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2013年8月

2013年8月30日 (金)

のぞいてみようよ。ムシムシ天国

 先週、家族で伊豆に行ったついでに秘密の森に寄って虫たちを覗いてきました。中学生になった長男も血が騒ぐのでしょうか、寄ってみたいとノリノリでした。普段は親なんてミソクソな態度なのですが、こういう形でコミュニケーションがもてたことがとっても嬉しかったです。一方、天然児は下車を拒否して車内でDVDを視聴しています。

P1100520 カブちゃん見っけ!

 さて、お盆も過ぎて夏も終わろうとしていますが、森の中はまだまだ賑やかでしたよ~♪クヌギの樹液が出ているところには、カブ、クワはもちろんのこと、カミキリムシ、チョウ、ゾウムシそしてスズメバチ(恐)・・・さりげなく脇の木を見たら樹液にスズメバチが5匹も集まっていて、さすがに生きた心地がしませんでしたね。

P1100519 深山の王者はミヤマ(左下にゾウムシ) P1100517 クワクワ多し

 多種のムシムシの中でもクワガタの多さが目立ちましたね。ノコギリクワガタ、コクワガタ、スジクワガタ、そしてミヤマクワガタです。伊豆といっても結構山奥なので、ミヤマクワガタが優位なようです。

P1100521 これは結構大物だぞ!

 夏も終わろうとしていますし、もって帰っても何かと慌しい毎日なので、捕獲はせずに静かに見守るつもりでいたのですが、かなり大型のミヤマを見つけたので持ち帰ることにしました。このミヤマは7cm超で、30年前に奥只見で捕って帰った以来の大物です。大きな顎と張り出した頭部が格好良いですね。顎の先は二股に分かれていて、フタマタクワガタにも通ずる種なのでしょうかね。

130822_163052 大きいのをお持ち帰り

 我が家の居候君がまた1匹加わりました。短期なのは残念ですけどね。

2013年8月29日 (木)

おだちゃんを探して

 山に行きたくも暑さに気力負けして、釣りに行くことにしました。地元のライトタックル五目です。1ヶ月前に二宮の五ツ浦堤防付近に姿を見せ、数日前に小田原の酒匂川河口で昼寝をしていた巷で話題のゴマフアザラシ「おだちゃん」が姿を見せてくれるかなぁ・・・との期待も半分ありました。あわよくば、釣った魚で餌付けして、天然児のペットにしてあげたいところです。

130818_085113 夏の海は歳をとってもウキウキワクワク

 朝の潮風は爽やかで、相模湾を西進する船上からは富士山と丹沢がはっきりと見えていました。夏も終わりに近づいて、今年は富士山に行けるでしょうか?

130818_0635490 でっかい波のプールOISOロングビーチ

 国府津沖で小型のイサギやカマス、大磯沖で大きいアジの数釣りを楽しみました。一足早くイナダが釣れてパワフルな引きを楽しませてくれたほか、水面でシイラがヒットしてもの凄い走りをするので、竿を折られてはたまらないし、お祭をしても迷惑をかけるので、慌てて道糸を手繰って強引に取り込む場面も。

130818_153438 暴れん坊シイラ 130818_153654 肥えたイナダ

 暑さも忘れて若さを取り戻した(つもりの)海笑でした。あ、結局おだちゃんは姿を見せてくれませんでしたけどね。

2013年8月28日 (水)

松の木は残った

 山形の山寺に行く予定を変更して、仙台市の南に位置する名取市閖上(ゆりあげ)地区を訪れました。いわき市で見た被災地の光景に刺激を受けた家族が他の被災地も見てみたいと要望したため、急遽この地を訪れることになりました。名取川河口付近に広がるこの一帯は、3・11の大地震のとき8m以上の大津波が押し寄せて、壊滅してしまいました。津波発生直後、内陸部に浸透する津波が家や車を呑み込んでいく生々しい光景が撮影された場所です。名取川流域では実に6kmも内陸部に津波が溯上しました。

P1100492 地区に入ると生々しい爪痕が・・・ P1100488 閖上地区

 仙台東部道路の名取ICを下りると、樹木もない原っぱにポツポツと家が点在する風景が続いています。よく見ると、雑草の中に家の基礎部のコンクリートが残されています。以前は住宅地であった場所なのでしょう。かろうじて残された家屋も荒れ果てて人気は全くありません。ここで生活をしていた人たちは避難先で不自由な生活を余儀なくされていることでしょう。

P1100487_2 日和山 P1100490 地区を見下ろす慰霊碑

 河口部に広がる閖上地区の中で、唯一、日和山と呼ばれる10m程の小高い丘があります。丘の上に祀られている社と傍らに立つ松の木がこの地区で唯一浸水を免れた場所です。日和山の上からは360度に渡って地区一帯が見渡せました。とき折りしも、多くの命と財産を奪っていった大津波から3回目のお盆。被災地を見下ろす慰霊碑には花や線香が絶えることがありません。

P1100482 心が残ればいつかは叶う

 人々が去っていった閖上地区ですが、唯一残された松の木は復興の象徴となって人々を励まし続けているような気がしました。1日も早くこの地区に人々の姿が戻ることをお祈りいたします。

 私も松の木に励まされて350km先の家路につきました。

2013年8月27日 (火)

秋風そよぐ蔵王連峰

 8月14日(水)、温麺と桃、こけしの町、宮城県白石市の遠刈田温泉にやってきました。正面には雄大な蔵王連峰が広がっています。私にとって蔵王といえば、25年前にもなりますが、昭和61年に蔵王山麓の野営場で開催されたボーイスカウト第9回日本ジャンボリー(9NJ)に参加した思い出の地です。皇太子殿下を間近で見たり、開会式のコンサートでマイク真木さんが「ジャンボリー蔵王」を歌った光景が今でも甦ります。

P1100436 ココから始まるエコーライン

 大鳥居を通過して、蔵王連峰を横断するエコーラインをドライブしました。季節は今だ真夏にも拘らず、ダケカンバの樹林が広がる高原は秋風そよぐ爽やかな陽気です。さすがお盆休みは車もバイクも多い!九十九折の坂道を車列がノロノロと上がっていくと、辟易したのか、ときどきバイク族が爆音を立てて抜いていきます。

P1100448 火星の表面・・・ではなく、駒草平です。 P1100452 不帰ノ滝 

 駒草平の観瀑台に立ち寄りました。駒草の群生地もあるようですが、花期は初夏で火星の表面のような荒々しい場所です。観瀑台からは、お釜に端を発する不帰ノ滝が見事に見えていました。

P1100455 ハイラインの渋滞 P1100464 刈田岳山頂の刈田嶺神社

 エコーラインから刈田岳の山頂に上がるハイラインに入ると、駐車場待ちの渋滞です。お盆休みの観光地ですから渋滞は避けて通れません。宮城側からも山形県側からもドシドシ上がってきます。猛暑の下界から逃れて皆さん考えることは同じのようですね。

P1100456 馬の背の稜線 P1100457 お釜を見下ろす人々

 刈田岳山頂は人、人、人。当に山上銀座です。いつも山では警戒して下りてこない天然児も、賑やかさに釣られて下りてきました。しかし、刈田岳から蔵王連峰最高峰の熊野岳に延びる馬の背の稜線が目に入ると慌てて車に引き返していきました。駐車場に近いお釜の展望台や刈田嶺神社は観光客で溢れていました。

P1100471 お釜と背後に熊野岳

 山頂付近は雲がかかっていましたが、時折雲間から陽光が差し込むと、お釜がエメラルドグリーンに色づいて大そう美しいものでした。

2013年8月24日 (土)

阿武隈高地のスポット巡り 後編改めB編

 今日の繁栄した人類科学をもってしても、割り切れない事象は数多くあります。学者たちは理論によってこれを否定しますが、所詮は人知の範囲でしかありません。人類科学で割り切れないものの存在を否定することは、人間の思い上がりというか何と浅はかなことでしょう。そんな人知を超越した事象のひとつが未確認飛行物体の飛来です。

P1100429 何気なく通過しそうな場所ですが・・・

 四本松郡から信夫郡(しのぶごおり)へ入ります。現代の市町村名でいうと県都の福島市ですが、一昔前までは飯野町という町でした。R349からR114に入ってしばらく進み、この飯野町と福島市の境界まで来ると、ピラミタブルな山が前方に見えてきました。この山は千貫森と呼ばれる標高463mの低山で、昔から不思議な発光体、即ち未確認飛行物体UFOの目撃情報が多い場所だそうです。

P1100428 え?え~!と思うかもしれません。

 千貫森は独特な円錐形をしているため、何者かを葬った塚=ピラミッドではないかという伝説もあるそうですが、近年ではUFO基地、異星人との交流拠点=エリア463?(笑)ではないかとの説も出現しました。また、飯野町内外の周辺地域には不思議な大小の石(像)が存在して、これらの説に信憑性を持たせています。

P1100426 UFOふれあい館と山頂 P1100425 コンタクトしにいきましょう!

 今から20年前に旧飯野町によって千貫森が公園として整備されて、UFO研究の立体模型及びパネル展示、3D映像シアターを有するUFOふれあい館がオープンしました。2階には阿武隈高地一帯から安達太良山を望む展望風呂と休憩室が設けられているのが、何ともローカルで微笑ましいところです。この他千貫森にはUFOにちなんだお土産が購入できるUFO物産館、遊歩道「UFO道」、そして特出は山頂にあるUFOコンタクトデッキです。千貫森の頂で異星人と英雄論を交わしてみたいと思う山笑でした。

P1100417 オバケ屋敷ではありません! P1100419 おなじみの方たちも

 我が国では日影の分野として扱われてきた心霊、UMA、UFOなどの中で、UFOがテーマとして行政施設に採用されたことは非常に希なことです。往年、広島県下の比婆山に出没したという類人猿系のUMAヒバゴン伝説が全国的な盛り上がりを見せたときに、現地の自治体が類人猿課を設けてこれに対処したことに匹敵する快挙だといえます。また、30年以上前に日本から独立を宣言した同じ福島県内の「ニコニコ共和国」と並んで、福島県民らしい微笑ましい発想だと思えてきました。

P1100424 某アニメ「ゲロゲロ曹長」のような・・・

 かなり「B」臭の強いスポットではありますが、家族にはかなりうけてました。皆さんもぜひ立ち寄って異星人との交信を体験してみてください。おススメです!

2013年8月23日 (金)

阿武隈高地のスポット巡り 前編

 福島県の中部、交通の要衝中通りと原発事故で被災した浜通りの間には標高1千m弱の低山が南北に連なる阿武隈高地があります。同じ山がちの地形でも県内の会津地方に比して山容もなだらかで冬場であっても降雪量は少なく、山間部の土地には古くから人の手が入り、歴史の舞台にもなってきた地域です。しかし、大規模な観光地が存在しないため、観光目的でこの地域を訪れる人は少ないようです。

P1100400 あぶくま洞の切羽岩壁

 8月13日(火)、いわきから磐越道を経てこの地域最大の観光地ともいえるあぶくま洞にやってきました。ここは20年ほど前に友人と訪れたことがありましたが、山腹の巨大な切羽の岩壁が視界に入ってくると記憶が甦ってきました。カルストと呼ばれる石灰岩の台地では昔から石灰岩や大理石の採石が行われてきましたが、今から約40年前に偶然採掘鉱がこの鍾乳洞にぶち当たって、神秘の地底洞窟が人目に触れることになりました。

 約3kmに及ぶ洞窟の総延長のうち、遊歩道が整備されて一般公開されているのは600mですが、一般コースとは別に探検コースという難易度の高いオプショナルコース120mが公開されています。夏でも気温は15℃程度、ひんやりとした洞内には数千万年のときが形成した鍾乳石の造形が実に見事でした。赤や青のライトに照らされた鍾乳石は、ときに生命を吹き込まれ、ときに異星の風景を想わせる神秘的なものでした。写真撮影が禁止なので、その美しさをお伝えできないのが残念です。

 R349を北上して田村市から二本松市に入ります。二本松といえば菊人形まつりで有名な中通りの二本松城(霞ヶ城)が有名ですが、R349沿いの地域は最近二本松市に合併したので、その昔は四本松郡(塩松・しおのまつごおり)と呼ばれた地域でした。立ち寄った道の駅「ふくしま東和」で地図を眺めていると、この周辺には百目木(どうめき)、小手森、小浜など歴史好きにはピンと来る地名が並んでいるではありませんか!とりあえず道の駅から一番近い小手森城址に寄ってみることにしました。

 戦国時代も終わりの頃、四本松郡は石橋氏が領する地域でしたが、重臣である小浜城主大内定綱、百目木城主石川弾正が勢力を伸張して、大内氏が南の三春城主田村氏と、石川氏が東の中村城主相馬氏とそれぞれ結ぶようになると急速に衰退していきました。この頃、北からは米沢城主伊達氏が田村氏と婚姻を結んで、南北から仙道筋(中通り)と四本松郡に度々兵を繰り出してきました。これに対して東の相馬氏と西の会津黒川城主(現城会津鶴ヶ城)芦名氏が伊達に対抗して東西からこの地域に兵を入れたため、両勢力の攻防の地になりました。

 天正12年(1584年)に独眼竜こと伊達政宗が家督を相続すると、一旦は伊達氏に服属を約した小浜城主大内定綱ですが、翌年には芦名氏の圧力に屈して逆に伊達に対して敵対の姿勢を表したため、8月に伊達・田村連合軍は四本松郡に出兵し大内氏配下の小手森城を攻撃しました。大内定綱も小手森城に入り芦名の援兵も来援しましたが、抗し切れず小手森城は陥落しました。落城時に政宗は城内に籠っていた大内軍、周辺の領民ら8百名を女子供の分け隔てなく皆殺しを命じ、さらに牛馬、犬猫、虫けらに至る命あるものは全て殺すことを命じたといわれています。この世に言う「八百人斬り」は青年期の政宗の苛烈な面を代表する一件でした。この政宗の姿勢に大内定綱は小浜城を破却して会津に逃亡し、後に百目木城の石川弾正も相馬領に逃亡したので、四本松郡は伊達の勢力下になりました。

P1100408 「夏草やつわものどもが夢のあと」がぴったり

 国道から脇道に入って田んぼの中を少し行くと、小高い丘の麓に小手森城址と標示されていました。城址を目の前にしながらも、夏草が生い茂る山道を汗をかきながら分け入る気にはなりませんでした。サンダル履きだったのでマムシの心配もあったのですが、それ以上に多くの命が奪われた領域に踏み入れることに及び腰だったのかもしれません。

2013年8月20日 (火)

いわきの海岸にて

 いわき市には太平洋に面する長大な海岸線があって、勿来五浦海岸、小名浜漁港、アクアマリンふくしま、マリンタワー、七浦海岸、塩屋崎灯台、新舞子ビーチなど海に関する数多くの観光名所があります。

 8月12日(月)夕方、R6号線を北上して四倉、久之浜辺りまで走ってみました。道はその先、いわきの北に位置する広野までは行けるようですが、そこから北は南相馬市まで福島原発事故の警戒区域内ということで通行止となっています。平行する常磐線もまたしかりです。

P1100364 波立薬師 P1100369 屋根には水煙が P1100368 弁天島

 久之浜の手前にある波立薬師(はったちやくし)に立ち寄りました。波立薬師は平安時代初期に会津の慧日寺などを開山した徳一大師による開山で、本尊の薬師如来像が海中から引き揚げられたということから、航海安全、大漁祈願など漁業関係者の信仰が厚いお寺だそうです。薬師堂前の道路を隔てた海岸には鳥居の立つ小島弁天島があります。こちらは初日の出スポットとして元旦には多くの人が訪れる場所だそうで、島に渡る朱塗りの橋が架けられていますが、現在は震災の影響でしょうか立入禁止となっていました。

P1100371 破壊された店舗 P1100394 塩屋崎灯台と津波避難塔

 R6を走っているとすぐに気づくのが沿道の津波による被害です。正直なところ、東日本大震災の津波の被災地は宮城県の沿岸部や三陸海岸方面という自己の認識でしたが、津波は北は北海道から南は千葉九十九里までの長大な沿岸部に被害をもたらしているのです。福島県内でも約1千6百人の方々が亡くなられているのですから相当な被害です。

P1100390 豊間海岸付近の被災地 P1100393

 翌日13日(火)は塩屋崎灯台の周辺を訪れました。沿岸部の各所に流失した家屋の土台部分だけが残る地区があって、非常に生々しい爪痕です。そんな中に祭壇が設けられ塔婆や千羽鶴が供えられていて、ここで津波の犠牲になった方々がいることを静かに物語っていました。震災後2年半近くが経っていますが、津波の被災地はこのように未だ手つかずな状況です。内陸部に移住した人、仮設住宅住まいを余儀なくされた人が多いのでしょうが、その反面被災地の中にあって新築の住宅見受けられるのは、復興というよりは人間のたくましさを実感しました。

P1100383 新舞子ビーチの惨状 P1100384

 兵庫県の舞子海岸に由来する現地では有名な海水浴場、新舞子ビーチですが、一見白砂の美しい砂浜には、話題になった原発汚染水の影響でしょうか泳ぐ人の姿もなく、波音だけが繰り返す静かな海岸線には、ズタズタに寸断された堤防と遊歩道、そして立ち枯れ赤茶けた松林が無残な姿を晒していました。

 初めて被災地を目の当たりにして、想像以上の惨状に大きなショックを受けた我が家4人でした。

2013年8月17日 (土)

有難や、極楽浄土を散策

 ハワイを楽しんだ後はいわき市内を少し走ってみました。

P1100343 白水阿弥陀堂

 まずやってきたのは、福島県で唯一の国宝建造物白水阿弥陀堂です。この阿弥陀堂は、平安時代末期の1160年(平治の乱の頃)にこの地を治めていた岩城氏によって建立された真言宗願成寺の境内にあります。地名をとって白水阿弥陀堂となっていますが、正式名は願成寺阿弥陀堂となるわけです。

P1100347 秋の紅葉がよさそうです。 P1100358 鯉と亀の天国

 さて、訪れた日はお休みで阿弥陀堂は拝観できませんでした(笑)閉ざされた門には休寺日と書いてありましたが、こういうのがあるのは初めて知りました。お盆期間なのでお寺は書き入れ時かと思っていたのですが、逆に檀家回りで忙しいからなのでしょうかね。仕方ないので、阿弥陀堂を囲んでいる池の外周を散策してみることにしました。

P1100353_2 西方浄土なう

 外から阿弥陀堂を眺めてみると、東西に配置された池、池に浮かぶ島に掛けられた参道、その周辺に配置された石や州浜といい、明らかに浄土式庭園を形成しています。この様式は西方浄土を再現したもので、平安時代後期流行した末法思想(世紀末伝説のようなもの)の影響を受けた貴族階層が、中央、地方を問わず競うように作庭しました。また、池の畔には蓮が群生していて極楽浄土を彷彿とさせるものですが、背景の山並みが借景になって庭園を際立たせているのも良いですね。これだけの規模は当時の岩城氏勢力を証明するものです。

P1100357 岩亀・・・こういう「いわき」もあるんだよ~

 東北なので平泉の毛越寺庭園に似ているなぁと思いきや、それもそのはず。願成寺を建立した岩城氏の徳姫は、毛越寺を建立した奥州藤原氏から嫁いできたのですから、少なからず実家を見習ったことでしょうね。それを証明する一説として、阿弥陀堂のある白水という地名が、平泉の「泉」の字の崩しではないかといわれているそうです。昔の人は謎賭けが好きですね。

P1100361 風そよぐ極楽なり

 訪れた私たちにとっては、夏空にもかかわらず風が心地良い当に極楽浄土でしたね。な~む~

2013年8月16日 (金)

ハワイにやってきました!

 8月12日(月)常磐自動車道を快走してハワイにやってきました!(笑)いわき湯本ICから程近い丘陵地帯にあるハワイはハワイでも「常磐ハワイアンセンター(スパリゾートハワイアンズ)」です。ここいわき市は磐城平10万石の城下町。平安時代以来、岩城氏が長年に渡って領していましたが、関ヶ原の戦いで領地没収となり、代わって鳥居、内藤、井上、安藤と徳川譜代の領地となりました。幕末、桜田門外の変の後に幕政を取り仕切って、公武合体を推進した老中安藤信正が有名です。

 近代になると磐城を中心に常磐炭田が開発されて、首都圏に最も近い炭鉱の街として繁栄しましたが、産出される石炭は粗悪で戦後は石油燃料に圧されるかたちで昭和40年代後半に炭鉱は閉山となっていきました。炭鉱からあぶれ出た労働者の雇用を観光業で創出すべく、坑内から豊富に湧出していた温泉を利用してプールリゾートが常磐ハワイアンセンターでした。その辺の事情は映画「フラガール」にも描かれて多くの人の知るところとなっています。

P1100309 こういうハワイもあるんだよ~

 プールや温泉については・・・ちょっと語るところではありまえんが、久しぶりに芋洗い状態の水浴びを体験しました。幼い日に遊びに行った地元・大磯ロングビーチを思い出しました。とは若い女の子の水着姿かな(笑)「類は友を呼ぶ」といいますが、どうも家族で泳ぎに行くところはファミリー向けの海水浴場のようで、若い衆がキャーキャーやっているところは最近余りお目にかかっていなかったものでして・・・若いっていいな。

P1100316 ハワイアンショー♪

 温泉よりも人の多さにのぼせ上がってきたところで、始まりましたフラガールショー「E Komo Mai(ようこそ)」!華やかなフラガールたちがチームワーク見事に腰をフリフリ躍りだすと、天然児じゃなくても皆心躍ります。腰振りダンスも良いのですが、フラの見所は何といっても手で自然の事象や心情を表現する特徴的な動きにあるでしょう。

P1100320 勇壮なファイヤーダンス P1100324

 前半のハワイアンダンスが終わると、ポリネシア系ファイヤーダンサーの登場です。暑い室内に燃え盛る炎。見ているだけで汗が噴出してきますが、その手さばきは「見事!」の一言に尽きます。

P1100332 ポリネシアンショー♪♪ P1100335 センター登場!

 ときに明るく、ときに激しく、そしてゆりやかに・・・変化に富んだフラガールのショー。後半はニュージーランド、ポリネシアンショーに曲目が変わります。ショーが盛り上がってくると、観客席からは「○○ちゃ~ん!」とか声援も飛び出しますが、思えばAKB48のように個々のダンサーにファンがついているようです。センターポジションじゃないけど、ピラミッド型の格付けもあるようですし。

P1100340 「がんばっぺ ふくしま!」

 最後は福島復興の願いが込められた「アイナ・ふくしま」という曲で大団円となりました。お盆休みの混み合うプールは失敗でしたが、プラガールショーだけでも大満足でした。今度はオフシーズンに来たいと思います。でも、常夏のワイハ~にオフシーズンてあるのかなぁ?

2013年8月10日 (土)

盗撮!行水シーン

 プールや海水浴といった水辺のレジャーが我が国に定着する以前、庭先での行水は暑い夏を乗り切るための庶民間ではごく普通の風景でした。開けっ広げな時代だったんですね。

 そんな過去の風俗と思われていた行水が、近頃、我が家の近くで頻繁に見られるようになっています。ぴちゃぴちゃと水音を立てて、さらには心地良さそうな声まで聞こえてくるんですから、聞いているほうは落ち着きませんよ。カメラ片手に潜入レポをお届けします。smile

 物陰からそ~っと近づきますと・・・

P1100287 いました!後姿が何とも刺激的です。

P1100294 (笑)正体はピーちゃんでした。

 羽毛をまとった小鳥ですからこの暑さは応えるでしょうね。窓辺の水のはったお皿の中で羽根をバタつかせて、ピチピチと心地良さそうに鳴いていました。

2013年8月 9日 (金)

夏の風物詩スプラッシュ・シャワー

 アクロバティックなイルカショーも良いですが、鴨川シーワールドの目玉シャチのショーもイルカほどのスピード感はありませんが、1t以上にも及ぶ巨体を躍らせて飛沫をあげる姿は迫力そのものです。背後の太平洋の海原に溶け込んで、見る我々が大海に泳ぎ回る本来の姿を見ているような臨場感です。ちなみにシャチというのは俗称で、外国ではオルカ、本邦ではサカマタと呼ぶのが正しいそうです。

P1100175 シャチが躍れば・・・ P1100207 歓声と悲鳴が

 またトレーナーの体を張ったシャチとのコラボも見せ場です。シャチの背や腹に乗ったり、水中からシャチに跳ね上げられて大きく空中にジャンプする姿は水中サーカスのようです。そんな絶妙なコンビネーションがいつも成功する訳ではありません。朝一のショーでは、シャチがいまいちショーモードにならないようで、2匹でじゃれ合ってトレーナーのいうことを聞きません。人間の思うようにはならない海の王者の気高さを感じました。

P1100186 トレーナーとの絶妙なコラボ P1100202

 そして、シャチショーの山場が尾びれで観客席にバッシャ、バッシャと水のシャワーを浴びせるスプラッシュタイムです。動物の成す業なので、時には度が過ぎて鬼のようなシャワー=滝のように海水が観客を襲います。事前に係員から注意が促されますが、これを楽しみに来る常連さんは、あえて前列に陣取り雨合羽や笠を用意して、「キタァ~~♪」とばかりにキャッキャッと悲鳴を上げて喜びます。逆にスプラッシュタイムを知らない人、加減を知らない人は全身濡れねずみになって苦笑い。中には放心状態の人もいます。当に罰ゲーム状態ですね。

P1100209 キタァ~!スプラッシュシャワー P1100128 母性を垣間見ました。

 今まで大好きなシャチを見て大はしゃぎだった天然児も、周囲の悲鳴や動揺にびっくりして、通りかかった女の子の髪の毛をいきなり引っ張って、親が淡くってしまう一面もありましたが(汗)

P1100221

 暑い夏は鴨川でちょっと変わった水遊びを楽しんでみてはいかがでしょうか。

2013年8月 8日 (木)

天然児カモシーにどっぷり

 そして、鴨川シーワールド。昨年2月の真冬に訪れたときに比べると断然の人手です。やっぱりシーサイドリゾートは夏ですね。但し、真夏の炎天下は見る我々もそうですが、北国育ちの海獣達にとっても辛いものです。幸いにして訪れた2日間はピーカン模様の天気ではなく、薄曇だったのでちょうど良い天気でした。

P1100018 イルカの親子

P1090975 トドっ子だの・・・ P1100104 セイウチっ子だの・・・

 カモシーではシャチの子ルーナが7月19日で満1歳を迎えたほか、ベビーブームに沸き返っていましたよー。我が家の大きな幼児も大喜びです。

P1090977 こういうベビーも

 イルカに、アシカに、ベルーガに・・・各ショースタジアムはあっという間に満員となってしまいます。30分刻みのタイムスケジュールに合わせると人の波と一緒に動くこととなるので、間1本は抜いて1時間に1本のスケジュールで周ることにしました。空いた観覧席からオフタイムの海獣をじっくり観察もできますからね。

P1090987 神秘の海獣ベルーガと脳波で会話?!

 首都圏の水族館を天然児と巡っていますが、やはりカモシーの存在は群を抜いていますね。そのカモシーで2日間たっぷりとショーや海獣三昧ですから、天然児にとってはさぞ夢心地だったことでしょう。お魚が見たい私は少々欲求不満もありましたが・・・まあ夏休みは家族サービス優先ですからね。ふぅ~

2013年8月 7日 (水)

鴨川シーサイド

 リゾート鴨川の朝、早起きして海岸を散歩しました。浜には流木や海藻の他人工物が漂着していて、これらを観察すると小さな生物が付着していたり、異国の文字が入っていたりと発見がたくさんあります。漂着物の研究はお子さんたちの夏休みの課題に好材料かと思いますね。

P1100092 鴨川前原海水浴場 P1100100 天津・小湊方面を望む

 早朝から多くの人が散歩やジョギング、サーフィン、釣りなど、いろいろと楽しんでいます。地元のジッちゃん、バッちゃん連中は堤防の上で賑やかに座談会です。日常的に朝から人と話たりしているとボケないんじゃないかと思いますね。そうかと思えば、かけ声高らかにライフセーバーの若い衆がトレーニングに励んでいます。若さって素晴らしいなぁ・・・

P1100099 海がめの産卵地 P1100082_2 海釣り堤防の人たち

 ホテルから2kmほど歩いて鴨川の漁港にやってきました。外側の海釣り堤防は既に釣り人が所狭しと並んでいます。外側に投げてシロギスを狙う人が大半で、しばらく様子を見ていると結構な頻度で15~20cmほどのキスが釣れていました。中には3本針に3本のキスをあげる人もいて、魚影の濃さがうかがえました。

P1100097 河口にいた鴨・・・これが鴨川ですね。

 海岸沿いには高層のマンションが並ぶ鴨川ですが、私も引退後の余生は海辺か高原にでも掘立小屋ひとつ建てて、隠遁生活を楽しみたいものです。

2013年8月 6日 (火)

シャチバスに乗って

 夏休みになって天然児と水族館を巡ってきましたが、第3弾はドリーム企画として、鴨川シーワールドに泊まって2日間どっぷりの海獣見物です。天然児との外出は体力的に骨が折れるので、我が家から現地まではドア・ツー・ドアでマイカーを使用するのが常道ですが、今回はあえて交通機関を使用することにしました。公共交通機関を利用することは天然児にとって社会勉強になると思いますが、それ以上の目的が今回はあります。

P1100251 シャチバス見参! P1100244 思わず振り返ってしまう

 東京から鴨川を結ぶ高速バスはほぼ1時間に1本の本数があるのですが、1往復だけシャチのラッピングバスが走っています。これに乗れば往復の道中からリゾート気分間違いなしです。このバスの魅力は外見だけでなく、バス会社と提携する鴨川、小湊の宿泊施設の宿泊客は片道千円で利用できることです。(ちなみに小人料金も同料金です。)

P1090967 レインボーブリッジからの風景 P1090965 出港するおがさわら丸

 満員のバスは10時に浜松町バスターミナルを出発して、アクアライン経由で房総半島に渡ります。アクアラインを渡った木更津からは山間部に入って、君津鴨川線とR410を南下して、鴨川保田線、通称長狭街道にぶつかると田園風景の中を東に進みます。シャチバスにウキウキくんの天然児だけでなく、普段はハンドルを握っている私も両手放しで車窓を思う存分楽しめるのが嬉しいですね。

P1100240 長狭街道の風景

 長狭街道沿いは千葉県下有数のブランド米である長狭米の産地です。狭隘な土地なので、大山千枚田で有名な棚田が多い場所でもあります。既に黄金色に色づいた田んぼの中をバスは進みます。ここまで来れば鴨川市内。目的地はもうすぐです。

2013年8月 1日 (木)

腸の中にあれが!?

 職場の健康診断で要再検査判定が出た。何かといえば、う○ちに血が混じっていたとか。何とか。父も祖父も大腸癌で死んでいる家系からすれば、これは捨て置けない忌々しき事態である。toilet

 今日8月1日に再検査の内視鏡検査を受診した。腸の中をきれいにしてからでないと検査ができないので、朝起きて2ℓの水に溶いた下剤を服用するのだが、2時間の移動時間は何とも危険である。そこで、始発電車で出社して、職場で服用した後に病院に出かけた。hospital

 お尻が開く検査着を着て、お尻の穴に麻酔を塗り込まれると、いよいよ内視鏡検査のスタートである。空気を送られながらカメラが入っていく。お腹が張ってしんどい。大腸の長さは90cmほどだとか。そんなに長く腹の中に送り込まれたかと思うとゾッとする。モニターに鍾乳洞のような腹の中が映し出されるが、腹のなかは意外ときれいで少なくとも黒くはない。bleah

 突き当りまでは特に異常は認められず、2年前の検査のとき同様にお尻を強くふきすぎた?という結果になるかと思われたが、帰りにS字結腸にポリープを発見!「行きはヨイヨイ、帰りは怖い」とはよく言ったものである。直ちに電気メスで痛みもなく切除されたのだが、このポリープを検査して癌細胞の有無が判定されるのは1週間後である。

 さて、どうなりますか。事によっては・・・それでは皆さん、アテブレーべ、オブリガード。

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