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2016年5月11日 (水)

ババ新たなる門出

 脳溢血で倒れたババが半年近いリハビリ入院を終えて、GWの終わりに退院してきた。リハビリ病院に転院した当初は、リハビリ治療では有名な病院に入れたので、不随になった左半身の機能も回復して、倒れる前の生活に戻れるものと信じていた。しかし、入院中に感染症による高熱が続いたり、認知症を発症してリハビリは計画的に進まなかった。そして、半年のリハビリ入院の結果が、左半身不随と認知症で全ての面で介護が必要な当初の予想とは正反対なものだった。

 入院半ばに、病院から退院後は特別養護老人ホームへの入所を勧められたが、認知症をになる前に自宅に帰りたがっていたババの意思を尊重して、私と弟は自宅での介護を選択した。とはいえ、仕事を辞めて介護に専念できるほどの経済的余裕がないため、仕事に出る平日は小規模多機能施設にお世話になることにした。小規模多機能施設(ホーム)とは、要介護者が自宅での生活をしつつ、必要に応じて通所、宿泊、訪問の介護サービスを利用できるという、我が家にとっては願ったり叶ったりのサービスである。

 退院して小規模多機能施設に送り出すまでの丸2日間、弟と私は実家でババを介護したが、それはそれは、筆舌に尽くしがたい苦労を味わった。やせ衰えた老人一人の介護がこれほどまでに大変なものとは・・・正直甘く見ていた。特にトイレの介助は体力的に加えて精神的な苦痛が大きい。初日は介護に戸惑い、時にパニクって兄弟で怒鳴り合い、ババに対しても厭味や皮肉をぶつけてしまった。我ながら未熟なものである。初日から兄弟で顔を見合わせて挫折感を語り合った。

 ところが、二日目になってババも少し落ち着いてきて、自宅に戻ったことを認識してきた。朝食後にババを車いすに乗せて近所を散歩すると、山の緑や道端に咲く花々を見てとても喜んだ。半年も建物の中に籠りっきりだったのだから、感動は一入だったであろう。その日の午後は、車で父の墓参りに出かけた。入院中も墓のことを心配して、しばしば口にしていた念願の墓参り。正直、田舎寺の墓地は階段、段差、狭い路地と車いすで入ることはかなり苦労したが、父の墓前で涙を流して我が身の不徳を報告するババの姿に、早めに来て良かったと思った。

Dsc06489_2 玄関スロープの先に希望はあるのか・・・
 そして月曜日の朝、新たなる生活の場に踏み入れることが不安だったのか、日の出とともに目が覚めていたババ。朝食を済ませて身支度を整えると、車いすに座ったまま「まだか、まだか」とそわそわして迎えを待っていた。「今日は何時に迎えに来る?」やはり不安なのであろう。次に帰宅するのが土曜日と伝えると、少し寂しい顔をしていた。次の休みには花の咲く場所にドライブに行こうというと、「行こうね」と笑顔を見せた。

 「おはようございます!お迎えに参りました」齢77歳の新たなる門出を迎えたババ。余生は必ずしも楽ではなくなってしまったが、少しでも穏やかに、笑顔を取り戻していって欲しいと思うばかりである。そう思いつつも、自分たちの選択は「取り敢えず自宅に戻してあげられた」という自己満足でしかないのではないか?ババにとって最善の道であろうか?希望と不安が混在しながら車内から手を振るババの姿を見送った。

 ババが元気になったらまた好きな旅に連れて行こう。尾瀬・・・ちょっと無理か。そうだ上高地。何でも手続きを踏めばマイカー規制されている上高地にマイカーで入れるらしい。幼い頃、父の運転で上高地を訪れたことがあったが、自らハンドルを握って釜トンネルをくぐれるのである。既に逆転の発想で新たなる計画を発動させている山笑である。

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