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2013年11月16日 (土)

山寺の岩にしみいるギャースカ、ピースカ

 山形の旅の最後は山寺です。山寺とは俗称で、正式には天台宗宝珠山立石寺といいます。開山は今から約1,150年前の860年、天台宗の開祖最澄の弟子、慈覚大師円仁によるものです。開山以来、比叡山延暦寺より分けられた不滅の灯明が守られ、堂塔三百を有するほど栄えましたが、戦国時代に伊達氏と天童氏との合戦の折、兵火に遭い一時衰退しました。その後、江戸時代に再建されて、現在まで30万坪の境内に30余りの堂塔が残されています。

Dsc01031 紅葉を迎えた山寺に Dsc01034 根本中堂

 山寺を有名にしたのが、江戸時代初期の俳人松尾芭蕉が、紀行奥の細道の道中にこの地を訪れて、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の名句を詠んだことです。小学生でもそらんじることのできる一番有名な俳句といえるのではないでしょうか。登山口を入ってすぐの根本中堂の脇には、松尾芭蕉と奥の細道に同行した弟子河合曽良の像が置かれ、石段の中腹には句碑であるせみ塚があります。芭蕉が山寺を訪れたのは夏の盛り、今は蝉こそ鳴いていませんが、芭蕉一行がもし紅葉の頃訪れていたならば、また異なった名句が残されていたことでしょう。

Dsc01039 曽良さんその頭では雨が堪えますね。

 紅葉の見頃を迎えて、多くの観光客で賑やかなJR仙山線山寺駅前の駐車場からスタートです。天然児は意外にもウキウキモードで車から降ります。駅前ということで「しまった!」と焦りましたが、これまた意外や意外。観光客の波に乗って意外とすんなり参道に入っていきました。山門の前まで来て、鬱蒼とした木立の中に延びる石段を前にすると、さすがに危険を察知して激しくしました。しかし、こちらもここまで来て引き返す訳にはいきません。脇をガッチリ固めて参道に連行しました。

Dsc01041 紅葉の参道を上ります。 Dsc01043 仁王門の紅葉

 山門をくぐると、いよいよ1,015段の石段歩きの始まりです。数では羽黒山の半分もありませんが、山の急斜面に設けられた七堂伽藍を結ぶ石段はなかなかの勾配です。生憎の空模様の下、朝から多くの観光客が参道を上り下りしています。ポツリポツリと雨が落ちてくる空模様でしたが、参道に入ると樹木のお陰でほとんど気にならない程度でしたし、何より陽気が暖かかったのが何よりです。

Dsc01053 奥の院

 今では山形県を代表する観光地となった山寺。芭蕉一行が訪れた頃のように閑さは望むべくもありませんが、過呼吸になってギャースカ、ピースカの天然児の声が蝉の声に代わって岩にしみいっていました。

Dsc01081 五大堂からの展望 Dsc01080 紅葉より鉄な天然児

 せみ塚から仁王門を経て、最上部の奥の院まで難なく(ともいえませんが)到達しました。ここでお参りをして、少し下った五大堂に立ち寄ります。五大堂は山形県唯一の舞台建築で、ここから見下ろす山里や門前町の風景は格別です。そこへ仙山線がガタゴトと走ってくる様はミニチュア模型のようです。振り返ると、紅葉の山並みを背景にした山寺の伽藍が見事なものです。天然児といえば、紅葉には目もくれずに眼下の仙山線を注視していました。

Dsc01083 たっぷり目に焼きつけました。

 帰路は村山駅から新幹線に乗車する予定でしたが、山寺なら山形駅の方が近いので、レンタカーの営業所に連絡して山形に向かいました。せっかく新そばの時季に訪れたのですから、山形市内で名物の板そばを食べて家路につきました。紅葉、名所、味覚どれをとってもお腹いっぱいの旅は終了です。

Dsc01101 板そば Dsc01107 では(出羽)さようなら

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コメント

お腹いっぱいになって良かったね。
今週末はかみさんのご両親と紅葉を見に奥多摩に行く予定です。

渋滞覚悟、だな。orz

奥多摩の見頃は過ぎてるかもしれないね。
気をつけて。

今朝の朝日新聞にユーシンの紅葉が見頃だという記事がありました。

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