、食べても美味しいようで沖縄では「マクブ」と呼ばれて三大高級魚に指定されている魚のようです。

130106_085944 東に烏帽子と江ノ島のポイント 130106_171851 真ん中がヘダイ

 9時を過ぎた頃、船は西から東へ転舵して茅ヶ崎の柳島沖にやってきました。今までこの辺りで糸を垂れたことがなかったので、ここで何がつれるのかと思っていると、少し上の方のタナで強めの反応がありました。当たりはあれども針掛りがしません。何だ、何だ?と首をかしげていると、後の中乗りさんが20cmほどのクロダイのような黒っぽい鯛を釣り上げています。「タナに合わせて少し待ってみな」と言われて、そのようにしていると、コンコンコン!と小気味の良い当たりがきました。調べてみると、この鯛はヘダイというそうで、今まで余り釣れたことがなかったのですが、暮れになって顔を出し始めた魚だそうです。

 さて、お昼前に再び大磯港前に西進してアジを狙います。やはり小型のアジばかりなのですが、黄色い通称「黄アジ」が連続で釣れてきました。この黄アジは小さくても美味しく、タタキ、フライにしたら最高ですね。ここでドカンと1発あって、水面に今までにない大型のアジが上がってきたのですが、何と、このアジは天秤の片腕を引きちぎって逃げていきました。子分たちが次々とさらわれていくのを見かねて敵討ちに来たのかもしれません。してやられました。(イシダイ、イラと釣り上げて、根掛りを何度か引っこ抜いているうちに傷んでいたのかもしれません。)

130106_172122 始め良ければ全て良し?!

 14時前に納竿となりましたが、大きいイラ、イシダイの他にヘダイ×7、カワハギ×2、アジ×36、サバ×2、その他アイゴ、サクラダイ、ササノハベラ、シコイワシまで、五目狙いが十目達成の釣り初めとしてはまずまずの釣果でした。

2013年1月 5日 (土)

山行 古道を歩いて精進湖へ ご来光登山その3

 三方分山の山頂からは、懐に大室山を抱いた「子抱き富士」が正面に見えていました。「三方分」という山名の由来となった三筋の尾根は、我々が歩いてきた本栖湖方面に延びる尾根、北の甲府盆地方面に延びる尾根、富士五湖と平行して東の御坂山塊に延びる尾根となります。車を本栖湖畔に置いてきているため戻らなければならないのですが、一旦精進湖に下りて青木ヶ原樹海を歩いて戻ることにしました。

P1070207 子抱き富士 P1070211 陽だまりの尾根道

 東の尾根は所々急ではあるものの概ね歩き易いルートです。この季節、何といってもありがたいのは南からの日当りです。歩いているとほとんど寒さを感じない状況でした。山頂付近のカラマツはいつの間にかブナ林に変わっていましたが、その向こうに見えている王岳の姿が何とも凛々しく感じられます。

P1070212 正面に王岳の雄姿 P1070218 女坂峠で古道にぶつかる。

 尾根道を30分ほど下っていくと、道幅のある峠道の切通しにぶつかりました。この十字路は女坂峠と呼ばれる場所で、道端には道祖神や石碑がいくつか並んでいますので、昔の街道だということがうかがえました。本栖方面から甲斐へ物資を運んだり、甲斐の軍勢が駿河方面に出兵する際に利用した街道のようです。本栖湖方面には本栖城か置かれ、また、この峠の北には古関という地名があることから、重要な街道であったことでしょう。

 このまま尾根道を直進すれば御坂山塊の縦走路ですが、街道を精進湖方面に下ります。今となっては、この峠の真下に精進湖と甲府を結ぶR358の精進湖トンネルが通っていますが、この峠道は近代まで利用されていたことでしょう。その証拠に側壁や路肩に石垣や補修された痕跡がしっかり残っているのです。

P1070221 古道を下ると精進湖が P1070223 萱葺きの古民家

 精進湖に向かって流れる渓流に沿って下ると、間もなく舗装路となって集落に入りました。萱葺きの古民家が残る集落は、その昔は宿場町であったことをうかがわせます。集落の中には諏訪神社の分社があり、この境内には「精進の大杉」と呼ばれる見事な大木がそびえ立っています。根元のほうは昭和41年の台風でこの地を襲った土石流のため埋まってしまい、正確な樹齢を調べることができないそうです。そういえば、この近くの西湖根場地区も昭和41年の台風で山津波が発生して、集落が壊滅したという悲惨な歴史に出会ったことがありました。きっとそのときの台風は富士五湖周辺に多大な被害をもたらしたことでしょう。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-97f6.html

P1070226 精進の大杉 P1070228 P1070231 三方分山を振り返る。

 精進湖の湖畔をR358沿いに歩いて、R139とぶつかる赤池の交差点を目指します。正面には白く輝く芙蓉峰、右手の精進湖は部分的に結氷していて、ボートでワカサギ釣りをしている姿が見られました。こういう初釣りもあるんだね~♪おせちも良いけどカレーもね。そしてワカサギのフライは最高ですよ。精進湖の対岸には朝からあるいた山々が並んでいます。

P1070232 対岸の峰を歩きました。 P1070234 交通量が多い赤池交差点

 赤池交差点を右折してR139沿いに本栖湖方面に歩きます。国道は交通量が多く、側道を歩いていると、今まで静かな山を歩いてきただけに、かなり不快感を感じます。精進湖ペンション村からは国道と分かれて、青木ヶ原樹海の中を通る東海自然歩道を歩くことになります。とはいえ、国道と平行している自然歩道。エンジン音には終始つきまとわれましたが・・・

P1070236 樹海の中を歩く P1070242 本栖城址

 本栖城が置かれていた尾根の迫り出しを回り込んで国道の下をくぐると、しばらくは道路と離れて静かな歩きを楽しむことができました。樹海から出て本栖みちを歩くと、間もなく湖畔の駐車場に戻りました。湖畔は日の出前の喧騒が嘘のように静まり返っていました。帰って餅でも食べるとしましょう。

☆メンツ:弟、自分

★コースタイム:5時間(休憩含)

本栖湖畔P6:40→6:45パノラマ台登山口→7:20烏帽子岳7:30→7:50パノラマ台7:55→8:05根子峠→8:30精進峠

→9:05三方分山9:10→9:30女坂峠→10:05精進湖畔→10:30赤池交差点→10:45自然歩道入口→11:10本栖城址入口

→11:40本栖湖畔P

Photo

2013年1月 4日 (金)

山行 初日と子煩悩な富士の姿 ご来光登山その2

 本栖湖畔の駐車場を出発して、白い息を吐きながら本栖みちの車道を10分ほど歩くと、短い本栖隧道が口を開けています。このトンネルの手前を右手に入って、ジグザグと急登の登山道を稼いでいきます。霜柱が5cmほど隆起した道ではあるものの、すぐに汗をかくほど体が温まってきました。ふと振り返ると、鏡のように穏やかな本栖湖、そして対岸には最初に登る予定であった竜ヶ岳と雨ヶ岳が対座していました。北面にあたるためか、斜面には雪が多く残っているようでした。

P1070165_2 本栖湖と竜ヶ岳(左)、雨ヶ岳(右) P1070172 道に氷の花が咲く

 落葉樹の樹林はすっかり葉を落としていましたので、樹間をとおして初日の出寸前の富士山や稜線の雪が真っ赤に染まっている南アルプスの峰々が見えています。スタートを出遅れてしまいましたので、樹間からの初日の出も覚悟をしていましたが、何とか最初の展望地である烏帽子岳(1257m)の山頂に到着することができました。山頂には2グループがいて、今まさに富士山の左肩から現そうとしている初日の出を待ち構えていました。7時20分、初日の出を礼拝。今年も無事に歩けますように・・・

P1070170 烏帽子岳からの初日の出 P1070176 本栖みちの渋滞

 烏帽子岳の北には程よくピークが並んでいて、先へ先へと意欲をかき立てる山並みです。烏帽子岳から少し下ると、樹間から本栖湖畔に並ぶ車の縦列を見つけました。これは先述の富士山展望スポットに向かう縦列です。何故か警察車両がひっきりなしにサイレンを鳴らし、路肩の駐車車両の移動を呼びかけていました。ちょっと興ざめな状況です。鞍部を登り返すとすぐに第2の展望地であるパノラマ台(1328m)に到着しました。

P1070180 子抱き富士と樹海 P1070181 御坂山塊(右)、三方分山(左)と精進湖 P1070182 パノラマ台のワンコ

 パノラマ台からはの展望は素晴らしく、左手に懐に赤ちゃん(大室山)を抱いたお母さん富士、俗に「子抱き富士」が見えました。正面には、長く下ろした裾野に広がる黒々とした青木ヶ原樹海。右手には、パノラマ台から更に延びていく御坂の山塊の山並み、眼下には精進湖、西湖、その先に僅かに河口湖や山中湖も見下ろせました。

 パノラマ台から北の尾根を下って精進湖へ下る予定でしたが、精進湖の向こうに立つ台形の頭がいかにも形が良く、あのピークまで行って下りようということになりました。地図を見るとこの山は三方分山(さんぽうぶんやま)という山のようです。珍しいこの山名の由来を調べてみると、尾根が東、北西、南西の三方向に均分に延びていること。あるいは3つの町村境に位置しているいわゆる三国山のような山であることが分かりました。

P1070195_2 精進峠に下る。 P1070197_2 三方分山は目の前だ。

 精進湖方面の道を分ける根子峠を通過すると、すぐに急な上り返しとなります。この辺りの尾根は岩が露出し、やや歩き辛い箇所となっています。植生はカラマツなど落葉樹の森が続いているため南東からの日当りが良く、冬山ハイキングに適した状況ですが、日陰には凍りついた雪が残っていて注意が必要です。

P1070198 樹間からの白根三山 P1070210 三方分山の山頂

 精進湖への道を分ける精進峠に一旦下って上り返すと、いよいよ三方分山への急登となります。この辺りの樹間からは富士川の対岸にそびえる南アルプス、特に白根三山(北岳、間ノ岳、農鳥岳)がよく見えて、その右手には八ヶ岳も見えています。展望を楽しんでいるうちに樹林に囲まれた三方分山(1422m)に到着しました。南側が切り開かれていて、パノラマ台とは反対に精進湖の向こうに右側に赤ちゃんを抱いた子抱き富士が見えていました。(つづく)

2013年1月 2日 (水)

山行 新年早々挫折した中年の信念 ご来光登山その1

 平成25年、明けましておめでとうございます。今年もこずかいギリギリ、家族に逃げられないギリギリで、山へ海へ遊びたいと思います。fuji

 さて、新年は初日が出る前から行動を開始しました。4時起床で東名高速を西へ。新富士ICからR139で朝霧高原にやってきました。甲駿国境、本栖湖の南に立つ竜ヶ岳は、元日前後に富士山頂上からの日の出が拝めるダイヤモンド富士のスポットとして人気があります。私もそれを狙ってやってきました。

 既に東の空が朱に染まって、富士山がクッキリとシルエットを浮かび上がらせた午前6時に道の駅「朝霧高原」に到着。既に駐車スペースは満車状態で路肩に駐車。そっかー!ダイヤモンド富士は山に登らなくても朝霧高原付近からでも拝めるんだ。

 竜ヶ岳山頂のご来光は7時40分頃とのことで、モタモタしてはいられません。車外に出てみると・・・うっ!!肌を刺すような冷たい空気。辺りは極寒の世界であります。それもそのはず、標高900mに位置する道の駅の気温は-10℃。この寒さは軟な中年ハイカーの信念をものの見事に打ち砕いてしまいました。「か、帰ろうかな」

 同行した弟と相談の結果、山は中止として、ここから近い千円紙幣の裏面で有名な本栖湖西岸の富士山展望ポイントからご来光を拝もうということになりました。本栖地区からR300(本栖みち)へ入り、左手に静かな湖畔を見ながら走ると、突然前方に車列が。ななんと!何と!初日の出スポットは渋滞と路肩駐車で身動きができない状態です。皆考えることは同じということでしょうか。

 これはアウツです。後に詰められる前に慌ててUターンして、本栖湖の駐車場に入りました。さて、どうしましょう。地図を眺めてみると、本栖湖と精進湖の間にある山々に東側の展望マークが印されていて、コースタイムもそれほどかからないようです。ご来光登山の目標を御坂山塊の西端に位置するパノラマ台に定めました。(つづく)

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