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2018年4月 6日 (金)

県下随一の桜の名木 長興山のしだれ桜

 4月1日(日)、朝の散歩に出て町内の桜を見て回っているうちに、ふと思いつきで下り電車に乗って、更に小田原から箱根登山鉄道(小田急線)に乗り換えて、箱根口の入生田までやってきました。

Dsc04426 入生田駅

 入生田駅から山手に5分ほど歩いたところにあるのが、小田原藩主稲葉一族の菩提寺長興山・紹太寺です。往時は長興山の山腹一帯にかなり大規模な堂宇と山門を有する寺院でしたが、幕末の火災で大半が焼失してしまい、今は小ぢんまりとした境内です。

Dsc04388 現在の紹太寺

 その境内には、しだれ桜やシャクナゲ、ミツマタなどの春の花が咲いていました。

Dsc04418 境内には早くもシャクナゲが咲いていました。

Dsc04423 境内のしだれ桜は満開

 江戸時代初期に小田原藩主となった稲葉氏は、戦国時代の名将で西美濃三人衆の一人稲葉一鉄(良通)の子重道の養子となり、後に小早川秀秋の家老として関ヶ原の戦いで東軍を勝利に導いた稲葉正成と妻福(春日局)の間に生まれた稲葉正勝を藩祖として、三代約50年に渡って小田原藩を治めました。稲葉正勝は、母福が徳川三代将軍家光の乳母であったことから、家光の小姓から老中にまで出世した人物です。まあ親の七光りってところでしょうか。

Dsc04391 往時を偲ぶ参道

 正勝の子二代目藩主正則が、寛文9年(1669年)京都宇治にある黄檗宗本山万福寺の僧鉄牛禅師を招いて、稲葉一族の菩提寺として開山したのが長興山・紹太寺です。

Dsc04395 稲葉一族の墓所

 現在の本堂脇から長い石段を辿っていくと、山の中腹にある広々とした畑に出ますが、そこがかつての本堂跡。裏手の木立の中には稲葉一族の墓所があり、小田原藩主稲葉正勝、正則ほか春日局らの五輪塔が静かに並んでいます。本堂跡から右手の山に入って沢を渡るとお目当ての桜の名木があります。

Dsc04413 長興山のしだれ桜

 神奈川県下随一の桜の名木、長興山のしだれ桜です。この桜の木は、長興山開山の頃に植えられと伝えられていますから樹齢は350年になろうとしています。しだれ桜らしく四方八方に枝を垂らして、流れ落ちるばかりに花を咲かせています。

Dsc04410 真下から見上げる。

 この桜を訪れたのは、10代中半に親に連れられて訪れて以来実に30年ぶりです。毎年この時期に意識はしていたものの、近いといつでも行けるという思いもあってか、なかなか足が向きませんでした。子供の目では何気なく眺めた桜も、今改めて花を愛でる心で眺めてみると実に見事に感じられました。今後は毎年足を運ぶことになりそうです。

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