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2014年2月

2014年2月27日 (木)

金沢漁港 海産物フェスタ

 2月23日(日)横浜の金沢漁港で海産物フェスタが開催されました。金沢漁港はライトタックルアジ釣りで何度かお世話になった蒲谷丸があるおなじみの港です。若船頭は入口で車の誘導に大忙しでした。

Dsc02507 金沢漁港にやってきました。 Dsc02511

 海産物フェスタでは、水揚げされた魚介類の直売や生わかめや海苔の販売、江戸前アナゴの天ぷらや三浦マグロのほか、海の幸を使ったグルメの販売、生わかめのつかみ取り、生海苔収穫体験、八景島周辺の遊覧、わかめの味噌汁の無料配付など盛り沢山なイベントです。

Dsc02508 大賑わいの即売 Dsc02522 漁船での遊覧

 さすがは横浜の港だけあって、港内は多くの人で賑わっていて、何れのイベントや販売コーナーも長蛇の列ができていました。先ずは前日長井で買いそびれた生わかめのつかみ取りに挑戦して、見事袋に入りきれないほどのお土産ができました。

Dsc02514 みんなマグロが大好き Dsc02519 対岸のシーパラが気になる子

 その後は食いに専念して、わかめの味噌汁、中トロのにぎり、三色海鮮丼と食べ歩いて、最後はアナゴの天ぷらに挑戦しました。思えばアナゴ天は随分前に東京湾の半夜船で釣って食べた以来です。あの素晴らしいホクホク感をもう一度♪

Dsc02524 一番の目玉はこれ! Dsc02523 執念で並びました。

 さて、港内に係留された屋形船の調理場で次々とアナゴが揚げられますが、行列の前では「焼け石に水」状態。行列はなかなか縮まりませんでしたが、執念の1時間待ちでGET!軽く塩をふって食べたら待ちの苦労なんて吹っ飛んでしまいましたよー!

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 冬の海をたっぷりと味わったイベントでした。イシモチでも釣りに来ようかな・・・

2014年2月26日 (水)

三浦の春を告げる干しわかめ

 記録的な降雪に見舞われた2月も終わろうとしています。日影には依然雪が残る道を、春を求めて三浦半島までドライブしてきました。晴天の下、光り輝く穏やかな湘南の海を見ながらウォーキングを楽しむ人が多いこと。

Dsc02134 冬の相模湾

 三浦半島の入り江は風もなく鏡のように穏やかです。訪れたのがちょうど引き潮どきで、露出した岩場には海苔やひじきなどの海藻がびっしりと生えていました。

Dsc02503 長井荒崎の入り江

 腰越、鐙摺、佐島、長井などの各漁港では、収穫された新わかめが1本1本洗濯ばさみで吊るされて賑やかでした。波止場にわかめを干す風景は、早春の三浦ではおなじみの風景です。

Dsc02505 干されたわかめ Dsc02506 干されたら袋詰めされて出荷されます。

 ちなみに我が家は生わかめがお目当てだったのですが、お昼を回ると全て干されてしまうと聞いて、ちょっとがっかりでした。

2014年2月20日 (木)

雪融けを待って出陣じゃ

 こう寒い日が続くと海にも山にも行かれません。週末は雪ばかり家に居ることが多い昨今です。英気を養いつつ、来る春の山行、釣行に想いを馳せる心境は、上杉謙信や柴田勝家に通じるものがあります。

140130_123831_3

2014年2月15日 (土)

よく降りました。

 今年は大雪の当たり年ですね。関東周辺も2月に入って2週連続の豪雪に見舞われております。先週の雪がようやく消えようとしていたのに。先週も今週も自宅周辺の雪掻きに精を出しましたが、普段使わない腰や腕が痛い痛い。

P1110813 P1110823 2月8日の雪模様

 昨日は朝から雪が降り続いたので、夕方には路面も真っ白に雪化粧しました。職場の人と酒飲みを予定していたのですが、帰宅困難になることを懸念して中止にすることにしました。それならばと、仕事が忙しい年度末の時期なので少しでも片付けて帰ろうと思ったのが・・・誤りでした。

140214_201724 雪の湯島天神宮 140214_201842 梅の木も樹氷みたいに

 20時過ぎに職場を出るとかなりの積雪です。東京都心だというのに路肩に立往生している車もありました。路面は少し溶けた雪が踏み荒らされてシャーベット状になっています。履いている革靴は、靴底がペッタンコなので滑りまくりで、おっかなびっくり駅にたどり着きました。足の指先が冷たいので、浸水しているのかと思ったら雪の冷たさが浸透していたのでした。

 満員電車での帰宅を覚悟していたのですが、東京を出た東海道線は空席もチラホラと意外でした。それもそのはず。皆さん帰宅困難を懸念して早めの帰宅をしてしまったのでしょう。賢明な判断です。品川駅辺りから少しずつ停車時間が長くなってきます。先行の電車が詰っているための時間調整です。横浜、藤沢も長めの停車。辻堂は30分以上。

 強風のため相模川は徐行運転とのことで、辻堂駅でしばらく待たされました。ビュービューと風音がすごくて、風圧で電車も揺れるほどです。外は吹雪いていて、まるで雪国を電車で旅しているようです。茅ヶ崎から先はノロノロ徐行運転となり大磯。ここで再度の30待ちでした。ひとつ手前なので寝るわけにも行かず、震えながら待ち遠しい時間を送ります。

 かみの軽は先週の大雪に備えてスタットレスタイヤを装着していたので、駅に迎えに来るよう再三メールを送りますが、何の返信もありません。こういうときのためのタイヤなのに・・・23時30分に二宮駅に到着。遂に返信はありません。当然かみの軽は停まっていません。

P1110829_2 前回よりも積もったかな?

 さて、駅から家まで雪道歩きです。東京のシャーベットに比して積雪が10cmほどあったのでサクサク歩いていけましたが、自宅の下まで来ると雪が深くなったので、傘を杖代わりにラッセルすることになりました。革靴がスッポリ雪に入ってパンツの裾まで雪に浸かります。降ったな!山登りだってこんなラッセルしたことがないのに。

 早めに帰宅の許可が出ていたので、そのとき帰っていればこんなことにはならなかったのに・・・春先の嵐、台風、今回の大雪と1年に何回も同じ失敗を繰り返してしまいます。

2014年2月11日 (火)

山行 金時と富士の背比べ 箱根外輪山南行その2

 金時山で一息入れた後、南面の急坂道を下る。時間は午前10時を過ぎて、仙石原方面から登ってくるハイカーが多い時間帯である。朝霜がすっかり融けて、それをハイカーが踏んで踏んで道は泥んこ道と化していた。スパッツを装着していなかったので泥の跳ね上げ気になった。

Dsc02441_2 金時を後にして

 完全武装の中高年グループや山ガールに交じって、普段着に革靴の気のまま観光客や外国人グループが多いのは観光地箱根の山らしく賑やかだ。挨拶を交わしたハイカーの中で、80歳超の人懐っこい高年ハイカーがいらっしゃった。10年前に登山を始めて、昨年で日本百名山を踏破し、金時山は三千五百回近くになるという。・・・ということは、雨の日も風の日もほぼ毎日登っていることになる。恐るべし超人であった。氏曰く「この体を与えてくれた親、先祖に感謝だよ。」

Dsc02449 尾根を真っすぐに

 仙石原金時神社方面へのルートが分かれる矢倉沢峠から先は、ハコネタケが密生する日当りの良い尾根上のルートである。日を遮る樹木は少なく、真冬でもこの時間になると歩いていて暑いくらいだ。まだ遠い明神ヶ岳への山並みは緩やかな起伏を繰り返す気持ちの良いルートであるが、矢倉沢峠から明神ヶ岳へ歩く人は少ない。たまに単独行のハイカーやトレイルランナーがポツポツ渡ってくるくらいである。

Dsc02458 山は生きている

 所々仙石原の展望が開ける。今歩いている外輪山の内側に位置する仙石原や芦ノ湖は、全山が火山である箱根連山のカルデラで、その向こうには箱根の最高峰である中央火口丘、神山がそびえている。その懐にあがる噴煙は大涌谷で、今もって箱根が活火山であることの証である。一大観光地となった箱根火山であるが、その大地の営みの恩恵は何と言っても豊富な温泉であろう。

Dsc02454_2 最初は控えめ→Dsc02460 兄弟になったり→Dsc02466 遂には親子に

 振り返るとハコネタケの尾根の向こうに金時山が天高く頭を突き上げて存在を示しているが、その左肩、長尾山付近から富士山のピークが顔を覗かせていた。それは標高をあげるにつれてニョキニョキと頭をもたげて、金時山と肩を並べたかと思ったら、遂には金時を子供のように懐に抱いてしまった。富士の高嶺の偉大なこと。

Dsc02464 火打石からの明神は近い

 尾根から外れて雪が凍りついた北側斜面を巻いて、再び明るい稜線に出たところが火打石岳(989m)。山名の解説板が設置されていたから場所を特定できたが、何もなければ山頂とは解らない場所だ。解説には、火打石岳の山名が昔この辺りで火打石を採掘していたことに由来し、小田原や箱根の遺跡から火打石が出土しているそうだ。行く手には台形の明神ヶ岳が随分近くなってきた。

Dsc02471 足柄平野を見下ろす・・・ん? Dsc02472 皆さんはお気づきだろうか・・・

 やや急な斜面を登り詰めていくと、東側に足柄平野の展望が望めた。明神ヶ岳の平ら頭頂部は水はけが悪くドロドロにぬかるんでいた。山靴の下は高下駄のように泥が張り付いて、これには辟易させられる。四苦八苦しているうちに明神ヶ岳(1169m)の山頂に到着した。広い山頂は一面泥の原である。その縁の草の上に20人ほどのハイカーが休憩をとっていた。自分も適当な場所を見つけてお昼をとることにする。

Dsc02476 明神ヶ岳山頂 Dsc02481 Dsc02474 山頂付近から振り返り

 明神ヶ岳からは、北条早雲に倣って、眼下に見下ろす小田原の街を目指して外輪山を一気に駆け下るつもりだった。しかし、外輪山のルート上は酷い泥濘で、足を滑らしながらゆっくりとしたペースで下ることになってしまった。行く手には明星ヶ岳、塔ノ峰への尾根道が延々と続いている。こうなるとだんだんやる気が失われて・・・

Dsc02489 明星ヶ岳を見下ろす

 明神ヶ岳から30分ほど下ったところで、右手に宮城野方面のルートが分岐していた。渡りに船とばかりに、「今日は充分歩いたし、もうここいらでいいや」と甘え心が打ち勝って、宮城野へ下ることにした。急な道を下っていくと、宮城野の別荘地に入る。人気のない静かな別荘地。所有者は夏の避暑に来るだけなのかな?

Dsc02495 結局見上げた明星の大文字

 集落を下りて間もなく宮城野支所前のバス停に到着。昼日中でもバスは15分間隔で運行されているのは、さすが観光地箱根である。バスで箱根湯本に下り家路についた。計画では足柄から箱根湯本までの約25kmの縦走であったが、宮城野までは約18km。計画の3/4で頓挫したが、充分楽しい真冬の低山縦走路であった。

★コースタイム:6時間10分(休憩含む)

足柄駅7:30→8:35足柄峠8:45→9:20猪鼻砦9:30→9:55金時山10:00→10:35矢倉沢峠→11:30火打石岳

→12:15明神ヶ岳(昼食)12:40→13:00宮城野分岐→13:40宮城野支所前バス停

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2014年2月 8日 (土)

山行 足柄古道を辿って 箱根外輪山南行その1

 2月1日(土)、久しぶりに1日の自由を与えられたので、比較的雪の少ない箱根外輪山を北から南に縦走することにした。御殿場線の足柄駅を起点に足柄峠~金時山~矢倉沢峠~明神ヶ岳~明星ヶ岳~塔ノ峰~箱根湯本と箱根を貫通するルートは、約25kmのルート。低山ではあるが、富士山と箱根カルデラ、相模湾と変化に富んだ展望を楽しみながらの山行となるであろう。

Dsc02386 Suica対応でお願いします。

 土曜日早朝の御殿場線は、他校との試合に向かう部活動の学生の他は乗客が少ない。県境を越えた列車は、R246と鮎沢川の流れに沿って走る。行く手には富士山が大きくなってきた。7時過ぎに列車が足柄駅に到着すると、無人駅のため出札は車掌が行うとのアナウンスが。一番前方に乗車していたため慌ててホームを歩く。「スイカでお願いします。」と渡すと、「スイカは対応していないので現金での精算をお願いします。」とのこと。出札証明をもらうまで電車は暫しの臨時停車。恐縮である。それにしてもJRグループの足並みの悪さよ。

Dsc02389 金太郎は山向こうでは?

 足柄駅は標高が331m。3駅手前の山北駅が110mで次の御殿場駅が457mなので、この区間がいかに急勾配であるかがうかがえる。旧東海道線時代は補助機関車の増結で越えた難所だ。駅前には整備されたロータリーがあって、郵便局とコンビニ、商店が1軒あるだけの静かな集落だ。足柄駅は御殿場線の中でも戦後に設置された新しい駅であるが、地元の人たちの並々ならぬ努力があったという。

Dsc02392 竹之下神社 Dsc02393

 商店で食料品を買い込んで7時30分に出発した。足柄駅の周辺は竹之下という集落である。この地名は歴史に登場する地名だ。ときは鎌倉幕府滅亡直後の建武2年。鎌倉を占領した北条の残党を討伐するため東下した足利尊氏は、北条氏の乱を鎮圧した後も鎌倉に留まって都への帰還を拒否したため、後醍醐天皇は新田義貞率いる討伐軍を派遣する。朝敵となったため弱気になった尊氏に代わって弟の直義が率いた足利軍は、この竹之下で新田軍を迎撃した。合戦は錦旗を戴いた新田軍が優位だったが、大友や佐々木などの勢力が足利軍に寝返ったので、新田軍は敗走してしまった。この箱根竹之下の戦いは、南北朝騒乱の発端となった戦いなのである。

Dsc02398 唯念上人の大名号石碑 Dsc02422 足柄峠(県境) Dsc02417 足柄城跡

 集落から舗装路の急坂を登っていくと、道路と出合い道路あるくとなるが、この道は足柄峠を越える御殿場大井線で、東名やR246が渋滞したときは抜け道で利用する道である。かつての足柄古道はこの道路に沿って峠を越えている。道路をそのまま歩くのは味気ないので、足柄古道でショートカットをする。天保の飢饉のとき救世を祈願した唯念上人の大名号石碑、松尾芭蕉の句碑を通過すると足柄峠に到達した。北条氏の出城であった足柄城跡からは富士山の展望が素晴らしい。毎年足柄城跡の領有をめぐって、神奈川、静岡両県民が綱引きを行い、現在は静岡領となっているそうだ。神奈川県民としては何とも耐え難い屈辱である。

Dsc02418 別に私が怒りに任せて引き倒したわけではありません。

Dsc02416 足柄城跡から金時山(右)と明神ヶ岳(左奥)

 足柄峠から足柄古道とは分かれて、車も通れる長い尾根を歩いて金時山に向かった。この林道の途中までは車が入れるので、金時山の最短ルートである。私も夏の早朝、暑くなる前にちょっと体を動かしたいと思ったときにはここに来ることがある。よってハイカーの車が結構往来する。林道の終点、こんもりとした山頂直下の猪鼻砦で軽食を取りがてら、富士見の休憩をする。この辺りにはほんの少し雪が残っていた。山頂の方からは急登にあえぐ人の声が聞こえてくる。

Dsc02429 猪鼻砦から金時 Dsc02430 芙蓉峰

 階段状の急登は何度も登った道である。日当りの悪い北向き斜面なので結構雪が残っており、登山道にも凍りついた雪がこびりついている。これをうっかり踏むと危険である。所々設置された鉄梯子には、十二支がプリントされたシールが貼られている。順番に歩いていくと、何と最後はちゃんと猪になっていた。金時山の別称猪鼻岳にかけた味な趣向である。

Dsc02436 面白い趣向だ。 Dsc02437 金時山頂

 10時前に金時山(1213m)の山頂に到着。この日は晴天で気温も比較的高かったので、山頂には多くの人が憩っていた。でっかい富士山をバックにパチリ。お約束である。富士山以外にも、外輪山の山並みとその向こうに愛鷹山。カルデラ内に仙石原を見下ろし、大涌谷の噴煙を望む。

★コースタイム:2時間25分(金時山まで)

足柄駅7:30→8:35足柄峠8:45→9:20猪鼻砦9:30→金時山9:55

2014年2月 6日 (木)

百人一首と百名城!? 埼玉県寄居町

 埼玉県北部、荒川の流れが形成した段丘上に形成された寄居町。この寄居町で有名な史跡は何と言っても鉢形城跡です。鉢形城は荒川と支流の合流地点の段丘上に築かれた中世の城で、山内上杉氏の重臣で後に主君を上野国に追った下克上の先駆者長尾景春(伊玄入道)の居城です。後に後北条氏が北関東に進出したときには、北関東方面軍の総大将である北条氏邦(北条氏康の子、氏政の弟)の居城となり、この時期に整備拡充されましました。

Dsc02369 鉢形城址 Dsc02370 百名城にもノミネートされています。

 1590年豊臣秀吉の小田原征伐では、碓氷峠を越えてきた前田利家、上杉景勝、真田昌幸らの率いる大軍によって、城主北条氏邦が小田原に詰めている留守に攻撃されますが、天然の要害であるためなかなか落城せず和睦開城となりました。その後廃城となりますが、城跡は比較的良好な状態で残されているので、現在では国の史跡に指定されています。

Dsc02371 保存状態は良好 Dsc02373 荒川対岸の向こうに寄居の町

 城跡公園を歩いてみると、保存状態の良さはさることながら、その規模の大きさに驚かされました。八王子城、玉縄城、韮山城と並ぶ後北条氏の支城ネットワークの主要拠点だけのことはあります。主郭から荒川対岸に寄居の町、さらにその向こうには鐘撞堂山が望めます。この山には鉢形城の物見櫓が築かれていて、山向こうの上州方面から侵出してくる敵軍の襲来を知らせたそうです。

Dsc02360 藤田善導寺

 さて、北条氏邦は北武蔵に勢力を有していた武蔵七党のひとつ猪俣党から派生した藤田氏に養子入りしたので、藤田氏邦を名乗っています。寄居市街の鐘撞堂山の麓には、その藤田氏の菩提寺である善導寺があります。開山は鎌倉時代後期1297年で、藤田氏、北条氏の庇護を受けて栄えましたが、後に小田原征伐において兵火で荒廃します。その後徳川時代に再建されて現在に至っています。

Dsc02364 百人一首画格天井 Dsc02365 百人一首好きは必見

 この藤田善導寺に所蔵されている文化財に百人一首画格天井があります。これは何かというと、本堂の天井に百人一首の歌と歌人が描かれた桐の板百枚がはめ込まれているものです。これはなかなか見応えがあるものです。あれが清少納言、これが藤原定家、おや菅原道真にこっちが蝉丸だ・・・百人一首好きは首が痛くなることでしょう。

2014年2月 3日 (月)

寄のロウバイ開花情報

 このブログで季節の花々や紅葉を紹介することがありますが、本来は記事を見ていただいた人が、「じゃあ今度の週末にでも行ってみよう」と思っていただけるようなタイミングが理想的なのですが、私の場合どうしても出かけた疲れなどでアップは遅れ勝ちになってしまいます。余りアップが遅くなると「また来年」ということになってしまいますからね。

 今回は珍しく速報として、松田町寄(やどろき)のロウバイ祭の開花情報をお伝えします。2月2日(日)は暖かくなるという予報が大きく外れて、朝から冷たい小雨が降ったり止んだりの天気でしたが、14時頃に雨が上がり薄日が射しはじめたので、近場の寄ロウバイ祭を見物することにしました。

P1110785 ロウバイ(蝋梅)ってこんな花です。

 お祭会場の駐車場に車を入れ、誘導のおじさんに料金を払おうとすると無料とのこと。確か昨年は有料だったような・・・さらに、山の斜面にあるロウバイ林へは急坂を歩かねばならないので、天然児が抵抗するところですが、ジャンボタクシーで送迎してもらえるとのこと。これも無料。いやぁ、至れり尽くせりですなぁ。

 と、思っていたら入口に昨年は見かけなかったテントが。入場料200円也。受付のおじさんに「今年から有料になったんですねぇ」と吹っかけてみたら、「駐車場は無料になったでしょ」と即座に帰ってきました。ムムム・・・やるな松田町。

 入口ではトン汁やうどんなどの軽食を供する食堂や地場産に川魚の塩焼、佃煮などが販売されていました。ゴーヤの佃煮を買ってみましたが、これがなかなかいけそうです。白飯やお酒のつまみに良さそうです。

P1110791 いってみよー! P1110800 甘~い香りが漂います。

 さて、前置きばかりが長くなってしまいましたが、ロウバイ園に突入です。遠くから見上げると、斜面が茶色っぽくて黄色い花が目立たなかったのですが、いやいや、8分咲き以上、ほぼ満開の状態です。会場はロウバイの甘い香りが漂っていました。こんなに見頃を迎えているのに、見物客はポツポツ程度です。訪れた時間が夕方だったことと、朝からの雨で出足が鈍ってしまったのでしょうね。

P1110799 来週もいけそうですよ。

 寄のロウバイ祭は今月一杯開催されるとのことですが、ピークは今週末くらいでしょうか。山間の寄に他の花に先駆けて開花したロウバイを見て、一足早い春を感じてみてはいかがでしょうか。

2014年2月 2日 (日)

風の子天然児足柄平野を歩く

 天然児が小さい頃は容赦なく山を歩かせたのですが、結構大きくなってくると歩かせるのも容易ではありません。登山口での抵抗もさることながら、山道でバランスを崩したりするとこっちまで一緒に倒れてしまうことも多々。プロレス技「蛙落し」のように二人でひっくり返ってしまう場面も。何やかんやで、最近は山を諦めて歩かせる場所を考えています。誘惑の多い街中は、スタートがスムーズなのですが、歩くことに集中してくれませんから、少しでも歩くことに集中できる場所を・・・

 1月19日(日)は晴天の歩行日和。前回、低山歩きをした松田町の酒匂川河川敷に再びやってきました。ここに車を置いて、酒匂川のサイクリングロードを歩いて小田原市街を目指すことにしました。帰りは電車で松田に戻ります。

Dsc02267 VSE50000 Dsc02268 河川敷から望む松田山

 酒匂川に架かる十文字橋を渡って、開成町水辺スポーツ公園の横からサイクリングロードに入ります。河川敷のパターゴルフ場やトラウト管理釣り場も大いに賑わっていました。サイクリングロードですが、自転車は少なめ。むしろウォーキングやジョキング、犬の散歩を楽しむ人が多いようです。

Dsc02275 早咲きの河津桜 Dsc02290 富士、矢倉岳親子をバックに走る小田急

 酒匂川の流れを挟んで対岸にはなだらかな曽我丘陵、右手には松並木の向こうに足柄の山並み、その中でも特に明神ヶ岳の存在が一際大きく感じられます。その明神をバックに小田急線が走っています。新宿から西へ向かってきた小田急線は、新松田駅を出て酒匂川鉄橋を渡ると大きく進路を南に変えて、酒匂川に沿って足柄平野を小田原に向かいます。ちょうどサイクリングロードと平行するので、天然児もご機嫌で快速歩行を続けていました。

 開成駅は昭和60年に開業した小田急小田原線の駅の中で一番新しい駅。一面の田圃だった駅周辺の風景は今や一変して高層マンションが林立しています。富士山や相模湾を間近に望む高層マンションの生活。なかなかいいんでねえの?

Dsc02292 旧堤防上を歩く

 サイクリングロードは酒匂川の堤防上なので、川を見ながら歩くのですが、たまに川から少し離れて田圃の中の1本道を歩くときがありますが、これも昔の築堤の後で、道に沿って松の大木が整然と並んでいます。酒匂川は富士山東麓や西丹沢の流れを集める急流で、足柄平野の土壌を豊かにする一方で、昔から暴れ側として人々を苦しめてきました。そのため築堤の後が幾重にも設けられているのです。

Dsc02299 報徳橋付近から丹沢を望む

 酒匂川に架かる報徳橋付近は小田急線栢山駅付近です。栢山は二宮金次郎こと二宮尊徳出世の地で、おなじみの薪を背負いながら本を読むその姿は、彼が幼少の頃に、栢山村から明神ヶ岳の山麓に柴刈りに通った姿を模ったといわれています。

Dsc02312 遅れる天然児

 報徳橋の辺りで天然児の足取りが鈍くなってきました。お楽しみの小田急線も川から離れてしまって見ることができません。もう少し、もう少しとごまかしながら歩かせましたが、振り返るとずっと後ろで立ち止まってしまうので、今回は小田急線の富水駅でゴールとしました。快晴の冬空の下、松田の河川敷から7kmを2時間。それほど寒さも感じずロケーションも最高のウォーキングでした。

2014年2月 1日 (土)

山行 盛り沢山の低山歩き 松田山・高松山その2

 山北の山上集落高松を歩いています。人口が少ないのは確かでしょうけど人っ子一人見かけません。突然の侵入者の出現に、農家の庭先から番犬に吠え立てられ、牛舎から牛たちが興味深そうに眼差しを向けていました。余り気持ちの良いものではありませんが、集落を通過して尺里峠に出て、そこからこの日2番目の山である高松山を目指します。

P1110613 高松山を見上げる P1110609 集落に咲く水仙

 それにしても、この辺りの農地や山林には廃車の放置が目立ちます。畑の肥やしにもならないでしょうけど、軽トラから外車のカマロまで多種多彩です。長年乗っていた車を手放すとき、とても寂しい気持ちになりますが、そんなときはこのように置いておける場所があると良いですね。こんなのを眺めているだけでも楽しいものです。

P1110606 ご苦労様でした。 P1110607 かつてはブイブイいわせていたのでしょう。

 山北方面から虫沢、寄方面に通じる車道が越えている尺里峠。ここまで来れば高松山の山頂までは1時間はかかりません。緩やかな斜面を越えていくと、杉の並木が迎えてくれました。細い杉ですが、整然と並んでいると見応えがあるものです。樹間から北の寄集落や丹沢の山並みが見えました。

P1110616 尺里峠 P1110623 並木道 P1110618 寄が見えた。

 高松山(801m)の山頂は気持ちの良いカヤトの原で、南は足柄平野を見下ろして、酒匂川の流れを挟んで箱根の山々と対座します。また、西側には富士山も大きく見える好展望から、高年グループやファミリーハイキングで人気の山です。さらに、花の百名山にエントリーしているとのことですが、一般的に「花の百名山」というと田中澄江の随筆ですが、それにエントリーされているのではなく、山と渓谷社が監修でNHKで放送された番組でエントリーしていたとのことです。そういう細かい話はどうでもよいのですが、番組で紹介されたキブシの他にも、スミレ、ミツマタ、桜、菜の花、マユミなど多彩な花々が彩る山です。

P1110631 薄っすら雪化粧した山頂 P1110634 富士山と三国山稜

 後で知ったのですが、3年前の同日に長男、天然児、ババ、長男の友人と訪れ、山頂で震えながらお湯を沸かしてラーメンを食べた思いでの山です。

P1110641 雪の中の分岐 P1110644 ビリ堂の馬頭観音

 下山を開始。一旦西側に下ってみると、北の秦野峠、シダンゴ山方面に延びる尾根道と山北の町に下る分岐点辺りはびっしりと雪が積もっていました。山北方面にジグザグと植林帯の中を下っていくと、水場があって、小さな石仏が置かれていました。ここは「ビリ堂」と呼ばれている場所です。何でビリなのかというと、このルート上には石仏が多く置かれていて、下から登ってくると最後の観音様なので、ビリっけつの観音堂=ビリ堂だそうです。可愛らしい馬を頂いた観音様です。

P1110657 農道に入りました。 P1110665 魔のカーブ

 ビリ堂から下っていくと、間もなく工事車両が行き交うのが見えました。山奥に林道を延ばしているようです。素人の視点で勝手な物言いですが、必要性が?の公共工事です。落ち葉が降り積もった道を30分ほど下っていくと、舗装された農道になって、やがて東名高速道路の真横に出てきました。ここは下りカーブが連続する「魔のカーブ」と言われる場所です。

P1110668 あー行っちゃった! P1110677 振り返ると富士山

 山北町の住宅地に入って高松山入口のバス停に着いてみると、バスはしばらく来ないようです。東山北駅まで歩いて電車に乗ろうとR246を歩き出すと、ああ無情・・・駅の目前で御殿場線が走り去っていきました。そのままR246をしばらく歩いて、さらに酒匂川河畔を歩いて松田まで戻りました。

★コースタイム:3時間50分

松田酒匂川河原13:00→13:25松田山入口→13:55最明寺史跡公園→14:20高松集落→14:35尺里峠

→15:05高松山15:10→15:25ビリ堂→16:05高松山入口→16:50松田酒匂川河原

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