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2014年8月

2014年8月30日 (土)

山行 曇っていても上がっておいで 鍋割山稜

 真夏の丹沢登山は暑い。強い日差しを背に受けて登る大倉尾根はかなりしんどい。日中は雲がかかってきて、午後からはにわか雨も多い。東丹沢ではヤマヒルも元気だ。曇っている山を見上げたとき、山頂での展望がないと思うと帰りたくなるかもしれない。でも、そんな時こそ登ってみよう。思わぬ発見があるだろう。

 8月中頃、小丸尾根(旧訓練所尾根)を上り詰めて、鍋割山稜のど真ん中小丸に出て、そこから一旦塔ノ岳へ。返して鍋割山へ歩いた。

Dsc05866 ここは冥界か・・・ Dsc05864 チミチミ、塔ノ岳山頂だよ

 塔ノ岳山頂は日曜日にもかかわらず空いていた。ご自慢の360度大展望は皆無。真っ白な世界であった。曇っている日ならではの静かな山上。こういう塔ノ岳もあるんだよ~

Dsc05855 鍋割山稜のブナ林

 塔ノ岳から鍋割山稜を歩く。雲に霞むブナの林は何とも幻想的だ。ここでは下界の暑さなんて微塵も感じない。雲中歩きはお肌にしっとりとミストして気持ち良い。ストレスの解消と美肌に効果あり!

Dsc05838 マッカーサー Dsc05842 木星帰りの白子 Dsc05854 誕生! Dsc05836 これも菌類かな?

 ブナ林は多くの生命を育む。ブナの山はキノコの山でもある。

Dsc05887 食前→ Dsc05892 完食!あー幸せ

 鍋割山荘で名物鍋焼きうどんを食す。真夏の鍋焼きなんて、上島竜ちゃんよろしくバラエティーの拷問かと思うが、山上の涼しさには極上のご馳走である。最近では「秘境飯」としてTVでも紹介されて休日は行列の人気らしいが、曇っている日ならではの待ち時間なし。

 そんなこんなで、曇っていてもいいことはある。

2014年8月29日 (金)

あんたが大将!

 天下の上野公園の路上で堂々たるもの。死んでいるのではないかと心配する人も。

140829_124333 VIVA!

 こういうにゃんこを見ると、来世はこれでもいいなと思います。

2014年8月26日 (火)

大山の光る目

 楽しい休日も終わりが近づく日曜日の午後。家でのんびりとしているのも良いが、そのうち逢魔が時、サザエさんシンドロームが襲ってくる。そんなのが嫌で、家を飛び出して大山に駆け上がった。

P1120447 大島、新島、神津島まで
 ヤビツ峠からヒグラシの鳴くイタツミ尾根をチョイチョイと上がって、人気のない大山山頂を暫し楽しむ。誰もいない大山、二人の愛を確かめたくて・・・しようがない。

P1120451 遊星からの物体?

 夕闇迫る尾根道を駆け下ると、突如目の前に光る物体が出現!すわっ、フラットウッズモンスターのお出ましか!?と目を凝らしてみると・・・山中鹿ノ介でした。夕闇と共に餌を求めて山中を歩き回るのでしょう。

2014年8月24日 (日)

長いトンネルを抜けると鱒族の聖域

 越後三山只見国定公園の山深く、会津との国境に人造湖奥只見湖があります。尾瀬を源として、豪雪地帯として知られる越後の山間を流れて、阿賀野川に注ぐ只見川に発電目的の奥只見ダムが完成したのは昭和35年。急峻な只見川の渓谷に満々と水をたたえる巨大な湖が誕生したのです。

 只見川や支流の沢には多くのイワナが生息していましたが、奥只見湖の出現によって個体が大型化し、中には60cm以上の大イワナが確認されました。従来生息していたイワナやヤマメに加えて、ニジマスやサクラマスが湖に放流されたので、奥只見湖は釣り人が憧れの鱒族の聖域となったのです。この釣り人の一人が、釣りをこよなく愛する作家開高健で、開高は銀山平の湖畔に逗留して釣りを楽しみながら執筆活動をしたそうです。

 この奥只見湖へのアクセスとして、魚沼方面から尾瀬の玄関口桧枝岐へ通ずるR352があります。この道は、遥か平安時代末期、平清盛と恋争いを演じた末に都を追われ尾瀬を発見したといわれる尾瀬三郎こと藤原頼国が歩いた道といわれていますが、途中の枝折峠付近はヘアピンカーブが連続する急勾配の難所であるため、かつてダム建設用の資材搬入路であったシルバーラインを利用するのが一般的です。

Dsc05668 長いトンネルを走ると

 シルバーラインは、大湯温泉付近から奥只見ダムまでの全長22kmのうち、トンネル部分が18kmにも及ぶ道路です。トンネルは交互1車線ずつが確保されていますが、古いトンネルでやや狭く、ダンプや観光バスなどの大型車両がすれ違うのは注意が必要でしょう。唯一銀山平への分岐点以外はダム端まで直行する道路です。

Dsc05671 鱒族の聖域だった。
 旅行に来ても朝が遅い家族を宿に残して、早朝のシルバーラインを走りました。トンネルの中は真夏でも気温が10度程度で、快適以上に窓を開けていると震えるような状況です。大湯温泉から20分ほどで銀山平に到着しました。私にとって2度目となる奥只見湖。前回は上越新幹線開業前、上野から在来線特急「とき」で小出まで来て、そこから銀山平までバスでした。シルバーラインのトンネルも覚えていますし、銀山平に泊まって、荒沢岳に登ったり、遊覧船から大きなイワナを見つけた懐かしい記憶が甦ります。

Dsc05680 ブナ林の中に Dsc05677 尾瀬のサブちゃん(その格好でここまで来るのは大変だったでしょう)
 銀山平の湖畔では、朝早くから釣り人がボートを出していました。釣りは早朝が勝負ですから!銀山平という名で想像がつく通り、江戸時代にはここで大規模な銀の採掘が行われていました。当時の銀山平は多くの坑夫が暮らし、それを相手にする遊郭なども建って賑ったそうですが、崩落や出水事故で多くの犠牲者が出たため閉山となって、当時の鉱山は既に湖底に沈んでいます。

Dsc05689 荒沢岳 Dsc05692 雪渓が見えます。

 湖を振り返ると、鋸刃のようにゴツゴツとしたピークが並ぶ荒沢岳がすぐそこに立っています。この荒々しい山に幼いころの自分が登ったことが信じられません。星飛雄馬よろしく父ちゃんに登山のしごきを受けていたのでしょうか??その山懐には、荒沢岳名物の雪渓がはっきりと確認できました。さすがは豪雪地帯です。2千mにも満たない標高でも万年雪が残っているんですから。今ではキャンプ場の駐車場から遊歩道が整備されていて、片道30分ほどで雪渓の下まで行けるそうです。

Dsc05750 尾瀬の燧ケ岳がのぞく

 日中、今度は家族を伴って荒沢岳の雪渓を見に行こうとしましたが、生憎の雨となってしまい、遊覧船で奥只見湖を周遊して帰ることになりました。それでも湖面の水は深く青く、荒沢岳や燧ケ岳も望めてなかなか良かったです。

Dsc05736 鬼ヶ島のような荒沢岳

 荒沢岳。あの雪渓の下で震えた記憶。ああ懐かしや銀山平。懐かしい記憶にひたる親の横で、惰眠を貪る長男がいました。

2014年8月21日 (木)

小千谷でオヤジが錦鯉みて驚いた

 金持ちのステータスシンボルっていろいろあると思いますが、皆さんは何を想像しますか?広大な屋敷、リゾートマンション、高級外車、装飾品・・・日本人なら広い庭、その庭には池があって石の橋や灯篭が置かれている。そして池には彩色豊かな錦鯉が泳ぐ。そんな場面て、映画やドラマのワンシーンで見ますよね。(最近はあまり見ませんが)

Dsc05575 金持ちの象徴!?(右下に人面の個体)

 鑑賞用の錦鯉は、江戸時代末期に出現したそうですが、従来食用として養殖されていた鯉の中で突然変異により色鮮やかな個体が出現していたのを、観賞用に品種改良していったそうです。今では日本国内にとどまらず、海外でも錦鯉のファンが多いそうで、毎年秋に小千谷市などで開催される品評会では、内外から多くのファンやバイヤーが集まるそうです。

 数百万、ときには数千万ともなる錦鯉の価値ですが、要素は三つあって、①鮮明な色彩、②左右バランスの良い模様、③厚みがあってまっずぐな体形だそうです。数千万円・・・重量には自信のある山笑ですが、錦鯉と天秤にかけられたら跳ね上げられてしまうことでしょう。人間の価値よりも鯉の価値が高いなんて!生きとし生けるもの皆平等さ。(と負け惜しみ)

Dsc05572 錦鯉の里 Dsc05581 食えや、食えや~♪

 国内一、ひいては世界一の錦鯉の産地、新潟県小千谷市。市の中心部にある錦鯉の里では、小千谷で育った見事な錦鯉たちを1年中、お金持ちでなくても(笑)観察することができます。施設の中央にある鑑賞池では、数多くの美しい鯉たちが悠々と泳いでいます。園内では餌も販売していて、鯉たちと触れ合うこともできます。「ほ~れ、ほ~れ、とっとっとっと・・・♪」あなたも束の間のお金持ち気分に浸ってみてはいかがでしょうか?

2014年8月20日 (水)

闘牛の山里にアルパカがやってきた

 長岡市山古志支所の駐車場で一息。駐車場にいた公用車の運転手風のおじさんに山古志の見どころを聞いてみると、先ずは支所の中にある中越地震の被災と復興の記録を見ていってほしいとのこと。その他、棚田、闘牛、水没集落などを実に懇切丁寧に教えてくれた。最後に思い出したように「あそこにアルパカがいるから見ていきなよ」と勧めてくれた。支所と谷間を挟んで向かいの斜面にアルパカ牧場があるそうだ。

Dsc05552 山古志に暮らすアルパカたち Dsc05551 つぶらな瞳が何とも可愛らしい

 車で5分とかからないところにアルパカ牧場はあった。牧場というイメージとは程遠いこじんまりしたもので、テニスコート2面ほどの囲いの中に10頭ほどのアルパカがのんびりとしていた。先客が何グループかいて、百円で販売されている餌を与えていた。アルパカはおねだりが上手だ。近寄ってきて真黒な瞳で見つめられると、ついついもう1回餌販売のガチャポンを回してしまう。

Dsc05553 こういう要領のいい奴もいる

 このアルパカは今から5年ほど前に、被災した山古志村の活性化に役立てて欲しいとアメリカから3頭が贈られて、それが有志の手で飼育され繁殖してきたものらしい。のんびりと餌を食べるアルパカの姿は、周囲の山並みに実にマッチしている。元来、南米の山岳地帯の家畜だったアルパカならではなのかもしれない。

2014年8月19日 (火)

中越地震から10年の山古志

 長岡市山古志(旧山古志村)は、山間の傾斜地に耕作される棚田、豊富で清らかな水による錦鯉の養殖、そして角突きと呼ばれる闘牛で有名な山村です。「日本の原風景」として観光PRされたこの村ですが、平成16年10月に発生した新潟県中越地震により被災し、震源地に近いため、人的被害のほか、錦鯉や家畜にも大きな損害が生じました。

Dsc05537 山古志支所の錦鯉

 その後、中越地震も東日本大震災の影に薄れてしまいましたが、魚沼まで行って山古志の名を目前にして行かない理由はないと被災地を訪れてみました。先ず訪れたのは木籠地区です。ここは地震で発生した土砂崩れによって河川が堰き止められて、集落が水没したところです。地元近くにも関東大震災によって生じた震生湖があるだけに、見ておきたい場所でした。

Dsc05529 木籠の水没集落 Dsc05532 家屋、立ち枯れ樹木、そして軽自動車

 高地に通ずる道路から見下ろすと、川面は細いもののその周辺は一面の葦が生い茂っています。その葦原の中に家屋が点在しているのです。葦は堆積した土砂の上に繁茂しているのでしょう。これらの家屋は既に廃屋となっていて、集落は高台に移転して復興が宣言されています。でも、自然を切り崩して営みをしていた人間の生活が、再び自然に帰ろうとしている脅威を感じました。人間なんて地上を支配しているようで、大地の営みの中では小さい存在なんですよ!

2014年8月17日 (日)

越後の出世人

 谷川連峰に端を発して、魚沼地方を貫けて信濃川にそそぐ魚野川。その清流を車窓にR17を北上していきます。上越新幹線も停車する浦佐駅は、奥只見や尾瀬方面への玄関口でもあります。

 駅前で信号待ちをしていると、見覚えのある顔の銅像が駅前に立っているのに気づきました。ああっ!田中角栄さんだよ。

Dsc05465_2 まーこのー・・・

 田中角栄は、言わずと知れたご当地新潟県出身の高度成長期の首相で、貧困で旧制小学校しか出ていないけど、首相まで上り詰めた現代太閤記の様な輝かしい経歴で人気がありました。後にロッキード事件の贈収賄罪で逮捕されたため、ダーティーな印象も強いのですが、当時を知る人からは、日本が一番輝いていた時代にパンチの効いた政治手腕を発揮した名政治家として懐かしまれています。上越新幹線や関越自動車道など、地元新潟県のインフラ整備に多大な貢献があったので、新幹線の停車駅である浦佐駅前に銅像が建てられたのでしょう。

2014年8月15日 (金)

素晴らしき曲線美!

 8月10日(日)、台風11号の悪天候をついて圏央道、更には関越道を驀進。トンネルを抜けると晴天の越州・・・ではなく、どんよりとした空模様の魚沼にやってきました。言わずと知れた米どころ魚沼。美味しいものを食べるぞー!と楽しみにしてきたのも夢のまた夢。関越道上で天然児が暴発して某SAで爆弾処理。かみも長男も私もすっかり食欲を失ってしまいました。

 最初の観光地は六日町。六日町には、上杉景勝や直江兼続所縁の長尾氏の居城坂戸城があります。が、六日町IC近くのスーパーで天然児の下着を買うことになりました(汗)せめて米を食おうやとコンビニでおにぎりを買い、景色の良さそうな丘陵地帯の水田の中に軍馬を停めて、暫しのランチタイムをとりました。向かいのお山はご当地の銘酒「八海山」の由来にもなった越後三山の八海山です。

 六日町はまた、JR上越線と北越急行線の分岐点でもあります。越後湯沢を発して金沢へ向かう特急「はくたか」は、六日町まで上越線を北上し、ここから北越急行線に乗り入れ、西方向転換して直江津方面に向かいます。実は軍馬を停めた田んぼは、北越急行線の線路近くで、六日町を出た列車が大きく西にループを描きながら丘陵を駆け上る(下る)姿を見ることができます。

Dsc05462 八海山をバックに

 荒々しい八海山の山並みを借景に田んぼの中を列車がカーブしていく姿は、何とも言えない趣があります。2両編成の普通電車なら模型のような可愛らしさが。それに対して、編成の長い特急列車だととでも優雅な姿です。折から特急「はくたか」が大きく弧を描いて丘陵を登ってきました。う~む、これは最高のおかずですよ。飯に合う♪

2014年8月10日 (日)

山行 旨味少ない長い尾根道 御正体山その2

 石割山の展望を後にして北東方向へ延びる御正体山への縦走路を歩いていく。カラマツ林の中を歩く道は下草が刈られて歩き易い。道志山塊の山々は送電線が尾根を越えている場所が多いので、点検巡回のために導入路が整備されているようだ。巡回路から分かれると笹薮が生い茂っている場所が多かった。

Dsc05292 約4時間! Dsc05291 ヤマオダマキ
 スポーツ青少年たちの朝は早い。山麓の平野方面から清々しい掛け声が聞こえてくる。このルートは、山伏峠付近までは道志みちことR413と並行しているので、国道沿いの民宿が所有するテニスコートやグラウンドで朝練をしている声が聞こえてくる。山麓の賑わい、山独り…いや、負け惜しみかもしれないが賑わいはある。歩いているとブンブカとアブに大モテだ。これが実に煩わしくて不快である。堪りかねてアチョー!とばかりに空拳を振るう。

Dsc05297 勇壮な御正体山

Dsc05295 歩き易い巡回路 → Dsc05300 笹が… → Dsc05388 いやぁ…
 自然林豊かな縦走路は展望がきかないので、黙々とした山歩きとなったが、たまに大きく崩壊している場所から南に三国や箱根の山々が望めた。序盤戦でこのルート唯一、大きく構えた御正体山の姿が望める場所があった。まだまだ先は長い。この先、山伏峠からのルートと出合った後に奥ノ岳、中ノ岳、前ノ岳と越えていって御正体山に到達するのだ。?奥→中→前という並びだと、逆ルートから歩いていることになるのか。今ではすっかりリゾート地として賑っている山中湖も昔は山中の神秘の湖だったのであろう。

Dsc05303 箱根方面の展望 Dsc05308 可憐な花も
 今更ながら、御正体という山名は実にいわくありげな山名である。この山はその昔マコゼンノ丸と呼ばれていたが、江戸時代末期に妙心上人という坊さんがこの山で修行し開山した。後に上人は山頂付近のお堂に籠って即身仏となられたそうだ。この上人のお姿が「御僧体」と呼ばれ、それが訛って御正体となったのかもしれない。上人が開山した仏堂は、明治の廃仏毀釈で破壊され、あろうことか上人の即身仏は博覧会の見世物にされたという。何とも罰当りな所業である。廃仏毀釈による仏教文化の破壊は全国的に目にするが、当時の大衆心理の浅はかなことこの上ない。ちなみに、妙心上人の即身仏は、今では生まれ故郷の岐阜県揖斐郡にある横蔵寺に奉納されていて、拝観もできるそうだ。いずれ訪ねてみたいものだ。

Dsc05312 空にそびえる黒鋼の… Dsc05317 丹沢の眺望

 山伏峠方面からの道と出合って、奥ノ岳の表示を見た後、送電線の鉄塔のある場所に出た。ここが御正体山へ北に延びるルートでは唯一の展望地で、東に丹沢の山々が一望できた。この方向から丹沢を眺めるのは珍しいことだ。振り返ると鹿留山がズドーンと大きく、左手には石割山と富士山。右手奥には三ツ峠が望めた。

Dsc05327 休憩すると2分で吸血! Dsc05394 チマキ オトシブミ作

 中ノ岳、前ノ岳と比較的なだらかな尾根道を歩いていくが、ブナやミズナラなどの天然林とカラマツ林が混在する樹相である。動物の糞が多いので、カモシカなどの出現を期待したが、空振りであった。展望もなく、華やかな花もなく、動物とも出会えない。山ガールもいない。いるのはブンブカブンブカ…とアブ、ハエ、ブユの戦爆連合。こんなのありかよー!

Dsc05342 アサギマダラ Dsc05366 キアゲハ Dsc05361 ジャノメチョウ

 自問自答を繰り返していくと、ブナやツガなどの大木の下、アサギマダラやアゲハチョウが舞う静かな山頂に到達した。小さな祠周辺では早くもアキアカネが飛び交っていた。誰もいない。いるのはムシムシだけ。チョウとトンボ、「ギィー」と地味な鳴き声はコエゾゼミだろう。それにブンブカ戦爆連合。虫たちと交流を深めて、すっ飛んで来た道を戻る山笑。復路で出会ったグループのリーダーが、「展望もなく、実に旨味のない山ですね」と言った。

Dsc05351 虫と俺 Dsc05356 アキアカネ

 喝!何をいうか!ここは修行の山なるぞ。

 とは言わず、全く同感であった。修行が足りんね。

★コースタイム:5時間30分

石割山登山口6:15→6:35石割神社→6:50石割山6:55→7:40山伏峠分岐→9:10御正体山9:20→10:30山伏峠分岐

→11:15石割山→11:45石割山登山口

2014年8月 9日 (土)

山行 気になるアイツに会いに 御正体山その1

 道志山塊の最高峰御正体山(みしょうたいさん)。日本200名山にノミネートされ、その堂々たる姿は塔ノ岳の山頂からも、地元二宮の吾妻山からも認めることができるので、随分前から気になっていた山である。自宅から登山口までさほど遠くなく、日帰り、半日でも行ける山なのであるが、何年も手を出さなかった。何故なのであろうか?理由などなかろうが。

Dsc01472 塔ノ岳から P1070123 吾妻山から P1010677 高尾山から

P1080530 都留道志線道坂峠付近から

 8月3日(日)。相変わらず計画もへったくりもなく、軍馬は三国峠を越えた。富士山の撮影ポイントとして有名なパノラマ台からは、曇り空ながらも山中湖を挟んで富士山が良く見えた。その右手には御坂の山々、さらに南ア白根三山も見えていた。

Dsc05265 パノラマ台からの展望 Dsc05264 湖面静かな山中湖。中景に御坂山地、遠景に白根山

 山中湖の東側平野地区にある石割山登山口へやってくると、早朝にもかかわらず石割神社参道の石段をサッカー少年たちが上がり下りしている。平野地区のペンションや民宿は、大学のテニスサークルから少年野球、ジュニアサッカーまで、合宿で賑う場所である。夏休み真っ只中。少年たちよ大いに汗をかいて夏の思い出にして欲しい。

Dsc05269 ここから始まる石段上り Dsc05271 強烈なヤマユリの花

 さてさて、おじさんも遠き頂に向かって出発だ。ゴメンナサイよ。ゴメンナサイよ。ちょっとおじさんを通して頂戴。403段の石段をヒーコラ言いながら登りきると、石割神社までは軽四駆も通れそうな幅広い尾根道である。登山道に入ると合宿の賑わいが嘘のように静かだ。そういえば、前回2年前はここを天然児やババも歩いたっけな。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-69ef.html)成長著しい天然児の巨体を引っ張って山を歩かせることはもはや・・・ババも最近は自転車から落車して怪我するなど老いの小道である。そう思うと頬に一筋伝った。

Dsc05276 私はココからやってきた? Dsc05284 富士展望の山 Dsc05288 鹿留山と杓子山は一体

 石割山の山名の由来となった裂けた巨岩が祀られている石割神社を通過すると、両側が背の高い笹薮の急登で、所々は滑りやすくロープが張られている。そうはいっても、山頂までのアクセスは短く、登山口から3、40分で広々とした石割山山頂(1413m)に到達した。いつもは人で賑う山頂も、この日は曇り気味なので独り占めである。ここからの富士山も実に良い。そういえばこの週末は友人一家が富士登山をするって言ってたぞ。ヤッホーッ!これはここだぞー!・・・振り返ると同じ道志山塊の最西端であり、副将格である鹿留、杓子山が目の前に見えた。しばし展望を楽しんでいたが、今回はここが終端ではない。目標である御正体山へのルートはまだまだ長い。(つづく)

2014年8月 7日 (木)

GO GO EAST 2014

 暑くて暑くて、日頃ご愛顧いただいている皆様には申し訳ありません。ネタは用意しているのですが、UPできず・・・

 このたび転勤になり、送別会。

140807_001426 とにかく東へ!

 張り切って日本酒をいただいたところ、う~む、ここはどこじゃ・・・小田原spa

 神のご加護にすがり、何とか酒匂川で拾ってもらって帰宅しました。

 久しぶりに夜風に吹かれて歩きました。

2014年8月 2日 (土)

雷雨明けの珍客

 8月1日(金)の夜、珍しく雷雨がありました。山北のキャンプ場では痛ましい事故も起きてしまいました。雷や増水は怖いですけど、にわか雨の通過後は涼しくなるし、植木に水をやる手間が省けて良いお湿りとなります。

 翌朝、猫の額に出てみるとお客様がいらしてました。

Dsc05257 苔玉とツーショット

 お湿りに誘われてヒキガエルがはい出してきたようです。近づいても微動だにしないので、目に留まりにくいのですが、苔玉のお皿に溜まった水の中で涼しい顔をしていました。

Dsc05259 近づいてもしたり顔です。 Dsc05258 ケロリンフェイス

 この珍客に警戒心を隠せないのがクロちゃんです。遠くからチラ見をしたり、穴を掘って逃げようとしていました。

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