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2018年1月31日 (水)

山行 自然と歴史の山高麗山 湘南アルプス縦走その1

 先日の南岸低気圧の通過で丹沢も箱根も真っ白に雪化粧しました。レッツ!スノーシューと洒落込みたいところです。しかし、天然児をデイサービスに預けて、更に朝寝坊で起きてきて、塾になかなか行こうとしないグダグダ受験生に「これでお昼でも食べろ」と小銭を握らせて、ようやく家から追い出したかと思うと、とき既にお昼前。天然児が帰宅するまで半日もありません。こんな状況ですから到底雪山行などかなうはずもありません。

Dsc03374 大磯駅が起点
 こんなときにこそ、普段は見向きもしない地元の低山を歩いてみましょう。大人の視点で歩いてみると、子供の頃には見えてこなかった発見があるかもしれません。

 やって来たのは電車で1駅の大磯です。シーサイド・リゾートのイメージが強い大磯ですが、駅の裏手には丹沢から張り出した大磯-渋沢丘陵の末端である標高200m弱の低山が東西に連なっています。近頃では、この山並みを「湘南アルプス」と読んでいるそうです。「ご当地富士」ならぬ「ご当地アルプス」というのは最近の流行りで、狭い神奈川県内でも三浦、鎌倉、湘南、相州と4つのアルプスが存在します。慣れ親しんだ裏山をアルプスの高嶺に例えるハイカーたちの地元愛なんでしょうね。

Dsc03375 旧東海道化粧坂

 大磯駅から先ずは街中を歩いて平塚との市町境まで歩きます。市町を隔てる花水川の下流域には、高麗とか唐ケ原という地区がありますが、これらの地名はかつて朝鮮半島からの渡来人がこの地に暮らしていたことの名残です。

 今から1400年近く昔、日本でいえば飛鳥時代の頃、朝鮮半島北部に高句麗という王朝がありましたが、隣国唐や新羅との抗争に破れて滅亡してしまいました。その結果、高句麗の王族、貴人たちの多くが海を渡って日本に逃れてきました。そんな渡来人の一部がこの地に上陸、定住したそうです。やがて渡来人たちは、朝廷から武蔵国の一部を充てがわれて移り住んだといわれていますが、その移住先は、巾着田の彼岸花で有名な埼玉県日高市の高麗川です。

Dsc03378 登山口の高来神社

 湘南アルプスの東端に位置する高麗山の麓にある高来神社は、巨木が鬱蒼とした厳かな雰囲気の場所です。その起源は古く、神武天皇の御代といわれています。奈良時代には、かの有名な行基が高麗寺を開山し、中世は源氏、北条氏、徳川氏など武家の信仰を集め、高麗山の山麓に七堂伽藍が建つ大寺院に発展したと伝えられていますが、明治初頭の廃仏毀釈により高麗寺は廃寺となって現存はしていません。

 社殿の裏手が湘南アルプス(高麗山)の登山口となっていて、ここから高麗山の南面を一気に稜線まで直登します。高麗山の南斜面は、クスノキ、カシ、シイ、タブなど常緑照葉樹の大木が真冬でも葉を茂らせていて、「21世紀に残したい日本の自然100選」にもノミネートされました。

Dsc03383 2つの半島が重なっています。

 この豊かな照葉樹林は多くの野鳥の拠り所になっているので、この真冬でも賑やかですが、野鳥の鳴き声以上に騒々しいのがバイクや電車の走行音です。そりゃあ街の裏山的存在だし、麓には東海道線や国道1号線など天下の大動脈が通じているんですから。

Dsc03385 東天照の大きなモミの木

 高麗山の東肩に位置する東天照を経由します。ここには大きなモミの木が生えていました。前述の照葉樹林やクヌギやコナラばかりの山かと思いきや、モミの大木は意外でした。また、東側の木々の間から湘南の海岸線と三浦半島や房総半島が見えていました。

Dsc03387 山頂の高来神社上宮跡

 東天照から西へ稜線歩きの始まりです。すぐに高麗山(168m)の山頂に到達します。山頂にはかつて高来神社の上宮が鎮座していて、前述の東天照にあった白山権現社、山頂西にあった毘沙門堂と合わせて高麗三社と呼ばれて信仰を集めました。しかし、時を経て今ではいずれも消失し、山頂は大木に囲まれた小広い跡地があるだけです。

 また高麗山は、東の平塚側から見るとこんもりと盛り上がった見栄えのする山で、かつて歌川広重は「東海道五十三次」の中のひとつ「平塚宿」にその個性ある姿を描いています。東海道線で小田原方面に出かける機会があったら、電車が平塚駅を出た頃に車窓を右手を気にしてみてください。浮世絵に描かれたような高麗山の個性的な姿を望むことができます。

Dsc03391 山頂付近の堀切

 更に高麗山は中世城郭の一面もあって、室町時代には鎌倉府と上杉氏の抗争の舞台ともなり、戦国期には小田原城を攻めた北条早雲が後詰めで攻め寄せた山内・扇谷両上杉氏に対抗して籠城したこともありました。その50年後には、11万の大軍を率いて小田原城の北条氏康を攻めた上杉謙信が一時的に本陣を据えたとも伝えられています。

 自然有り、歴史有りの高麗山です。(つづく)

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