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2017年9月

2017年9月30日 (土)

ゼニガメが生まれました。

 職場近くのお寺には小さい池があって、そこには大小のイシガメがのんびりと暮らしています。先日、立ち寄ったら小さな水槽に子ガメの姿が。俗に言うゼニガメですね。

Img_6273 8月末に生まれたそうです。

 お寺で大切に飼育されているカメなので不謹慎かもしれませんが、「1匹ちょうだい!」

2017年9月27日 (水)

吾妻山に地上絵出現

 彼岸の頃、朝の散歩で久しぶりに吾妻山に行ってきました。雲が多くて富士山や丹沢は見えませんでしたが、暑さも落ち着いて歩くにはちょうど良い陽気です。ポツポツとセミの鳴き声が聞こえているのがどこか物悲しく感じられました。

Img_6279 何か刻まれていますね?

 吾妻山の芝生の広場には芝刈りアートで地上絵が描かれていました。何が描かれていたかというと…

Img_6283 にのキャラ「ニーノ」ですね。
 二宮町PRキャラクター「ニーノとミーヤ」のニーノでした。その隣にも枠が設けられていたので、間もなくミーヤも登場することでしょう。空撮でもするのでしょうか。

Img_6287 黄色い彼岸花
 吾妻山公園内には彼岸花が咲いていました。最近は赤い花の他に白や黄色い彼岸花も見られるようになりました。大輪で派手な彼岸花の花ですが、彼岸の頃に咲くので死をイメージする花、あるいは赤い色が血や家事の炎をイメージする花として、我が国では古来より縁起の悪い花として人気のない彼岸花ですが、カラーバリエーションによって人気も上がるかもしれませんね。

2017年9月26日 (火)

朝ごはんの風景

 彼岸の頃、朝の空気はかなり冷え込んで20度を下回るようになりました。夏の間は猫の額で外飼いしていたリクガメたちにとっては寒いくらいの陽気です。そろそろ家に入れてあげなければならないでしょう。でもまだ受け容れ準備をしていないので、もう少し辛抱してくださいな。

Dsc01760 クロちゃんおはよう

 クロちゃん1匹のときは壊れたお風呂の椅子を家にしていたのですが、アカアシくんが来てからは、メダカの飼育に使用していた発泡スチロールをひっくり返して第2のカメハウスにしました。この朝もクロちゃんが早起きしてカメハウスから外を眺めていました。奴の姿はありませんが何処へ行ったのでしょう?

Dsc01762 ヘルシーメニュー

 食欲旺盛なアカアシくんが出てくる前にクロちゃんにお腹いっぱい食べてもらおうと朝ごはんにしました。朝ごはんといっても1日1回の食事ですが。今朝の献立は、プチトマトにキュウリ、レタスにリンゴのヘルシーメニューです。「ごはんだよー!」

Dsc01764 い~~た~だ~き~ま~~~す~♪

 カメは平温動物ですから朝は体が冷えてすぐに動き出すことができません。家の中から餌を認識すると一息入れて、ゆ~っくりとクロちゃんが這い出してきました。

Dsc01765 サクサクと音が良い

 プチトマトからと思いきや、キュウリからいきました。サクサクと歯切れの良い音を立ててキュウリを食べていました。料理人ではありませんが、出したものを夢中で食べる姿を見ていると嬉しくなりますね。

 そんなクロちゃんを見ているうちに、…?何やら視線を感じます。

Dsc01766 出た!

 なんとカメハウスの中から長い首を出してアカアシくんがこっちを覗っています。姿が見えないと思ったら同宿していたんですね。

Dsc01767 腹減った!

 餌を見つけてまっしぐらに進んできました。若いのでクロちゃんと違ってスピード感があります。

Dsc01769 やっぱりトマトから

 アカアシくんが猛烈な勢いで食べ始めるとクロちゃんは警戒して食べるペースが落ちてしまいます。なかなか難しい関係なんですよね。

2017年9月24日 (日)

銀杏の季節

 毎朝、上野駅から九段まで…もとい、湯島まで。20分のウォーキングで一日が始まります。とはいえ、通勤電車の中で1時間ほどの車中泊(睡眠)でしたから、寝起きと仕事に行く気の重さでフラフラ、モヤモヤと歩き始めます。さらに最近それに追討ちをかけるように…

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 くっさ~~~!上野公園にある銀杏の大木から大量の銀杏が路上に落ちて潰れています。場所によっては足の踏み場もない地雷原状態です。その悪臭漂う公園を歩くと倒れそうになります。当に生物兵器です。銀杏愛好家の方々に潰れる前に拾っていただけることを願うばかりです。

2017年9月22日 (金)

水鳥憩う伊佐沼

 川越市街の東に伊佐沼という沼があります。周囲2km余りのこの沼は、埼玉県内最大の自然湖沼で、関東地方の自然の沼では印旛沼に次ぐ大きさなのだそうです。かつては現在の倍の大きさがあったものの、耕地として半分が埋め立てられてしまったそうです。沼の周囲一帯は農耕地なので、昔から沼の水は農業用水として重宝されてきたようです。

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 現在、沼の畔には公園が整備されて地域住民の憩いの場となっています。春は湖畔の桜並木が咲き、夏には水面を古代蓮の花が埋め尽くします。また、沼にはコイ、フナ、タナゴ、モツゴ(クチボソ)、ブルーギル、ナマズなどが生息しているそうで、のんびりと糸を垂れる人の姿もありました。

 立派な望遠レンズのカメラを構える人の姿が多かったのですが、一年を通じて多くの野鳥が寄るので、観察地としてウォッチャーが集まる場所のようです。cameradiamond

Dsc01741 シラサギがいっぱいいます。

 見るとシラサギ、アオサギ、ゴイサギなどのサギがいっぱいいます。しかし、カメラの放列が敷かれているのは違う場所です。近づいてみると…

Dsc01745

Dsc01747 セイタカシギとシラサギ

 どうやらセイタカシギという小型の鳥を狙っていたようです。

 実は今回の川越行にはかみの両親も同行したのですが、川越はかみが幼い頃に義父が単身赴任をしていた思い出の地なのだそうです。その当時、伊佐沼周辺の水路ではザリガニや魚がいくらでも取り放題で、それを職場の夏祭りで子供たちに配ったのだそうです。親子の思い出話に花が咲いたのでかみも至極上機嫌でした。こういうところで点数稼ぎをしておけば後々何かとやりやすいですねwink

2017年9月21日 (木)

毎年恒例の川越散策

 ここ数年、夏の終わる頃に川越を訪れています。学校が夏休み中は天然児の対応に忙殺されていましたが、新学期も始まってホッと一息。夏休みの労いも兼ねた夫婦のデートの地が何故か川越になっています。数年前の家族旅行で新潟方面からの帰途、予想していた渋滞がそれほどでもなく、早い時間に帰ってきてしまったので、立ち寄ったのが川越でしたが、その時の印象が良くて、それ以来、毎年恒例の行事となっています。

 川越は埼玉県のほぼ中央に位置していますが、平安末期から鎌倉期は秩父党河越氏の拠点であり、室町時代に扇谷上杉氏の拠点として家宰太田道灌が川越城を築城した後は、政庁、城下町として繁栄しました。徳川家康が江戸に入府すると政治の中心地を江戸に譲りますが、その後も川越は江戸の北の護りとして重要視され、川越藩は幕府の重職が歴代の藩主を勤めました。江戸と川越を結んだ川越街道は五街道に次ぐ脇往還として整備され、同じ頃新河岸川の水運が開発されると河越は物流の拠点としても大いに繁栄しました。

 現在でも、JR川越線、東武東上線、西武新宿線など3路線と関越道が通じ、市街地で国道16号と国道254号が交差する交通の要衝地として、人口35万人を擁する中核都市として、また、市街地には古い町並みや本丸御殿、寺社仏閣などの建造物が点在しているので、「小江戸」と呼ばれて多くの観光客を集めています。

 9・11、残っていた夏休を消化して今年も川越にやってきました。が…川越城本丸御殿や美術館は休館日でした。月曜日が休館日なのは図書館みたいですが、観光地なんだから定休日というのはいかがなものでしょうか。せめて定休日を設けるのならば、休日後の月曜日ではなく、水曜日とかにすれば良いのでしょうけど。

Img_6226 河越城本丸御殿

 とうりゃんせ とうりゃんせ

 ここはどこの細道じゃ

 天神様の細道じゃ

 ちょっと通してくだしゃんせ

 御用のない者通しゃせぬ

 この子の七つのお祝いに 御札を納めに参ります

 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

 言わずと知れた童歌「とおりゃんせ」の歌詞ですが、この歌の発祥の地とされているのが、川越城本丸御殿の道向かいにある三芳野神社です。(小田原の山角天神社の説もありますが)この神社は、歌詞にもあるとおり、学問の神様「天神様」こと菅原道真を祀った「天満宮」、「天神社」なのです。

 「とおりゃんせ」は、一説に神隠しを唄ったといわれている「かごめかごめ」と並んで、歌詞の内容が怖い童歌といわれることがありますが、かつて三芳野神社は川越城の一角にあったため、参拝者に対して監視の目が光っていたそうです。当時の情勢を考えれば納得ですね。

Img_6229 三芳野神社は改修工事中

 三芳野神社ですが、本殿が全面改修中でした(笑)

Img_6241 川越大師こと喜多院

 さて、気を取り直してやって来たのは川越大師こと天台宗・喜多院です。喜多院の開山は、平安時代初期にまで遡り慈覚大師円仁の開山とのことです。鎌倉、室町と2度の兵火により焼失しましたが、再建の後、徳川家が関東に転封されると比叡山から南光坊・天海僧正が招かれて当山に住寺すると、関東の寺院の総本山に指定されて大いに寺勢を誇ることになります。

Img_6242 境内の五百羅漢

 寛永年間の川越大火によって全ての伽藍、堂宇を焼失することになりましたが、徳川将軍家の信任厚い天海僧正縁の寺ということもあって、速やかな復興が行われました。喜多院の本堂に連なる客殿、書院は、この際に江戸城内の御殿の一部が移築されたものだそうです。客殿には、徳川三代将軍家光誕生の間、春日局化粧の間などが今に伝えられています。私は家光がこの地で誕生したものと思い込んでいましたが、前述の移築によるものだということを初めて知りました。

 さて、市内散策はやや不完全燃焼でしたので、ランチはうなぎを食べることにしました。読んで字のごとく、新河岸川、入間川、荒川に囲まれた川越は知る人ぞ知るうなぎ料理が名物です。うなぎが大好物のかみはうな重を食べて元気百倍!それに対してうなぎがやや苦手な私は、かみの前では蕎麦をすすって精進です。

2017年9月15日 (金)

山行 表尾根でお花観察 丹沢表その2

 「丹沢の貴婦人」ことサガミジョウロウホトトギスの花と出会えて、先ずは目的を果たした山笑。後半は書策新道を堪能して表尾根に向かいます。

Dsc01686 セドノ沢を遡行
 書策新道の上部は雑草が繁茂している箇所やセドノ沢の遡行、踏み跡の不明瞭な箇所が連続するので注意が必要です。目印テープに注意して歩きたいものです。花見の沢から先行した赤い帽子の女性もルートを見誤ったようで、「こっち、こっち」と手招きして再び私が先行することになりました。自分が迷ったりルートを誤ったポイントでは、誰でも同じように動いてしまうんですね。ついつい声をかけてしまいましたが、ルートファインディングを磨いていたのならば余計なお節介ですか。

Dsc01687 セドノ沢の白竜の滝 Dsc01689_2 ホトトギス
 セドノ沢を遡行すると白竜の滝がありました。この周辺には戦前マンガン鉱石を採掘していた坑道の跡がいくつもあるそうなのですが、それを知ったのは事後であって全くのノーチェックでした。マンガン鉱石は採掘してどうするのかといいますと、粗鋼の製鉄やマンガン電池の原料になるそうです。まあ1回で全部楽しんでしまっては勿体ないですから、次回の楽しみをとっておきましょう。

Dsc01695 終端部は森の小径のようだ♪

Dsc01697 タイアザミ

 書策新道の最終部は、草原状になりつつもこれまた草が深い箇所があって、これを漕いでいく場面もありました。アザミなどのトゲ草も結構混じっていて、半袖シャツのオッさんは散々に悩殺されました。別の悩殺がいいよー!最後に低木のトンネルの様な場所を抜けると…

Dsc01699 書策小屋跡から塔ノ岳を望む

 戸沢から新道を歩いてちょうど2時間。表尾根に出合いました。書策小屋跡の草原に腰を下ろして塔ノ岳を見上げていると、すぐに赤い帽子の女性も上がってきました。新道では終始ご一緒することになったので、ついつい「お疲れ~」の一言。「ヒルがついていませんか?私は2、3匹ついていましたよ」え?!奴が…あ~~~!(再び稲川調)小さなヤマビルが片足に2、3匹ずつ取り付いていました。沢沿いの湿ったルートでしたから当然といえば当然です。

Dsc01702 表尾根三ノ塔と大山(左奥)

 さて、ここから先は塔ノ岳の山頂を踏んで大倉尾根を下ろうと思っていましたが、書策新道が意外と歯応えがあったので、予定変更。おなじみの表尾根を烏尾山まで歩いて、烏尾尾根ルートで戸川林道に下り、最後は往路を歩いた戸川林道を歩いて大倉に戻ることにします。表尾根の縦走路には、夏の終わり、あるいは初秋を告げる色々な花々が咲いていましたのでご紹介します。

Dsc01703 「丹沢のキングギドラ」ことフジアザミ

Dsc01705 ヤハズハハコ

Dsc01706 ビランジも何とか居残り

Dsc01716_2 シロヨメナ
Dsc01719 ハンカイシオガマ

Dsc01726 コフウロ

Dsc01718 アキノギョリンソウ(ギョリンソウモドキ)
Img_6211 ツルニンジン「お主もなかなかの珍花よのう」

 そして表尾根のちょっと脇を覗くと、ここにもあの花が…

Dsc01708 「丹沢の貴婦人」

 サガミジョウロウホトトギスだ♪

Dsc01723 烏尾山から三ノ塔

 ススキの穂が茂る烏尾山には多くのハイカーが憩っていました。

Dsc01732 戸川林道で帰ります。

Dsc01733 トビナナフシ

Img_6210 カマドウマを捕食するニホントカゲ「ウマァ~♪」
 烏尾尾根の急な下り、そして最後は戸川林道を歩いて大倉に戻ります。林道歩きでは水辺に寄るトビナナフシや食べるのに夢中で逃げもしないトカゲをなど小さな生き物たちを見ることができました。でも、車やバイクの往来がありましたので、轢かれないよう道脇のヤブに避難させることも。とにかくお節介な性分の山笑であります。

 林道歩きをしていて思ったのは、サガミジョウロウホトトギスもそうなんですが、珍しい山野草の盗採、あるはクワガタなどの希少な昆虫が乱獲されないよう、HPなどでは生息場所を特定されないような書きぶりをしますが、そんなことよりも効果的なのは、林道への一般車両の進入を禁止することでしょう。悪事を働く連中は山歩きが目的ではないから行けるところまで車で入って、ヒット&アウェイをしていくんでしょうから。ここに限った事ではないのですが、サガミジョウロウホトトギスに限っていえば、戸川林道の通行禁止でしょう。少なくとも山が好きになった人には、ありのままの魅力を紹介してあげたいものです。

 そう思っているうちに後方から車が来たので、路肩に避けてやり過ごそうとしていると…あれ?横に来て止まりました。「大倉まで乗っていきませんか?」あ~~~!(心の中で稲川調)赤い帽子の女性が親切に声をかけてくれたのです。では、お言葉に甘えて…と思っていたところに、ああ無情。前方から対向車が迫ってきました。ここでモタモタしていては離合に支障があると思い、「前から車が来ているから、大丈夫、行ってください」…ありがとう「丹沢の貴婦人」またいつか山でお会いしましょう。

Dsc01736 戸川公園には彼岸花が

 大倉・戸川公園に戻ってくると彼岸花が咲いていました。彼岸を過ぎれば秋本番ですね。

★コースタイム:5時間50分

大倉6:25→7:40戸沢→(お花見)→9:40書策小屋跡9:50→10:30烏尾山10:40→11:20新茅山荘→12:15大倉

2017年9月12日 (火)

山行 丹沢の貴婦人に会いに 丹沢表その1

 9月10日(日)、丹沢表を歩いてきました。この時期、一部の丹沢愛好家たちの間では、サガミジョウロウホトトギスという花が密かに話題となります。別名「丹沢の貴婦人」とも呼ばれるこの花ですが、私自身は今までお目にかかったことがありません。今回初めてこの花をお目当てに歩くことにしました。

Img_6206_3 丹沢の貴婦人

 サガミジョウロウホトトギスという花は、ユリ科の多年草で、沢沿いの岩壁に自生して3、40cm程の長さの茎は岩から垂れ下がる様に生えています。9月上旬、茎の先端部に黄色い釣鐘状の花を複数咲かせますが、ユリの花というよりはホタルブクロの花が黄色くなったようなイメージです。ジョウロウホトトギスの種は、キイロジョウロウホトトギスなど数種類あるようですが、どれも太平洋側の山奥、沢沿いの湿った環境に自生しているので一般には馴染みの薄い花です。サガミジョウロウもその中の一種ですが、丹沢南部の一角にしか咲いていない珍しい種だそうで、絶滅危惧種に指定されているそうです。それでいて心無い盗採によって個体数は更に減少しているそうです。

Dsc01621 戸川公園を出発です。

 6時半、大倉の戸川公園を出発して、水無川に沿って塔ノ岳の山懐に通ずる戸川林道を歩きます。戸川林道は一般車の通行を禁じていないため終点の戸沢まで車で入ることが可能なのですが、すぐに未舗装路となり斜面からの土砂の流入や雨や沢水による浸食によって、路面のギャップが各所にあるため軍馬での侵入はやめておきました。約6kmの林道歩きで足慣らしです。丹沢表は何十回も歩いてきましたが、戸沢周辺のルートはこの長い林道歩きを倦厭してほとんど歩くことがありませんでした。

Dsc01626 竜神の泉

Dsc01633 土砂流入箇所

 水無川の沢音を聞きながら戸川林道をテケテケ、クネクネと進んでいきます。川の対岸には平行する大倉尾根がありますが、朝日を受けて緑が眩しく輝きます。この日は朝から晴れて気温が上がる予報でしたので、大倉尾根と表尾根に囲まれた川沿いの林道歩きは涼しくて快適でした。

 軍馬はホイールベースが長いので、路面のギャップによる底すりやバンパーの破損を危ぶんで大倉に残してきましたが、戸沢まで歩いていると車が何台か乗り入れてきました。ランクルは問題なし。ヴィッツはベースが短いからまあセーフでしょう。マークXとかプリウスも入って行きましたが…大丈夫でしょうか?それにしてもトヨタ車ばっかだな。

Dsc01635 戸沢から望む塔ノ岳

 大倉から70分ほどの林道歩きで終点の戸沢に到達しました。広い河原の駐車スペースには10台ほどの車が停まっていました。ここから天神尾根をつめて大倉尾根の上部に出合い塔ノ岳を目指せば通常ルートでは最短コースですが、やっぱり塔ノ岳へは変化に富んだ表尾根縦走か根気の大倉尾根歩きが常道だと私は思います。大倉尾根にも表尾根にも林道に下りるショートカットルートが何本かありますが、どれも植林帯の中の急斜面で実に面白みに欠けます。下の方にはヒルもいるしね。

 さて、戸沢からは書策新道を歩きます。書策新道は、かつて表尾根・新大日の少し下にあった書策小屋で、88歳の高齢まで小屋主を務めた伝説的な人、故渋谷書策氏が開通した戸沢から表尾根の新大日下に通ずるルートですが、8年前に渋谷氏が亡くなられ書策小屋が廃業になった後は、荒廃して現在は廃道となっているそうです。今や書策新道ではなく書策廃道なのですが、とはいえ、ネットを見ていると歩く人も結構いるようで、更にお目当ての花が咲いている場所もありそうなので、私にとっての新道として初挑戦です。

Dsc01638 沢が集まる戸沢

 今や廃道となった書策新道の入口は、道標なども無く実に不明瞭で、地図をよく見つつ周囲に注意しないと見逃してしまうかもしれません。天神尾根方面に少し歩いて、本谷沢と源次郎沢の二つの沢が出合う少し上で源次郎沢を渡ります。後はやや左手の尾根筋に注意していくと通行止めのロープがありそこが入口です。通行止めのロープを跨ぐことは自己責任の域に踏み込む訳ですから、気を引き締めて行きましょう。

Dsc01646

 しばらくは植林体の中をジグザグと九十九折するのですが、そのうち本谷沢に沿って奥に延びるやや平坦な道になります。断層の名残か所々岩が露出した良い雰囲気となってきます。樹林の間から行者ヶ岳の稜線や本谷沢の滝が少しだけのぞいていましたが、葉が落ちる冬場にはもっとよく見えることでしょう。

Dsc01648 朽ちた橋

Dsc01652 右手が切れ落ちています。

Dsc01653 切れ落ちた斜面のトラバース

 枯れた沢を何度かトラバースしていきますが、片側が切れ落ちているスリリングな箇所もあって気を抜けません。でも、そのうちこのドキドキ感が何ともいえない快感になっているんですよね。それにしても書作氏はよくもまあこんなルートを開拓したものです。子供の頃、近所の遊び仲間たちと山に分け入って、竹藪を切り開いてトンネルのような、迷路のような道を作って遊びましたが、あれは実に楽しかったです。ビニールシートやダンボールを持ち込んで泊まり込んだこともありました。(後になって近所の山が私有地と知って苦笑いでした)

Dsc01655 本谷沢渡渉部

 やがて今までになり大きな流れの沢に行き当りました。この流れは本谷沢ですが、ここで談笑するオジさん二人と出会いました。確か戸川公園で用足しをご一緒した(?)お二人です。林道では車もトロトロ走るから歩いてもそれほど時間差がないのかな?

 マイナールートは好きなのですが、独り山に抱かれていたい気分のときもあれば、人気が全くないところを歩いているときに気持ち悪さを感じるときもあります。そのときのコンディションや天気などが影響しているものと思われますが、この日はオジさんたちに出会ってちょっと安心しました。初めてのルートだからでしょう。

Dsc01658 相模湾まで見えました。

Dsc01663 小さなゲンノショウコ

Dsc01666 タイアザミに寄るツマグロヒョウモン

Dsc01668 センチコガネと戯れる♪
 本谷沢から急斜面を上がると南面が開けて真鶴半島までが見えました。付近の斜面は草原状になっていて、マルバダケブキ、フジアザミ、タイアザミ、ゲンノショウコなどが咲いていて、ツマグロヒョウモンがのんびりと花を回っていました。ピカピカのセンチコガネが慌ただしく行き交っているということは、周囲に鹿のフンが多い証拠でしょうね。花や虫たちを愛でているうちにふと気づくと、斜面のすぐ下に赤い帽子の女性ハイカーが独りたたずんでいました。先に道を譲っても送り狼みたいなので、失礼して先に進みました。戸沢からチラホラと赤い帽子が後行してくるのに気づいていましたが、彼女だったんですね。

 再び小さな沢の流れを渡ると草が繁茂している厄介な場所です。赤テープが散見されるし踏み跡が続いているので大丈夫だとは思うのですが…あれ?女性ハイカーが沢に入って行きました。なんだーそっちだったんだ~。早く言ってよねぇ。

Img_6200 こんな立派な滝の傍らに…

 沢の上部でたたずむ女性。上には進めなさそうですがどうしたんでしょう?こちらに視線を向け…「やっぱりいらしたわね。山笑さん。この秘密の場所にあなたをお連れしたかったのよ」…なんて新田次郎の山岳小説の下りのような場面はオッさんの勝手な妄想ウルトラセブン。女性は斜面を観察していましたが、その視線の先には…あ~~~!(稲川調)

Dsc01682 おお!サガミジョウロウホトトギスだ。

 沢の岩壁にお目当てのサガミジョウロウホトトギスが垂れ下がっていました。そんなに数はまとまっていませんが、近くの滝の上の方にもチラホラ見受けられました。「いやぁ~初めてのルートなんで道を間違えたかと思ったら、これが噂に聞く花なんですね」テレ隠しについつい口から出任せの山笑。一人テンション上がるオッさんとは対照的に女性は口数も少なく沢を下って行きました。

 貴婦人が招いた「丹沢の貴婦人」か…行ってしまった。(つづく)

2017年9月 9日 (土)

夏野菜を食べまくり

 アカアシガメが我が家にやって来てから1ヶ月も経っていませんが、すっかり猫の額に慣れたようです。朝、顔を出すと…

Img_6128 まっしぐらにやってきます。

 足音を聞くと餌をねだってまっしぐらにやってきます。先輩のロシアリクガメクロちゃんにはなかった行動です。

Img_6135 食欲旺盛の2匹
 この時期は猫の額にもプチトマトやキュウリが実り、夏野菜も安価で手に入るので、食欲に任せてどんどん食べさせます。それにしてもよく食べるトマト、キュウリ、レタス、小松菜、キャベツ、トウモロコシ…余りにも食欲旺盛なので、料理に使った野菜くずや果物の切れっ端なんかも与えますが、これまた見境なくよく食べます。悪い言い方をすれば生ごみ処理機のような状況です。

Img_6179 クロちゃんはキュウリや菜っ葉。アカアシはトマトやモロコシ

 アカアシくんが真っ先に食べ始めると聞きつけるのか、嗅ぎつけるのか、クロちゃんもノソノソとやって来て食べ始めます。アカアシくんは菜っ葉よりもトマトやモロコシなど甘党のようですが、クロちゃんはキュウリやレタスもよく食べます。アカアシくんを譲り受けるときに「大きくなるカメなので、できるだけ菜っ葉系の野菜を与えてゆっくりと成長させてください。甲羅の成長が体の成長に追いつきませんから」とのアドバイスを受けたのですが…

Img_6132 しかし、アンタよく食べるねぇ

 アカアシくんの猛烈な食欲にクロちゃんは押され気味です。クロちゃんもプチトマトは好物なのですが、クロちゃんが1個食べるうちにアカアシくんは3個も4個も食べてしまうんですから。

 9月になって陽気が段々涼しくなってきました。平温動物のカメたちは段々と食欲が落ちていくことでしょう。今のうちしっかり食べておきなさい。

2017年9月 7日 (木)

山行 居候くんは富士山よりも魅力的? 富士山その3(宝永山)

 砂走り六合目で御殿場ルートと分かれ宝永山に向かいます。宝永山の上に位置する馬の背。ここからは宝永噴火口の壮大な風景を見下ろすことができます。宝永4年(1707年)12月に発生した富士山山腹の爆裂火口です。その眺めの実に壮大なこと。山頂の噴火口よりもよっぽど迫力があります。

 宝永の大噴火は、平安時代初期、延暦、貞観の二大噴火に見られるような大量の溶岩を流出する噴火と異なって、突如山腹が爆発した後、大量の噴石や火山灰を噴出した特徴があります。噴火自体の人的被害は左程ではなかったようですが、大量かつ広範囲に降った火山灰による農作物の被害や河川氾濫などの二次被害を及ぼしました。東に100km離れた江戸でも5cmの降灰を記録しています。

Dsc01553 馬の背から大砂走りを見る。

Img_6171 ダイナミックな宝永噴火口
 宝永山周辺は一面真っ黒黒助。宝永噴火の際に噴出した火山灰に覆われています。300年の時がたった今でも木1本生えない荒涼とした風景です。栄養分が少ない火山灰と土壌浸食、富士山特有の強風や雪などの厳しい環境が森林の形成を阻んでいるのでしょう。この日も馬の背付近は宝永山から吹き上げる突風が物凄い状況でした。そんな中、ツバメが悠々と飛び交っています。更に驚いたのは、人も飛ばされそうな状況下、蝶蝶までもが突風に抗うように飛んでいました。蝶蝶さんやそこまでしてなんで飛んでいるんだい?

Dsc01581 宝永山山頂

Img_6172 山頂の方位盤

 宝永山(2693m)の山頂は第一爆裂火口の先端部にあります。静岡県側から富士山を望むとき右手に出っ張っている居候的存在の山です。突風の中、ポツポツとハイカーの姿がありましたが、ほとんどの人は富士宮五合目から宝永山を目指してきた人たちのようです。宝永山へのルートは、迫力の噴火口と六合目周辺の富士山の植生が楽しめるので、富士登山とは別に宝永山だけでも訪れる価値は十分にあるといえるでしょう。

Dsc01594 第一火口

Img_6175 噴石が転がる底部

 宝永山から富士宮ルート六合目に向かいます。すり鉢状の第一噴火口の底へ下って、大小の噴石が転がっている底部を通過します。この辺の風景は他では見ることのできないものです。しかし、火口壁からの落石が多い要注意ポイントでもあります。

Dsc01590 フジアザミ

Dsc01603 イタドリ(白花)

Dsc01602 イタドリ(赤花、別名名月草)

Dsc01597 コケモモの実

Dsc01604 アキノキリンソウ

 噴火口から山腹を横切って雲海荘のある富士宮六合目を目指します。この間、フジアザミ、イタドリ、オンタデ、アキノキリンソウなどの花を見ることができました。ジャムや飲み物に加工されるコケモモの実もたくさん実っていました。実際、富士山周辺ではコケモモの加工品が作られているそうです。

Dsc01595 ひと雨来そうだな…

 山頂部では突風の手荒い歓迎を受けましたが、それがまた富士山らしいところでもあります。高山植物も動物もいない富士山ですが、山そのものの持つ大きさを感じることこそが富士登山の魅力といえるのではないでしょうか。毎年とは言いませんが、たまには登ってみたくなる日本一のお山です。

★コースタイム:7時間35分

富士宮口五合目7:10→7:25六合目→8:00新七合目→8:30元祖七合目→8:55八合目9:05→9:35九合目

→10:10九合五勺→10:45山頂浅間大社奥社11:00→11:20剣ヶ峰11:25→(お鉢巡り)→12:10御殿場口山頂

→13:45宝永山13:55→14:35六合目→14:45富士宮口五合目

2017年9月 5日 (火)

山行 空前絶後の暴風に遭遇 富士山その2

 富士山の上でおにぎりをパックン、パックン、パックンと…3口ほどで平らげまして、時計回りにお鉢巡りに出発です。山頂噴火口のへりにある浅間大社奥社から最高峰の剣ヶ峰は目前です。先ずは剣ヶ峰を目指します。

Dsc01511 剣ヶ峰近し

 奥社から剣ヶ峰へは砂礫の急坂を登るだけなのですが、この急坂がくせ者で、砂礫で足を取られるばかりでなく、空気が薄くてすぐに息が切れてしまいます。さらに追い打ちをかけたのが予想通りの突風です。西から東への突風で対向してくる人や前を歩く人が巻き上げた砂が容赦なく降りかかります。

Img_6156 ハイッ!日本最高所剣ヶ峰です。

 旧富士山測候所の建物が残る剣ヶ峰(3776m)に到達しました。富士登山は通算6回目ですが、剣ヶ峰に立つのは2回目です。悪天候やら疲労やらで山頂部まで達してもお鉢巡はしないで下山していたので、ここに立つのは一番近い富士宮ルートを歩いたときくらいです。シーズン中は写真撮影の順番待ちになることも多いらしいですが、この日は空いていました。

Img_6158 強風にガスガスで最悪のお鉢巡り

Dsc01518 吉田ルート山頂久須志神社

 もの凄い強風とガスが立ち込める最悪のコンディションでしたが、とりあえず余力があったのでお鉢巡りをしてきました。富士山の山頂噴火口は直径約780m。この噴火口の縁を周るお鉢巡りは1周2.4kmで、所要時間は1時間半ほどです。富士信仰の倣いによれば時計回りに周るのが常道だそうです。山頂火口壁には、剣ヶ峰ほ他にも白山岳(釈迦如来)、久須志岳(薬師如来)、朝日岳(大日如来)、伊豆岳(阿弥陀如来)、成就岳(勢至菩薩)、三島岳(文殊菩薩)などのピークがあって、個々が仏になぞらえているので、お鉢巡りは信仰上非常にご利益のあるものと信じられてきました。でも霧状の雨と強風でどれが何だかさっぱり分かりません。手を合わせるどころか、体感温度はみるみるうちに下がって、グローブをしていなかった素手は真冬の雨に濡れたようにかじかんでしまいました。

Dsc01523 空前絶後の突風に遭遇!
 吉田口の山頂部である久須志神社前はかなり賑っていましたが、そこを通過して東から南側に向けて歩いた頃は、台風並み…いや、それ以上のとんでもない向かい風が吹き付けてきました。ジャスティス!空前絶後の向かい風だぁ~~~!大声でわめいても自分の耳にすら届きません。富士山は1年のうち300日以上が風速10m以上の強風を記録するそうです。昭和41年の台風通過時には、日本の観測史上最大の瞬間最大風速91mを記録したそうです。対向してきた人が風速40mあると言っていましたが、本当でしょうか。でも今までに体験したことのないレベルの強風であることに間違いありません。バランスを崩せば斜面を転げ落ちることでしょう。

Img_6160 御殿場ルートを下ります。

 下山ルートは御殿場ルートです。七合目から砂走りに入って、馬の背から宝永山を経由して富士宮口に下山する逆プリンスルートです。御殿場ルートを下り始めるとすぐに雲が晴れて、眼下に雲海が広がっていました。いやぁ~実に雄大な眺めです。富士山登山の真骨頂はご来光と雲海の展望ですよ。

Dsc01535 八合から七合目にかけての山小屋

Dsc01539 気持ちの良い布団干し

Img_6168 雲海には日の丸がよく似合う

 御殿場ルートでは、七合目からの下りは砂走りとなります。江戸時代中期、宝永4年(1707年)12月に発生した富士山最後の噴火により富士山の東側には今日まで大量の火山灰が堆積しています。火山灰の堆積した下山ルートは足への衝撃が少ないので、ダイナミックに駆け下ることができるのです。しかし、天気の良い日は砂埃がたって頭から足の先まで全身埃まみれになってしまいます。前後に人が居るときなんかは先行者が立てた砂塵を避けつつ、後続には結構気を遣ってしまいます。そんな細かいことにこだわらず走ったもん勝ちのルートなんですけどね。こんな場所でも性格が出るなぁ…

Dsc01541 見返り富士

Dsc01549 七合目から砂走りで宝永山へ
 オッサンも年を忘れて駆け下ります。向かう先には六合目の先に立つ宝永山です。(つづく)

2017年9月 2日 (土)

山行 天下の剣で六根清浄 富士山その1

 夏の終わりに1日の自由をもらえたので山に登ることにしました。丹沢でもよかったのですが、8月最後の週末は残暑が厳しかったので、暑い低山よりは涼しい高山、近場の高山といえば…富士山しかありません。実は自宅から登山口まで車で1時間余りという身近な存在の富士山なのです。それに、週末に房総館山から遠望した富士山の美しさに感動し、近いうちに登りたいと意識させられたのもありました。

Dsc01291 館山から遠望した富士

 8月28日(月)、既に夏山シーズンの終盤ですが、五合目まではまだマイカー規制中でしたので裾野市の水ヶ塚公園から富士宮5合目までシャトルバスを利用します。駐車場代が1,000円、バス代が往復1,800円に入山料が1,000円ですから、富士登山にはお金がかかります。せめて駐車場代はオフシーズン無料なんだから取らないで欲しいものです。昨年長男と来たときは、夜中タクシーで上がったので入山料は徴収されませんでした。

Img_6142 水ヶ塚公園

 シャトルバスは6時が始発で30分間隔です。6時半の2番バスで上がりましたが、ちょうど座席が満員の状態でした。夏休み最後の思い出作りかお子さんの姿もチラホラと。「富士山で体調崩して学校休みたいなぁ」と嘆くお子さんに何のために富士山に登るのかと思いつつも、幼き頃の自分が重なりました。それにしても富士山の山頂部にかかっている雲の形が気になるなぁ。こりゃあ上は相当荒れているぞ。

Dsc01468 5合目で愛鷹連峰は遥か眼下

Dsc01470 この情報では何の心配もいらないが…

 バスに揺られて30分で富士宮五合目に到着。バスを降りてみるとやはり風がかなり吹いていました。また、この日は前日までの残暑に比して気温が大幅に下がりましたので、かなり肌寒い状況です。用を足したら早々に出発しましょう。

Dsc01473 上はかなり荒れているのでは?

Dsc01472 シャジンの花

 富士山富士宮口の五合目は、他の登山口よりも標高が高く、既に標高2380mもあります。最高地点である剣ヶ峰への最短ルートであるため、今まで5回の富士登山のうち2回がこのルートを歩いています。それでも山頂までは標高差1400mですからそう楽なものではありませんし、何より酸素濃度の薄さに苦戦を強いられる山笑です。

Dsc01478 イタドリの中に咲くヤナギラン

Dsc01476 アキノキリンソウ(黄)とヤハズヒゴタイ

 五合目から歩き始めるとすぐに森林限界になりますが、御殿場ルートと富士宮ルートは江戸時代宝永年間の大噴火の影響で、大量の火山岩と火山灰が堆積したため、山梨県側よりも木々の生育条件が悪いからなのでしょう。赤黒い荒涼とした地表にはイタドリ、オンタデなどの植物が目立ちました。その中にアキノキリンソウ、ヤナギラン、イワツメクサ、ヤハズヒゴタイなどの花が彩を添えていました。

Dsc01488 九合目を見上げる。

Dsc01491 富士山神輿が下っていきました。夏も終わりかぁ~

 六合目(2490m)雲海荘、新七合目(2790m)御来光山荘、元祖七合目(3030m)山口山荘、八合目(3220m)と各山小屋間を平均30分間隔のペースで順調に登っていきます。シーズン最後の月曜日でしたがそこは天下の富士山です。ハイカーも休日の大山や塔ノ岳並みに歩いています。下ってくる人は前泊組。一緒に歩いている人たちは朝一のバスで上がったのでしょう。年齢層や国際色が豊かなのも富士山ならではですね。日本人かと思いきや、大陸や半島の人たちも結構いるようでした。(どっちの言葉だかよくわかりませんが)平均して若い人は元気ですが、高年のオジさんでも快調なペースで上がっていく人はいます。富士山独特のコンディションは経験がものをいうようです。

Dsc01503 九合五勺から見下ろす雲海

Dsc01502 ジグザグと延びるブル道

 八合目以上になると植物はほとんどなく、赤黒い岩稜、ゴロゴロとした火山岩と火山灰の砂礫が広がるだけの殺風景な風景です。でもそれが富士山の個性というものでしょう。下界には雲海が広がって、上空は晴れ渡っていましたが、やはり頂上だけにはこってりと雲が覆っています。あの中は大嵐だ。この頃になると西から東に向けて風が結構強く吹いていました。風の強さもさることながら、酸素不足でかなりペースダウンの山笑でした。高高度性能の悪さは旧日本軍の戦闘機並みです。アスリートではありませんが、南米の高地で合宿して肺活量を上げたいものです。

Dsc01495 ガタゴト遅いようで人よりよっぽど早い!

 息を切らせて九合目(3400m)万年雪山荘に到達。すると後方からエンジン音が上がってきます。荷揚げ用のブルドーザーが上がってきました。それにしても驚くべきは無限軌道の偉大さですね。かつて大東亜戦争では、南方島嶼部の飛行場など拠点構築において、日本軍の工兵隊が数百人の人員を動員し数ヶ月要していた工程を米軍は数台のブルドーザーなど工作機械をもって2日で仕上げたといいます。戦後は後立山連峰の稜線を越えて黒部ダム建設に活躍しました。そして今、目の前で富士山頂まで建築資材や生活品を荷揚げしています。通常、山小屋への資材の荷揚げはヘリコプターですが、乱気流銀座の富士山ではブルドーザーに頼らざるを得ないでしょう。山荘にビール10ケース降ろしていきました。

Dsc01504 日本最高所の現場

 九合五勺(3550m)胸突山荘…当に胸突き八丁ならぬ九丁。見えているのは目先だけ。聞こえませんし匂いません。感触は一歩一歩の歩みだけ。何も申さず無心になって歩きます。いわゆる五感+第六感(感情)を断つことによって俗世との繋がりをも断つ、山岳信仰の「六根清浄」であります。ヒーコラ、ヒーコラ、六根清浄~六根清浄~…「こんにちは。あと一息、頑張ってください」き、キレイな人だなぁーーーアウト!

Dsc01507 浅間大社奥宮

 雑念を引きながらも、五合目から3時間半ほどで山頂部のお鉢の縁に位置する浅間大社奥宮の鳥居をくぐりました。我ながらなかなか良いペースです。本殿に手を合わせてババら家族の健康と長男の学業祈願。天然児の健やかな成長を祈願しました。城塞のような石垣に囲まれた本殿の裏手から最高所の剣ヶ峰を望み、お鉢こと中央噴火口を見下ろしました。火口内には万年雪がありましたが、寒さはそれほど感じませんでした。

Dsc01508 剣ヶ峰と万年雪

 今回は剣ヶ峰を踏んでお鉢巡りもしましょう(つづく)

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