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2014年8月24日 (日)

長いトンネルを抜けると鱒族の聖域

 越後三山只見国定公園の山深く、会津との国境に人造湖奥只見湖があります。尾瀬を源として、豪雪地帯として知られる越後の山間を流れて、阿賀野川に注ぐ只見川に発電目的の奥只見ダムが完成したのは昭和35年。急峻な只見川の渓谷に満々と水をたたえる巨大な湖が誕生したのです。

 只見川や支流の沢には多くのイワナが生息していましたが、奥只見湖の出現によって個体が大型化し、中には60cm以上の大イワナが確認されました。従来生息していたイワナやヤマメに加えて、ニジマスやサクラマスが湖に放流されたので、奥只見湖は釣り人が憧れの鱒族の聖域となったのです。この釣り人の一人が、釣りをこよなく愛する作家開高健で、開高は銀山平の湖畔に逗留して釣りを楽しみながら執筆活動をしたそうです。

 この奥只見湖へのアクセスとして、魚沼方面から尾瀬の玄関口桧枝岐へ通ずるR352があります。この道は、遥か平安時代末期、平清盛と恋争いを演じた末に都を追われ尾瀬を発見したといわれる尾瀬三郎こと藤原頼国が歩いた道といわれていますが、途中の枝折峠付近はヘアピンカーブが連続する急勾配の難所であるため、かつてダム建設用の資材搬入路であったシルバーラインを利用するのが一般的です。

Dsc05668 長いトンネルを走ると

 シルバーラインは、大湯温泉付近から奥只見ダムまでの全長22kmのうち、トンネル部分が18kmにも及ぶ道路です。トンネルは交互1車線ずつが確保されていますが、古いトンネルでやや狭く、ダンプや観光バスなどの大型車両がすれ違うのは注意が必要でしょう。唯一銀山平への分岐点以外はダム端まで直行する道路です。

Dsc05671 鱒族の聖域だった。
 旅行に来ても朝が遅い家族を宿に残して、早朝のシルバーラインを走りました。トンネルの中は真夏でも気温が10度程度で、快適以上に窓を開けていると震えるような状況です。大湯温泉から20分ほどで銀山平に到着しました。私にとって2度目となる奥只見湖。前回は上越新幹線開業前、上野から在来線特急「とき」で小出まで来て、そこから銀山平までバスでした。シルバーラインのトンネルも覚えていますし、銀山平に泊まって、荒沢岳に登ったり、遊覧船から大きなイワナを見つけた懐かしい記憶が甦ります。

Dsc05680 ブナ林の中に Dsc05677 尾瀬のサブちゃん(その格好でここまで来るのは大変だったでしょう)
 銀山平の湖畔では、朝早くから釣り人がボートを出していました。釣りは早朝が勝負ですから!銀山平という名で想像がつく通り、江戸時代にはここで大規模な銀の採掘が行われていました。当時の銀山平は多くの坑夫が暮らし、それを相手にする遊郭なども建って賑ったそうですが、崩落や出水事故で多くの犠牲者が出たため閉山となって、当時の鉱山は既に湖底に沈んでいます。

Dsc05689 荒沢岳 Dsc05692 雪渓が見えます。

 湖を振り返ると、鋸刃のようにゴツゴツとしたピークが並ぶ荒沢岳がすぐそこに立っています。この荒々しい山に幼いころの自分が登ったことが信じられません。星飛雄馬よろしく父ちゃんに登山のしごきを受けていたのでしょうか??その山懐には、荒沢岳名物の雪渓がはっきりと確認できました。さすがは豪雪地帯です。2千mにも満たない標高でも万年雪が残っているんですから。今ではキャンプ場の駐車場から遊歩道が整備されていて、片道30分ほどで雪渓の下まで行けるそうです。

Dsc05750 尾瀬の燧ケ岳がのぞく

 日中、今度は家族を伴って荒沢岳の雪渓を見に行こうとしましたが、生憎の雨となってしまい、遊覧船で奥只見湖を周遊して帰ることになりました。それでも湖面の水は深く青く、荒沢岳や燧ケ岳も望めてなかなか良かったです。

Dsc05736 鬼ヶ島のような荒沢岳

 荒沢岳。あの雪渓の下で震えた記憶。ああ懐かしや銀山平。懐かしい記憶にひたる親の横で、惰眠を貪る長男がいました。

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