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2015年10月

2015年10月30日 (金)

山行 ガイドウォークは箱根に 箱根外輪山縦走

 Y氏、M氏を誘っての月1山行。10月24日(土)は、丹沢を飛び出して箱根の山を歩きます。箱根登山鉄道の終点強羅駅を起点に、外輪山縦走路に登り、明神ヶ岳から金時山へ縦走して、南足柄の地蔵堂へ下山する良いとこ取りのルートを歩きます。おなじみの丹沢と違って、箱根の山の魅力を二人に紹介できるかどうか?ちょっと心配ですが、案ずるより登るが易し。それでは行ってみよー!

 箱根の山は天下の険 函谷関もものならず♪真っ赤な登山電車が箱根湯本駅を出発します。が、車内にM氏の姿はありません。彼から届いたメールによると、なんでも、地元駅でパスモにチャージしようとしたところ、パスモが機械に飲み込まれて出てこなくなるアクシデントに見舞われたとか。とりあえずスタート地点の終点強羅駅に先行することにしました。

Dsc04597 65歳の老兵モハ1形

 鉄道車両好きのY氏は、昨年箱根登山鉄道にデビューした3000形「アレグラ」号を期待していたようですが、最古参のモハ1形で強羅を目指します。でも、途中の上大平台信号場で「アレグラ」と交換しましたので、間近で見れただけでも良しとしましょう。朝の登山電車は観光電車ではなく通勤電車の様相。出山鉄橋など観光ポイントの解説もなく、ズンズン山を登っていきました。

Dsc04599 強羅駅でM氏待ち

 朝の強羅駅の乗降客は少なく、早雲山に向かうケーブルカーに乗り換える人もほとんどいません。早雲山まで行っても、先のロープウェーは未だ火山活動で普通となっているため、ケーブルカーも閑古鳥なのでしょう。プリキュアな女子駅員さんがケーブルカーの改札にたっていたので、ちょっと引力が働きましたが、初志貫徹!山を目指しましょう。幸いにして、M氏は次の電車で上がってきました。9時過ぎに30分遅れてのスタートです。

Dsc04601 強羅駅付近からの外輪山

 標高541mの強羅駅から温泉街を抜けて、明神ヶ岳の登山口の宮城野橋まで標高差100mの下りとなります。早川の谷間を挟んで正面には、これから登り返す明神ヶ岳ほか外輪山の稜線が見えていますが、下った分は登り返さないといけないので、何とも言えない無常観を覚えます。

Dsc04606 ヤマアカガエルさん、冬眠はまだかい?

 宮城野橋でR138を渡って住宅街を抜けると、外輪山の尾根まで別荘地の中を真っすぐに延びる登山道に入ります。休日の朝ですが、どの別荘もシャッターが下りてひっそりとしています。私なら毎週末は箱根で過ごしますけどね。首都圏から近い箱根でもこの状態なら信州や那須辺りの別荘はどうなるのでしょう。持て余して後悔している人もいるんでしょうね。

Dsc04608 外輪山縦走路

 貧乏人の僻みはそれほどにしておいて、急登を黙々と登っていくと明るい外輪山の尾根筋に到達しました。自分は今まで、箱根外輪山には外側から緩やかで長い登山道をのんびりと登ってきたのですが、内側からだと距離が短い分急登でちょっとキツかったですね。ここまで強羅駅から1時間半かかりました。

 縦走路まで登ってしまえばこっちのもの。しばらくは展望を楽しみながら、なだらかな尾根道を延々と歩くルートです。10月も下旬になったというのに、明神ヶ岳周辺の尾根道は色とりどりの秋の花々で賑やかでした。

 白い花は・・・

Dsc04614 リュウノウギク

Dsc04650 ウメバチソウ

 青い花は・・・

Dsc04635 リンドウ

Dsc04632 マツムシソウ

 黄色い花は

Dsc04638 アキノキリンソウ

Dsc04651 コウゾリナ
 その他、ヤマラッキョウ、ヤマトリカブト、アザミなどが咲いていました。その中でも、メンバーが食らいついていたのはヤマトリカブトです。(本当に食らいついたら死んでしまいますけどね(笑))昔、トリカブト殺人事件ってあったよね!

Dsc04625 ちょっと待って、ちょっと待ってお兄さん!

Dsc04615 神山(中央左)と大涌谷

 やがて左側が崩落地となって大きく展望が開けます。スタートした強羅駅とは反対に、強羅温泉郷を挟んで箱根連山の中央火口丘である神山と駒ヶ岳。神山の中腹にある大涌谷の噴煙もよく見えて、ゴーゴーとジェット機のような噴出の音が聞こえていました。

Dsc04629 金太郎子抱き富士

Dsc04634 明神ヶ岳山頂

 行く手に頭を天に突き上げた見栄えの良い金時山と、その後ろに大きな富士山が重なった「金太郎子抱き富士」が見えてくると、間もなく明神ヶ岳(1169m)の広々とした山頂に到達しました。山頂では多くのハイカーが休憩していましたが、我が一行は「金時山でお昼にしよう」と士気旺盛で、先を急ぐことにしました。(つづく)

2015年10月28日 (水)

仲良しさん

 我が家のお茶の間を所狭しと飛び回るピーちゃんとシュンちゃん。狭い世界ですが、玄関が開いていても、窓が開いていても、外に飛び出すことはありません。時折、窓の外にスズメやヒヨが飛んできても、大空に憧れることもなく二人の生活に満足しているようです。

Dsc04715 愛らしいね

 ときに強烈なつっ突き合いを見せることもありますが、並んで毛づくろいをする姿は何とも癒されますね。我が家もあやかりたい・・・?でも、この二人、オス同士なんだよね。

2015年10月25日 (日)

忘れられないあの熱さ

 月1回。これがかみから許された釣行の回数なのですが、先日の五目の暑さが忘れられず、今月2回目の釣行です。「寒い時期は行かないから」と口上をたれたものの、疑念は晴れていないようでした。実は今回の方が先に決まっていて、前回は気まぐれて行ったんですけどね。

Dsc02184 イソップ!あのライジングサンが見えるか。

 南方に大きな台風がのんびりと北上していたので、今回はどうかと思ったのですが、小笠原から東にそれていったので、無事出船です。港前はうねりが打ち寄せていましたが、沖に出てしまえばいたって平穏な海上でした。むしろ北東からの風が寒かったのですがね。

Dsc02194 二宮吾妻山

 今回も大磯沖の水深50m程のポイントでスタートです。開始後間もなく、ギュンとしたアジの当たりが出てくれました。竿がやや胴調子の柔らかいものなので、アジの引きでもきれいな弧を描きます。「大物だね」と隣人に言われますが、さにあらず。アジですよ。序盤戦から25~35cmの良型のアジが連発です。体高もあって美味しそう♪

Dsc02191 アジ、アジ好調です♪

 前回は五目らしくイシダイやイナダが顔を出してくれたのですが、今回はアジ・アジ・アジ・・・良型なので嬉しいのですが、釣り人は欲深なもので、「たまには他の魚が釣りたいな」何て声がチラホラ。そのうちコマセに釣られてサバやソーダが入り込んでくると、我がチームは高年齢・・・後期高齢者が主流なので、力負けして祭る祭る。お隣同士、3人、更には反対側と、船上大フィーバーで船頭さんはイライラ、中乗りさんは大泣きです。その後、お邪魔虫が入り込むとポイントを小まめに変えながらの釣行になりました。

Dsc02187 おこぼれを狙うちゃっかり者

Dsc02193 ポジションは常に狙われています。

 中盤から終盤戦は、アジの当たりが遠のいてしまいましたが、イトヨリ、アマダイなど底物が顔を出します。お隣さんはお祭りの最中、竿先が折れるは、道糸を何十メートルもロスするは、アクシデントに見舞われましたが、アマダイを数匹釣り上げていました。さすがアマダイ名人!

Dsc02188 釣り歴数十年のベテラン揃い

 私も負けじと気合をいれると、おっ!かなり強烈な引きと重量感です。ハタか?ヒラメか?イナダか?水面に平たく茶色い魚体が見えたので、ヒラメだ~~~~~!と思いきや、あ?上がってきたのは鳥のように羽ばたいています。そう、エイくんでした。このエイくん、可愛い顔して尻尾に強烈な毒針を仕込んでいますから要注意です。お隣さんは海蛇かウツボか微妙なのが釣れて、逃がしてみると水面を蛇のようにくねって泳いでいます。ありゃあ海蛇だ。こういう危険種の登場も刺激になって楽しいものです。

Dsc02200 旗の下に漁礁が沈んでいます。

 最後は平塚港前の漁礁を狙いましたが、中乗りさんや同船の釣りガールがイナダを上げただけで、我々は反応なしのちょっと寂しい終わりでした。そうは言っても、良型アジが40尾と好釣果でした。その他サバ2とイトヨリ1。あれ?五目に至らなかったかな。いえいえ、お帰りいただいたエイくんと小ダイがいましたので、五目は達成されていました。

2015年10月22日 (木)

霧の五千尺 尊猫との出会い

 塔ノ岳の山頂に野良猫が出没しているのは、山屋の間では随分前から話題になっていた。私にとって、塔ノ岳は年に何度も山頂を踏む山なのだが、その猫にはまだ会ったことがなかった。山頂にある尊仏山荘には飼い猫がいるのだが、その猫ではなく、山頂周辺を根城にしているらしい。

Dsc04389 山頂はガスの中

 朝からガスガスの山頂。いつもは多くのハイカーで賑わう塔ノ岳の山頂だが、こんな朝はまばらである。展望を得られず残念な半面、静かな山頂の雰囲気を楽しんでいると・・・ニャァ~・・・出会いは突然やってきた。気がつけば私が腰掛けているすぐ傍らに白い大きな猫がいるではないか。

Dsc04388 ワッ!いつの間に?!

 野良猫は本当にいたのだが、よくもまあ標高五千尺(1500m)の山頂までやってきて住み着いたものだ。ハイカーからのおこぼれに預かっているのであろう、餌に困っていないことはよく肥えた体格が物語ってる。しばらく物欲しそうに鳴いていたが、別のハイカーが姿を現すと薄情にもさっさと離れていった。

Dsc04385 尊猫と名づけよう

 やれやれとパンを食べ始めると、ニャァ~・・・いつの間にか傍らに舞い戻っていた。実にしたたかな猫である。いや、それが猫であろう。さすがに見られてしまっては一人では食べづらい。根負けしてパンを少しちぎってしまった。この猫、名前がないようだから、塔ノ岳の旧称「尊仏山」にちなんで「尊猫」と呼ぶことにした。

2015年10月21日 (水)

水と紅葉を求めて

 山の湧水を汲んできて、その水でお茶を沸かしたりご飯を炊いたりすると美味しく感じられます。ポリタンクやペットボトルを車に積んでおいて、ドライブや山登りのついでに汲んでくると、これが良いお土産になります。

Dsc04590 護摩屋敷の湧水
 丹沢周辺にはこのような湧水が何箇所かあるのですが、車が横付けできる人気の水場では、ペットボトルを何十本も積んできて汲んでいく人をよく見かけます。また、休日には汲み待ちになる場合もあります。早朝や夕方は空いていますが、さすがに夜間はねぇ・・・

Dsc04592 札掛も少し色づいてきました。

 秦野から宮ヶ瀬に通じる県道70号のヤビツ峠を越えたところにある護摩屋敷の水は、我が家が愛飲している湧水のひとつです。水量も多くて汲みやすく整備されているありがたい水場です。
Dsc08265 中津川上流の紅葉(昨年11月)
 宮ヶ瀬に抜ける県道70号のドライブは、これからの季節、日に日に紅葉も色づいていくのでお勧めです。でも、道幅が狭いうえ見通しが悪く、バイク、自転車も多いので、くれぐれも運転にはご注意ください。

2015年10月17日 (土)

秋風吹くも海の中はアツイぜ!

 三連休の最終日は、思わぬ頭に白を頂いた富士山を見ながらの釣行となりました。今回はライトタックル五目です。今までの経験上、秋は気温に比して水温が高く、魚の活性が高い時期ですので、多彩な魚を狙う五目釣りにはもってこいのシーズンだと思います。平塚港から出た船は一路西へ向かいます。湘南平や高麗山など大磯の裏山の背後には、丹沢の山並みがはっきり見えています。こりゃあ山に行っても良かったかな(笑)

Dsc02164 大磯丘陵

 スタートは大磯港沖。このポイントは水深30mほどで、根回りにつくアジを狙いますが、イシダイやハタ、メバルなどの根魚が混じります。序盤戦から20~25cm程の良型アジがポツポツ顔を出してくれました。何れも一番下のオキアミがついた食わせ針に食ってきます。これでは面白くないと、小エビが踊るようなイメージで、小刻みに誘いをかけてウィリー針が常に動いているようにしていると、突然強烈な絞込みがありました。明らかにアジの当たりとは違います。きっとアイツだな・・・

Dsc02160 ジャーン!

 水面に躍り上がったのは30cm程のイシダイです。イシダイのような根魚が交じると五目らしさを感じられて俄然やる気が出てきます。

 半ば過ぎまでは、大磯沖水深40~60mのポイントを移動しながらポツポツとアジを釣っていきます。秋は青物が元気な季節。アジを釣っているとすぐにサバやソーダガツオの群れが寄ってきて、船上はお祭り騒ぎになります。ビシアジでサバが掛かると、お祭りしないように電動リールで一気に巻き上げてしまいますが、ライトタックルでは一苦労。3本針に3尾ついたときにはそりゃあもう・・・小さなサバやソーダはお帰りいただきますが、大きなサバは脂がのってアジ以上に嬉しいかも。

Dsc02161 丸々太って美味しそう♪

 青物でも年中釣れるアジサバの他に、この時期ならではの嬉しいゲストはイナダです。言わずと知れたブリの若魚です。ブリは早春に産卵して、モジャコと呼ばれる稚魚は流れ藻について甲殻類などの小動物を捕食して成長します。夏になるともを離れて泳ぎ回り、イワシなどを活発に捕食して成長は一気に加速します。1年でワカシ(40cmまで)、2年でイナダ(60cmまで)、3年でワラサ(80cmまで)、4年でブリに成長します。相模湾では、真夏に30cm程のワカシが釣れだして、これが秋口には4、50cmのイナダに成長します。イワシを食べまくったイナダは、丸々と体高もあって、釣り味、食べ味ともに抜群です。

Dsc02163 カマスもよく釣れました。

 中盤から終盤戦は、東に少しずつ移動しながら平塚~茅ヶ崎沖のポイントを狙います。砂泥のポイントではアマダイやイトヨリが混じります。アジサバの他にこの日元気だったのがカマスです。体長2、30cmのアカカマス、ミズカマスは干物にすると最高です。でも、カマスは歯が鋭いので針を外す時にはご用心。ハリスもすぐ傷んでしまいますし、ハリス切れも頻繁です。仕掛けが勿体無いなぁ。

Dsc02175 江ノ島と烏帽子

 平塚沖には人口的な漁礁もあって、アジやカマスが回るようですが、マダイやハナダイが寄るみたいです。この日最後のヒットは良型のハナダイでした。

Dsc02179 やった♪

 お昼過ぎに沖上がりとなりましたが、アジは大中小混じりで15、カマス11、大きいサバ数尾をキープしました。目玉としてイシダイ、ハナダイ、イナダが2がお土産となり、その他にイサギ、イワシ、ソーダ、ベラ、フグと多彩な顔ぶれでした。船中ではハタやアマダイ、イトヨリ、カワハギなど高級魚も顔を出したそうです。秋半ば、秋風が肌寒い時期になりましたが、海の中はまだまだ熱いようですね。

2015年10月16日 (金)

祝 初冠雪の芙蓉峰

 10月三連休の11日、富士山が初冠雪したそうです。平年より11日遅く、昨年よりは5日早い初冠雪とのことですが、その姿をどこの山から望めるか楽しみにしていたのですが・・・

Dsc02159 何と、海上からでした(笑)

 翌朝12日は釣りに行ったのですが、実は初冠雪のニュースをノーチェックだったので、驚きましたよ~!感動しましたよ~♪やっぱり富士山は雪を頂いた姿が一番ですね。

2015年10月15日 (木)

山行 赤岩で思う存分山座同定 道志・今倉山その2

 今倉山西峰から露岩の展望地を経て、更に下っていくと、ブナの大木が鬱蒼と生える広い鞍部に到達しました。周囲は何かザワついていて、野生動物の気配がムンムンしています。シカでもクマでもドンとござれだ。この鞍部は西ヶ原という場所ですが、道標が置かれていて三叉路の分岐点です。行く先は「赤岩・二十六夜山」・・・あ、やはり赤岩はまだ先だったんだ。また、左手、沢沿いに進めば、道坂峠方面へ下山することができます。帰りはこっちだな。

Dsc04512 わ~お♪

 三叉路から明るいブナ林の中を15分ほど登り返したところが赤岩(1450m)でした。岩が露出した小ピークは遮るものがなく、正しく360度の大展望です。強いて言えば、東に踏んできた今倉山のピークが近いので、丹沢の大室山を隠しているくらいです。おなじみ丹沢の塔ノ岳も360度の展望の山なのですが、山頂部が広いので、全方位を見渡すのに場所を変えなければなりません。赤岩の場合はその場でぐるり360度です。素晴らしい♪思う存分山座同定を楽しみましたが、この喜びを写真ですが皆さんにご紹介します。

Dsc04521 三ツ峠ほか御坂の山並み

 真っ先に視界に飛び込んでくるのが、やはり南西に位置する富士山でしょう。左手に御正体山、右手に鹿留山(杓子山)を従えた姿は王将の風格。さしずめ御正体が金将、鹿留は銀将といった布陣です。そこから時計回りに視点を移していくと、桂川を挟んで西側に対座するのは御坂山地の山々です。中でも頭に電波塔を頂いた三ツ峠は長い尾根を引いて立派なものです。

Dsc04523 南アルプス南部の3千m峰

Dsc04526 南アルプス北部の3千m峰

 三ツ峠の後方には、日本の屋根・南アルプスの3千m峰が並んでいます。北から甲斐駒ヶ岳、鳳凰三山、仙丈ヶ岳、北岳、間ノ岳、農鳥岳、塩見岳、悪沢岳、赤石岳、聖岳、上河内岳、笊ヶ岳、大無間山まで主峰は全て望めました。

Dsc04503 遠く八ヶ岳や茅ヶ岳も

Dsc04524 大菩薩連嶺はほぼ全山OKよ

 北西方向は、甲斐国・郡内地方(大月、都留周辺)と府内(甲府盆地)を隔てる笹子峠周辺の山々と更に大菩薩連嶺の山並みです。その後方には遠く八ヶ岳連峰や奥秩父の金峰山、ニセ八(八ヶ岳)こと茅ヶ岳などの山々が望めました。冬場の晴天時には、ニセ八の更に後方に北アルプスの穂高連峰が出現するとか。

Dsc04536 苦しくなってきましたが雲取は何とか

 北は奥秩父から奥多摩の山々が並んでいます。こちらは雲が広がっていてイマイチでしたが、雲取山と飛龍山は何とか確認できました。北東方向には奥多摩三山と浅間嶺から生藤山、陣馬山、景信山、小仏峠、高尾山に連なる山並みです。

Dsc04518 今倉山の左手は道志、更に高尾山方面

Dsc04527 西丹沢方面

 東に大きい今倉山から南に向かって、おなじみ丹沢山地の山並みです。丹沢の中でも西丹沢檜洞丸や畦ヶ丸、西丹沢から南へ甲相国境尾根が連なります。その後方には箱根の山々、更にガスって苦しいところですが、伊豆の山と愛鷹連峰が何とか・・・といったところで、富士山に戻って一回りです。

 道坂峠から往復3時間足らずの歩程としては物足りないものでしたが、秋の花々と赤岩の展望は、高嶺を踏んだような大満足感を得られるものでした。以下に赤岩から見えた(であろう)日本百名山、二百名山の山々を紹介しておきます。

日本百名山17座:富士山、聖岳、赤石岳、悪沢岳、塩見岳、間ノ岳、北岳、仙丈ヶ岳、鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳、蓼科山、金峰山、大菩薩嶺、雲取山、丹沢山、天城山

二百名山10座:御正体山、大無間山、毛無山、上河内岳、笊ヶ岳、農鳥岳、三ツ峠、茅ヶ岳、大岳山、愛鷹山

★コースタイム:2時間30分

道坂峠7:30→8:15今倉山→8:55赤岩9:10→10:00道坂峠

2015年10月13日 (火)

山行 秋花に重なる女性像 道志・今倉山その1

 バイクの往来が激しい道坂峠(×みちさか○どうざか)にやってきましたが、隧道の手前道志村側ではライダーがたまっていて、バイクが次々と登ってきてはターンして下って行きます。登山口は隧道を抜けた都留市側にあります。隧道を出た右手にちょうど良い駐車スペースがあるのですが、ここはバスの折り返し場なので停めたら迷惑になるでしょう。道の反対側の空き地?に軍馬を停めて出発です。

Dsc04465 道坂峠

Dsc04473 急な斜面を直登します。

 トンネルの上から北面の暗い斜面を登ると、すぐに旧道坂峠の鞍部です。ここから尾根伝いに北に向かうと今倉山。南西に向かうと道志山塊の最高峰御正体山に至ります。東側から朝日が眩しく差し込み、小鳥のさえずりや遠くからは鹿鳴が聞こえてくる朝の清々しい奥山の雰囲気なのですが、道志の谷間から甲高いバイクのエンジン音が響いてきて、せっかくの奥山感をぶち壊してくれます。そういえば道志を挟んで対面する西丹沢の甲相国境尾根を歩いた時もバイクの音がうるさかったなぁ。逃げるように山奥へ進んでいきます。

Dsc04477_2 アキノキリンソウ Dsc04489_2 サラシナショウマ

Dsc04479 キタキタキタキタァ~日刊アルバイトニュース(古)
 尾根道を北に向かって今倉山を目指します。丹沢の林相と違って、スギやヒノキはほとんどなく、代わりにカラマツが植林されています。もう少しすればカラマツの黄色い紅葉が見れることでしょう。自然林はミズナラが多く、ドングリが沢山落ちていました。幼いお子さん連れなら思う存分ドングリ拾いが楽しめるでしょう。今倉山への登山道は尾根をまっすぐ直登するガチ勝負。当に男坂といったところでしょうか。標高を上げるにつれて、後方に立つ御正体山の向こうから富士山が頭をもたげてきました。

Dsc04475 オクモミジハグマ

Dsc04485 ヤマトリカブト(毒入り危険食べたら死ぬで)

Dsc04478 カシワバハグマ

Dsc04482 ヤクシソウ Dsc04535 リュウノウギク

 道端や樹木の根元には多彩な秋の花々を見ることができました。深い青はヤマトリカブト、リンドウ、黄色はアキノキリンソウ、ヤクシソウ、白く可愛らしいのはオクモミジハグマとカシワバハグマ、リュウノウギク、尻尾のようなサラシナショウマなどです。春や夏に山野を飾る花々ほど人目を引くことはないのですが、控えめな美しさが(かつての)日本の女性らしさを想わせます。

Dsc04486 今倉山山頂

Dsc04483 秋の空やねぇ・・・

 登山口から40分ほどで小拾い今倉山(1470m)山頂に到達してしまいました。道坂峠の標高がほぼ1千mですから、こんなものでしょうか。山頂は木立に囲まれていて展望は開けません。道志随一の展望は、今倉山の山頂ではなく、ここから西に延びる尾根上にある赤岩というピークからの展望だそうです。山頂は写真だけ撮ってスルーします。

Dsc04540 リンドウ

 今倉山は双耳峰とまではいいませんが、東と西の二つのピークを有していて、最高峰とされているのは東峰の方です。西に延びる尾根道を歩いて、間もなく通過する西峰もやはり樹林に囲まれて展望がありません。「御座入山」の標示が置かれていましたが、今倉山がかつてはその名で呼ばれていたそうです。

Dsc04497 富士山と手前に道志・御正体(中央)と鹿留山(右)

Dsc04502_2 西北には御坂山地と後方に南アルプスも

 カラマツやブナの大木が密生するやや暗い尾根道をアップダウンしていきますが、岩が露出する場所があって、ここからは富士山ほか西側の山並みが良く望めました。富士山の手前には道志山塊の親分格・御正体山が大きく座しています。富士山を背景に低山が手前に重なる、いわゆる「子抱き富士」の景色は色々と見てきましたが、御正体山のようなジャイアントベビーは初めてです。この場所が赤岩だと思いましたが、開けているのは西側だけ。確か赤岩は360度の大展望と書いてあったような・・・(つづく)

2015年10月 9日 (金)

山行 道志今倉山 でも、その前に・・・

 10月4日(日)、前日クラフト市に気を良くしてか、珍しくかみから「明日は天気が良いから山に行くんでしょ」と詔が。これ幸いと、前々から気になっていた山に登ることにしました。神奈川から見ると、丹沢の裏側に位置する道志山塊。その中で一番展望が良いと紹介されている今倉山です。

Dsc04455 芙蓉峰と山中湖

 自宅を5時半に出発。R246を西進して静岡県に一旦入り、すぐに北に転進して、三国峠を越えて山梨県の山中湖に向かいます。峠を越えてたススキの穂が山一面を覆う鉄砲木ノ頭からは、山中湖と富士山の景色が最高です。早朝から多くの人が訪れてシャッターをきっていました。

Dsc04569 鉄砲木ノ頭(大室山より秋深まっています)

 峠道を下って山中湖東側の平野に下りると、すぐに今度は東に転進。今度は「道志みち」ことR413を東進して、山伏峠を越えて道志村に入ります。山伏峠付近は紅葉が始まっていましたよ。道の駅「どうし」でトイレを済ませますが、ここは道志方面の峠を攻めるライダー達の前線基地状態です。開店前から数十台のバイクとライダーで賑わっていました。でも、よくよく観察してみると、皮の繋ぎ(レーシングスーツ)に身を包んで決まっているライダーの皆さんですが、禿げ頭だったり、白髪頭、茶髪でもしわがれた中高年の方ばかりです。最近の若い衆は車離れが著しいと聞いていますが、ライダー界もかなり高齢化が進んでいる模様です。確かに・・・バイク好きのダチの顔が浮かびました。

 道の駅の少し先で更に北西に転進。道志村と都留市の境にある道坂峠が登山口です。この県道都留道志線は、急坂勾配のワインディングロードなので、ライダーがかなり攻め込んできています。カッ飛んで対向してきたかと思いきや、バックミラーにはぴったりとバイクがついています。道を譲って一安心と思いきや、すぐに次のチームがミラーに映っています。朝っぱらから爆音を轟かせての高速走行は迷惑千万です。山梨県警は何をやっているんでしょうか?まあ、私はたまたま山登りに通りかかった外野ですが、道志の住民の皆さんはたまらないでしょうね。昨日今日の話ではなく、もう数十年来も野放しってことは、皆さん余っ程寛容なのでしょうか??

 バイクが嫌いなわけでもないし、ライダーの皆さんの礼儀正しさは承知しているつもりですが、もう少し地域住民と自然に配慮した走りはできないものでしょうか。今倉山を紹介する前にモヤモヤさせられてしまった、道志を占拠する爆走ライダー達にもの申しました。「山間の静けさ破るバイクの音ぶんぶといいて山も登れず」

2015年10月 8日 (木)

たまにはかみ孝行を 大室山クラフト市

 最近になって知ったことですが、どうやらかみは骨董市やらフリマやらクラフト市に出かけて、雑貨を見るのが好きらしいんです。夏休みの終わりに「八ヶ岳でクラフト市やってるから行きたい」とボソッとつぶやいたのをスルーしたところ、後になって「あのとき連れて行ってくれなかった。ババの行きたいところへは行くのに」と怨み言。

 これはたまらん!と、クラフト市のキーワードをちょくちょく気にしていたところ、10月最初の週末に伊豆高原は大室山の麓にあるさくらの里で、「クラフトの森フェスティバル」なるクラフト市が開催されるというので、ご機嫌取りに出かけてきました。

Dsc04429 富士山と愛鷹連峰

 抜けるような秋晴れの空の下。伊豆高原に向かって伊豆スカイラインを南下します。十国峠からは玄岳の区間は富士山の展望が素晴らしく、ついつい見とれてしまいますが、スカイラインは稜線のワインディングロード。おまけに、この日は絶好のツーリング日和でバイクが多く、突然高速で対向してくるので気が抜けません。

Dsc04428 滝知山展望台からの沼津アルプス

 滝知山の展望台からは丹那盆地を見下ろし、その先に狩野川流域の田方平野や沼津アルプス、沼津湾を見下ろします。空を見上げれば、カラフルな原色のパラグライダーやハンググライダーが青空に映えていました。皆さん思い思いに秋晴れを楽しんでいますね。

Dsc04442 秋、ススキの穂が目立ってきました。

 大室山はかつて活動していた火山の火口丘で、噴出した溶岩は海まで落ちて台地を形成し、伊豆高原と城ヶ崎海岸の風景をつくりました。大室山の周囲どの方向から見ても美しい円錐形をしているその姿は、伊豆高原のシンボル的存在です。木が1本もない特徴的な大室山は、毎年春先に山焼きが行われて美しい姿が保護されているのです。

Dsc04441

 そんな大室山。近くで見あげると意外とまん丸に見えます。緑一色で美しい姿にも、よく見ればススキの穂が目立ってきました。北麓にあるさくらの里は伊豆地方に多い早咲き桜を中心に40種もの桜が植えられて、秋の十月桜と1月から5月まで次々と咲く桜を楽しむことができます。

 このさくらの里を会場にクラフト市が行われて、多くの人が詰めかけていました。陶芸、木工、金属加工、絵画、皮、布・・・様々な加工品が展示・販売されていました。どれもプロ級のレベルが高いものですが、かみ的にはちょっと敷居が高かったようです。何も買わず見学だけでしたが、見ているだけでもそれなりに楽しめたようです。

2015年10月 6日 (火)

お彼岸恒例 タマシイヒルズ参り

 年に一度、秋のお彼岸の頃にかみ方のお墓参りをします。横浜の久保山霊園はJR保土ヶ谷駅近くの丘全体が墓地、お寺、葬祭場、火葬場というタマシイヒルズです。その歴史は古く、明治7年に開設された日本で最初の公営墓地で、現在は横浜市が管理をしています。長い歴史の中で、横浜市の発展に寄与した人たちが眠る他、戊辰戦争で戦死した官軍兵士の墓地や関東大震災の共同墓地があります。極東軍事裁判で処刑されたA級戦犯7名の遺体が、巣鴨プリズンから密かにこの地に移され火葬された記録も残っています。(墓地は愛知県三ヶ根山の山頂 参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-dd0f.html

150926_131624 見渡す限りのお墓です。

 かみ家のお墓に最後に埋葬されたのは、三年前に102歳で大往生したおばあさんですが、かみもそこまで長生きするのでしょうか。私はとっとと先に行かせてもらいます。

2015年10月 5日 (月)

山行 秋草と虫、そして神も降臨 塔ノ岳

 夏は猛暑に負け、秋口は長雨に妨げられて、ここ数ヶ月間、昼休みは散歩もせずネットサーファー、休日は山にも足が向かなかったので、気がつけば体力は落ちるはお腹周りも危険信号です。晴天も続き、風も心地よく、山歩きにはベストシーズンになりましたので、そろそろ取り戻していきたいと思います。さて、何処へ行くか迷う前に、何はともあれ体力作りには大倉尾根がもってこいです。

Dsc04301 大倉風の大橋

 台風並みに発達した爆弾低気圧の一過。晴天の予報に反して、麓から見上げる丹沢表尾根の山並みは雲に隠されていました。下界から見上げても山上の天気は分かりません。平地が晴れていても山上では雨が降ることもありますし、逆に下が雨でも上では雲海が広がることもあります。そんな天候の読みも山行の楽しさのひとつではないでしょうか。

Dsc04306 「ヤツ」が出そうだな

 大倉尾根の下部は、両側から草が迫り出してジメジメとしている場所があります。おまけにこの蒸し暑さです。「ヤツ」にとってはおあつらえ向きの条件じゃあありませんか。序盤戦で遭遇するかと思いましたが、期待に反して中盤の一本松のベンチでようやくお出ましです。

ヒ「誰だ!そこにいるのは」

山「よっ。今日はいやに蒸すじゃねえか。こんな日にゃあお前が現れると思ったぜ」

ヒ「や、山笑の旦那!た、頼む。見逃してくれよ」

山「残念だがそいつぁできねえ相談だ。ここでお前を見逃せば多くの人が迷惑する。大人しく往生せいや。楽に行かせてやるからよ」

Dsc04320 哀れヤマビルは死出の旅路につきました。合掌

Dsc04415 道を遮る倒木
 前夜の大風と雨で登山道は荒れ模様。泥濘はそれほどではありませんでしたが、落ち葉が多くて滑りやすく、所々倒木や垂れ下がった枝が通行の妨げになっていました。嵐のあとの山行は、生木の匂いが漂っていて実に気持ちの良いものです。足元を注視しながら歩いていくと・・・

Dsc04311 あれ?何か動いているぞ。

Dsc04314 いくつになってもこの黒光りは魅力的

 クワガタだ。小さいけど立派な大顎を持ったコクワガタです。前夜の大風で木から落ちてしまったのでしょう。これから多くのハイカーが押し寄せるであろう登山道の真ん中。こんなところを歩いていては潰されてしまいます。秋も深まりつつありますが、無事越冬して来年も元気な姿を見せて欲しいものです。

Dsc04338 ガスってきました。

 花立あたりまで上がってくると、ときどきガスって辺り一面真っ白になります。人も少なく神隠しにあいそうな雰囲気です。え?どこの神が好き好んでこんなオヤジを隠すかって?それを言っちゃあ、あなた。雲がかかる稜線には秋の花々が出迎えてくれましたよ。ホトトギスやリンドウなど個性派ぞろいですが、中でも鎌首もたげたフジアザミはキングギドラのように迫力満点です。

Dsc04340 ホトトギス

Dsc04341 タイアザミ

Dsc04352 リュウノウギク

Dsc04357 リンドウ

Dsc04347 フジアザミ

 山頂近くなると、雲間から薄日が差し込んできます。しめしめ、思ったとおり山頂は雲の上かな。ワクワクしながら歩いていくと。突如行く手に眩い後光が射し、神が姿が現れました!すわっ、天孫降臨か。大日如来か。思わず手を合わせました。まさかヤマビル殺害のお仕置きでは(恐)ほーれ、お仕置きだべぇ~~~ははぁーーー

Dsc04401 Oh!My God!

 天候モヤモヤなるも、秋の草花や小動物との出会い。遂には神仏の降臨(ブロッケン現象)までと、盛り沢山の山行になりました。いや~山って本当に素晴らしいですね。それではまたお会いしましょう。

2015年10月 2日 (金)

田舎のお寺は歴史の宝石箱やー!

 栗の里小布施の郊外、志賀高原から延びる雁田山の山裾に梅洞山岩松院という曹洞宗のお寺があります。応仁の乱の頃、この地を治めていた荻野氏が開山した歴史あるお寺です。田舎ののどかなお寺ですが、3人もの歴史上の有名人に所縁のあるお寺なのです。盛り沢山の歴史ネタが詰まった当に「歴史の宝石箱やー!」

Dsc04262_2 雁田山の裾にたたずむ岩松院

 このお寺の本堂内を拝観するには300円の拝観料がかかりますが、このお寺の目玉とも言える、本堂の天井に描かれた「八方睨み鳳凰図」を見るためと言っても過言ではありません。天井に描かれた色彩豊かな鳳凰の絵を描いたのは、江戸時代後期の「富嶽三十六景」などで有名な絵師葛飾北斎であります。江戸で活躍した北斎ですが、小布施の豪商で文化人の高井鴻山に招かれて83歳の高齢をおして小布施を訪れました。北斎は小布施の風土を気に入り、4回度この地を踏みましたが、最後の4度目、88歳の時にこの絵を描いたそうです。畳21畳分の大きな天井画は、12分割で地上で描かれた後、天井に取り付けられたそうです。顔料絵具と金箔で描かれた鮮やかな鳳凰は、本堂のどこから見ても睨んでいるように見えるためその名がついたそうです。この絵を完成させた翌年、北斎は90歳で大往生しました。残念ながら本堂内は撮影禁止なので、以下岩松院HPをご参照ください。

参照:岩松院HPhttp://www.gansho-in.or.jp/gansho-in.html

Dsc04265 ベビーフェイスの仁王様が迎えてくれます。

Dsc04276 立派な屋根ですね。

 本堂の裏庭には、山から水が引かれた小さな池があります。毎年桜が咲く頃、裏山から大きなヒキガエルがこの池に集まってきて産卵をします。その時、メスを奪い合ってオスたちが戦う「蛙合戦」が数日間繰り広げられ、静かな山寺は賑やかになるのです。この蛙合戦を見た江戸時代後期の俳人小林一茶は、「やせ蛙負けるな一茶これにあり」というあまりにも有名な句を詠みました。今でいう年の差婚で高齢期になって第一子を授かった一茶ですが、その子は病弱で、その子への思いをカエルになぞらえて詠んだ句といわれています。残念ながら、一茶の思いも虚しく、その子は早世してしまったそうです。私も一茶にあやかりまして・・・「天然児負けるな山笑ここにあり」頼りねぇー

Dsc04273 蛙合戦の池

 本堂の裏山は墓地になっていますが、その中で一際大きな霊廟が置かれていますが、これはかの戦国大名福島正則のお墓であります。福島正則を今更語るまでもないのですが、幼い頃から武勇に秀でていた市松こと正則は、豊臣秀吉に目をかけられて、特に織田信長亡き後の秀吉と柴田勝家との後継者争い賤ヶ岳の合戦では、一番槍の武功を挙げて「賤ヶ岳七本槍」の筆頭として名を馳せました。秀吉亡き後、関ヶ原の戦いでは、徳川家康の東軍に味方して先鋒として活躍し、安芸広島50万石の大大名に出世しました。

Dsc04271 無念だったろうね、正則公

 さて、ここまでは秀吉子飼の家臣らしい出世物語ですが、後半はどうでしょうか?関ヶ原では徳川方について勝利に貢献した正則ですが、戦後は豊家の後継者秀頼を加藤清正とともに庇護して、家康に睨みをきかせていました。しかし、清正が亡くなり、その後発生した大坂の陣では、豊家に味方することもできず大阪城の落城を傍観していました。家康亡き後の1619年、水害で破損した広島城を幕府に無断で修築したことを幕府に咎められて、広島から遠く信州川中島の僅か4万石に転封されてしまいます。失意の正則は5年後にこの地でなくなるのですが、話はこれで終わらず、正則は夏の盛りに亡くなったので、福島家では正則の遺体を荼毘に伏せたところ、幕府の検死役の到着前に遺体を焼いたことをまたもや幕府に咎められて、福島家は改易されてしまったのです。この一連の事件は、明らかに豊家温故の福島家を排除するための幕府の謀略です。

 福島家改易事件にちなんだこんな話があります。家康の後継者である二代将軍徳川秀忠は、福島家を含めた多くの外様大名を改易したことで知られていますが、かつて関ヶ原の戦いの折、秀忠は東海道を西進する家康の本体とは別に、中山道を進む別働隊を率いました。途中、信州上田城に籠る西軍の真田昌幸を攻撃しましたが、散々な負け戦で予想外の時間を浪費してしまい、関ヶ原の本戦には間に合わず、家康が近江大津城に入場した時にようやく追いつきました。この時、先鋒を務めて功労を誇った正則は、酒に酔った勢いで秀忠を散々コケにしたそうです。秀忠はそれを後日まで根に持っていて、福島家をあの信州上田の真田家(昌幸の長男で東軍についた信之)の隣国に流し、福島家を取り潰した後は、今度は真田家から長年住み慣れた上田の地を取り上げて、福島家の旧領川中島(松代城)に転封します。何とも秀忠らしい陰湿なエピソードですね。

 さて、お寺巡りとなった北信の旅。これにて終了であります。

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