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2016年8月19日 (金)

我が家のダンケルク上越 日本海で泳ぐ旅その1

 「日本海で泳ぎたい」長男のそんな思いつきから、今年の夏の旅行は決まりまして、お盆前に新潟県上越方面の海まで泳ぎに行ってきました。信州乗鞍や上高地、善光寺平辺りまでの往復ならば、土地勘もあるのでわけないのですが、さすがに新潟はハードルが高い。一昨年、魚沼、奥只見まで遠征しましたが、その時は日本海に到達しませんでしたし。太平洋まで徒歩15分、日本海まで車で6時間の我が家が、日本海で泳ごうってんだから、思えば変な話です。

 8月10日(水)、渋滞回避のため、朝5時の出発を予告していたにもかかわらず、5時に起きていたのは私だけ。いつものパターンです。私が子供の頃は、旅行が嬉しくて嬉しくて、当日は朝早く目覚めたものですけどね。(行きたくないのかなぁ?)6時前に叩き起こして、ブータラ、ブータラ言われながらやっとこさ出発しました。

 案の定、圏央道の八王子JCT手前と鶴ヶ島JCT手前から関越道にかけての2箇所で渋滞にはまってしまいましたよ。道中、狭山、松井田妙義、野尻湖で休憩を取りながら、北陸道名立谷浜ICを下りたのが13時。5時に出れば11時には現地に到着できる試算でしたが、出遅れと渋滞遅延で、予定より2時間程度遅れてしまいました。いいよね~後ろで寝ているだけの人たちは。取り敢えず、初日は糸魚川で軽く泳ぎながら、ヒスイを探そうということになりました。

Img_3082_2 日本海に至る。

 日本海を右手に望みながら、名立から百川、能生と海岸線を走るR8を走ります。左手は山が海岸線まで迫り出して、切り立った断崖絶壁になっています。いかにもフォッサマグナ北の終端糸魚川らしい風景ではありませんか。我、遂にここに至り、海が行く手を遮るのみ。電撃戦で英仏連合軍をダンケルクの海岸に追い詰めたドイツ軍の気分です。海の向こうは大英ドーバー…ではなく、佐渡島ですね(笑)

 越後を流れる糸魚川 深い雪に閉ざされた 人里離れたその川に 碧(ミドリ)の翡翠(ヒスイ)が眠ります 幾百年の昔から今に 今に伝わる碧の翡翠♪(歌唱「越後のはなし」)この歌は、私が小学生になるかならないかの頃、奥只見の山荘のキャンプファイヤーで聞いた懐かしい歌ですが、糸魚川市で日本海にそそぐ姫川の上流域は日本一のヒスイの産地です。長い年月をかけて日本海に押し流されたヒスイの原石を、糸魚川周辺の海岸で見つけることができるそうです。これは一攫千金のチャンスだ!

Img_3070 大和川海水浴場

 土地勘がないので、コンビニで聞き込みをしながら、やって来たのは糸魚川市の大和川海水浴場です。テトラに囲まれた海水浴場は人気も疎らで、監視所を覗くと地元のお爺が一人海を眺めていました。挨拶を交わすと「ここは深いから泳ぐなら気をつけな」だって…失礼ながら、いざという時の救助は当てになりそうもありません(笑)

海に入ってみると、やはりドン深です。波打ち際から2mも行くと大人の首までの深さになって、更に深くなっていきます。二宮かここは!でも、意外だったのは、日本海の海水は冷たいと思っていたのが、とても暖かかったことですね。これなら温いお風呂のようにいくらでも浸かっていられるでしょう。眼鏡をつけて潜ってみると、いるいる!大きなシロギスが沢山泳いでしました。天ぷらサイズではなく、お刺身、塩焼きにもなりそうです。チョイ投げで釣れそうだなぁ…急に釣りがしたくなりましたが、勿論口には出せません。

Img_3068Img_3106_4 環境意識が乏しい国もあるようです。
 小1時間ほど泳いだ後は、砂浜いや砂利浜でヒスイ探しです。ヒスイは透明感のある緑の石というイメージがありますが、イマイチピンとこないので、スマホで調べながらそれらしいのを探してみました。かみは怪しいヒスイよりも、シーグラスを探すのに夢中です。シーグラスとは、ビンなど人工物のガラス片が波に洗われて石のように丸くなったものですが、地元湘南地区では、ビーチコーミングで人気があります。茅ヶ崎では、シーグラスに貨幣価値が与えられていて、買い物ができるお店もあるそうです。こちら日本海側では、シーグラスもただのガラス玉。沢山拾うことができたようです。

 石を拾ったり、素潜りしたり、不機嫌にお茶ばかり飲んだり、個々に夢中になって無防備な我が家。ここは日本海ですよ。油断していると海の向こうに連れ去られることにもなりかねません。

Dsc07138_2 鵜の浜海水浴場

 泊まりは上越市(旧大潟町)の鵜の浜温泉です。大潟という地名のとおり、海岸線近くに大小の池が点在する場所にある小さな温泉街ですが、昭和33年に石油資源開発のボーリングを行った際に湧出した温泉だそうです。石油資源に乏しい我が国ですが、地元にとっては嬉しい町興しになったことでしょう。

Dsc07083 海に沈む夕日は日本海ならでは

 また、鵜の浜には人魚伝説が伝えられていて、それをモデルに創作されたのが「赤い蝋燭と人魚」のお話です。紹介しますね。

 この海に暮らす人魚が、人間の世界に憧れて、産んだ子を土地の神社に託しました。蝋燭を商う老夫婦がこの子を拾って家で育てることになりました。老夫婦に愛されて育った人魚の子は、やがて美しい娘に成長して、老夫婦の家業を手伝うようになりました。人魚の子が作った美しい絵の描かれた蝋燭を神社に灯すと、海が時化ても安全に漁に出られたそうで、人魚の作る蝋燭は評判になって、家業は繁盛したそうです。

 その噂を聞きつけた悪徳人買いが老夫婦を訪ねてきました。人買いは、人魚の娘を見世物にするため、言葉巧みに老夫婦に娘を譲るよう迫りましたが、老夫婦は頑として首を縦に振りませんでした。しかし、「人魚は不幸を呼ぶ生き物」という吹聴と目の前に大金を積まれたので、遂に折れて娘を人買いに売ってしまったそうです。老夫婦に見放された娘は、悲しみの余り赤い蝋燭ばかり作って、残していったそうです。

 娘が売られて数日の後、蝋燭屋を一人の女が訪ねてきて、赤い蝋燭を全て買い占めて言ったそうです。やがて、赤い蝋燭が夜な夜な神社に灯るようになりました。すると、今まで穏やかだった海が荒れ狂って、多くの船人が海に呑まれたそうです。そんな最中、この地から離れようとする人買いと娘を乗せた船も時化の海に沈んだそうです。それ以降、老夫婦は蝋燭屋をやめ、この土地は荒れ果てて住む人もいなくなってしまったそうです。

Dsc07130_2 鵜の浜色彩音楽花火

Dsc07132 宿の窓越しなので(笑)

 日本海に沈む夕日を見ながらの温泉、新鮮な海の幸、花火大会まで見れて盛りだくさんでした。(つづく)

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