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2018年2月25日 (日)

我が家の地黄八幡

 小田原北条氏というと初代早雲以来、五代に渡って関東に君臨した言わずと知れた「関東の覇者」なのですが、何か最後の小田原の役で豊臣秀吉の大軍の前に為すすべもなく小田原城に籠城して、策を弄することもなく降参した印象ばかりが強くて、大局を読めない田舎大名、負け組、戦下手というイメージを持っている人も少なくないと思います。

 秀吉に滅ぼされた北条氏政の戦は、大軍を動員して敵たる関東、信州の小大名を籠城に追い込んで、敵の城を包囲して屈服させるという地味な戦い方が定番だったようです。しかし、名将たる条件たるや、如何に自軍の犠牲を少なくして勝利を掴むかでしょうから、敵に十倍する兵力を動員し、敵を包囲して屈服させるという北条氏の戦術は、非常に理にかなった戦い方だと思います。

 しかし、どうしても我が国の価値観では、寡兵をもって大兵を制する奇襲戦や策謀や兵法の詭道をもって敵を欺く戦術が評価を受ける傾向があって、太平洋戦争を主導した陸軍の参謀たちですらそんな思想で戦いを主導していました。本気でガダルカナル島では桶狭間の戦いを再現しようとしていたんですから呆れたものです。かの信長ですら桶狭間の戦いのような乾坤一擲の戦いは二度としていません。

 ここまで言っておいて話の腰を折るようですが、北条氏も関東の覇者になる過程では、桶狭間のような乾坤一擲の大勝負をしたことがありました。その代表が1546年の河越夜戦です。北条氏台頭以前の関東では、関東管領上杉氏が勢力を誇っていましたが、一族が内部分裂をして互いに争ううちに北条氏につけ入る隙を与えてしまいました。ジリジリと北に伸張する北条氏に重要拠点の武蔵・河越城が奪われると内紛の一族を結集して8万を号する大軍で奪還に乗り出します。河越城を守備する北条軍は僅かに3千。陥落は時間の問題と思われましたが、兵力差の油断から小田原からの援軍に夜襲されて8万の大軍は脆くも敗走し、以降滅亡の一途をたどることになりました。

 この戦いで勇名を馳せたのが河越城を守備していた北条綱成です。元は駿河今川氏の重臣福島正成の子ですが、父が今川氏の後継者争いで討たれると北条氏綱に匿われ、その娘を妻に迎えて北条性を与えられました。以降、上杉や里見など敵対勢力との戦では先陣として活躍しました。戦になると真っ先に敵陣に斬込み「勝った!勝った!」と叫びながら暴れる綱成ですが、その旗指物は、黄色く着色されたものに戦神「八幡」の文字が記されていたので、「地黄八幡」と呼ばれて恐れられたといいます。かなりイッちゃってる人っぽいですが、今から500年近い昔ではこういうキャラこそカリスマだったのでしょう。

 さて、ここ数日、我が家で「勝った!勝った!!」と浮かれているのが長男です。奇跡的に本命大学に合格を果たしたからです。思えばここ1年、受験生とはかけ離れたグダグダの生活で塾には通っていたものの勉強に身が入らず塾講師を呆れさせ、家では1分1秒たりともテキストを開くことはありませんでした。(参照:http://yama-umi.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-309e.html)センター試験でいくつかの中堅私大に合格すると塾へ通うことも止め、本命大学の一般入試前夜でも夜中までオンラインゲームを楽しんでいました。

Img_7301 合格祈願真っ盛りの湯島天神

Img_7305 梅まつり期間中です。

 親としては大学に受かっただけでも奇跡的だと思っていたので、「まあ良しとするか」と思った矢先の本命合格。真っ先に浮かんだ文字は「ま・ぐ・れ」です。しかし、かみは違った分析をしていて、勉強嫌いな子なので、最初から無理せず到達できる目標設定だったのだと。そうだとしたら我が子ながら恐るべきヤツ。躍起になって「もう少し勉強しろ!」とイライラした我が身の虚しさ。それだったら高いお金払って塾に行かせる必要があったのか…いろいろと考えてしまいます。

Img_7340 河津桜が咲き始めた五條天神社

 長男の受験結果ですが、センター受験3校中2校合格。一般受験も3校中2校合格でした。(ちなみに落ちた1校はどちらも同じ。ご縁がなかったのでしょう)この結果を見れば、マグレというよりもかみの説も的を得ているのかもしれません。だったら国立とか行って欲しかったんですが、今となっては…いや、本人に言ったところで勉強したくないんだから仕方ないですよ。結果として最初から出来レースだったのでしょうか。

Img_7338 関東大震災で焼け落ちた上野大仏の仏頭(もう二度と落ない合格祈願)

 先述の北条氏は、天下に覇を唱えることはありませんでしたが、関東の領国経営においては四公六民の税制などの善政を行い、領民に優しい大名ナンバーワンといわれています。また、西国の雄・毛利元就も、決して天下を望むことのないよう子孫に遺言したといわれています。決して高望みせず、自分の実力や価値観の範疇で最善の結果を出した長男の姿がこれら先人たちに重なって見えたバカ親です。

 「勝った!勝った!」の興奮も一瞬のこと。毎日遊び呆けて家を空けている長男ですが、親の手元に残されたのは高額な学費の振込用紙。ハァ~…この金額、勉強嫌いじゃ済まされない金額です。真面目に勉強してよ。

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