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2015年9月

2015年9月30日 (水)

北信実りの秋

 長野市の北、千曲川の流域に広がる平野部には広々とした田園風景が広がっています。彼岸を迎えいよいよ秋本番。水田は稲穂が黄金色に染まり、畦にはコスモスが満開を迎えていました。秋晴れの空の下、広がる水田地帯の先には北信五岳と呼ばれる山々がよく見えています。修験道の道場で忍びの里戸隠山、飯綱大明神鎮座の信仰の山飯綱山、大蛇伝説の残る黒姫山、スキー場などレジャー施設を擁する斑尾山、五岳中唯一新潟県下で「越後富士」の異名の妙高山。日本アルプスのような高嶺ではありませんが、どれも個性派の山ぞろいです。

Dsc04256_2 北信五岳を望む

Dsc04257 コスモスは帽子に似合う・・・

 水田の他に目立つのがりんご畑です。長野県は青森県に次いでりんごの生産量全国第2位、シェア20%を誇ります。真っ赤に色づいたものが目立ちますが、本格的なシーズンはもう少し先、秋深まり冬の足音が聞こえる頃でしょうか。

Dsc04277 りんご畑には・・・

Dsc04260 電気柵が・・・クモは大丈夫なのかな?

 長野全県レベルの名産であるりんごの他にも、土地土地の名産があります。小布施周辺は栗が有名で今は生産の最盛期です。小布施の栗はもっぱら和菓子など加工品に利用されている高級栗です。「高井富士」こと高社山の山裾にはぶどう畑が広がっています。中野市や山ノ内町は長野県下一のぶどうの産地ですが、朝晩の寒暖の差が美味しいぶどうを育てるのでしょう。

Dsc04281 小布施の栗

 秋の実りを目で楽しんできましたが、農家の人にとっては実りの頃は年の繁忙期。遊び歩いている私たちとは対照的に収穫に精を出していました。本当にご苦労様です。収穫された実りを今度は味覚で楽しむ日も近いでしょう。

2015年9月28日 (月)

温泉駅に流れる昭和のメロディー

 善光寺参りの後、長野市街から北進して、黄金色の稲穂が一面に広がる水田や真っ赤に染まったりんご畑を車窓に見ながら、北信下高井郡山ノ内町にある湯田中温泉にやってきました。湯田中温泉は、同町内の新湯田中、星川、穂波、安代、渋、地獄谷、沓野、角間、上林の各温泉と一括りで湯田中渋温泉郷を形成しています。豊富な湯量で温泉旅館の他に外湯も多く、外湯番付では、西の道後と並んで東の湯田中は横綱にランク付けされているほどです。

Dsc04203 湯田中駅前

Dsc04232 外湯「白樺の湯」

 湯田中渋温泉郷の中でも、湯田中、渋両温泉の開湯の歴史は古く、天智天皇の御代まで遡るといわれています。長い歴史の中では、蓮如、武田信玄、真田藩歴代藩主、小林一茶、横山大観、昭和天皇、満州国皇帝溥儀ら、多くの政治家、文化人たちに愛されてきました。近年では、地獄谷温泉にある野猿公苑の露天温泉に野生のサルが入浴する光景が紹介されて、「スノーモンキー」として世界中から注目される観光地となりました。

Dsc04233 夜の温泉地

Dsc04247 お湯は生活にも利用されています。
 また、湯田中温泉は、スキーリゾートとして開発された志賀高原の玄関口として、長野駅から長野電鉄が通じています。長野電鉄は、大正時代に河東鉄道(木島~信州中野~須坂~屋代)と長野電気鉄道(権堂~須坂)が合併して設立され、昭和初期には国鉄長野駅まで延伸され、信州中野~湯田中間が開通して、長野~湯田中間の本線が開業しました。しかし、平成14年には木島線が、平成24年には屋代線が廃止となって、旧河東線区間は消滅して、現在では本線のみの営業となっています。

Dsc04223 湯田中駅に停車中の3500系

 長野電鉄で運用されている車両は、長野~信州中野間に東急田園都市線で活躍していた8500系が、信州中野~湯田中間に営団地下鉄日比谷線で活躍していた3500系の2種類です。後から投入された大型の8500系は、勾配抑制ブレーキを搭載しておらず、急勾配区間の信州中野~湯田中間に乗り入れることができないため、長野~湯田中間の直通運行はしていないそうです。

Dsc04238 スノーモンキー Dsc04239

 特急電車も2種類が運行されていて、小田急線ロマンスカー10000系として活躍していた「ゆけむり」とJR成田エクスプレス253系で活躍していた「スノーモンキー」があります。かつて自分の身近に走っていた車両が、第二の活躍の場を与えられて、今でも元気に走る姿を見れるのは嬉しいですね。

Dsc04201 右手が旧駅舎、左手が現駅舎

 長野電鉄の終点湯田中駅は温泉街の中心にある単線一面ホームの小さな駅です。現在の駅舎の裏手には、レトロな佇まいの旧駅舎があり、現在は湯田中駅前温泉「楓の湯」として利用されています。駅前には足湯もあります。夕方天然児と散歩しているとき、ちょうど3500系普通列車が到着しました。すると、(知らないけど)どこか懐かしい昭和の音色が聞こえてきました。バラ色のあの尾根は遥かな未来 あなたと見つめた高原ホテル 白樺の木立の中を バスが行く行く歌声乗せて ああ麗しの志賀高原~♪列車到着時に流れるこの曲は、西沢爽作詞、古賀政男作曲、唄霧島昇の「美わしの志賀高原」(昭和32年)という曲ですが、志賀高原に向かう人で賑わった往時の湯田中駅が偲ばれます。

2015年9月27日 (日)

武田典厩、川中島に死す

 戦国大名武田晴信(信玄)の弟に信繁という人物がいます。跳ねっ返りで父信虎に疎まれていた兄晴信と異なり、素直で温厚な性格であった信繁は父に愛されて、信虎は武田家の家督を信繁に譲ろうとしていたといわれています。

Dsc04142 武田典厩信繁

 兄の晴信が父を駿河に追放して武田家の当主に就いた後は、精力的に外征政策を行う兄を補佐して、裏方ながら常に冷静な判断・助言を行い、温厚かつ公正な性格は家臣団の人望が厚かったと伝えられています。信濃侵攻においては先手として活躍し、諏訪攻め、高遠攻め、村上攻めなど戦功を積むとともに、占領地の統治に手腕を発揮しました。

Dsc04144 八幡原古戦場で龍虎激突!

 永禄4年(1561年)9月の上杉政虎(謙信)との八幡原の戦い(川中島第四回戦)においては、武田軍は軍師山本勘助の献策した、軍勢を二手に分けて、妻女山に陣取る上杉軍を別働隊が攻め、妻女山から追い落とされた上杉軍を八幡原で武田本隊が迎え討つ挟み撃ち戦法、いわゆる「キツツキ戦法」を容れます。信繁は本隊右翼として八幡原に布陣しましたが、武田軍のキツツキ戦法は上杉政虎に見破られ、上杉軍は八幡原の武田本隊に殺到。乱戦の最中、武田信繁は戦死しました。享年37歳。信繁の死後は武田家中は統一性を欠き、武田家滅亡の一因になったといわれます。豊臣秀吉の弟で早世した秀長の立ち位置に似ています。

Dsc04137 曹洞宗松操山典厩寺

 長野市内、八幡原古戦場の一角、千曲川の畔に典厩寺(てんきゅうじ)というお寺があります。江戸時代にこの地を治めた松代城主真田信之が、川中島の合戦から60年を記念して、両軍の戦死者を弔うために建立したといわれていますが、典厩寺が立つ場所は武田信繁が葬られた場所と伝えられています。寺名「典厩」とは信繁の官職左馬助の唐式の呼称で、信繁は通常「典厩殿」と呼ばれることが多かったようです。上杉軍に討たれて首を持ち去られようとしたところを、家臣たちが「そうはさせじ」と取り返して、兄晴信に届けたといわれています。

Dsc04139 典厩殿ここに眠る

Dsc04133 春は桜が飾ります。

Dsc04138 血なまぐさいスポットも

 典厩寺の境内には、本堂ほか庫裏、信繁の墓とその遺徳を偲んで訪問した昭和天皇や東郷平八郎らの記念碑(樹)、川中島の戦い所縁の品を展示する記念館、信繁の首を洗い清めたといわれる井戸、立派なしだれ桜などがありますが、中でも知る人ぞ知られているのが閻魔堂です。閻魔堂には高さ5m、漆喰造の日本一大きな閻魔大王像が安置されていますが、1860年に松代藩主真田幸貫が川中島の合戦300年を記念して、戦死者の供養のために造られたそうです。

Dsc04135 「ノーモア・川中島じゃ!」

 真っ赤な迫力満点のお顔は、訪れる人々に争いごとを戒めるように訴えかけています。「ノーモア・川中島じゃ!」天然児の心には何を訴えたのでしょうか?

2015年9月26日 (土)

天然児の善光寺参り

 シルバーウィークど真ん中の21日(月)。ババ、天然児の三世代編成にやもめの弟を誘って善光寺参りに出かけました。「牛に引かれて善光寺参り」の逸話がありますが、我が家は「軍馬に鞭打って善光寺参り」です。「五連休なんて混んで仕方ないから出かけるものではない」何て人もいますが、確かに混みましたね。当初、圏央道~関越道~上信道のルートで信州入りをするつもりでしたが、圏央道、関越道の渋滞が酷い予想だったので、東名道~東富士五湖道~中央道~長野道にルートを変更したものの、御殿場市内と中央道で渋滞に捕まって、長野ICまで6時間もかかってしまいました。当初はお昼前に戸隠まで入って名物のそばを食べようと思ったのですが、大幅なプランの修正を余儀なくされてしまいました。

Dsc04180 桧皮葺の本堂は国宝

 長野市内に入ったものの、善光寺周辺の道路は駐車場待ちの大渋滞。エコノミー症候群のババたちを参道近くで下車させて、天然児と駐車場の空き待ちです。やっとこさ駐車場に入れて、嫌がる天然児を引いて境内に駆けつけました。天然児にとっては「牛(のような父)に引かれて善光寺参り」です。

Dsc04168 山門前で人間観察中

 善光寺は644年に創建された歴史のある無宗派の寺院で、天災や兵火などにより度重なる被害を受けてきましたが、江戸時代には「人生一度は善光寺参り」といわれる程、庶民の信仰を集めて、今や長野県内きっての観光名所です。近年では中国政府によるチベット自治区への弾圧に抗議して、北京オリンピックの聖火出発会場としての境内の使用を辞退して、国内外を問わず注目を集めました。今年は数え年7年に1度の御開帳があり、期間中には多くの観光客が訪れたものの、ドローン墜落という珍事もありましたね。

Dsc04174 長野駅まで延びる人波

 それにしても境内は人、人、人・・・参拝者で溢れかえっています。長野駅からまっすぐに延びる参道もお祭り会場の様な混雑ぶりです。男も女も、老いも若きも、欧米系もアジア・アフリカ系も、そして天然児も。人の多さにキョロキョロと落ち着かない天然児ですが、こういう場を体験させることも必要かと思います。そのうち山門の下で特高刑事の様に参拝客に目を光らせていました。誰か探しているのかな?

Dsc04172 オーバーアクションの再会劇

 キャー!突如天然児が人の波に向かって走り出しました。先行していたババが参道を上がってきたんですね。この感動的(当人たちだけの)な再会劇に、周囲の人たちは一体何事かと驚いていました(汗)一見、遠く離れて暮らす孫が、シルバーウィークを利用して久し振りに婆ちゃんを訪ねてきた様な光景ですが、30分振りの再会でこのテンションですからね(笑)1ヶ月前に静かな朝の善光寺を訪れましたが、やはり観光地というものは多少人が出て活気があったほうがそれらしいと思いました。

2015年9月24日 (木)

山行 丹沢ガイドハイクその5 鍋割山

 暑さも落ち着いて山行のベストシーズン到来です。夏季は中断していた丹沢ガイドハイクも再開です。今回は鍋焼きうどんの巻。と言えば、おなじみ鍋割山であります。当初、鍋割山から塔ノ岳までプチ縦走をしようと計画していたのですが、ババが彼岸の墓参りをねじ込んできたので、鍋割山だけの山行になりました。

Dsc04097 訓練所跡の廃墟

 9月20日(日)7時。渋沢駅にY氏、M氏を迎えて、登山口である表丹沢県民の森へ向かいます。シルバーウィークなので林道の縦列駐車もかなり下まで延びているかと思いきや、縦列1番手で駐車できました。

 三廻部林道から西山林道へ。しばらくは林道歩きでウォーミングアップです。二俣では木立の中たたずむ旧登山訓練所の廃墟に廃墟マニアのY氏は嬉しそうです。彼とは廃墟の他、心霊、UMA、車、鉄道、アニメ、セミと何故か話が合うんだよなぁ。

Dsc04099 沢沿いに行っちゃダメだよ!

 林道終点のミズヒ沢には鍋割山荘の水場があります。ペットボトルの水道水をハイカーがボランティアで歩荷するシステムですが、いつも体力あり余るY氏は2本、私は1本、M氏は・・・辞退でした。GT選手権の様なウェイトハンディです(笑)

Dsc04101 ホトトギス

Dsc04105 コフウロ

 登山道に入るとハンディの効果か、いつもは後落しがちなM氏が先行します。どうしちゃったの?タバコやめた?トレーニング積んだ?いえいえ、「早く行かないと鍋焼き売り切れちゃうでしょ」だって。食い気が恐ろしい潜在能力を引き出したようです。張り切りすぎてアクシデント発生!トレッキングシューズの底がはがれてしまいました。どうする引っ返そうか?

 靴底よりも鍋焼きと先へ進みました。後沢乗越で稜線に出たのでちょっと一息。ここからが本番ですよ。尾根道の急登でペースはガタ落ちしますが、お目当てがあるので士気は衰えません。ジグザグ九十九折の上り一片はしんどいのですが、バカ話で盛り上がります。

Dsc04108 お疲れ~

 県民の森から2時間半で鍋割山(1273m)に到着しました。残念ながら西側は厚い雲に覆われて、富士山は雲隠れ。下界もガスって展望はイマイチでしたが、湘南の海岸線や江ノ島、足柄平野、真鶴半島、初島などを望むことができました。時折、雲が日光を遮りますが、風心地よく、多くのハイカーが憩っていました。

Dsc04112 あざみ野の先に湘南の海岸線

Dsc04113 足柄平野と真鶴半島

 山頂到着後、すぐに鍋焼きうどんを3つ注文しました。アツアツの鍋焼きをトレーに乗せて南斜面に腰を下ろします。「ウマイねぇ~」鍋焼きに展望が一味添えて皆大満足です。足元には鹿の糞が沢山転がっていましたが、がたいの割にデリケートなY&M氏は苦笑い。「草しか食ってないんだから」と投げつけてやりました。

Dsc04111_3 し・あ・わ・せ~♬

 お腹は満腹。たっぷり1時間ほど休憩して出発です。鍋割山稜を歩いて小丸に向かいます。ブナ林の合間からは塔ノ岳が間近に見えています。私にとっては年に数回登るおなじみの山ですが、Y&M氏にとっては平成12年夏に職場の山行で登った思い出の山です。

Dsc04115 雲かかる蛭ヶ岳
 思い出の塔ノ岳を二人に踏ませてあげたかったのですが、ババの見えざる手に引かれて小丸尾根を下ります。小丸尾根は上りも下りも易しいルートです。ですが、上りで靴底がはがれてしまったM氏は、下りでは滑ってかなり苦戦していました。

Dsc04128 怪しいタマゴダケ

Dsc04126 さながら味タマ(誕生編)

 紅葉前で花も少ないこの時季ですが、秋はキノコの季節。多種多様なキノコが顔を出していました。その中でも真っ赤なタマゴダケが目を引きます。日陰の森の中にあって、不気味なまでの赤いこのキノコに誰が手を出すことでしょう。でも意外や無毒で食べられるそうですよ。

Dsc04122 アザミの蜜を吸うホシホウジャク

 下りも2時間半ほどで県民の森へ下山しました。皆、喉がカラカラなので、冷たい炭酸を買って乾杯しました。次回は紅葉の丹沢を歩こうと再開を約しました。

2015年9月23日 (水)

秋の始まりもアジ

 9月19日(土)、釣り会の定例会を行いました。船宿はおなじみの久里浜・鈴福丸です。趣向は東京湾浦賀水道の大アジです。最近はメンバーの高齢化が進んで、定例会もなかなか仕立てるほど集まらないのですが、東京湾のアジだけは毎回10人以上が集まるので仕立てられています。食べて美味しい湾アジの魅力と、開催場所が湘南組、房総組の中間点であることが要因なのでしょう。

Dsc02138 やや?いつもより近いぞ

 電車組の到着を待ってのんびり出船です。いつもは一気に浦賀水道のど真ん中に向かうのですが、この日は割と近めの久里浜港外のポイントからスタートです。最近釣れているポイントなのでしょうか。しかし、スタートから2時間は全く当たりがありません。船中を見回しても同じで、上がっているのはベラとかカサゴばかりです。

Dsc02141 カサゴ(丁重にお帰りいただきました)

 スタートから2時間経過した頃、25cmほどの中アジがポツポツ当たりだしました。幹事としてはホッと一安心です。モヤモヤだった船中もたちまち活気が出てきました。釣れだしたのは良いのですが、アジたちの機嫌がイマイチなのか、なかなか針掛りが良くありません。水面まで巻き上げてみるといなかったり、水面で口切ればかり。

Dsc02147 のんびりキビナゴの群れが

 久里浜港外の当たりが遠のいたので、少し南に移動して、金田湾の水深50mほどのポイントで再開です。ポイント移動後はコマセが効いてくるまでの間しばらくの辛抱です。食い気が立っているときは、落としてすぐに当たりがあるんですが、お魚も人間と同様、いつでも食い気があるわけではありません。この日の海は波風なく湖面の様に穏やかな様相。少し潮が緩いし運動不足かな?周囲の海を見回しても、船もばらけていて、良い群れが見つかっていないようでした。

Dsc02148 こんなところが折れるかい?!

 ここで大アクシデント!根がかりしたので竿を煽ったら、ポキン!あれー!豪快な音を立てて竿が折れてしまいました。こういうとき、普通竿先が折れるものですが、何故か手元の太いところが折れていました。握りが強すぎて芯の部分が劣化していたのでしょうか?駆けつけた中乗りさんも「こんな折れ方をするのは40年来初めて見た」と苦笑いです。一番使用頻度の多い愛用のビシ竿が折れてしまったのはショックでした。

Dsc02144 久里浜火発の沖

 船の竿を借りて再開です。借りた竿は、先がしなやかで当たりが取りやすそうでしたが、ちょっと長めで感覚をつかむまでに苦労しました。お昼が近くなった頃、船が少しずつポイントを移動して、久里浜の火力発電所の沖まで来た時に大型のアジが釣れだしました。ようやく時合の到来です。釣れだしたアジは30cmオーバーの大型ばかりで、サバが釣れたのかと思うような強烈な絞込みを見せてくれました。これこそ大アジ釣りの醍醐味です♪あーじゃ、こーじゃと船中沸き立ちます。気がつけばあちらこちらから船が集まってきました。仕立船はちょっと古くて決して装備の良い船ではありませんが、アジのポイントを的中させたのは、大船頭の長年培った感なのでしょう。脱帽です。

 当たりが遠のいて、そろそろ潮時かと思った頃、船頭がサバのポイントに移動してお土産釣りをしてくれました。ほんの2、3流しでしたが、大型のサバが上がってきたので、皆大喜びでした。序盤戦食いが立たずスロースタートでしたが、時合いの入れ食いがあったので、大型中心にアジ28と大サバ1とまずまずの釣果でした。メンバーも個人差がありましたが、10~30代とクーラーの大きさに合った釣果を得ることができたようで、ホクホク顔で終了することができました。アジ会はまだまだ続きそうです。

2015年9月20日 (日)

シケ後の漂流物

 栃木や茨城に水害の被害をもたらした台風18号。被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

Dsc04093 枯れ木も山のにぎわい

 台風や強風で海がシケた後には、海岸にもの凄い量の漂流物が打ち上げ上げられています。その大半は増水した川から海に流れ出た枯れ木や草なのですが、きれいな貝殻や人魚の涙、たまに外国からの漂流物だったり、新品同様の釣具を見つけることもあります。砂浜を歩いてこれらを収集するのもなかなか楽しいものです。

Dsc04080 漂流物に混じってお昼寝です。

 関東や東北に大雨を降らせた台風18号の通過後、五ツ浦海岸にお弁当持参でビーチコーミングにやってきましった。夏休みは終わりましたが、海岸はバーベキューのグループでとっても賑やかです。我が家は砂浜にビニシを敷いてお弁当を食べましたが、砂利が太陽の熱でヌクヌク暖かく、そのまま食後のお昼寝タイムに突入です。ビーチコーミングは何処へやら。

2015年9月18日 (金)

そろそろ家に入りなさい

 夏の間は猫の額でアウトドア生活をしていたロシアリクガメのクロちゃん。お彼岸を迎え、朝晩が涼しくなってきたので、外の生活もそろそろ終わりのようです。6月~9月の間、日が昇れば動き出して、夕方には寝床のエアコン室外機の下に帰る規則正しい生活から、夜更しの長男、かみの晩酌にもつき合わなくてはいけません。

Dsc04064_2 外で食べると美味しいね。

 ヒーターの電気代もかかるなぁ・・・

2015年9月17日 (木)

ジンメンカメムシ IN 野菜サラダ

 新鮮な生野菜のサラダにお好みのドレッシングをたっぷりかけて食べる。美味しいですよね。先日、スーパーで生野菜カップを買ってきて食べてみると・・・

Dsc03300 実かな?
 食べ終わって、あれ?カップの底につぶ状のものが残っています。何かの実かしら?あー!カメムシいるよ。カメムシいるよ。カメムシいるよ・・・何と色鮮やかなカメムシが入っていたんですね。収穫された野菜についていて、ここまでたどりついてしまったのでしょう。当にレタスについた青虫。シラスの中のチビイカを見つけた時のような、小さな幸せ感がしました。

 しかし、ここで疑念が生じます。珍しい模様のカメムシなので、ひょっとして外国産?とすると、この野菜は外国産なのでしょうか。ラベルには「国内産野菜」の文字が。産地偽装となれば許し難い所業です。

Dsc03295_2 ひっくり返すと人面に見えませんか。

 心配ご無用!図鑑で調べて調べてみたら、ナガメという国内に生息するカメムシということが判明いたしました。このお騒がせカメちゃん。頭を下にしてみると羽の模様が人面に見えるんですよ。

 それにしても、今回は口に運ぶ前に気づいたから良いものの、このニガ虫を食べていたらどうなっていたでしょうね。「おじいちゃん。お口臭~い」

2015年9月14日 (月)

ぶどうあります。山猫軒直売所

 今年も巨峰の季節がやってきました。巨峰は天然児の大の好物で、種があろうとなかろうと皮ごといっちゃいます。(渋みがお気に入り?)昔は種なし巨峰というと高級感がありましたが、今では種なしが当たり前になっています。品種改良が進んだのでしょう。天然児に新鮮で甘い巨峰を食べさせようと、我が家では巨峰狩りが毎年の恒例行事になっています。

Dsc03936 甲州街道 Dsc03931 実りの季節

 今年もババを連れてやってきたのは、日本一のぶどうの産地甲州は勝沼。甲州街道が笹子峠から駆け下ったところにあるのが、「ぶどう寺」こと柏尾山大善寺。かのスーパー坊主行基がこの地で修行したとき、夢の中にぶどうを手にした薬師如来が現れたそうで、行基は夢に現れた薬師如来の姿を仏像にするとともに、薬としてのぶどうの栽培をこの地で始めたそうです。甲州ぶどう事始めであります。この大善寺の門前にあるぶどう直売所が我が家の行きつけです。「こんにちは~ぶどうありますか?」・・・

Dsc03938 いらっしゃいませ~ Dsc03939 あ、あのぉ・・・

 奥からヨロヨロと出てきたのは老猫。もうじきお迎えが来そうな齢のようです。年はとっても猫は猫。か細い声でニャ~と甘えていました。しばらく気持ちよさそうになでられていましたが、満足そうにヨロヨロと戻っていって寝てしまいました。あ、あのぉ・・・ぶ、ぶどうはどうなっちゃったんですか?

Dsc03937 種なし巨峰 Dsc03924 今の一番人気シャインマスカット

 「はいいらっしゃい。そこに座って食べていってよ」強面のオヤジさんが登場です。何年か前に初めてこの店をのぞいたとき、このオヤジさんの外見と朴訥な雰囲気に正直「しまった・・・」と冷や汗。でも、人は外見ではありませんね。飾り気はありませんが、売り物のカゴから立派なぶどうを出してくれて、房ごと試食させてくれます。残ったら「車で食べて」と袋に入れてくれるんです。

Dsc03929 手間がかかるんでしょうね。

 天然児もすっかり慣れっこになっていて、いつもは車からなかなか降りないくせに、この店の前に停まると、とっとと降りていってカウンターのど真ん中に陣取ります。オヤジさんも「今年もよう来たな」とばかりに、座った天然児の前に巨峰と近年一番人気のシャインマスカットを出してくれました。遠慮なくひたすら大好物を口に運ぶ底なしの天然児。その様子を見るオヤジさんはどこか嬉しそうでした。天然児のぶどうをひたすら食べる姿ほど生産者冥利につきるものはないのではないでしょうか。

2015年9月11日 (金)

好きな(だった?)あの人とサイクリングデート IN 川越

 天然児がお泊りで朝からいない日。こんな日はかみも私もウキウキくんです。お爺さんは山へ芝刈りに。お婆さんは川に洗濯に・・・ではありませんが、お父さんは山へハイキング。お母さんは友人とお茶をしに。夫婦別行動が我が家の基本であります。

 さて、今回はどこの山に・・・と支度をしていると、かみから「ちょっと待った!」何でも埼玉県の川越市で開催される骨董市に行きたいんだとか。友人がつかまらなかったので白羽の矢が立ったのでしょうけど、思えばこの古女房と二人で出かけるのも何年ぶり。たまには良いかもしれません。

Dsc03899 毎月骨董市が立つ成田山別院境内

Dsc03892 かみ好みの品々 Dsc03893 これは私好み

 川越市内を訪れるのは学生時代以来のこと。当時はR16号をえっちらおっちら、やたら遠い場所に感じられましたが、今では圏央道を使えば1時間半ほど。随分近くなりました。

 川越は荒川と入間川が出合う場所で、土地が肥えてものなりが良く、また水運など交通の要衝として栄えてきました。鎌倉以来、武蔵党の豪族河越氏が本拠を構え、室町時代後期には、関東管領扇谷上杉氏の家宰であるかの太田道灌がこの地に河越城を築き、それ以降は北関東一の城下町として栄えます。

 戦国期に小田原の北条氏が上杉氏からこの城を奪うと、扇谷上杉氏の当主朝定は、対立していた山内上杉氏や古河の足利公方と連合して、河越城を奪還すべく8万と号する大軍で河越城を包囲しました。対する北条氏康の軍は、城兵と援軍を合わせても1万ほどと劣勢でしたが、連合軍の本陣に夜襲をかけて討ち破り、上杉朝定を敗死させて扇谷上杉氏を滅亡させる大戦果をあげました。北条氏が関東の覇者の地位を確立した有名な河越夜戦(1546年)です。

Dsc03910 川越の象徴太鼓楼 Dsc03906 地方銀行の店舗

 江戸徳川の時代になると、江戸の北方を守る城として譜代の大大名が城主となり、「小江戸」と呼ばれ政治、経済の主要都市として繁栄しました。また、徳川三代将軍家光が河越城内で誕生し、春日局に養育された地なのですが、これは意外と知られていません。明治期になっても、埼玉県下の経済の中心都市としての地位は変わりなく、地方銀行が集まりました。その後の戦火も免れて、「小江戸」の町並みは今に残されて、多くの観光客が川越を訪れています。

Dsc03908 小江戸は今日も渋滞中

 川越の古い町並みは、観光資源としてメリットの反面、文化財保護の観点から道路の拡幅や都市整備の妨げとなっているデメリットもあります。このため、市街を訪れてみると、道は狭く曲がりくねっているため方向感覚がつかみにくく、人と車でゴザゴザと混雑していて不快感を覚えるくらいです。また、小江戸の街並みや河越城址、博物館など観光スポットは駅から遠く、かといって、道路と駐車場のキャパシティーがないので、車で乗り入れるとたちまち大渋滞を引き起こします。

 この問題の対策として、川越市が導入しているのが自転車シェアリングです。まあ簡単に言えば、レンタサイクルを今風に言い換えたものなのですが、観光の起点となる駅や郊外の観光駐車場、博物館や街並みなどの観光スポットに、サイクルポートと呼ばれる無人のレンタサイクルの駐輪場が設置されていて、利用者は24時間、利用に応じてどこからでも貸出、返却ができる画期的な制度です。貸出はポートに設置されている端末の画面操作で行うため、市役所OBの管理人のおじさんとあーじゃ、こーじゃやりあう必要もありません。

Dsc03913 このチャリいいよ。おススメだよ。

 能書きばかりになってしまいましたが、実際、自転車をこぎ出した感想ですが、自転車はタイヤが小さく乗りやすく、街乗りには最適です。かみもたいそう気に入って、乗って帰りたいと言っていました。(そのままR16号を走って帰ったら見ものですが)反対に道路事情がやはり欠点と言わざるを得ません。自転車専用の走行帯は比較的道が広い限られた場所にしか設けられておらず、場所によっては車と人の板挟みになって行き場を失います。住宅街の狭い路地に逃げ込んでも、容赦なく車が入り込んでくるので、鼻歌を歌う余裕もありませんでした。自転車専用の走行帯をもう少し整備したほうが良いようです。

 骨董市が開かれている成田山別院、古い町並み、お菓子横丁を巡って自転車を返却し、博物館近くの小洒落たカフェに入って遅いランチ。子供が小さい頃は、チャリに子供を乗っけて住んでいた川崎・多摩地域をあちこちと出かけたものです。注文を待つ間、元カノとそんな思い出話に花が咲きました。

2015年9月 9日 (水)

夏の終わりはアジ

 夏の終わりは久し振りに釣りに行きました。8月29日(土)、行きつけの船宿でライト五目をやろうと思ったのですが、電話してみると親子連れを中心にご盛況だとか。のんびりビシアジでもしてみようと、我が家から一番近い大磯港の船宿与宗丸にお世話になりました。この時期はライトや青物に人が流れるので、ビシアジは比較的すいているのがありがたいです。案の定、右舷の大艫(一番後)が釣り座になりました。右舷はもうひと方だけなので、お祭りの心配もありません。

P1120924 大磯港 

 6時半を過ぎて出船。アオバトがデザインされた灯台を見ながら船は一路西へ・・・あれ東だぞ?アジの定番二宮沖を予想していたのですが、サメが入り込んでいて掛かったアジを総ナメにしてしまうとか。この夏は烏帽子岩周辺にハンマーヘッドが出没して、遊泳が規制されたりもしました。サメが元気な相模湾であります。サメだけにしゃくに障るなぁ。

P1120925 思ったよりも天気が良い P1120926 ポイントは江ノ島沖

 しばし、夏の海をクルージング。空を見上げればどんよりとした雲に覆われていましたが、晴れ間ものぞかせていました。お盆明け以降雨が続いて、風はひんやり秋の様相。夏の海ではありませんよ。雨の予報もあったのですが、炎天下よりはよっぽど釣り日和といえるでしょう。気がつけば江ノ島沖までやってきました。

 江ノ島の南西沖で船はしばらくポイントを探ってアンカーを打ちました。アンカーを打つということは、船頭はじっくり腰を据えて釣らせるつもりのようです。のんびり釣行には願ったりです。水深は60mで、タナは底から3~4mと、これまたセオリー通りの展開で、目を瞑っていても釣れてしまいそう。

 しかし、そう簡単にいかないのが自然てものです。この日は北風がやたらと吹いてきて、小さな三角波が立ち始めました。外房のうねりにも耐えてきた海笑ですが、この小刻みな三角波が大の苦手です。

P1120931 いいアジだ♪

 うっし!いっちょ気合入れてやっか。と1尾ずつポツポツとアジを上げていきます。釣れる味はどれも幅広の美味しそうなマアジです。典型的な食べるための釣りがここにあります。口に針がしっかり掛かっているのはアジの食いが良い証拠。タモは不要。安心して豪快に抜き上げます。ここまで前半はいたって好調な展開です。

 しかし、後半戦はその逆。アジの当たりは続いていましたが、相模湾名物サバの群れが襲来してきました。それでも最初のうちは、「サバ?いいじゃない。2本針に2本アジを掛ければ、サバは食いようがないじゃない」なんて奢る始末。でも、これはアジのタナが水底近くで、サバがそれよりも上層にいた場合。あくまで机上の空論です。サバはアジと同じタナに入り込んできましたからさあ大変!

 たちまちアジは鳴りを潜めて、サバサバ、大サバ釣り大会の始まりです。グ~ルグル、弧を描いてサバが水面に躍り上がります。大きいの小さいのサバサバ。たまにアジがかかるのですが、直後、空針にサバがかかってアジを引っ張り回します。お陰でお口周りのデリケートなアジさん。水面でさようなら・・・抜き上げで口切れ・・・理屈倒れの海笑。

P1120930 お魚美味しくいただきましたよ。海笑さん

 遂には頭にきた海笑。釣れたサバのエラを抜いてカモメの餌付けをする始末。極限の戦場では、しばしばこのようなジュネーブ条約違反の残虐行為が行われます。もし、この地球が魚の支配する惑星になったら戦犯として極刑は免れないでしょう。これ以上語っては罪の塗り重ね。ここいらで私は貝になりましょう。

150829_210305 大きいサバはシメサバが一番♪(上のアジが25cmくらい)

 さて、結果だけ申しますと、アジは21尾でしたが、それでも船中竿頭。それと大きなサバを5尾キープしました。まあ身の回りでご賞味いただく分には十分ですね。でも、最近我が家ではお魚好きの家族が増えたんです。

P1120917 ピーちゃんと P1120919 シュンちゃんです。
 小鳥はとってもアジが好き~タタキを食べると寄ってくる~ピピピピピ~チチチチチ~新鮮だ~ こらー!

2015年9月 7日 (月)

山行 常念猿軍団とクマクマ山 蝶ヶ岳、常念岳縦走その4

 常念岳とはなかなか良い響きの山名だと私は思う。その山名は常念坊という坊さんに由来しているが、その坊さんは人間ではなさそうだ。その昔、有明山に住む八面大王が坂上田村麻呂に討伐されたとき、大王の家来がこの山に逃げ込んだ。それから幾歳月が経ったであろう。山麓の酒屋にボロボロの法衣をまとった髭ぼうぼうの坊さんが酒を買いに来るようになった。五合徳利に五升の酒を注げというので、主人が言われたままにすると、不思議と五升の酒は五合の徳利に収まったという。こんなことが何度かあって、怪しんだ村の若者がこの坊さんの後をつけたところ、坊さんは霧の中に消えてしまったそうな。その常念坊は安曇野の民話なのだが、現在でも常念坊の姿を我々は見ることができるという。田植えの時期に安曇野から常念岳を見上げると、法衣をまとい徳利を下げた常念坊の雪形を見ることができるそうだ。

Dsc03826 山頂の祠 Dsc03833 あれ~今ケルンが動いたような・・・

 山頂を後にすると、すぐに常念小屋方面と前常念岳経由で三股登山口へ下るルートに分岐する。さて、今宵は常念小屋に泊まろうか?それとも下山してもう1日は別のことをしようか?少し立ち止まって迷っていると・・・?ケルンが動いた?!山を彷徨う遭難者の亡霊か、それとも常念坊が酒をご馳走してくれるのか?それは1つではなくかなりの数である。少し(かなり)怖くなった。

Dsc03836 サルだったか Dsc03844 親子のサル

 しばし、呆然とガスの中にうごめくものに目が釘付けになった。しかし、その正体はサルの群れであった。それにしてもここは標高2800mだぞ。随分高いところまでサルが上がってくるものだ。サルの群れは山頂へは向かわず、ハイマツ伝いに少しずつ前常念方面に移動している。松ぼっくりを食べたり高山植物を摘んで食べているらしい。ハイマツの中からボスらしい大きいヤツがちょくちょくこちらを伺っている。親子のサルもいた。足早に母ザルが歩く後を追いかける子ザル。キーキー甘え声がうるさったい。それでも母は知らんぷり。厳しい育て方をしているなぁ。個性あるサルたちを観察していると、いつの間にか自分はサルの群れのど真ん中に。後日、調べてみると、常念山脈では最近サルの群れが稜線まで上がって、高山植物を食い荒らしたり、何と雷鳥のヒナを捕らえて食べているという。雷鳥の姿を見ることができなかったが食われてしまったのか(汗)

Dsc03847 さらばJONEN・・・ Dsc03850 チングルマの綿毛

 子ザルを見たら家に帰りたくなったのか、サルの群れとともに前常念方面に進んでいた。しばらくはハイマツが繁茂するなだらかな山稜を歩いていく。前常念岳まではなだらかな下りであるが、岩の上を渡っていく感じだ。前常念岳の山頂(2662m)は三角点があるだけなのだが、直下に赤い屋根が見えている。これは石室と呼ばれる石を積み上げて建てられた避難小屋である。人気はなく、恐る恐る中を覗くと、以外に中は快適そうであった。でもここに一人で泊まったら、それこそ常念坊の酒の付き合いをせねばなるまい。

Dsc03859 前常念直下の石室 Dsc03860 どなたかいらっしゃいますか~?

 前常念岳から先は、とんでもなく急傾斜の岩山を下っていくことになる。岩の上をピョンピョン渡っていくのだが、傾斜はキツイしたまにゴトンと岩が動くので気が抜けない。下りには自信がある山笑だが、このルートは予想以上に難路である。岩稜を下りきった頃、高年の紳士が単独行で登ってきた。かなりお疲れのようで、「想定外にかかってしまった」とこぼしていたが、これから常念小屋まで行くという。えー!?だ、大丈夫かな?

Dsc03862 岩の上を下っていく Dsc03864 足が疲れてきた。

 岩下りから解放されて、シラビソやダケカンバの樹林に入ると、今度は泥濘との戦いである。平らな場所は必ず水たまりか泥沼のようになっている。パンツの裾はどろんこになってしまい、スパッツを忘れたことが悔やまれた。あっ、樹間から安曇野の平野部が見おろせた。建物の屋根が光っているので下界は晴れているらしい。悔しいなぁ・・・突如今まで黙りこくっていた携帯電話が着信音を上げた。ふざけんなSoftBank!どこの山に行っても繋がらないくせに。近いうちに解約してやるからな。職場からの不在着信通知か?たちまち気分がモヤモヤしてきた。

Dsc03867 安曇野だ・・・ピロリン~♪ 

 標高2207m地点からルートは南に直角に折れて、樹林の急斜面を九十九折に下っていく。かなりの標高差のようで右へ左へジグザグジグザグ・・・こんな長い九十九折は初めてである。足も疲れてきて辟易してきた。ふざけんな!ボケ!携帯の着信も相まってイライラがつい口から出ていた。

Dsc03868 薄暗い森の道、クマさんに出会った・・・

 沢音がだんだん近づいてきた頃、近くの木の枝が不自然に大きく揺れた。あー?ふっと見上げてビックラポン!樹上に真っ黒なかたまり。ツキノワグマがこっちを覗っているではないか!すぐに降りてくる気配はないので、知らぬふりをして足早に離れていく。目を離さない方が良いというが、この場合はこちらが速やかに去ったほうが良さそうである。但し、後方へは120%の注意力を向けておく。ある程度進んで、追いかけてこないと分かったが、恐怖感がこみ上げてきて早足で登山口へ下っていった。

Dsc03877 ホッと一息 Dsc03879 実物はさすがに撮れず。

 三股登山口に下ったときは安堵したが、17時も回って、既に人気のない登山口は動物たちのテリトリーである。決して油断はできない。(が、すっかり安心して気を抜いていたのだが)その証拠に車を走らせてすぐ、道路脇の木から熊が驚いて滑り降りてきた。ホントにホントにホントにホントにクマさんだ~近すぎちゃってどうしよう。可愛くって(?)どうしよう。って、ここはサファリパークか!クマの生息密度が高い山中を、夕方一人で歩くのはクマ牧場の中を呑気に歩いているようなものかもしれない。今回の山行は、カモシカにサル、ツキノワグマまで登場して、北アルプスの豊かな自然を実感できた。

 山麓にある「ほりでーゆー四季の里」で汗を流し、眠気と戦いながらゆっくり家路についた。お花畑に神秘の池、アルペン踊りにサルクマ合戦、山ガールまで。盛り沢山の北アデビュー戦だった。

★コースタイム:12時間15分

三股登山口5:30→5:45登山指導所5:50→7:00まめうち平→9:30蝶ヶ岳ヒュッテ9:35→10:00横尾分岐→

(小休止)→10:25蝶槍10:35→(おにぎりタイム)→13:50常念岳14:00→(サル観察)→14:50前常念岳14:55

→16:15標高2207m地点→17:35指導所→17:45登山口駐車場

2015年9月 6日 (日)

山行 神秘な池とお花畑。そして岩峰に挑む 蝶ヶ岳、常念岳縦走その3

 蝶槍のピークから先は稜線の雰囲気が変わって大きく落ち込みとなる。標高差200mほど一気に下りとなるのだが、蝶槍よりも200m高い常念岳を考えると何とも口惜しい。下った鞍部からシラビソの樹林に入る。たまに進行方向の左手(西)、右手(東)がたまに切れて展望を得られるのだが、左手には相変わらず雲が晴れない穂槍の稜線が見える。右手はというと、本来は松本平の安曇野辺りを見下ろすのだろうが、ガスガス真っ白な世界である。このガスが時折稜線に這い上がってくると、霧雨が降ってくる。来んな!来んなと心で念じながらの歩き。

Dsc03774 山上の神秘なる池をのぞきこむと・・・

Dsc03767 ? Dsc03772 ウパ?

 しばらく標高2400~2500m間ほどの樹林の中を上下しながら常念岳を目指す。毎日のように稜線上は雨が降るので、鞍部は湿地となっていて、澄んだ水をたたえた小さな池もあった。青空を映した水面を覗き込んでみると・・・?オタマジャクシが沢山いるぞ。いや、よく見ると、ウーパールーパーの様に頭部の両側に触覚のようなものが出ているのでオタマジャクシてはない。高山に生息するサンショウウオの幼生のようである。厳しい環境でよく生きていくものだ。

Dsc03756_2 シラビソ林

 この区間では常念岳方向から高年のグループや親子連れが対向してきた。安曇野の一ノ沢、あるいは自分が起点とした三股の登山口から入山して、常念小屋に1泊し、2日目はこの区間を歩いて蝶ヶ岳ヒュッテで2泊目。3日目は三股か上高地に下る、何ともゆったり充実した山行であろうか。常念山脈は穂槍の展望も良いし、朝の展望を拝む機会が2回もあるのだ。自分もいつかは時間に縛られないのんびりとした山行を楽しんでみたい。

Dsc03788 お花畑

Dsc03778 ミヤマシシウド(白)、ヤマトリカブト(青)、ノアザミ(赤)

Dsc03763 オトギリソウ Dsc03764 ハクサンフウロ(右)

Dsc03780 ヤマハハコ Dsc03786 ウメバチソウ

 右手の斜面の樹林が開けて、斜面のお花畑をトラバースする。初夏を彩る可憐な花々とは違って、ミヤマシシウド、ヤマトリカブト、オトギリソウ、ノアザミ、ハクサンフウロ、ヤマハハコ、ウメバチソウ・・・秋の気配が近づく晩夏の花々は、去りゆく夏を惜しむかのように咲き誇っていた。花から花へハチ、アブ、ハエなどの小さな虫たちが飛び回っていたが、汗の臭いに寄るハエたちもうるさったい。あっちの蜜がうまいぞ!

Dsc03789 蝶槍を振り返る

Dsc03815 常念への道 Dsc03807_2 常念版イルカ岩 Dsc03809 お前の命はあと三秒だ・・・
 蝶ヶ岳から蝶槍を経て常念岳へ向かうこの区間は意外と長い。9時半に蝶ヶ岳ヒュッテを出て、常念岳の岩峰を見上げる鞍部に到達したのは正午をかなり回っていた。常念岳の山頂までは岩ばかりの稜線で見通しが良く、山頂が近く感じられる。山頂に立つ人の姿も確認できた。すぐに山頂に立てるだろうとこの時点では思った。

Dsc03812_2 険しく登って Dsc03811 小ピークを巻く

Dsc03818 越えてきた小ピークを振り返る

 しかし、山頂への標高差400mほどの登り返しは実にハードであった。岩登りのような箇所は無いが、山頂に向かう稜線は岩の小ピークがいくつかあって、連なる岩を乗り越えていって頭頂部が近づくと左手に巻く。朝から7時間余り歩き続けて疲労感もあったせいか、ペースはガクンと落ちてしまった。山頂に着いてから食べる予定だったおにぎりとドーナツも、最後の小ピークを越えた山頂直下で食べてしまった。

Dsc03822 ヒーコラ山頂部 Dsc03798 北穂高かな

 おにぎりを食べて多少体力が回復したようで、ヒーコラ、ヒーコラ・・・山頂までは亀のように地道に進んでいった。すると、スローペースを守ったお陰で疲労感もなく、14時前にピラミタブルに岩が積み上がった常念岳(2857m)山頂に到達した。亀のスローな生き方は時として教訓となるものだ。先を急ぐ余り焦りばかりが募ったときは、立ち止まって亀の心になることが大切である。下から見上げた時には多くの人の姿が見えたのだが、自分が到達した時には誰もいない静かな山頂であった。穂槍は相変わらずドロンであるが・・・(つづく)

2015年9月 2日 (水)

山行 アルプス九千尺蝶槍の上で… 蝶ヶ岳、常念岳縦走その2

 蝶ヶ岳(2677m)山頂にある蝶ヶ岳ヒュッテ。大学生らしき若人のグループが出発の準備をしているようで賑やかだ。蝶が刻まれた可愛らしい山バッチを購入して山小屋を後にした。ちなみに蝶ヶ岳の山名は、春先に山麓からこの山を見上げた時に、山頂付近に認められる蝶の形をした雪形からきている。山小屋のすぐ先の小高い地点が瞑想の丘。蓮華座を組んでもいいですか。うむむむ・・・瞑想しても煩悩が次々と浮かんでくるばかり。ダミだこりゃあ~。

Dsc03718 瞑想の丘(背景は穂高) Dsc03732 蝶ヶ岳の稜線

 蝶ヶ岳山頂周辺は礫岩とハイマツが広がるなだらかな稜線で、北アルプスの高山を縦走しているというよりは高原を散策しているようだ。また、常念山脈は梓川を挟んで槍穂の稜線と並行しているため、槍ヶ岳から大キレット、北穂高、涸沢岳、奥穂高、前穂高にかけての槍・穂高連峰の核心部を一望できる最高の展望台である。蝶ヶ岳に至るまでに対向してきた下山者たちが皆満足気な笑顔を見せていたのも、朝の展望がよほど素晴らしかったのであろう。

Dsc03722 穂高は雲の中と思いきや・・・ Dsc03723 あっ、奥穂高みっけ!

 しかし、今はどうだ。幸いこちらの稜線にかかっていた雲は晴れたものの、梓川の対岸は、屏風岩や涸沢辺りは認められるが、槍穂の稜線には雲がかかっているではないか。時折、雲間から奥穂高、北穂高などのピークが見え隠れしている。北穂高を写真に収めようとすれば雲隠れ。おっと、今度は奥穂高が見えている。と、モグラ叩き状態である。

 時間は10時。この頃になると稜線を蝶ヶ岳方面に向かって来るグループは多い。前夜、常念小屋に泊まって常念岳から縦走してきたグループと、梓川の上流部、槍沢と涸沢が合流する横尾から稜線に登ってきたグループに分かれるようだ。特に大学生のグループが多い。皆爽やかな笑顔で挨拶を交わしてくれた。山にかける青春。学生年代はオタク街道まっしぐらの山笑。今思えばこうありたかった。

 そうこうしていると、ややや、今度は山ガール3人編成がやって来たぞ。それもかなり若いなぁ~女子高生かな?こうなると黙っていられない山笑。どこから来たの?どこへ向かうの?と下界では不審者として警察にしょっ引かれるような発言も、山の上では心配ないさ~~~(この話を帰宅して家族に話したところ、変態扱いされて夕膳が冷たい空気になった)山ガール分隊を見送る山笑。しかし、妙に先に急がねばならない気がした。「かみの見えざる手」が耳を引っ張ったらしい。

Dsc03738 旧蝶ヶ岳のピーク Dsc03750 山人憧れの槍ヶ岳

 横尾に下る分岐点を過ぎて、旧蝶ヶ岳山頂(2665m)と呼ばれる三等三角点のピークを越えていく。平成に入って間もない頃までは、この地点が蝶ヶ岳の山頂とされていたらしい。この旧山頂部を通過していたときに、槍ヶ岳方面の雲が一時的に取れて、槍の穂先がよく見えていた。とりあえず拝めて良かった。

 この旧山頂を越えると、今までの稜線とは違う尖ったピークが出現する。これが蝶槍と呼ばれるピークである。本家本元の槍ヶ岳の周辺には、この蝶槍や涸沢槍など本家になぞらえた尖塔がいくつかある。実は槍ヶ岳への山行を諦めて蝶~常念の縦走に変更した訳がここにある。槍は槍でも蝶槍なのだ。これでいいのだ!

Dsc03744 蝶槍だ。

 そして蝶槍のピークに立つ。アルプス九千尺 蝶槍の上で アルペン踊りをさあ踊りましょう♪アルペン踊りってなんだろう?まあ形式にはこだわらず・・・さあ皆さん。お手を拝借。パパンがパン パパンがパン 誰が殺したククロビン~ 誰が殺したくククロビン~♪槍の穂先でやりたかったククロビン音頭を蝶槍で実践。

Dsc03745 蝶槍の上でククロビン音頭をさあ踊りましょう♪

Dsc03748 アホー アホー

 鳴いてくれるなホシガラス。調子が乗ってきたところで次(常念岳)行ってみよー!(つづく)

2015年9月 1日 (火)

山行 北アルプスデビュー戦 蝶ヶ岳、常念岳縦走その1

 山笑の北アルプスデビュー戦。いきなりの本丸狙いで上高地から1泊2日で槍ヶ岳を目指すつもりで出陣した。しかし、前泊車中泊の道中、温泉やら鉄道やら寄り道してしまい、おまけに下界は小雨模様の天気ですっかり心が萎えてしまった。これがホントの投げやりである。

 そうは言っても、「槍に行ってくる!」と勇んで家を出てきたからには、「温泉と電車見て帰ってきちゃった。アハハー」では何とも体裁が悪い。それどころか「何自分だけ温泉旅行を楽しんでんだ!」と非難されるであろう。これは何としても山には登っておかないと・・・

Dsc03629 三股登山口

 8月24日(月)。安曇野烏川渓谷の奥にある三股登山口にやってきた。この登山口は北アルプス入門の山といえる常念岳、蝶ヶ岳の登山口になっており、松本平から車のアクセスが良いため夏山シーズンには臨時の駐車場が設けられるほどの人気である・・・が、さすがに夏休みも終盤、お盆も過ぎた平日は駐車場もガラガラ。10台ほどが停まっているばかりであった。

Dsc03633 駐車場から20分歩いた指導所

 前夜は雨音を聞きながら眠りについたが、今朝は雲が多いものの雨は上がっている。予報はいま一つだが山の天気は下界とも違うだろうし、とにかく登ってみよう。5時半に駐車場を出発。沢音を聞きながらしばらく未舗装の林道を歩くと入山届が置かれた三股登山指導所に着く。初めての山なので書いておこう。入山届の記入時に岐阜の多治見から来たという単独行の方と話したが、「ああ、暑いところですね」という私の反応に「皆さんそう言いますね」と苦笑い。多治見とか館林、熊谷というところは夏の猛暑を語る上ではすっかり代名詞として定着してしまっている。

Dsc03635 常念岳と蝶ヶ岳。決めるのはあなた! Dsc03639 本沢

 指導所の先で常念岳と蝶ヶ岳方面に分岐する。今回は先ず蝶ヶ岳を目指して、常念岳へ縦走して三股に戻る三角ルートである。地図上では歩程15時間のコースタイムなので、途中疲れたら常念小屋に泊まることも考慮しておく。

Dsc03644 ゴジラの木 Dsc03646 火まで噴いてます。

 沢沿いの道から離れていきなり迎えてくれたのが、このルートきっての名物「ゴジラの木」である。登山者が石を口の部分に牙状にはめ込んでなかなか様になっている。自然と人が共同で創作した微笑ましい森の芸術作品といえよう。

Dsc03647 カラマツの道 Dsc03669 煙るシラビソ林

Dsc03640 トリカブト・・・おひとつ如何? Dsc03642 シラネセンキュウ

Dsc03641 サラシナショウマは試験管掃除向け?

 蝶ヶ岳へ向かうルートの前半は、樹林の中を九十九折りに標高を稼いでいく道である。周辺はカラマツ、シラビソ、ツガなど針葉樹林帯で北アルプスらしいというべきか。丹沢など自分にとって身近な山行で見慣れたブナの森とは雰囲気が違う。根元には笹が生い茂って、ヤマトリカブト、サラシナショウマ、シラネセンキュウなどの花が咲いていた。初夏を飾るゴセンタチバナなどは真っ赤な実をつけていた。

Dsc03657 稜線が見えた。 Dsc03663 泥濘の登山道

 天気はそれほど良くはなく、時折ガスが立ち込めてくるが、そうかと思えば突然日が差し込んできて、木々の間から前常念岳や常念山脈の稜線が見えたりもしていた。雲が稜線に上がっているようだ。西に向かうルートが南に折れると、間もなくまめうち平と呼ばれる小広い場所に到達した。ここで最初の下山者と出会ったが、早朝の蝶ヶ岳山頂からは槍穂の山並みが素晴らしかったと聞いた。

Dsc03667 きのこの山 Dsc03675 どら焼きみたい♪ Dsc03677 枯れ木に咲いた花のよう

Dsc03674 糸くずのようなサルオガセ

 まめうち平からしばらくは緩い登りであったが、平坦地には水たまりができていて通行に難渋した。湿気が溜まりやすい場所なのか、花よりもキノコなど菌類が目立つし、木の枝からはサルオガセが垂れ下がっていた。

Dsc03703_2 花の小道 Dsc03681 キヌガサソウ

 蝶沢の源頭部を渡ると、再び稜線への急勾配となる。この辺り多くの下山者が次から次へと下りてきた。中高年や山ガールのグループが多く、男は少なめ。そう。今日は平日なのだ。どの方も明るい笑顔をたたえている。稜線で素晴らしい展望を堪能してきたらしい。

Dsc03655 赤い鳥小鳥♪ Dsc03693 なぜなぜ赤い♪ Dsc03697 赤い実を食べた♪

Dsc03701

 樹林がシラビソからやや低めのダケカンバになってくると、稜線が近づいてきたらしく明るくなってきた。下山者が途切れた頃、本降りの雨となった。意地悪なお天気である。レインウェアを着込んで再出発。突如、目の前に小型のカモシカが出現した。団体さんが通過してホッとしたところの意表を突かれたようで、慌てて茂みに突っ込んでいった。残念。

Dsc03711 稜線のお花畑 Dsc03712 ハクサンフウロ Dsc03685 ノアザミ

 三股登山口から4時間。蝶ヶ岳と大滝山の分岐点に当たる稜線に到達した。登山道が良く整備されていたので疲労はほとんど感じなかった。雨が降ったり止んだり。突然雲が晴れて眩しい日差しと青空になる。その下には素晴らしいお花畑が広がっていた。5分も歩くと蝶ヶ岳(2677m)の山頂に到達した。まだまだ歩けそうだ。(つづく)

Dsc03714 蝶ヶ岳山頂

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