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2016年2月

2016年2月27日 (土)

山行 表尾根一の急登に挑戦 丹沢マルガヤ尾根

 2月21日(日)、天気も良く暖かかったので、朝から表丹沢を歩くことにしました。元日の塔ノ岳以来、ほぼ2ヶ月ぶりの山行です。そうはいっても、のんびりと丸1日山を歩いていられる身分ではないので、手身近に取り付いてお昼には下山しなければなりません。大山、鍋割、塔、はたまた金時・・・ん~どれにしようかな?

 やって来たのは表丹沢県民の森です。大倉周辺の駐車場は全て有料になってしまいましたので、無料で駐車できるこの場所はありがたいです。とりあえず鍋割山に向かって、鍋割山陵を塔ノ岳まで歩いてみようと思いました。7時前に到着しましたが、ちょうど駐車スペースは満車になっていました。でも、安心してください。林道の路肩が空いてますよ!

Dsc05428 捻挫しながらも撮影していた最後の姿(H28.1.1)

Dsc05619 跡形もなくなっていました。

 7時に林道のゲートをスタート。二俣に向かって歩いていくと・・・あれ?四十八瀬川の対岸に重機が見えています。また林道でも造るんでしょうか。でも、よくよく見てみると、あるはずのものがない。あー!長らく廃墟として放置されていた旧山岳訓練所の建物が解体されていました。廃墟であって廃墟感がなく、山に抱かれた建物はどこか懐かしい雰囲気だったので、もう見れないのは残念です。

 さて、二俣を通過して西山林道をつめていきます。前日土曜日が雨だったので、山行を日曜日に振り替えた人もいるのでしょう。鍋割山方面にはポツポツとハイカーが歩いています。人が多い山が苦手な山笑。段々とテンションが下がってきました。高校生の長男がまだ赤ちゃんだった頃、八ヶ岳山麓のケーキが美味しいと口コミで評判だったお店に行ったとき、そこの奥さんが子連れと見るなり、「うちは静かな雰囲気を売りにしている店なんです。」と一言。それ以来、静かな雰囲気を好む山笑に・・・というのは嘘ですけど。もののついでに15年前の恨み節です。

 本沢の木橋を渡って、ふと右手の斜面を見ると気になるテーピングを発見しました。そういえば、鍋割山南稜と小丸尾根の間にマルガヤ尾根というマイナールートがあるとネットで見たことがあるぞぞぞ。持参している昭文社「山と高原地図」には勿論記されていません。久しぶりに冒険してみっかー!表尾根だしな。

Dsc05622 最初は植林の急斜面

 植林帯の急登にポツリポツリと付けられたテーピングを追って、急斜面を登っていきますが、踏み跡は割と明瞭です。マイナールートにありがちな尾根筋を直登するルートなどで、傾斜は結構なものです。最初の取り付きがいきなり急斜面なので、なかなか奥へと進まず、いつまでたっても西山林道を見下ろせます。斜面を登るオッサンは晒し者です。「どうかこっちを見ないでくれ」眼下を歩くハイカーたちに念を送りました。

Dsc05624 928mピーク付近

Dsc05625 不思議な実(ツチグリ)

 やがて尾根筋に乗っかると、樹相も自然林に変わって明るくなりました。マイナールートだけあって歩くのは自分独り。冬枯れで花も咲かない季節ですが、お日様を背に受けて暑いくらいの登山になりました。しばらく行くと尾根がなだらかになって、小ピークに到達しました。後で調べると、928mピークと呼ばれる場所でした。それにしてもシカの糞がやたらと多いな。人が少ない分動物たちには居心地が良かろうて。なんて思っていると、目の前の木の根が「ピー!」と叫んで走り去りました。「き、木の根が!」と驚く山笑の一方で、驚いて逃げたのはシカの群れ。いやぁ、お互いに油断したものです。

Dsc05626 表尾根では貴重な立派なブナ大樹

Dsc05634 山雀(ヤマガラ)

 木立の先では野鳥たちがさえずり、両側の谷間から時折白いガスが立ち込めてきます。何か良い雰囲気だぞ。これは・・・

Dsc05629_2 キタァ~!ご来迎だ。
 928mピークから鞍部を渡ると、これまたとんでもない急登となります。ガレ場もあって、両側が沢へと切れ落ちて少しスリル感があります。左手には鍋割山南陵が並行していますが、向こうは多くの人が山頂を目指していることでしょう。私、マルガヤ尾根を貸し切ってます。何て勝手なセレブ感に浸りーの。

Dsc05636 わお!なんと気持ちの良い♪

 急登の上部はアセビの密生していて、それを抜けると樹木が疎らな明るい尾根上に出ました。振り返ると眼下の展望も開けて、箱根連山がよく見えていました。左手先には鍋割山の山頂が間近に見えています。よく見ると、樹林の中に鍋割山荘の屋根が見えていました。こんな日は鍋焼きうどん大盛況でしょうね。

Dsc05637 箱根方面が見えました。

Dsc05639 目の前には鍋割山頂

 それにしても通勤電車の中から見上げた丹沢は雪山の様相だったのが、前日の大雨ですっかり溶けてしまったようです。まさか、富士山の雪まで?

Dsc05643 安心してください。被ってますよ。

 だよねー。

Dsc05650 鍋割山稜

 それからしばらく明るい斜面を登っていくと、上の方から人の会話が聞こえてきました。どうやら鍋割山稜に到達したようです。

Dsc05648 小丸で折り返しとなりました。

Dsc05647 蛭ヶ岳も雪はなし

 結局、鍋割山も塔ノ岳も踏まず、鍋割山稜から小丸尾根を下山しました。前述の山岳訓練所の裏手から鍋割山稜に延びる小丸尾根は、かつては訓練所尾根と呼ばれていたそうです。解体された旧山岳訓練所の弔い歩きです。

コースタイム:3時間30分

表丹沢県民の森7:05→7:20二俣→7:35本沢→(マルガヤ尾根)→9:10小丸→(小丸尾根)→10:20二俣→10:35県民の森

Photo

2016年2月25日 (木)

カキ住宅を強制収用

  かみが殻つき牡蠣を買いました。それも一斗缶で(笑)生食用なのですが、さすがにカキが好きでも毎日生ガキばかりでは辛いものがあります。フライやオイル漬け、ラーメンやカレーに入れたりと楽しみました。

Dsc05664 海笑特製シーフードカレー
Img_1552 殻むきが大変!

 1回の料理に20個使うとして、その殻むきは大変です。最初はドライバーを差し込んで丁寧に開いていましたが、なかなかシンドくなって、遂にはラジオペンチでバリバリと殻を砕いていきました。そのうち、殻むきはかみとの譲り合いです。「今て空いてる?」空いてるなんぞ答えたら、カキの殻むきが待っています。

Img_1551 あ、釣り餌でおなじみの・・・

 さて、最初は気にせず殻をむいたカキをバンバン料理していったのですが、カキの殻を 片付けていると小さなカニやらゴカイが目につきました。ウニョウニョまだ生きています。それ以降、むいたカキの身を丹念に調べていると、どうやらこれら小動物はカキに寄生していることが判明しました。

Img_1553 出るは、出るは・・・

 己の腹を満たすためにこれら小動物の生命をも奪っていたとは・・・ちょっと後ろめたい気持ちになりました。ちょっと待てよ?ってーと、シーフードカレーなんかにはこれらシーフードも入っていたんだなぁ~釣り人として少し魚に近づいたような気がします。

2016年2月20日 (土)

松田の河津桜が早くも見頃に

 今年は花の便りが例年よりも早いですね。梅に続いて早咲きの桜、河津桜が見頃を迎えています。河津桜は東伊豆の河津町で発見されたことからその名がついています。ご当地では河津川沿いの桜並木が咲きそろって、多くの観光客が訪れています。それはそれで実に魅力的なのですが、病人を抱えた今はなかなか遠出が難しい状況です。

Dsc05603 河津桜は濃いピンク

 一足早く春を告げる河津桜は人気があるので、各地に移植されて、神奈川県下でも三浦海岸の京浜急行沿線と松田町西平畑公園が河津桜の名所として知られるようになってきました。2月17日(水)に松田町の「まつだ桜まつり」の会場を訪れました。会場である西平畑公園には、360本の河津桜が移植されていて、桜越しに見る富士山の景色は「関東富士見百景」にエントリーしています。

Dsc05563 酒匂川河畔が駐車場

 桜まつり開催期間中、マイカーは酒匂川河畔の臨時駐車場に停めることになります。ここから祭り会場である松田山中腹の西平畑公園までシャトルバスが運行されています。でも、歩いてもそれ程かからない距離ですし、最近運動不足なので歩いて行くことにしました。松田駅周辺の商店街から松田山を見上げると、西平畑公園の斜面はピンク色に染まっています。既に満開か!テンション高まります♪

Dsc05579 菜の花とのコラボ

 商店街を抜けて東名高速のガードをくぐると、もうそこが西平畑公園の下になります。満開の河津桜が出迎えてくれました。いや、よく見るとつぼみも結構あるので、七分咲きといったところでしょうけど、ピンク色が濃いので充分な見応えです。入口からやや急な斜面を登って行きますが、咲きそろった桜のトンネルを歩いているみたいです。樹下には菜の花も咲いていて、ピンクと黄色のコラボレーションが見事でした。

Dsc05580 足柄平野を見下ろす。

 平日の朝にもかかわらず、会場には多くの人が訪れていました。ほとんどの人はシャトルバスで上まで行って、桜を見ながら下ってくるようです。平日ですからご年配の方が多いですからね。皆さん思い思いの場所でシャッターを切っていましたが、どこで撮っても素晴らしい作品になります。

Dsc05583 富士山は雲に・・・

Dsc05575 しからば金時で

 上の方に行くにつれて足柄平野、相模湾が見下ろせるようになります。また、明神ヶ岳、金時山などの箱根の山並み、更に富士山が見えて実に良い景色です。朝のうちははっきりと見えていた富士山ですが、残念ながらこの頃には雲に隠れ始めていました。満開の河津桜と雪を頂いた富士山のセット。こりゃあ魅せられるわい。金時山もピンクの額縁に引き立っていました。

Dsc05606 桜のトンネル通過しま~す。

 公園の上部にはミニ軌道「ふるさと鉄道」があります。スイッチバックがあって面白いのですが、この日の午前中の切符は既に完売していました。満開桜のトンネルの下、じっちゃん、ばっちゃんが跨ったミニSLはカタコト進みます。見上げる人の顔はどれも童心の笑顔でいっぱいでした。

Dsc05591 メジロもいます。

Dsc05607 公園周辺の斜面はみかん畑

 2月13日にスタートしたばかりの「まつだ桜まつり」ですが、花は早くも満開で待ったなしです。夜21時までライトアップされて夜桜も楽しめます。お出かけください。

2016年2月17日 (水)

春一番を大歓迎

 先週末は春一番の大風が吹きましたが、南風の影響で20度を超す春の陽気になりました。土曜日はお天気も良かったので、クロちゃんを日光浴させました。カメにとって日光浴は、体内でビタミンDをつくり出して、甲羅の形成に不可欠なカルシウムを吸収しやすくするため、また、どんな動物にも共通ですが、殺菌作用もあるため不可欠な行為です。寒い冬季は窓越しの日光浴でしたが、久しぶりの屋外活動です。

Img_1514 お腹を擦らず歩く姿は久しぶり♪

 狭い猫の額をコトコト音を立てて元気に歩き回っていました。最近は高齢化(年齢不詳ですが)と肥満気味でお腹を擦って歩いていたのですが、嬉しそうに腹を浮かせて歩いていました。

Dsc05539 あの花、食べたい・・・

 春の到来を待ちわびているのはクロちゃんだけではありません。メダカ池を覗くとメダカたちも浮き上がって日光浴をしていました。二宮は冬でも結氷することはほとんどないのですが、そうはいってもあの小さな体で、ほとんど餌も食べずに冬の寒さをよく耐えてきたものです。

Dsc05537 冬を越したメダカたち

 今週になって寒さが戻ってしまいましたが、春は着実に近づいています。それまで頑張って生き延びて欲しいものです。

2016年2月14日 (日)

太刀は折れ頭を丸める

 2月11日紀元節。神武天皇の即位2676年目のお祝いの日であります。さて、それはそれとして、この日は今年の初釣りに行ってきました。いつもはそれなりにメンバーが集まって仕立船をチャーターするのですが、寒さ厳しい折、メンバーの平均年齢も60を超えている当会ですから少人数での乗合にしました。

Img_1491 開国橋より「ニッポンの夜明けじゃ~!」

Dsc02212 どこへ向かうか渡り鳥

 かつて幕末にペリー提督が上陸した久里浜の開国橋にやってきました。この近くにある船宿・黒川丸のタチウオ・アジのリレー船に乗船します。その名のとおり、午前中に本命のタチウオを狙って、お昼を回ったらお土産にアジを釣るという1度に2つの釣りが楽しめる美味しい企画です。でも、私個人的には、リレー釣りは「二兎を追うものは一兎も得ず」のことわざが引っかかってどうも好きではなりません。さて、どうなりますことやら。

Dsc02229 大型船が行き交う浦賀水道

Dsc02224 自動車運搬船

 7時過ぎに出船して船は観音崎に向かいます。タチウオのポイントは観音崎沖の水深70mほどの場所です。朝っぱらから浦賀水道のど真ん中に沢山の遊漁船が集まって、船団を形成していました。ポイントは航路上に位置しているため、東京湾を出入りする多くの貨物船が行き交っています。コンテナを山積みにしたコンテナ船や自動車運搬船がタチウオ船団のすぐ横を通過していきます。大型船舶を先導する水先案内人が通過のアナウンスをしますが、漁師魂でしょうか、どの船も一向に構わない様子です。余りに近すぎて、大型船にブォ~ブォ~と汽笛を鳴らされることもあります。

Img_1494 密集するタチウオ船団

 さて、タチウオ釣りは初挑戦の海笑。タチウオは「太刀魚」という漢字のとおり、刀のように細長い銀色の魚体で、成長すると1mを超す大型魚です。中層を立ち泳ぎして小型の魚や甲殻類を捕食するフィッシュイーターで、タチウオの名は「立ち魚」という習性からきているともいわれています。

Dsc02210 サバ身のついた1本鈎のシンプルな仕掛

 タチウオの仕掛はワーム鈎1~2本のシンプルなものです。餌はサバの切り身をチョン掛けか縫い刺しにします。指示棚は水底から10mから更に上10mまでを誘うものです。ところが、なかなか当たりはありません。しばらく誘いを繰り返していると、コツンとした当たりが何度かあったので、慎重に誘い上げたものの鈎掛りはしませんでした。

Img_1498 群れに乗せようと密集する船団

 なかなか鈎掛りしないので、手を変えて仕掛を送り込んでやると、今度はハリスをスッパリ切られていました。タチウオの歯は鋭いので、7号の太いハリスをいとも簡単に切断してしまいます。これはただならぬ難しい釣りだ!タチウオの人気の理由はこんな魚との駆け引きにあるのでしょう。シーズンも過ぎて延長期ともいえるこの時期に、黒川丸の乗合船には片舷10人も乗っています。予約なしで来たお客は断られていたほどです。

 周囲ではポツポツとタチウオが上がっていました。どれも1mサイズの大型ばかりです。しかし、この日は後が続かずかなり食い渋り状況でした。昨年末にタチウオで良い思いをしたメンバーは「良い時は置き竿にだって食ってくるんだけどなぁ~」とボヤいていました。こうしてお昼まで試行錯誤の末・・・何と頭を丸める結果に。いやぁ、船釣り歴20年近くになりますが、坊主の結果はそうなかったと記憶していますが。久しぶりの完敗でした。

Dsc02233 3尾・・・ Dsc02234_2 6尾・・・ Dsc02235_2 10尾と増えました。
 さて、お昼も回って第二ラウンドのアジです。船は観音崎沖から久里浜南沖へ移動しました。タチ同様にアジもかなり食い渋っていましたが、アジ釣りは大得意を自負する海笑。最初に魚影を見ると、1尾が2尾、2尾が4尾、4尾が8尾と釣果を伸ばして、沖上がりまでに何とか10尾のアジを釣り上げました。釣ったアジは、タチウオがダメだったメンバーにお土産で持って帰ってもらいました。

 結果として二兎を追って一兎も得られなかったような釣果でしたが、敗者の心境としてはやはり入院中のババを蔑ろにした罰が当たったとでも言いましょうか。でも、タチウオ釣りはまた挑戦してみたいと思います。

 最後に過去の記録を見ていて面白いことを発見しました。3年前の紀元節にアジを釣りに行ったのですが、この日もかなり食い渋った記録が残っていました。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-ba79.html)お天気にも当たり日、ハズレ日があるように、釣りにもハズレの日があるのかもしれませんね。

2016年2月12日 (金)

菜の花ウォッチも終盤戦

 年明け早々から始まった二宮・吾妻山の菜の花ウォッチングも、いよいよこの週末で終了となります。イベントの終幕は賑やかに終わりたいものですが、どうやら週末は春の嵐がやってくるようです。

Img_1470 まだまだ見頃ですよ。

 先週の日曜日に吾妻山を散歩しましたが、菜の花はまだまだ見応えがありました。春を思わせる日差しのこの日、参上は多くの人で賑わっていました。

Img_1472 お化けの木も嬉しそう

 残念ながら富士山や丹沢には雲がかかっていて山の展望はなかったのですが、湘南の海岸線と相模湾に浮かぶ伊豆大島と、南面の展望は素晴らしかったです。皆さん思い思いの場所に陣取ってお昼をとっていました。

Img_1474 小田原市街と真鶴半島

 今や名物になりつつあるニャンコも展望台の石垣の上で気持ちよさそうにお昼寝中でした。それにしても猫ほど寝ている姿が様になる動物はいないなぁ。

Img_1473 気持ちよさそう

 菜の花ウォッチングのイベントは終わりますが、今しばらく菜の花は咲いていてくれるでしょう。吾妻山で一足早い春を迎えてみてはいかがでしょうか。

2016年2月10日 (水)

梅はそろそろ見頃です

 寒い日が続いていますが、各地で梅の開花が進んでいるようです。冬の初めが暖かいと開花が早くなるようです。

Img_1459 紅白咲ぞろい

 職場近くの湯島天満宮も今週から梅まつりが始まって、連日観光客で賑やかです。年末年始から初詣、合格祈願、そして梅まつりと、神社にとっては書き入れ時であります。

Img_1456 ポッポくんお散歩中

 節分も過ぎて、北風が吹かない日は日差しが温かく感じられるようになってきました。梅に始まって、これから春の花が咲いていきます。楽しみです。

2016年2月 6日 (土)

野鳥の楽園に癒される

 お昼休みの散歩コース上野不忍池。この季節は恒例の枯れ蓮の除去と堆積物の浚渫(しゅんせつ)工事が行われています。冬の不忍池の周りを歩いていて驚くのが、非常に多種の野鳥を観察できることです。スズメやハト、カラスなど街中でおなじみの鳥たちの他に、ハクセキレイやシジュウカラ、カワセミなどの小鳥、コサギやアオサギなどサギの類、そしてカモ類や海鳥までが水面や日だまりで羽を休めています。

Img_1453 毎年大変な作業だ。

 冬場に多いのがカモ類です。カモは渡り鳥なので、冬になると寒さの厳しい大陸から温暖な日本に渡ってきて越冬します。ヨチヨチ歩いたり水面をスイスイと可愛らしい姿のカモですが、見かけによらず逞しいですね。丸いクチバシと足に水かきのついた姿は、パッと見、同じように思えますが、よく見ると多くの種類がいるようです。

Img_1293 日光浴のオナガガモ御一行様
 マガモやカルガモを始め、オナガガモ、ヒドリガモ、ハシビロガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、バンと実に多くのカモたちが渡ってきています。都心のど真ん中にこんなに多くのカモが渡ってきていることは驚きですね。最近では身近な越冬地として知られるようになったらしく、野鳥愛好家やカメラ愛好家が不忍池を訪れています。

Img_1004 スイスィ~っと、キンクロハジロ

 不忍池の意外性はまだあります。海鳥が多いことです。ウミネコやユリカモメが集まっていて、ギャーギャーと実に賑やかです。海で魚を食べているほうがよっぽど良さそうですが、寒い冬はカニなど甲殻類も息を潜めてしまいますし、魚も深場に落ちてしまうのでなかなか餌を得にくいのでしょう。不忍池から浜離宮辺りの海岸線まで6kmほど。意外と遠くまで飛んできますが、海を埋め立ててできた東京の街ですから、海鳥たちは本能的に飛んでくるのかもしれませんね。

Img_1294 いつもは釣り船で会うウミネコさん

Img_0609 南斗水鳥拳!

 海鳥の中で圧倒的に多いのがユリカモメです。すっかり人にも慣れていて、中には人の手からも餌を食べる図々しい輩もいるほどです。たまにでっかいオオセグロカモメの姿を見ることができます。大きさもさる事ながら、クチバシの先が曲がって厳い顔をしています。大体いつも同じ場所に陣取っているので、縄張り意識が強いのかもしれませんね。

Img_1460 威厳あるセグロカモメ

 さて、都心の真ん中で人間の暮らしに溶け込んでいる野鳥たちですが、警戒心の薄い鳥たちにお年寄りなどが日常的に餌付けをしている光景を目にします。野鳥への餌付けは生態系へ影響を及ぼすため望ましいものではありませんし、上野公園の管理事務所でも野鳥への餌付けを禁ずる看板を立てています。でも、そう硬いこと言わなくてもいいでしょう。

Img_0886 野鳥たちも実にわきまえたもの

Img_1310_2 人間なんてラララララララ・・・

 野鳥たちもわきまえたもので、そんなじいちゃんばあちゃんの周辺にはスズメ、ハト、ユリカモメを始め、カモやウミネコたちまでが餌をねだりに集まってきます。人間が危害を加えないことを知った輩は、人の手から餌を取って食べるほど人慣ています。

Img_1302 人を襲うスズメ!なんてね(笑)

 前述のとおり、野鳥への餌付けはいけないことなのでしょうけど、人を恐れず餌をねだる鳥たちの姿は実に癒される光景です。都会で暮らす人は、色々と事情があってペットも飼えないことでしょうし、実際、餌付けする人を注意している人を見たことはありません。

Img_1007 癒されました~
 不忍池は、餌の少ない冬場でも楽々餌にありつける鳥たちの楽園なのであります。

2016年2月 3日 (水)

雪見に西丹沢へ

 1月最後の日、寒い朝でしたが、長男は部活の試合で出かけていきました。一時期はグダグダで不登校も危ぶまれましたが、最近は少しモチベーションが上がったかな。そんな頑張る長男の姿を見たいというかみのリクエストで試合会場に行ってみることにしました。そうはいっても、天然児を会場に連れて行くと長男が集中できなかろうということで、かみが試合の観戦中、天然児を連れて雪を見に行くことにしました。

Img_1438 冬枯れ時期だけに姿を現す滝

 丹沢湖にやってきました。湖畔には雪がありませんでしたが、周囲の山々は白く雪化粧していました。マスやワカサギを釣る人の姿がポツポツありましたが、シーズン中は湖畔を賑やかす車やバイクの音もなく、とても静かな冬の丹沢湖でした。

Img_1442 畦ヶ丸方面に渡る吊り橋

 丹沢湖から更に中川方面に進みます。県道は除雪されているので通行に支障はありませんでしたが、箒杉より上は路肩に結構な雪が積まれていました。路面に雪がなくても朝晩は凍結に注意ですね。

Img_1450 西丹は雪国の様相

 西丹沢自然教室までやってきました。雪が積もった路肩には20台ほどの車が駐車してありました。西丹沢の静かな雪山を楽しむ人でしょう。羨ましい。自然教室周辺でブラブラと雪見をしていると、雲間から大室山が見えてきました。

Img_1446_2 霧氷美しい大室山

 稜線は霧氷が輝いてとても眩しく美しい。あーあの稜線を歩いてみたいなぁ。

2016年2月 1日 (月)

健康元年もひと月が過ぎ・・・

 早いもので今年もひと月が過ぎてしまいました。先週末にもう一ネタ、ブログを更新しようと思ったんですが、天然児と向き合いながら長男の試合の応援に行くかみの送迎やら、ババの見舞いやらと忙しくて、気がついたらジーパンのまま寝てしまい、月が回っていました。

 思えば初日の出登山で足を痛めて以来、山も遠のき、折からの寒波到来で海も遠のき、控えめな1月でした。怪我や寒さ以上に私を引き止めたのは、やはり入院しているババの存在がありました。

 昨年は入退院を繰り返して、病床で年を越したババ。今年こそは健康の元年でありたいという祈りも虚しく、1月の下旬は感染症にかかって高熱が続き、リハビリも停滞気味でした。麻痺した半身を回復させる大切な時期が無為に過ぎて行き、痴呆の気が強くなる本人を見ていると、身内としてはかなり焦りを感じます。それ以上に、日々リハビリに取り組んでいただいている病院スタッフもそうでしょうし、本人も半ぼけながらもそう感じていることでしょう。

 そんな日々を送りながら思うのは、昨年の春先に癌が見つかって以来、今日に至るまでの経過です。癌自体の切除手術は成功して、転移も認められなかったものの、退院直後に血管に血栓ができてすぐに再入院。血栓を除去するカテーテル手術を2度受けた後、一旦落ち着いて退院したのは夏を迎えた頃でした。真夏に体調を崩して2週間ほど入院したものの、秋口に血栓のフィルタを外して、やれやれ一段落。と思いきや、11月末に脳溢血で倒れてしまいました。

 高齢な身を押して手術を急ぐ必要があったのだろうか?いや、癌を抱えて不安な日々を遅らせる方が本人には苦痛なんだ。最初に血栓ができて左下肢が膨張した時に何ですぐに病院に行かなかったのか?いやいや、癌の手術を無事終えてやっと帰宅したので、すぐに別の症状が生じるとは信じ難かったのだろう。・・・自問自答を繰り返すばかりですが、ことここに至っては、結果は結果として受け入れるしかないんです。

 また、病気や医療の知識が乏しい身としては、疑心暗鬼も生じてきます。退院直後に静脈血栓ができて、左下肢がリンパ液でパンパンに腫れ上がったのは何故なのか?施術は本当に成功したのか?退院の判断は正しかったのか?脳溢血は血栓のフィルタを外して「血液をサラサラにする薬」を続けた結果の副作用ではなかったのだろうか?当然、そのことは事前に想定はされていたのに、それ以外に手段はなかったのだろうか・・・

 癌や血栓の治療を担当した病院の若い医師たち。入院時は忙しい中、日夜BESTを尽くしていただき神様のように見えました。しかし、脳溢血になったことを連絡して以降、連絡もありません。脳溢血で救急搬送された病院や今の病院に情報提供もありません。継続して通院していた患者なのに、別の病院に入院した途端、関係は途絶えてしまうのでしょうか?責任は感じないのでしょうか?個人情報は守っても個人生命は守らないのか!いやいやいや、冷静に考えれば、多くの患者と向き合う医師が、一人の患者の経過を追い続けることなんて、到底かなわないことでしょうし、病院の垣根を越えて干渉することも非現実的なことだと思います。それが今日の医療システムと受け入れるしかないのでしょう。

Img_1398 クラゲのようにケセラセラ・・・

 「聖職」という言葉があります。元来、神と人とを繋ぐ神父や神主など宗教上の職に携わる人たちのことでしたが、現代では、人の命を預かる医師を始め、医療に携わる人たちも「聖職」と呼ばれているようです。医療の分野は学識、技術の両面において高度であるため、知識に乏しい私たちは、医師から聞いた患者の病状や対処法を「それが正しいもの」と黙って受け入れるしかありません。しかし、宣告される病状が受け容れがたいものであればあるほど、「あのとき、医師の判断は本当に正しかったのか?」という、モヤモヤとした疑心暗鬼が湧いてくるのです。

 私はこう思うことがあります。かつて教育水準が低い時代、教壇に立つ教師たちは「聖職」と呼ばれていました。情報もなく価値観に乏しい時代にあって、教師は子供たちの手本であり目標とする将来像でした。教師の言うことは絶対であって、それに従えない者に対しては、容赦ない体罰が加えられることもしばしばでした。時代は変わり、高度な情報化は子供たちに多様な価値観を与えて、子供たちは教師の発言に抵抗感を抱いたり、眼差も随分冷ややかになったようです。同様に親たちの教育水準も高くなって、学校に向けられる視線も厳しく、モンスターペアレンツに例えられるような学校教育への干渉も聞かれるようになりました。(このような学校を取り巻く状況が良いとは思えませんが)今や教師は「聖職」の地位を完全に失ってしまいました。

 今後、更に医療分野が進歩して、現在では難病とされている病気が克服されていくことでしょう。しかし、医療が高度かつ専門的な分野として留まれば、いつまで経っても患者サイドのモヤモヤが晴れることがありません。今まで以上に発展していくであろう情報化によって、医療分野が広く大衆化することを期待しています。患者やその身内と医療スタッフがあーじゃ、こーじゃ、言い合いながら病気と向き合っていく。患者サイドと病院サイドの両方が、気軽に相談できる医療コンサルタントのような第三者機関が出現するかもしれません。それによって、医師や医療スタッフも「聖職」の地位を失うかもしれませんが、近い存在となってこそ、信頼関係が構築できると私は思うのです。

 我が家にとって健康の元年、それ以上に介護元年となろう今年。今回のような雑感が増えそうな予感ですが、どうぞご笑覧くださいませ。

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