« 秋の味覚が並ぶ芦川 | トップページ | ラブ・ピオーネ »

2013年10月11日 (金)

勝沼ぶどうと武道の達人

 芦川からどんべえ峠を越えて甲府盆地に下り、勝沼にやってきました。甲府盆地の東端に位置する勝沼は、言わずと知れた甲州ぶどうの里。フルーツラインを走ると、沿道にはズラリとぶどうの直売所が並んでいますが、我が家のお気に入りのお店は笹子峠から下った柏尾甲州街道沿いの柏尾という地区にあります。

Dsc00289 ぶどう寺大善寺

 この柏尾にぶどう寺と呼ばれる柏尾山大善寺があります。このお寺の開山縁起には、何とあの奈良時代のスーパー坊さん行基が登場します。行基がこの地で修行し満願を達成した折、薬師如来がぶどうを持って夢中に現れたことから、行基は薬としてのぶどう栽培をこの地に残し、それが今日の勝沼ぶどうの発祥となっているそうです。いやぁ~行基って、ほんと、すごいお方ですね。それでは来週お会いしましょう。

Dsc00294 行基が残した勝沼ぶどう

 さて、柏尾地区には戊辰戦争の古戦場もあります。慶応4年(1868年)初頭、朝敵となった徳川幕府を征伐するべく、東征軍が各方面から下向しますが、土佐藩の板垣退助に率いられた討幕軍の一隊は甲州に入ります。これに対して、幕臣勝海舟の命令で新選組を中心とした幕府軍「甲陽鎮撫隊」が派遣されました。一般的には、江戸城無血開城を決めていた勝が、主戦派であった新選組を江戸城から出すために鼻から勝算のない派兵だったといわれています。

 討幕軍が甲府に入城すると、新選組局長近藤勇に率いられた甲陽鎮撫隊は、進撃を止めて甲府盆地を見下ろす柏尾に布陣します。しかし、士気の低い幕府軍は兵の脱走が相次いで、兵力は僅かに百余り。3月6日、この寡兵に討幕軍3千が攻撃を開始し、柏尾の戦いが始まります。近藤ほか永倉新八、原田左之助ら新選組隊士の奮迅の戦いぶりも虚しく、勝敗は1日で決して幕府軍は敗走しました。

Dsc00300 甲州街道を見据える近藤局長

 そんな近藤の勇戦を讃えて、今も甲州街道沿いに近藤の勇ましい姿が残されています。新選組ファン必見のスポットです。ちなみに、この近藤像のある信号を入ったところに、以前紹介した勝沼トンネルワインカーヴがあります。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-bfd0.html

« 秋の味覚が並ぶ芦川 | トップページ | ラブ・ピオーネ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1468968/53559787

この記事へのトラックバック一覧です: 勝沼ぶどうと武道の達人:

« 秋の味覚が並ぶ芦川 | トップページ | ラブ・ピオーネ »