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2014年1月17日 (金)

七里ガ浜ウォーキング 後編

 剣投ぜし古戦場稲村ガ崎。西側は公園になっていて、展望も素晴らしく七里ガ浜の海岸線の先に江ノ島、更には富士山を望みます。

Dsc02144 稲村ガ崎から西を望む Dsc02145 兄弟愛の象徴

 その一角に青年に男児が寄り添う銅像があります。これは逗子開成中学のボート遭難碑です。明治43年1月、逗子開成中学の学生ら12名が江ノ島を目指してボートを漕ぎ出しました。往路は順調だったものの、江ノ島からの帰路、折からの強風に襲われてボートは転覆し、投げ出された12名全員が帰らぬ人となった悲しい歴史がありました。海から引きあげられた少年たちの遺体の中には、中学生の兄が小学生の弟をしっかりと抱きかかえたものがあり、人々を涙させたそうです。その姿をモチーフにした慰霊碑なのでしょう。

Dsc02154

 渋滞の国道を尻目に天然児と共に順調な歩行を続けます。日和も良く、我々同様に歩く人も多く、サイクリングやジョギングを楽しむ人も実に多かったです。アマルフィイとか珊瑚礁とか話題の店もお昼時とも重なって賑わいを見せていました。

Dsc02164 江ノ電が近い! Dsc02163 セキレイの子そこ退けそこ退け

 七里ガ浜という名称だけあって長い海岸線沿いをひたすら歩いていきます。行く手の江ノ島がだんだん大きくなってきました。歩く距離が長いのですが、天然児は順調に歩いてくれました。理由は単純。この道は江ノ電との併走区間で、歩道のすぐ横を江ノ電が走ります。間近に走る電車に天然児はご機嫌です。

 七里ガ浜を過ぎると腰越地区です。ここで江ノ電が海岸線を離れるので、我々もそれにしたがって海岸線を離れました。腰越といえば、平家を討ち滅ぼした源義経が京都で官職を得たばかりに兄頼朝に疑われて、鎌倉に入ることもできず腰越に逗留して身の潔白を証明する「腰越状」といわれる文書を記したことで有名です。

Dsc02167 路面軌道でテンションMAX!

 江ノ電腰越駅の先は道路内に江ノ電の軌道が入る路面軌道区間です。車が道脇に避けると、堂々たる江ノ電のお通りです。日蓮上人の竜口法難や元寇の折、杜世忠ら元の使節が処刑されたことで有名な竜口寺の五重塔が見えてくると路面軌道区間も終わり、江ノ電は住宅街に吸い込まれていきます。

Dsc02171 竜口寺前 Dsc02173 イルカはいるか!?

 この後、江ノ島駅まで歩いて帰路につきましたが、腑に落ちないのが天然児。新江ノ島水族館はどこへいったー!

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