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2013年5月18日 (土)

山行 太宰治ゆかりの峠道 三ツ峠~御坂東部その2

 三ツ峠山から御坂峠に下る道は、車も通行できる幅広い道である。あの山小屋のワイルドジープが荷揚げで行き交い、あるいは電波塔の保守・点検の車両も通行するための道なのであろう。御坂みちの三ツ峠登山口には駐車場もあるし、バスも通じているので、多くのハイカーが三ツ峠を目指して登ってくる。

P1080654 御坂峠に通ずる道 P1080659 登山口の駐車場 P1080663 御坂みち

 車道に出たら御坂峠を目指して車道をしばらく歩く。この道が郡内(富士五湖)地方と甲府盆地を結ぶ幹線であったのは一昔前のこと。少し下ったところにある新御坂トンネルが主要道となってからは、この道を通る車はほとんどない。やがて、道路は前方のトンネルに吸い込まれている。トンネルの手前には茶店があり、その前に観光バスなど車が何台か停車していた。この茶店がかの太宰治が逗留した天下茶屋である。

P1080665 太宰が逗留した天下茶屋 P1080666 天下茶屋からの富嶽

 大学時代の学業不振、志望した新聞社への入社失敗、芥川賞選考の落選など挫折による自己嫌悪から自殺未遂を繰り返した傷心の太宰。師である井伏鱒二は昭和13年9月に彼をこの天下茶屋招いた。以降3ヶ月間、太宰はここに逗留し、その後、甲府にて息を吹き返したように執筆活動に励むことになる。その中から生まれた作品が「走れメロス」であり、「斜陽」であり、そして「富嶽百景」だ。「富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらい。けれども・・・」で始まる富嶽百景は、中学だか高校だかの教科書に出てきたので何となく記憶に残っている。振り向いてみると太宰が毎日眺めていた富嶽の眺望がそこにあった。彼にとって、この地は富士山を眺めながら作家としての構想を蓄積したパワースポットだったのだろう。

P1080674 御坂峠に出た。 P1080678 く、くまがいんのか?!

 天下茶屋の前から車道と分かれ、有名な「富士には月見草がよく似合う」の一文が刻まれた、太宰治文学碑の前から峠越えの道を歩く。御坂山地の稜線までは九十九折の急坂である。やがて、左右に分かれる場所にでると、そこは尾根上の御坂峠である。右手は清八峠を経て笹子峠方面に尾根道が延びている。今回は左手の御坂山地の稜線を歩くことにする。

P1080681 シャクナゲはまだ早いようだ。 P1080685 マメザクラ咲く稜線 P1080682 御坂山山頂は展望がない

 御坂山の稜線はブナやミズナラの自然林が多い。よくよく観察してみると、ミツバツツジやヤマツツジも結構多い。その他、マメザクラ、シャクナゲなども自生しているようだ。なだらかな稜線を30分ほど歩いて御坂山(1596m)山頂に到達した。山頂はブナやカラマツ林に覆われて展望はないが、少し位置を変えると、遮るもののない素晴らしい芙蓉峰の眺望が広がった。(つづく)

P1080676 これだ!これ

★コースタイム:2時間5分(三ツ峠~御坂山まで)

開運山(三ツ峠)9:55→10:45御坂みち登山口→11:10天下茶屋→11:30御坂峠→12:00御坂山

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