« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

2013年3月30日 (土)

春アジを釣る

 前回、アジ釣りでの惨敗(http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/cat42830252/index.html)以降、釣行を控えて悶々とした日々を送っていたが、釣り仲間が平日釣行でなかなかの釣果を上げたと聞いては黙ってはいられない。彼岸の中日に一騎駆けのリベンジ釣行に出た。

 春の海を眺めていると陽光がキラキラと反射して暖かそうであるが、水の中はさにあらず。真冬の外気に冷やされて、1年で1番水温が低下する時季である。当然、魚たちは水温の安定する深場に落ちてしまう。しかし、それだけ群れが深場に固まるので、しっかりタナ取りができれば数釣りのチャンスでもある。

 相模湾二宮沖のアジ釣りも、この時季は100m以上の深いポイントを狙うのが定番である。ポイントは東は江ノ島から西は小田原まで、多くの遊魚船が集まってアジ釣り船団を形成していた。前日まで大荒れだった海上は朝から凪いで鏡のような穏やかな水面である。釣り始めると2、3回目の落し込みから反応が出た。

130320_091205 アジ釣り船団

 当たりは明確なのは魚が大きいからか。当たりがあって一息入れてから竿をゆっくりとあおって、電動巻上げは慌てず中速で。引き込みが大きいので、置き竿よりは手でもってやり取りを感じつつ巻き上げる。最初に顔を見るまでは動作の一つ一つはいたって慎重である。

 やがて水面に良型アジの銀鱗がひらめいた。しかし、水面からの抜き上げがこの釣りで一番テクニカルなところである。何度も言ってきたが、アジは口が弱いので水面から抜き上げて重力がかかる数秒が口切れしてばれやすい。船縁から身を乗り出してフワリと取り込むのがコツである。この日のアジにはその心配は杞憂であったようで、釣れ上がった30cmほどの良型アジは、何れも上顎にしっかり針掛りしていた。タナ合わせも上達したかな♪

130320_110301 幅広だろぉ~♪

 船の中にはアンカーを下ろして定位置をキープする船も多く、中には2隻が繋ぎ合わせて好ポイントをキープしている船もあるのだが、庄治郎丸の船頭は少し食いが渋ってくると小まめにポイントを変えていく。多少個人差もあるので、もう少しここでやっていたかったのに・・・と思うこともある。それにしても密集する船団の船と船の間に船を入れるのもテクニカルな操船である。

 序盤戦は30cm以上の大型が多く、その後は25cmくらいの中アジになったが、幅広の黄アジは美味しそうである。朝の予報どおり、お昼頃から南風が吹いてきて、朝の凪が嘘のように揺られる。前日、終電の仕事帰りで、寝不足が祟ったかほろ酔い加減になってきた。もう充分釣ったので早上がりして欲しくなった。

 少し早めの14時に納竿。クーラーはアジで満たされた。数を数えるのも面倒なので、船宿への報告は50くらいとしたが、船宿HPの釣果報告では53と自然数?で報じられた。蓋を開けてみればアジは49で、それに細サバが数匹交じっていた。

130320_154402 クーラーから溢れんばかり

 手返しとほろ酔いでヘトヘトになって帰宅したがこれで終わりではない。かみとの協定で、釣りに行ったら釣れても釣れなくても夕飯の仕度をすることになっている。大袈裟だが大アジはブリのように肉厚のお刺身になった。中アジをタタキにしてアツアツご飯に乗せ、それに卵黄を落としたアジユッケ。更にはつみれ団子と野菜を入れたあら汁。アジ定食にかみも子等も喜んでくれた。

130320_180056 どうぞ召し上がれ

 夕飯を食べたらアジを配りにもう一仕事である。釣りは1日がかりの大仕事であるが、仕事疲れと違って大いにやりがいがある。根っからの遊び人海笑でした。

2013年3月26日 (火)

SL震災復興応援号 つくばの旅その3

 春の嵐で黄色く染まった筑波の空を後にして、北西に下ればひな祭りで有名な真壁町です。真壁から明治民権運動の武装蜂起事件で知られた加波山を右手に見ながら県道41号線を北上します。沿道には切り出された石が積まれているのが目につきますが、真壁周辺は全国有数の御影石の産地として知られています。

 かつて、土浦から北に延びていた筑波鉄道の終端となっていた町岩瀬は、JR水戸線が東西に通じ、今は北関東自動車道も通じる交通の要衝です。岩瀬から更に県道を北上すると、まもなく栃木県に入ります。

 当初、真岡鉄道の終点である茂木まで行って、SLの転回を見ようと思ったのですが、小田城址の見学を急遽入れてしまったので、どうも間に合いそうもありません。そこで、沿線の景色の良い場所で見ようと考えました。唱歌に歌われるように、SLといえば鉄橋を渡るところが一番だと、個人的に思っているので、真岡鉄道と平行して流れる小貝川の鉄橋がよさそうです。

P1080056 七井駅はシンプルかつモダンな造り P1080050 モザイク柄の列車交換

 県道が焼き物で有名な益子町に入ると、まもなく小貝川の鉄橋が見えてきました。やはり考えることは皆同じこと。小貝川鉄橋周辺の田んぼ道には、大くの撮り鉄の衆が三脚をすえて今か今かと待ちかねています。これだけカメラが並んでいると、フルテンションの天然児が撮影の邪魔になっては悪いので、鉄橋は諦めて益子の北の七井という小さな駅で通過を待つことにしました。

130310_145258 震災復興応援号 130310_145444 天然児も応援

 待つこと20分。遠くから汽笛が聞こえて、田園風景の遠くから煙が近づいてきました。やがて先頭にC12、その後にC11と2両の機関車が重連で入線してくると、天然児は大喜びで汽笛に負けないくらいの雄たけびで返していました。そんな天然児に機関士や乗客が手を振ってくれます。乗る人、見る人、動かす人の心はひとつ「がんばれ!東北」

P1080064 2回目は二宮 P1080067 3回目は下館の手前

 七井駅でSLを送り出した後も、パパラッチのように車で後を追いかけます。真岡市の南、その昔自宅のある神奈川県の二宮町のライバル?であった旧二宮町の辺りで2回目の見物。手前の真岡駅でC12機関車が切り離されて、終点の下館まではC11を先頭に後からD10ディーゼル機関車が押すプッシュプル運転になっていました。この後、下館まで手前で3回目のSL見物をしておなかいっぱい帰路につきました。

2013年3月22日 (金)

とんがりお山はお耳がふたつ つくばの旅その2

 筑波山は関東平野に忽然とそびえる名峰として、古来より歌に詠まれたり、信仰の山として崇められてきました。独立峰のイメージが強いのですが、実は北に延びる八溝山地の南端に位置しています。とはいえ、南西方面から望む三角錐の勇壮な姿は、人に注目される山で日本百名山にノミネートされています。山は高い方が良いということはないのですが、日本百名山の中では標高877mの筑波山は一番低い山で、ブービーの薩摩開聞岳と共に標高1千m以下の低山です。

 さて、小田城址を後にして筑波嶺を目指します。山裾から表筑波スカイラインの不動峠までの道は、1.5車線のやや狭い蛇行した見通しの悪い山道ですが、対向車、特に自転車の通行が多いので要注意です。最近の峠道はチャリダーが多くて気を遣います。

P1080019 筑波嶺は双耳峰だったんだー

 不動峠で表筑波スカイラインに入ると、尾根上の気持ちの良い山岳ドライブが楽しめます。こういう道では昔の悪い癖で、ついつい後席の存在を忘れてカーブを切ってしまうのですが、その度に後席では天然児が転がります。進行方向の筑波嶺が段々と大きく迫ってきますが・・・おやおや?筑波山は山頂が二つに割れているんですね。今までは純粋な三角錐かと思ったのですが、西に男体山(871m)、東に女体山(877m)と二つピークが並ぶ双耳峰だったんです。

P1080025 1枚が2枚、2枚が4枚・・・ P1080046 バイクにはねられるぞ!

 でも、この筑波山を走ってみて面白いのは、観光バスも乗り入れてくる観光地にもかかわらず、峠道を2輪ローリング族がありえないほど車体を傾けてカッ飛んでいたり、片や駐車場では暴走族が集会をしていたりと、最近すっかり見なくなったモータースポーツ?の伝統が守られています。暴走族もやたらとやかましいのですが、料金所でキチンと精算するし、道路公社のおっちゃんに注意されると聞く姿勢を示したりと心根は素直な若い衆のようです。

P1080040 ゴンドラで女体山へ P1080037 展望台から男体山を見る。

 つつじが丘の駐車場からロープウェーに乗れば、最高峰女体山の山頂直下まで僅かに10分です。この日はあいにく、春の嵐が到来してもの凄い南風が吹き荒れ、砂埃やら花粉やら、しっちゃかめっちゃかな空模様。晴れていれば南に水郷や西に都心までが見渡せ、更に遠く富士山の眺望が得られる日もあるとか。

P1080038 お決まりの抵抗

 「強風につき運行中止もありえますよ。お帰りはお早めに」と山頂駅で脅されて、いざ、女体山へ!と思いきや、天然児が猛烈な拒否反応。山頂に行っても突風に吹きさらされるだけと思うと、山頂に立つ熱意もくじけてしまいました。改めて晴れた日に麓から登ってみたいと思いました。(つづく)

2013年3月17日 (日)

古城と廃線 つくばの旅その1

 東日本大震災から2年目を迎えようとしている3月10日(日)。i茨城県下館と栃木県茂木を結ぶローカル線真岡鉄道で、「震災復興応援号」と称してSL重連運行が行われるとの情報を得て、見物に出かけることにしました。せっかく常総地方まで行くのだから、かねてから行ってみたかった筑波山にも登ってみようと思います。

 常磐道を下りると、車は昭和60年に開催された科学万博EXPO85の会場跡地、万博記念公園の前を通過します。コスモ星丸は何処へ行ったのでしょうか・・・秋葉原からやってくるTX(つくばエクスプレス)の高架に沿って走ってみると、学園都市駅周辺は市役所からマンション、ショッピングモールまで何もが全て新しい街です。陸の孤島と呼ばれたつくばはもはや一昔前の話のようです。

 賑やかな駅前を折れて北上すると、筑波大学を中心とした研究機関の集まる地区です。地理院、土研、建研、国総研と国土交通省の外郭団体が並んでいます。あの人は元気かな?あの人には世話になったなぁ・・・懐かしい顔が浮かんできます。

 研究学園都市を過ぎると田園風景が広がって何とものどかです。正面には白く霞んだ筑波嶺が見えてきました。ここで、ナビ画面に気になる地名が目に留まりました。「小田」です。小田といえば、常陸南部の水郷、筑波地方に勢力を広げた戦国大名小田氏治がちょっと有名なんです。私は彼を指すときには法名である天庵を好ん使いますが、この人は佐竹、北条、上杉という関東の大勢力を向こうに回して、何度も居城を追われながらもその度に奪い返す何ともしぶとい人物です。

 同音姓の織田信長が尾張を統一を進めて名を知られるようになる弘治、永禄年間に、常総では小田氏治が下総の結城晴朝や下妻の多賀谷重経など隣接する小領主と領土争いをしていました。やがて、周囲の勢力が常陸の有力大名佐竹義昭になびくと、小田は小田原の北条氏と結んでこれに対抗します。佐竹や親佐竹勢力の真壁久幹、太田三楽斎などと度々戦い、仕舞いには越山してきた上杉謙信に小田城を奪われますが、その度に筑波山麓の支城や水郷土浦方面に逃れて、隙を見て小田城を奪還しています。何度も奪われた居城をすぐに取り返す手腕は「常陸の不死鳥」などと賞賛する人もいますが、それ以上に、鎌倉時代の御家人八田知家を祖として350年もの間筑波地域を治めてきた小田家と在の人々の絆のお陰なのでしょう。

 そんな小田天庵も1569年、1573年の手這坂の戦いで真壁、太田軍に破れて多くの家臣を失うなど戦力を減退させると、親佐竹勢力には抗しきれなくなって、1580年には人質を出して降伏に近い和議を結びます。最後は豊臣秀吉の小田原征伐に参陣しなかったことを咎められて、領土を没収されてしまいましたが、天庵の娘が徳川家康の次男結城秀康に嫁いだ縁で、小田家は結城氏の配下となったそうです。

P1080015 小田集落の中に城跡があります。 P1070997 なかなか重厚な構えですね。

 さて、その小田城跡はつくば市北東部、筑波山の麓にある小田集落の中にあります。ちょうど良い駐車スペースを見つけて、真っすぐに延びる「つくばりんりんロード」なるサイクリングロード歩いてみますと、すぐに感じるものがあります。この直線具合はぁ・・・来てます。来てます!

P1080002 つくばりんりんロードは・・・ P1080001 この直線具合は・・・

 間違いありません。この道は廃線です。後で調べてみると、常磐線土浦駅と水戸線岩瀬駅間40kmを結んでいて、昭和62年に廃止となったローカル線筑波鉄道の軌道跡がつくばりんりんロードになったそうです。駐車した場所はかつて常陸小田駅のあった場所。確かに今でもプラットホームがはっきりと残っています。思わぬ廃線との遭遇に萌えです。

P1080003 確かにホームだこりゃ。 P1080007 小田城本丸跡

 さて、駅から100mほど離れたところに小田城址がありました。ちょうど復元工事が行われていて、本丸の跡には入れなかったのですが、周囲をぐるりと歩いてみると、堀やら土塁、升形などが奇麗に復元されて、往時の縄張が復活するのは来年平成26年だとか。かつての筑波鉄道の軌道は、本丸跡を貫通するように真っすぐ延びていますが、ここは埋め戻されてサイクリングロードは本丸の外郭を迂回してつけられていました。

P1080009 本丸を迂回する道 P1080011 外郭もしっかり復元中

 常陸最大の激戦地として戦いが繰り返された小田城をひと回り。オプショナルツアーとしては最高の出来といえるでしょう。そういえば、この城に関して歴史的重大事項がもうひとつ。南北朝の世に夢破れた北畠親房卿が、かの「神皇正統記」を記したのはこの城中であったそうな。(つづく)

2013年3月15日 (金)

山行 ズルズルツルツル 鍋割山

 大風と共に春の暖気が荒々しくやってきた。暖かくなるといよいよ杉ちゃんが野山が霞むほどの猛威を振るう。鼻がムズムズ、目がカユカユ・・・たまらん。かといって、家の中にいたって逃れることはできないのだから、いっそのこと外に打って出よう。

130309_074257 二俣の旧山岳訓練所 130309_075456_2 鍋割に向かう西山林道

 ここのところ仕事が忙しくて帰宅は午前様続き。3月9日(土)は日が昇り始めても布団の中で山へ行くか、海へ行くか、それとも寝ていようか・・・迷いに迷った末やってきたのは表丹沢県民の森。朝7時にもかかわらず駐車場は満車だったので、林道の路肩に駐車して三廻部林道のゲートをくぐった。

130309_074635 二俣の架橋 130309_080220 ミズヒ沢の資材場

 思えば丹沢に登るのは2月の大山に次いで2回目。今年は雪も多かったのでスロースタートである。二俣辺りは三々五々ハイカーが歩いている。沢の音に耳を澄ませば、グッグルッ、グッグルッ・・・と沢筋に春を告げるタゴガエルの鳴き声が聞こえてきた。ミズヒ沢手前の林道終点にある鍋割山荘の資材場から、5ℓボトル2本とめんつゆの入った袋をザックに背負込む。鍋割山恒例のプチボッカ練習である。

130309_085346 汗をかきかき

 後沢乗越で一息入れて、ここからの鍋割山へ向かう尾根道を歩くのだが、荷物を背負っての急坂登りはさすがに辛い。太陽を背にすると大量の汗が噴き出る。しかし、陽に当たることもなく、汗をかくこともなく、毎日夜中までのデスクワークの昨今、この辛さや汗が何ともいえない嬉しさをもたらしてくれる。

 嬉しい汗とは反対に困ったのは鼻水である。この日は気温が急上昇して小田原では25℃を観測したのだが、もの凄い密度の杉ちゃんが飛散していたようである。ツツっと鼻水が滴り落ちる。面倒なので汗と一緒にタオルで拭った。

130309_092442 鍋割山荘に到着 130309_093007 春霞に浮かぶ芙蓉峰

 尾根道歩きを1時間。道の両側にアセビの茂るとすぐに鍋割山(1273m)の山頂に至る。残雪が残るものの日当りの良い山頂は暖かい。西には檜洞丸や同角ノ頭。春霞の海には芙蓉峰が浮かんでいた。遥か北西に見える白い峰は南アルプスであろうか?

130309_093655 名物鍋焼きうどん

 背負ってきた水を鍋割山荘に届けると、小屋主夫妻から丁寧な謝辞を受ける。そんなつもりではないものの、人に感謝されることは悪い気はしない。せっかくなので名物鍋焼きうどんを注文した。お盆に載せて外で景色を眺めながら食べる。自分が背負ってきた水は何食分の鍋焼きうどんに化けるのだろう。

130309_095404 残雪の鍋割山稜 130309_095931 小丸から望む鍋割山

 腹が満たされると、もう少し歩きたくなったので、鍋割山稜を歩いてみた。北向きの斜面には所々残雪があって、雪解け水が登山道を泥濘に変えていた。小丸尾根を軽やかに下ってお昼前に県民の森へ戻りました。それを見透かしたように電話が。「朝からどこ行ってんのよ。お昼にマック買ってきて」

2013年3月10日 (日)

山行 地元を歩く喜びと驚き 大磯・鷹取山

 3月3日(日)は亡き父の命日。父の親友と共に墓参りをして、その後故人を偲ぶ会食をした。懐かしい話の中には山の話題が多く、私の山好きは父譲りであることを改めて実感する。

P1070963 麓から見上げる鷹取山

 帰宅後、腹ごなしに大磯の鷹取山まで散歩に出かけることにした。麓の月京、生沢地区は自分の生まれ育った場所だけに、訪れるたび懐かしさが込み上げてくるだが、懐かしの学び舎はすっかり姿を変え、農地が宅地に変わるなど、その変貌に驚かされる。変わらないのは毎日見上げて慣れ親しんだ鷹取山だけであろうか。

P1070964 枯れ蓮に覆われた池 P1070972 山頂付近は明るくなった?

 枯れた蓮に覆われた東の池から、「関東ふれあいの道」を歩いて正面から山頂を目指す。落ち葉が敷きつめられた道を30分歩くと山頂の鷹取神社に到着。山頂付近は照葉樹の大木に覆われて鬱そうとしていたのだが、近年倒木が多く南面は平塚市街や湘南平が望めるようになっていた。

P1070987 道路を横断する動物の足跡 P1070986 農地の罠

 復路は裏からゴルフ場の脇をあるいて黒岩集落を目指した。山中の農地には野生の動物が出没するらしく、イノシシ捕獲用の檻が設置されていた。集落外れの民家で飼われている犬はやたらギャンスカ吠えまくってうるさくてかなわないが、集落に侵入する者に対する番犬を見事果たしている。

P1070989 あれま、タヌキだよ。

 しかし、犬の矛先は私にではなく、私の先を歩いてる猫に向けられているようであった・・・あれ?!よくよく見れば、先をあるいているのは猫ではなくタヌキである。警戒心の強いタヌキが白昼堂々と集落内を闊歩するとは意外であった。野生動物も気の許せるのんびりとした集落なのであろう。嬉しくなった。

2013年3月 6日 (水)

長男と渋谷でお買い物

 3月最初の週末は、珍しく長男と一緒に渋谷に出かけました。バスケにご執心な長男は、渋谷の専門店で最新のウェアやバッシュを見たいとのこと。この日のために、手元に残していたお年玉も持参している模様です。basketball

 我が家は何処へ出かけるのも車が多かったので、電車に乗り慣れない長男は、幼児のように車窓の風景に食い入ったり、山手線の車内にTVモニターに感動したり。普段は生意気盛りでもまだまだ可愛げがあります。traintraintrain

130302_105720 今も昔も渋谷のシンボルはこの子

 ハチ公口に降りると、スクランブル交差点は人、人、人・・・渋谷だなぁ~。休日は絶対踏み込みたくないと思っていた場所なのですが、やはり親馬鹿。お目当ての渋谷センター街は、一昔前にはチーマーが跋扈し、ドラックなどが売買されるダーティーなイメージが強かったのですが、最近バスケットボールストリートという別称を命名されて、クリーンな街に変貌しつつあります。

130302_105832

 いざ、学生時代以来のセンター街を歩いてみても、バスケ専門店なるものは見当たりません。長男の頭の中では、バスケ専門店が並び、路上でストリートバスケをやっている街のイメージが形成されていたようですが、まんまと外れたようです。

130302_123209 さて、どのバッシュを買ったでしょうか?

 やっとこさ専門店に辿りつきましたが、ここからが私にとって本当の辛い時間が始まりました。優柔不断な長男は店内をグ~ルグル。なかなか品を定めません。遂に私は長椅子でうたた寝をしてしまう始末。お目当てのバッシュは長男の持参金以上の値段でしたが、早く決めてもらいたいのと、親の懐深さを魅せつけるチャンスと思って「まあ俺に任せろ」

 文具好きでもある長男は、この後東急ハンズでやや立派なシャープペンも購入して、ホクホク顔のご帰還でした。たまには父ちゃんと遊びにいくのも楽しかったろ?

2013年3月 4日 (月)

休日1番は…

 3月に入りましたが、朝晩の寒気はまだしばらく続きそうです。1月の末から変な咳が続いていますが、風ではないようです。何でしょう?PM2.5?平日は仕事帰りが午前様続きで、休日もな~んかやる気が出ません。朝から天気が良くてもなかなか布団から出ることができません。猫の額の餌場にやってくる野鳥を観察するのがせめてもの楽しみでしょうか。

P1070956 P1070962 菜の花はしばらく楽しめるでしょう。

 先週、今週と運動不足の体を少しでも動かそうと、朝一番、近所の吾妻山に登りました。菜の花ウォッチングは2月に終了しましたが、菜の花は依然満開で、富士山、箱根、丹沢、相模湾と、四方の展望と共に楽しませてくれました。

P1070959 いやぁ、寒そうだ。

 山頂の展望台にある無料の望遠鏡で丹沢を見上げます。塔ノ岳山頂付近は1月から積雪が続いて、鍋割山稜の木々が寒々しく枝を広げています。そんな中でも表尾根を見るとポツポツと登っていく人が見えました。そんな姿をみると励まされますねぇ。くるり回すと船上の釣況を観察することもできます。アジは釣れているかな?

P1070945 水仙の花も満開でした。

 山頂の菜の花の他にも、吾妻山は花の山。この時季、散策路の途中には水仙が満開に咲いていて、良いかほりが辺りに漂っていました。これから徐々に暖かくなって、桜やツツジも楽しめる山です。

 平日くたくたになっても、土曜の朝一番に体を動かすと、週末の活力を充電することができますね。頑張って山、海に繰り出したいと思います。

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »